ヒューパの逆襲

 ★帝歴2501年10月8日 ヒューパ城 ティア


「お父さん、ホラを滅ぼしに行きます」


「えっ?」

「えっ?」


……

……


「イヤイヤイヤ、お父さん、ティアが何言ってるのか全然分かんない。え? 今なんて言った?」


「いや、だからホラを滅ぼそうかなーって」


……


「だめっ! 何いってるんだ、ヒューパを護るだけで精一杯なのに、全く意味が分からない。ちょっと策略が当たったぐらいで調子に乗っていたら命がいくつあっても足らない。却下だバカもん!」


 もうっ。どうしてこの世界の人たちは、石頭なんだろう。

 あれか、ムンドーじいじの言っていた説明不足なのか……ですよね、説明不足ですよね。


 うーん、私の説明か……ホラを滅ぼす理由は単純明快、邪魔だからだ。


 ヒューパへの侵攻や略奪行為と、その上まだ脅威である事、そして貿易上、流通の生命線を握られ、不当な水準の関税をかけられている。


 今回の戦争でホラ男爵を捕虜にする事ができていたならば、流通や関税に関して大きな交渉材料になっただろうし、傭兵団を解散させる事もできた。

 ところが逃げられてしまった上に、ホラの城にはまだヒューパ以上の戦力があり、敵が準備をやり直せば、またすぐにでもウチに攻め込んでくるリスクが高い。

 さすがに次は、私の偽ワインを飲んではくれないだろう。

 だけれど、今ならホラを滅ぼすだけの理由も方法も思いつくし、実行に移せるだけの準備もある。


 それよりも疑問なのは、お父さん自身、ホラの事をどう思っているのだろうか?


 今回の侵攻にしてもどう見ても、ホラの横暴によって引き起こされた戦争だが、私には、不可解な事が多すぎる。

 ちゃんと情報が揃った今考えると、ホラがわざわざ戦争を仕掛けるには、割りが合わない。


 なのに、お父さんは、どうしたいの?


「お父さんこそ、ホラの事をどう思っているのですか? そもそもなぜ私達が彼らに攻め込まれなければならないのですか? ファベルの村の鉱山が欲しいだけなら、ホラの城で我々ヒューパの物流を締め上げるのを続ければ、交渉によってファベル村の鉱山はホラ領の物になっていたはずです。割の合わない戦争までやる理由が分かりません」


「なぜいくさになったのかは、まだティアが知る必要ない。いずれ私がどうにかする」


「ですが、今ホラを滅ぼさなければ、私達ヒューパ領に未来はありません。理由も分からないまま放置すれば、いつか……この次かその次にはヒューパが滅ぼされると思っているのではないのですか?」


「そこまで自信満々な理由は何だ? お前のその根拠が示されなければ、話しにならん」


 お父さんこそ反対をする理由を説明してない。

 私は私で、ここでハイそうですかとするつもりなど毛頭ない。


「私はこの世界に記憶を移して以来、何度も死から逃れられないような場面に出会い、その度に生還をしてきました」

「この世界の残酷さもシビアさも理解しようとしてきたつもりです」

「私は、この世界の流儀に従って生きようと覚悟をしています」

「例え他人の命を奪うことになろうとも、私の命、そして私の愛する人達の命を守る覚悟をすでに持っています。すでに殺生を行う事への葛藤は超えたつもりです」


 言葉を続けて、一つ一つ区切る。


「私には、戦って勝つための異世界知識があります。私の知識は『相手が知らない』と言う強みを有しています。また、逆に、私がこの世界の常識・知識を知らずに敗れるかもしれません。そして一度私の知識を披露してしまえば、次からは対策をとられ逆襲を受ける恐れもあります。ですが、それでも今は戦わないとダメなのです」


 自分の中のもやもやした物を整理しながら、一気にまくし立てると言葉が加速する。


「ホラの軍勢を蹴散らした時、私はホラの財政内情を書き記した書類を手に入れました。それによれば、ホラは金鉱脈枯渇の影響で多額の借金を負っており、さらに戦をしてしまったのが止めとなり、ホラは破産寸前です。彼らがこの状態を打破するには、戦争継続をして今度こそヒューパを滅ぼし全てを奪わなければ、雇った傭兵や騎士たちへの不払いで、逆にホラの領内で略奪を始めかねない状態に陥ってます。このままでは確実にホラは、近々我々のヒューパへと再度の侵攻を始めます。その前に手を打ち、先手を取る事で、逆にホラを早期に破産させ、戦の継続をさせないようにすると共に、一気にホラ男爵家を滅ぼすべきです。将来の禍根は摘むべきです。そして私には、それをやるだけの策があります」


 あっ!


 ……うわー、やってしまった。途中からノッてしまい、大演説をぶってしまった。でも私が言った事は全然嘘なんかじゃない、本気だ。

 元の世界で私を命がけで助けてくれたお父さんの残した言葉『生きなさい』を守る。

 そしてこの世界で育ったティアを愛するお父さんのためにも生きる。

 私は覚悟を決めている、私の知識によってこの世界が変わろうとも生き延びる、そしてできることなら生きやすい世界を造るつもりだ。

 そのためには、どう考えてもホラは邪魔。

 お父さんにどんな秘密があるのかは知らないが、ホラを滅ぼして彼の地を手に入れなければ、手詰まりに追い込まれていく。

 実際に私は、ベック少年達にもたせていた物を使って、日本時代に見た形状や工夫を思い出しながら、実験を繰り返し、今回考えている事に十分使えるレベルの物を作り出している。



 色々と考えていた私の顔を見ていたお父さんの表情が変わる。


「ティアよ、そこまで言うのならば、具体的な考えがあるのであろうな? 」


 やっと私の考えを聞く気になったようだ。


「はい、では、地図を見ながらお話をしましょう」



http://17585.mitemin.net/i199854/ ヒューパ領とホラ領の地図。



 その後、お父さんに地図を見せながら具体的な戦略立案を行っていく。

 今回の戦略上の要点は三つ。


・一つ、敵兵力へ、自分たちの雇い主はすでに給料を払えない事を自覚してもらう。

・二つ、実際の戦闘は極力避ける。

・三つ、占領後の住人統治方法を決める


 以上の三つを骨子にムンドーじいじ達を招集すると、作戦会議を開き、具体的にホラへの侵攻作戦を煮詰めていった。



★帝歴2501年10月10日 ヒューパ城 ティア


 作戦が決まり、実際に動き出すまで2日の日数がかかった。

 私は、ムンドーじいじと共に出発の準備を行っていた時、お父さんとお母さんに呼び出される。


 ここに来てなんだろう? ちょっと疑問になりながら二人が揃っているお父さんの部屋へと入る。


 「ティア、お誕生日おめでとう」


 思いもよらないお祝いをお父さんとお母さんから言われた。


 私6歳になりましたー。

 ……って10月10日か…そんな日に仕込まれたのですね私。

 と、ゲス顔を隠しつつ、お父さんとお母さんからの祝辞を受け、そしてお小言をもらう。

※実際の出産までの時間はもう少し早いです。


「ティア、お前の頭は常人以上の物を持っている、だがあまりに危うい。自分の欠点も自覚しようとする姿勢は正しいだろう、だが余りに経験が足らない。前にいた世界ではどうだったのか分からないが、いくさの恐ろしさは、いくら準備をしていても突然の変化が起きる事にある。お父さん達騎士は、幼い頃からの訓練によってそれらの不測の事態に対処する術と、心を鍛えている。ティアよ、お前がこれから相手にしようとする相手は、そのように、戦のために幼いころから鍛え上げた者共だ。今回は、ムンドーの言うことをよく聞け。彼は人族の数倍の経験を積んできた賢者だ。お前の足らない物を持っている。忘れるなよ、お前には決定的に経験が足らないのだから」


「はい」


 長い。


 私は、誕生日祝いにお小言をもらいました。

 うん、まあそうですよね、経験値って大事だからね。


 私達ホラ急襲工作部隊は、翌日にヒューパ城を発った。


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