動き出す策謀
★帝歴2501年10月 ホラ ヤーコプ神父
ヤーコプ神父は、焦っていた。
先日のヒューパでの敗戦後、ホラ内に残していた傭兵をまとめ、急いでヒューパへの再侵攻を準備していた矢先、領内での不穏な動きが確認される。
何者かによって、流言が流されていた。
内容は、ホラ男爵はすでに破産をしており、傭兵や城内で働く人たちへの給金を支払う能力がなくなっている。もうすぐホラは滅びると言った内容だ。
流言に動かされた住民の中には、ホラの街から出て行く者も出ている。
この流言は実際の所嘘ではない。傭兵への給料を支払う事ができなくなっており、傭兵たちに動揺が広がろうとしていた。
このままでは、奴らをすぐにでも戦場へ追いやらないと、ホラの領内で暴れだすだろう。
調べさせると、どうやら貧民街から噂は流れてきていたが、どう考えてもおかしい。
不安から自然発生的に流れる流言にしては、情報が正しすぎる。
この前の敗戦で、貧民兵は散々な目に会い、家路に帰りつくことができたのは僅か50人程度。
ホラ男爵家の財政状態を知る能力のある者はいないはずだった。
一つだけ気がかりがあるとすれば、ヒューパに急襲をされて、役人達と一緒に捨ててきた書類を読まれたとでも言うのか? 貧民が? ありえない、彼らに数字を読み解く能力などないからだ。
考えられるとしたら、ヒューパしかないが、それにしても流言工作があまりにスムーズに行われている。
ヒューパの人間が入り込み噂を流している……どうやってホラの城門の検閲を突破したのか?
門兵との繋がりのある貧民街のゴロツキや、それを束ねる組織を使い調べてはいるが出処がわからないままだ。
流言は真実を伴って流れていたため、止めようがなかった。
金が無い
ホラ男爵・イエルク殿の怒りは頂点に達していた。
ヒューパ侵攻の時に飲まされた毒のためか、イエルク殿の視力は極端に落ち、目が霞んで戦場へ騎士として出兵するのはもう無理だろう、戦力外としてみるしかない。
本人が一番分かっていて、苛立ちが募って周りへと当たるようになっていた。
イエルク殿の長男も騎士となって留守の間城を護ってはいたが、剣の鍛え方は、全く話にならないレベルで、指揮官としても当てにならず、ホラの窮状にも関わらず仕事をやろうともしなかった。
多少の不安があるが、騎士ライナーと騎士ベルトルトに働いてもらうしか無いだろう。
ヤーコプ神父自身は、このままホラを捨ててしまう選択もありかと考えたが、エウレカ国内教皇庁派の牙城を失う訳にはいかない、それに教皇からの直接の任務を受けている。
『何としてでもヒューパ男爵の家に伝わる
と厳命を受けていた。
それに、これまで教皇庁の影の任務を数々こなしてきたプライドが、この場から逃げ出す事を拒否していた。
ヤーコプ神父は、今にも反乱を起こしそうな傭兵をなだめすかし、時に脅しながら悪あがきをしつつ、侵攻の準備に追われ、ズルズルと時間だけが過ぎていき、その限界はすぐそこまで迫っていた。
★2501年10月13日 ホラ ヤーコプ神父
やがてホラの現状は、いよいよ明日にでも傭兵を連れて、ヒューパへ侵攻するしかない所まで追い詰められていた。
最悪、兵糧はホラ領内でも現地調達をするしかないだろう。自領の村々を襲いながら移動する事になる。
道々の村には斥候を送り込み、今年取れた作物を隠さないよう見張りを置く。これでホラを超えるまでの食料は確保できた。
貧民兵への武器の準備はできていたが、前回の物よりずっと質は低い物になってしまったが準備は間に合った。
ヤーコプ神父はギリギリ準備は間に合ったと安堵し、久々に昼食の味を楽しめるようになっていた時、その音は聞こえてきた。
ズズズズ、ドドドーン
低い地鳴りのような音が聞こえてくる。
「何事か? 衛兵、すぐに調べよ」
突然の音に驚き、人を走らせる。
しばらくして帰ってきた衛兵が、どうやら南の方角で音がしたらしいと報告がくる。
「南か、山の中で何かが起きているのか?……よし、斥候を出し、すぐに音の発生源を突き止めよ」
斥候を送り出し、ヤーコプ神父はホラ男爵へと人を使って報告させる。
この所顔を合わすだけで、当たり散らされているので、近づきたくもない。
自分は、城の城壁に登り、南側から外を見ようと城から出た時、また二回目の音が聞こえてきた。
ズドドドドド、ズズーン
また腹に響くような地響きが聞こえてきた。ヤーコプ神父は急ぎ城壁へと登り、南側を見る。
山の影になっているが、土煙がモウモウと上がり、山の裏側で何か大きな事が起きていた。
何だ? いったいなにが起きようとしているのだ? 焦る気持ちを抑えながら斥候からの報告を待つ。
ヤーコプ神父の元に最初の斥候が戻ってくると、驚愕の報告がされる。
「城より見える南の山かげの裏、モニエ渓谷が土砂で埋まっております。高さは城の城壁よりも高く、この土砂を除去するのは不可能ではないのかと推測されます」
「それだけでは分からん、私の馬を用意せよ、私自身も確認にいく」
少ない供回りを携え、城の南側、山陰に隠れて見えないモニエ渓谷へと急ぐ。
モニエ渓谷が見える川辺りまで近づいた時、ヤーコプ神父には信じられない物が、目に飛び込んできた。
ホラの領内を東の方向から流れてくるクルツァ川は、ホラの城のすぐ横で南に流れを曲げ、モニエ渓谷へと流れ込んでいた。
ところがそのモニエ渓谷は土砂で埋まり、流れる先を失ったクルツァ川がその水位を上げ続けているではないか。
このまま水位がこの土砂の高さまで上がると、ホラの城の中にまで川の水が入ってくる。
……いや、そこまで水位があがらなくとも城の周りの田園地帯は水に浸かる。そうなれば、今のホラの財政を支える食料生産地帯は壊滅的な打撃を受け、ホラは破滅する。
ヤーコプ神父は一緒に来ていた供回りに宣告をする。
「よいか、ここで見た事は一切他言禁止だ。もし破ったものがいたら死罪だ」
周りを脅し、口止めをした後、急ぎ城へと帰りイエルク男爵の元へと報告に上がる。
「ヤーコプ神父よ、今までどこにおった、何度も探しにいかせたのだぞ」
「はっ、申し訳ございません。先ほどの音の正体を探るべく現地へと確認に参っていた次第」
「ぬう、ではいったい何があったのだ」
「少々人払いを願えますか」
周りにいた人間を全員退出させると、ホラ男爵の横まで行き、小声で先ほど見た光景と、今後このホラの城が水没することを告げると、ホラ男爵・イエルクは頭を抑えたまま下へうつむいてしまった。
部屋から退出したヤーコプは、そのまま貧民兵を招集させると、モニエ渓谷へと送り込み夜通しの作業で、少しでも土砂を下げさせようと努力をした。
★帝歴2501年10月14日 早朝 騎士ライナー
昨夜ヤーコプ神父が、急いで貧民兵を纏めて何処かへ出て行った後、城内に新しい流言が広がった。
もうすぐホラは滅びる、神の怒りを買い、水の底に沈むのだと。
この日、給料の未払いが続き限界に達していた傭兵たちは、ヒューパへの侵攻を約束され、やっと略奪によるボーナスが手に入ると喜んでいた。
ところが、不吉な噂が流れる中、いくらま待っても雇い主のホラ男爵は現れない。
とうとう怒りが限界を超えた傭兵団の一つが、街中で暴れだす。
それに釣られて他の傭兵団も、ホラの街中にある商店を次々と襲いだし、ホラの街を守る門兵や、城の衛兵たちとぶつかり、武力衝突が起きてしまう事態に陥る。
傭兵たちの中で火をつける奴が出てきて、混乱は加速する。
城の城壁から街の様子を眺めていた騎士ライナーは。
「どう思う?」
と、となりの騎士ベルトルトに問いかける。
「そうだな、もう良いんじゃないか? 俺たちも皇帝閣下の命令には十分尽くしたと思うぜ」
「ああ、全くだな、3年もこんな田舎にくらしてたんだ、
「やるか? 」
「そうだな、幸いにも男爵殿の目は不自由なようだし、ご子息はボンクラだ、簡単だ。払ってもらえてない給金は、彼らの命と身の回りの装飾品で払ってもらい、国へ帰ろうか」
ライナーは長男の元へ、ベルトルトはホラ男爵の部屋へと入っていく。
彼らの目的は、行きがけの駄賃代わりに部屋の中から金目の物を貰って帰るのが目的だ。
長男の部屋では、ホラ男爵の后も一緒にいて、何やら密談のような真似をしている。大方目の見えなくなったイエルクを廃する話だろ。
「失礼致します」
突然部屋に入った俺を見て、ホラ男爵家の母子は、何か叫んでいたが、仕事はあっさり終わった。
元々いた警護の騎士は、この前の戦で全滅してここには居ない。無能の息子と女が居ただけなのですぐだ。
しばらくして騎士ライナーは、長男の部屋からマントの端っこで剣についた血を拭いながら出てきた。
さて、ベルトルトのヤツはどうなったかな? 上手く行かなかったら手伝ってやらないといけない。
軽く鼻歌を歌いながらホラ男爵の部屋へと、ノックも無しに入っていく。
「どうだい、上手くヤレたか」
軽く声をかけながら入って行くと、予想外に床に倒れていたのは、二人。
背中から刺し貫かれたホラ男爵の遺体と、目立った外傷のないベルトルトが床に倒れていて、代わりに外に出かけていたはずのヤーコプ神父が、動きやすそうな町民の服装をして部屋の奥に立っていた
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