ポケットのメタルに火を入れろ

★帝歴2501年10月11日早朝 ヒューパ ティア


http://17585.mitemin.net/i206220/


 この日早朝、朝霧が濃い中、私達ホラ急襲工作部隊はヒューパのお城を発った。


 メンバーは、ムンドーじいじに警備班を任せ冒険者と合わせ5名。ジョフ親方を作業班の親方にして石工のドワーフ部隊8名。

 そして特訓仲間改め私の手下、猫族獣人のトラビス君、ベック少年の2名。

 最後に私を入れて合計16名の少人数精鋭。

 このドワーフに関しては、移動の途中鉱山の村ファベルに立ち寄って村からもう少し増員する予定だ。


 ホラを滅ぼしに行くのに、あまり人数を多くして敵に行動を察知されたくはない。



 今回も連れて来なかった他の糞ガキの皆さんに関して今、自分の名前を書けるようになるようお勉強の方を特訓させている。

 今度の作戦に成功したらベック少年と机を並べて勉強をさせるるつもりだ。マイそろばんがうなるぜ。


 荷物が多めなので、馬車を使い街道を急ぐ。秋に入ってはいるが温かく、汗ばみながらの移動だ。

 正直、敵のホラがどのタイミングでまたヒューパに再侵攻をするのか分からないので、ちょっと焦ってしまうが、しょうがない、今出来ることをやるだけだね。



★帝歴2501年10月11日夕方 ファベルの村 ティア


http://17585.mitemin.net/i206221/


 この日の移動でファベルの村へ到着すると、村の中には建設中の家が何軒もあり、以前焼かれてしまった村の復興と再建が進んでいる。


 この再建作業を観察してみると、ドワーフだけではなく、見慣れない獣人や亜人もかなり混ざっていたのだが、それはこの前のホラからの侵攻の際、最後逃げそこねたホラの貧民兵で、ドワーフ達の指示に従って自分から積極的に動いていた。


 お、意外と真面目に働いてるねえ。感心感心。



 あの時バラバラに逃げようとしていた貧民兵の多くが捕らえられ、更に途中で放置されていた傷病兵の生き残りも収容して連れて帰ったので、最終的に200名近くが捕虜として連れて帰られていた。

 後方陣地からの増援で追撃をして、逃げ損ねた連中を捕まえたが、ヒューパの労働力が減っていたため、その保証をしてもらうためにも捕虜として手厚く扱うよう、追撃をする時に命令を出していたのと、戦闘の時、目の前で味方の騎士に踏み潰されていた彼らを見てた兵士達から同情的に扱われていた。おかげでか、真面目に働いてくれているようだ。


 彼らを尋問するとホラの内情が分かってくる。彼らはホラの街に住む貧民が半強制的に集められて作られた軍であるのが分かった。

 ヒューパへの侵攻で奪い取った村へと植民させる約束をもらっていたため、土地がもらえるのならと、嫌々ながら500名近くが集まったそうだ。

 ホラ男爵は完全にヒューパ領を滅ぼすつもりだったのだ。全くふざけてる。


 ……人んちを滅ぼすつもりだったのだし、今度はホラ男爵が滅ぼされる番と覚悟してもらおう。



 現在、捕まえた貧民兵の中で少し毛色の違うのも混ざっていたので、そいつらには違う用事をさせている。その他大勢は、被害のあった村々に送り込んで労働力として使っていた。


 この前の追撃戦は執拗に行なったし、彼らの半分もホラに逃げ帰れてなかったのではないかな?


 実際に捕まえた後の貧民兵はと言うと、捕虜なのに初めて人間扱いされたと逆に感謝されている、この世界は良くわからない。

 それに対して、捕まえた傭兵たちはまだ容体が悪い者が多いし、動ける傭兵達も非協力的だった。 

 現在、容体が良くなるまでは復興の労働力としては使えていないが、貧民兵に命じて傭兵たちの面倒をみさせている。

 貧民兵だった側からは今までの恨みを晴らすかのように傭兵たちを扱っていて、人の恨みって怖いなーってね、思います。やだやだ。



 この日私達は、ファベルの村で泊まって休む。翌朝ファベルの村から力持ちのドワーフを4名程借りて、合計20名が徒歩で山越えするルートを取るつもりだ。



★帝歴2501年10月12日 ホラ領内 ティア


 私達は、朝霧のかかる森の中を進み、山道を移動していた。


 因みにちっこくて足の遅い私は、日本昔話に出てくるような山で芝刈りに行くお爺さんが背中にしょっている背負子を担いだドワーフの後ろにチョコンと座って、この前ホラから奪った機密書類の一部を読んでいた。


「うーん、ホラのお金の出処が分かんないなー、何これ、借金まみれで現金が無い所に、突然お金が産まれて傭兵を雇い入れてるよ」


 ホラ領の財務を書類らしいが、借金をホラの有力富豪や土豪から借り入れても現金が無いはずなのに、ヒューパうちとの戦争直前になって、突如お金が産まれている。

 臨時収入がどうやって入ったのかは分からないけど、そのお金が入ってもまだホラは、借金がかさんでいて、傭兵に追加の給料を払うことができないでいた。


 誰かがホラの戦争を資金的に後押ししてたってことなのかな?

 嫌な感じだなあ……

 今回の作戦でホラを滅ぼしても、別の敵がいるってことか。じゃあ、やっぱりホラを滅ぼすのを急がなくちゃ……


「姫様、すいません足をプラプラ動かすと、背負いにくいです」


「あ、ごめんなさい」


 いつもの癖が出て、私は怒られていた。



 ホラの領内に入ると、ムンドーじいじの索敵能力と、一緒に連れて来ていた冒険者の斥候に頼りながら、敵地を進む。

 どうしても敵ホラ男爵には、この人数での潜入工作を知られたくない。


 たった20名しかいないから、捕まったら終わりだしね。

 まさかこんな形で攻撃されるとは思っていないだろうから、心配は少なめなんだけれども、やっぱり怖いものは怖い。


 山を抜け、人里の近い平野を抜けるときには、一番後ろを歩くジョフ親方とトラビス・ベックの三人が木の枝で作ったホウキで足跡を消しながら移動をしたほどの徹底ぶりだ。


 私達が目指すのは、ホラの街から3km程南のモニエ渓谷。


http://17585.mitemin.net/i206222/


 東にある精霊樹の黄樹の麓から私達ヒューパを通り流れてくるクルツァ川が、ホラの街辺りにぶつかるように南に曲がり、クセノファネス山脈を分断するように通って海へと流れ込んでいる。

 この山脈を分断するように割れた地形にクルツァ川が流れている。

 この地形でも、周りから切り立った崖で川幅がわずか50m程度まで狭くなった場所、モニエ渓谷が私達の目指す目的地だ。



 この作戦では、少しばかり危険な物質を使うつもりなのだけれども、私としては爆薬のような、取り扱い知識がない人間には触らせたくない物は使いたくない。

 爆薬は、ただでさえ保管が悪いと自然発火起こして吹っ飛ぶのに、素人になんか触らせると、事故で私達もろとも簡単に吹っ飛んでしまう。


 爆薬なんかと違って、安全な形で運んでいける物を用意して、これからホラ男爵を窮地に陥れるつもりだ。

 


★帝歴2501年10月13日早朝 モニエ渓谷 ティア


<i206223|17585>


 昨日の内にモニエ渓谷に着いた私達は、渓谷の崖の上に野営をして一晩を明かす。


 朝起きると、崖の上からホラの街のある平野が一望できる。

 今朝も朝霧が濃く出ていて、ホラの平野が白い絨毯になっていて美しい。

 私達の住む地方は夏の終わりから秋にかけて早朝の霧が多く発生して、山から見える景色が絶景になり、昼間はカラッと暖かくなるのでとても素晴らしい場所だ。


 こんな素晴らしい場所なのに、訳の分かんない戦争をするはめになるとはね、どうなってるのよ? この世界。



 崖の近くまで行くと、崖の上面にある岩肌が割れて、幾筋もの割れ目が広がっている。


 岩と岩の間に隙間ポケットができていて、私のやりたい作戦が上手くいきそうなので大変よろしいです。



 朝ごはん前だけど、皆を集めて今日の説明を行う。


「皆さん、ちゅーもーく、はい、私に注目です。それでは今日何をやるのかを皆さんに説明いたします」


「はい!」


 ベック少年が珍しくやる気を出して、自分から手を上げて質問をしてくる。


「何ですかベック君」


「 姫様、まだ朝ごはんを食べてません、食べてもいいですか?」


「うるさい、黙れ」


 ベック少年を黙らせて説明を始めた。


「それでは結論から言いますね。このモエニ渓谷を埋めてしまいます」


 皆さんポカーンとしていますね。うんうん、いいね。


「これから仕掛ける物を使うのですが、石工の皆さんに岩を割るための目筋を読んで、その場所に仕掛けていくつもりです」


「はい」


 今度は石工の職人が手を上げた。


「姫様、石を山から切り出す作業をする時、石の目を読んで楔を打ち込み、その楔を焼いて膨張させることで、大きな石を切り出す方法は知っていますが、このモエニ渓谷その物を埋めてしまう程の作業となると膨大な時間がかかります。敵に気が付かれると危険なのでは?」


「さすが石工職人、良い質問です。そうですこの作戦は、時間勝負の作戦なのです。なので、私が用意したこの筒状の壺を使って、あっと言う間にこのモエニ渓谷を埋めてしまいます」


 荷物の中からゴソゴソと取り出した筒状の壺の中にはある物が詰まっている。

 私を見ていた皆は、益々何が何やら分からないって顔になっていた。


「この壺を、そこに見えている崖の岩の割れ目ポケットに入れていくのですが、どこの筋から崩せば最も多くの岩を下のモニエ渓谷に落とせるか、また、埋めてしまえるかを策定してください。私はその間にこの壺を使うための準備をします」



 ジョフ親方や石工達があーでもないこーでもないと話ながら、壺を仕掛ける場所を選定して、岩に穴を開けている。

 石工たちは、この辺りの岩は、石材にするには柔らかくてダメだなと言いながら穴を開けていた。

 私は、事前に実験をしたとき、ジョフ親方にも協力してもらっていたので、ジョフ親方はその威力と使い方を知っているので、任せて大丈夫だろう。


 ムンドーじいじには、冒険者と一緒に、反対側の崖への移動ルートを探しに行ってもらった。



 私は、トラビス君やベック少年を助手に、荷物の中からある金属粉の詰まった壺を二種類取り出して、天秤を使い、重さを図って調合する。

 一つの壺には青っぽい金属の粉……銅が錆びた酸化銅だ。これは科学的に処理して作っておいた物。

 もう一つの壺には、白っぽい金属粉が詰まっている。

 こちらはちょっとばかり危ないので、取り扱いには注意した。

 お父さんにもらった軽銀の剣と軽銀の鎧が、これ、この金属粉の正体です。

 鎧を回転式砥石でゴリゴリ削って削って、金属粉にしちゃいましたー(ニッコリ)。


 お父さんには、私がもらったものだから、って言ったら、『家宝がー、家宝がー』って慌てていたが、もう形の無いものになっちゃったのでしょうがないですね。


 私は、使い勝手の良い物が手に入って喜んだ訳ですが、軽銀の正体は、アルミニウムだったのです。



 アルミニウム、そう私が以前いた日本でポピュラーな金属ですが、この金属の特徴は、超酸素と結びつきやすい特性があって、すぐに酸化しちゃうので、自然界では極々まれにしか存在し無い金属なんです。

 普段のアルミニウムは、酸素と結びつくことでほぼ土の状態で自然界に存在してます。

 アルミニウムを多く含むボーキサイト等から、科学的に色々と面倒くさい工程を経て、電気放電で生成する金属。

 正直、今の私の科学力では、電気使うのがネックになっているので手に入らない物質のはずでしたが、お父さんのご先祖様は、この金属を何らかの方法で創りだしたか、天然の鉱脈(極稀に存在する)をを手に入れたかで、この家宝にしたのでしょう。


 ご先祖様に感謝をしつつ、粉にさせてもらいました。ありがとう南無南無。



 さて、このアルミニウム(Al)には、面白い特性があり、酸素(O)と結びつきやすいく、アルミニウムを粉状にして表面積をふやしてやると、酸化銅 (CuO)と一緒に燃やすことで、酸化銅から酸素を奪い、激しい還元反応を起こします。


 2Al+3CuO → Al2O3+3Cu


 この時、数千℃もの熱量を放出して激しく燃え上がるテルミット反応となる。

 ほんの数グラムしか使わないのに高校の科学実験で時々事故起こしちゃうぐらいの激しさですね。危ないったらありゃしない。

 テルミット反応は、酸化鉄を使った溶接とかで使われたりと、結構ポピュラーな使われ方をする物なのだけれど、こいつをと、ある物を使って崖の岩盤を破砕するためのひみつ道具を作る。


 『水蒸気発生剤』


 私は『水蒸気発生剤』を、テルミット反応とミョウバンを使って作るつもりだ。


 私が前の世界で暮らしていた頃、製品を納めていた取引先の製品で、このテルミット反応とミョウバンを合わせた『水蒸気発生剤』と言う物があった。

 実験では、科学的な処理のしかたやノウハウが違ったので、同じような威力は出せなかったけど、手持ちの材料で、このモエニ渓谷を埋めてしまうぐらいの量は楽に作れたので良しとしましょう。



 今回の秘密道具、『水蒸気発生剤』は、ミョウバンもヒューパで簡単に手に入ったので、水蒸気発生剤を作るのは簡単だった。 


 ALK(SO4)2・12H2O


 ミョウバンには、水が12H2Oもあり、全体の46%もの割合で水からできている。もしその水を一瞬で蒸発させることができれば、水の分子量は小さいので大量の水蒸気が発生する。

 水の蒸発温度は100℃。

 上で書いたテルミット反応を使えば数千℃の熱が一瞬で鉱物に伝わり、ミョウバンの中に閉じ込められていた水が、爆発的に水蒸気として開放される。


 この水蒸気爆発の威力は凄まじく、岩盤を破砕したり、トンネル発破の現場で使われている。

 威力の割に、衝撃波が生じないので安全性も高い。

 

 水蒸気発生剤の何が良いって、法的には火薬じゃないし公開されている情報だ。危ない事は危ないが合法。セーフセーフ。

 そして爆薬のように衝撃波が生まれないので、音も小さく危なさ激減。

 それに、使いやすいし、調合するまで持ち運びするときの事故が起きにくいから本当に使いやすい。


 今ここでテルミット反応用の調合をして、鉱物を詰めた筒状の壺の中にセットする。

 近くで発破して岩が飛んできたら怖いので、細い銅の棒を2本刺して伸ばし、離れた場所からムンドーじいじに頼んで、風精霊魔法に属する雷撃の魔法で起爆することにした。



 ジョフ親方達が、私が調合した金属の入った壺を、岩の隙間に開けた穴にセットしていく。

 ムンドーじいじも戻ってくると、私の作った水蒸気発生剤を持って、反対側の崖へ移動した。

 こうして同じくセットすると、これで私の望む準備はできた。

 後は、実際に起爆して、崖の崩れ方を確認しないといけない。


 私達は、元いた側の崖に移動して、離れた場所から破砕を確認する。


「じいじー、用意はいいー?」


 モニエ渓谷の反対側の崖上にいるムンドーじいじの顔が見える近さだ。


「準備はできましたー、姫様ー」


「それでは、秒読みしますねー、3、2、1、発破」


 掛け声と同時に、バムッ! と鈍い音がしたと思うと、大量の岩が一瞬浮き、そのまま下のモニエ渓谷へと、ドドドッドドっと轟音を立てながら、大量の岩と土砂を巻き込んで川を埋めていく。

 下を覗くと、渓谷は結構埋まっていて、この状態でも行けそうだけれど、私はこちら側崖に仕掛けた水蒸気発生剤も起爆させるために、じいじを待った。


 しばらくし待って、じいじがやってくると、同じように起爆して、崖を崩す。


 モニエ渓谷は見事に埋まり、天然のダムが出来上がった。

 私はその仕上がりに満足して、さっさとお家に引き上げることにする。


「さあ皆、ホラから怖いオジサン達が来る前に帰るよー」


 撤収撤収。


http://17585.mitemin.net/i206223/



★帝歴2501年10月13日 夕方 モニエ渓谷 ヤーコプ神父


 ティア達が撤収した後、轟音が聞こえてきたモニエ渓谷の近くまで調査にやってきたヤーコプ神父は、両脇の崖が崩れ、谷が埋まっている光景を目の当たりにして愕然となっていた。


「これは……人間業ではない」


 ヤーコプ神父の立っていた川辺りも、見る見る内に水位が上がってきて、その豪華な靴を濡らしていた。




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