攻め入る者
★帝歴2501年10月1日夕刻 ヒューパ ホラ男爵 (イエルク・フォン・ホラ)
先ほどの騎士突撃でヒューパ軍を馬蹄の下敷きに粉砕したイエルクは、配下の騎士達と共に後方へと下がっていた。
突撃の際、ヒューパ男爵らしき騎士を巻き込んだが、倒せたかの確信が得られない。恐らくダメージは与えられただろう。
後は傭兵たちの突入で、弱ったヒューパ男爵を捉えればいい。
目的は達したし、上から弓兵による狙撃が執拗になってきた、貴重な騎士戦力を消耗するわけにはいかないので、騎士達を下がらせる。
後ろに下がった後、余裕をもって前線からの戦果報告を待っていたが、なかなかヒューパ男爵を捕らえた報告は上がってこない。崖上からの弓と殿軍が頑張っていて、思うようには事態は進んでいなかった。
「ええい、何をしておる、森の中を迂回させ、敵の側面を突かせろ、急げ」
イエルクは伝令を出し、報告を待つ。
イライラしたホラ男爵がまた騎士達を使って突入の準備をしていた頃、森の中から煙が上がった。
「あれは何だ?」
隣にいたヤーコプ神父に問いかける。
「森に火を付けようとしているのでしょうか? それにしては、煙の上がり方が唐突すぎますな……ん、まただ」
ヤーコプ神父が話をしている間にも2回目、3回目の煙が上がると、森の中からホラの軍勢達が逃げ出してくる。
何が起きたのかを報告させると、あと一歩の所までヒューパ男爵を追い詰めた時、ヒューパ軍が一瞬で燃え上がる油を使い、ホラの傭兵の一部を巻き込んで燃やしたと連絡が入った。
森を見ると煙の範囲は広がり、あっと言う間に炎も見えるようになる。
「イエルク様、このままでは森への突入は炎に巻き込まれます、一度兵達を引き、ここで休ませましょう。我々に対してヒューパの軍勢は壊滅状態、軍として残っているのは崖の上で矢を打っている一部だけの様子。あの火の勢いなら明日の昼過ぎまでは森を通る事はできないでしょう、ここは一度兵たちを休めそれからヒューパ男爵を捕らえることにしてはいかがでしょうか」
「くそっ、もう少しであったのにヒューパめ、悪運の強いやつだ。兵に伝えよ、すぐに野営の準備をしろと」
そのままホラの軍勢は野営をして一晩をすごす。
★帝歴2501年10月2日昼過ぎ べケニ村 ホラ男爵 (イエルク・フォン、ホラ)
http://17585.mitemin.net/i205558/ 戦図:ミテミンUpload
結局、翌日の昼過ぎになるまで足止めは続き、辛うじて通れるようになった焼け焦げた森の残骸を通り過ぎると、夕暮れ近くの時間。途中にあったベケニ村に入る。
斥候を出して道の先を調べさせると、2kmほど先の森の入口付近で弓兵がいて、待ち伏せているのを確認。
昨日崖の上から矢を撃ってきた奴らだ、これから戦闘を開始して薄暗くなると、どこから撃たれるか分からない。
ヤーコプ神父の進言もあり、この村に一度泊まることになった。
村の周りに貧民兵を置き、夜襲の警戒をさせる。
貧民兵は使い潰すつもりで連れてきているので、傭兵たちは休ませるが、貧民兵には交代をさせず外に立たせた。
村に入ると中はガランとして、
慌てて住人たちが逃げ出していたのだろう、家の中の物が多く残されている。
傭兵たちは喜んで中の家々の扉を蹴り開け、中に残った物の略奪を始めた。
まあ、これが奴ら傭兵のボーナスだ、安めの契約金でもこのボーナスがあるので兵士が集まってくる、少々の役得は放っておくのが領主たる者の度量だろう。
ヒューパ軍の残した食料等があったので、毒の心配はないか調べ接収した。この先、農作物の刈り入れ時期なので食料の確保はやりやすいだろうが、一度にまとまった量が手に入るのは助かる。
ホラ男爵達は一番大きな家に入り、休もうとすると、外から喧騒が聞こえてきた。
外に調べに行かせると、広場で傭兵たちがワインの入った樽を見つけて、喧嘩をしていた。
「ふざけるな、俺たちが手に入れた物だ、勝手に飲みやがったな」
「うるせえ、俺達の方が先に見つけていたんだ、それを横から掠め取った癖に舐めた事言いやがって、こんな美味いもの独り占めにするつもりか」
ワインの小さい樽を見つけた傭兵同士が喧嘩を始めていた、最初は殴り合いの喧嘩だったのだが、途中で刃物を抜いた奴がいて、プラーナ防御壁を破って1人を殺してしまい、傭兵団同士での争いに発展しかけていた。
ヤーコプ神父がこれを仲裁に入って、騒ぎは収まり、事なきを得た。
報告を聞いたイエルクは、あまりの馬鹿馬鹿しさに唖然とする。
いくら傭兵共が酒に飢えているとは言え、あのクソ不味いヒューパのワインのせいで兵が死ぬとはな……全く馬鹿な理由で兵力が減ってしまった。
その日イエルクは、そのまま寝てしまう。
★帝歴2501年10月3日朝 べケニ村 ホラ男爵 (イエルク・フォン・ホラ)
翌朝、ホラ軍は、ベケニ村を出て弓兵のいる森を目指す。
現地まで着くと、昨日の斥候の報告通り、森のなかにはヒューパ軍の弓兵がいる。
両脇から森に挟まった街道を見ると、道の上には意味ありげに樽が置いてあり、樽の正体を調べさせたら、昨日森のなかで火を付けられた傭兵たちから、あの樽の中に一瞬で炎が上がる油が入っている事を知らされた。
「厄介だな、また森に火を付けられると行軍が伸びる」
「イエルク様、恐らくヒューパはそれが狙いでしょう、足止めをして時間稼ぎをするのが奴らの考えのようです。山の中に逃げ込む時間を稼ぐのか? それとも我々をもう一度迎え撃つ準備をしているのか? いずれにしても面倒です」
「うむ、ではどうする?」
「はい、地図を見ると森を迂回して山を通り移動するのも手ですが、補給馬車を連れた輜重隊がついてくる事ができません。ここは貧民兵に盾を構えさせ森に入れ、相手との間合いが縮まったところで傭兵を突入させましょう。短期決戦で行きます」
「わかった、そのようにしよう、貧民兵に盾を構えさせよ、前進っ」
貧民兵を前進させる号令が発せられる。
貧民兵が動き出すと、その動きの機先を制するように、森の中から矢が飛んできて貧民兵の盾に刺さった。
出だしを抑えられ混乱してしまったが、なんとか立て直し、貧民兵を前に進める。貧民兵達も死にたくないので必死で盾で矢を避けるが、ヒューパ軍の弓兵の数自体少なく、矢を節約しながら撃ってきているので、徐々に戦線を森の中へ押し込んでいった。
このまま押し切るために、歩いて前進しいていた貧民兵たちを急がせる。
後ろから追い立てるように急がせると、走りながら矢を避けきれない兵士たちが少しずつだが倒されていく。
それでも森の中まで取り付くことができたので、傭兵を動かすと、今度は傭兵を指揮している隊長を狙って森の別の方向から矢が集中的に飛んできて、傭兵隊を混乱に落とした。
混乱はなかなか収まらず、敵弓兵に翻弄される形で昼過ぎまでかかって貧民兵と傭兵が、敵の弓兵を接近戦に捕らえるところまでこぎ着けた。
せっかくここまで進めたのだが、例の油に火をかけられ、森に火がつく。
火災に巻き込まれる前に兵たちを森の中から撤収させた。
「くそお、どう言う事だ、あのような弱兵の弓兵如きに手こずるとは」
「イエルクさま落ち着いてください、森をご覧ください、火の点いた場所からはこちら向きに風が吹いております、このまま燃えると、夕刻までには消えて前進ができます」
今回の攻撃で傭兵の犠牲者は多く出なかったものの、弓兵を倒すこともできず、結局時間稼ぎをされてしまうが、森の火災も長くは続かず、夕方ぐらいに火の消えた森を抜け、すぐ近くにあったカタの村へと入ることになった。
★帝歴2501年10月3日夕方 カタの村 ホラ男爵 (イエルク・フォン・ホラ)
http://17585.mitemin.net/i205708/ 戦図:ミテミンUpload
空っぽになっていた村長の家を使い、中で軍議を開く。
「イエルク様、ここを抜ければもうヒューパの城までは森がありません、奴らは同じ戦法はつかえなくなります」
「うむ、このままヒューパの城まで一気に攻め落とす事になるな。敵の軍は壊滅をしている、途中で抵抗があっても大した数の兵ではあるまい、こちらには騎士がまるまる温存されている。雑兵がいくらいようと関係ない、踏み潰すだけだ」
今日の軍議は勝利を目前としていて、軍全体がいい雰囲気になっている。
外では、傭兵たちが集まり酒を飲みながら騒いでいるが、ヒューパ軍が置き忘れていった物資の中からワインの樽が10本近く出てきて、全部の傭兵たちにも行き渡ったので、昨日のような喧嘩は起きなかったようだ。
貧民兵は相変わらず、村の外で警戒をさせているので酒にはありつけないが、貧民兵を指揮する傭兵頭はワインをちゃっかりもらってきて飲んでいる。
ヤーコプ神父は、最初にワイン樽が見つかった時、銀の器に入れてヒ素等の毒を疑ったが反応はなかった。
それでも毒の疑いは残っていたので試したかったが、ヤーコプ神父自身、修道院育ちで世俗的な楽しみの酒には馴染みがなく、酒が飲めなかったので、自分で試す気にもならず、周りを見る。
すぐ近くに物欲しそうな顔で飲みたそうにしていた傭兵隊長がいた。
「どうだ、少し飲んでみるか?」
「よろしいので、それでは喜んで」グピクピクピ…プハー。
この男に飲ませて、しばらく様子を観察する。周りにいた他の傭兵たちも少し不安な顔で見ていたが、特に変わった様子も出ず、自分たちも欲しそうにざわつき始める。
「どんな味だ?」
「そうですね、昨日ちょっと飲んだワインよりも酒精が強いですね。でも味は悪く無いですぜ、俺はこのワインの方が気に入りました」
飲んだ傭兵の感想では普通のワインよりも酒精が強いし、味も悪く無いワインだと喜んでいたので、毒の疑いは晴る。
この様子を見ていた周りの傭兵たちも我慢ができず、あっと言う間にその場でワイン樽を開けて、飲みだした。
その様子を見たヤーコプ神父は心配をして全員に聞こえるように大声を出す。
「貴様ら、明日は戦闘がある、二日酔いになるほど飲むのではないぞ、わかったな」
「へーい、ヤーコプ神父様、大丈夫でさ、俺たち傭兵も命がかかっているから飲み過ぎないように抑えるのが流儀ですぜ、おまかせあれ」
こうなってしまうと、ヤーコプ神父にもどうすることもできず、ホラ男爵の分を1樽用意して騎士達のいる建物まで持ってくると、ホラ男爵 (イエルク)様は。
「
と言ったので、騎士達も軍議の後、食事をしながらワインを飲んでいたが、騎士達もワインの味を気に入ったのか、あっと言う間に樽の中身は空になっていく。
あまりに美味そうに飲んでいた様子をみていたホラ男爵は、さすがに気になったのか
「そなた達、ワインはそんなに美味いのか?」
「へへへ、イエルク様、これはいけますぞ、いやあ、誠に(ワインを好きにさせてくれて)ありがたいですな」
ホラ男爵は、最後の方で一杯もらって飲むと、自分が思っていたヒューパのワインと違う事に気がついたが、時は遅く、もう二杯程度しか残ってなかったのを取り上げてチビチビと飲んでいた。
外ではすでに、全部のワインは飲み尽くされていたので、ホラ男爵は後悔しながらその日は就寝をした。
★帝歴2501年10月3日 夜 後方陣地 ティア
時間稼ぎをしてくれていたムンドーじいじの弓兵達が帰ってきて報告を受けると、敵は夕方になってカタの村に入ったことが分かった。
私の望んでいた形になりつつある。私は斥候に命じて、カタの村の様子を探りに行かせた。
斥候役の猫形獣人族の冒険者は、トラビスの伯父さんだったのが後で分かって、
斥候が帰ってくるまでの間、何もしてなかった訳ではなく、ムンドーじいじの連れて帰ってきた弓兵達の怪我の手当や、休息用の場所を確保したりと大忙しだ。
鼻歌を歌いながら、私の策略が上手くハマってくれている事を祈りつつ、もし失敗した場合の事を考える。
もし失敗した場合にも一つ保険はかけてある。そちらは今、ベック少年、トラビス少年、そしてドワーフの石工達を使って準備中だ。
後始末が大変なのであまり使いたくはないが、第一弾の策が失敗の場合は、彼らに頑張ってもらおう。
そうしていると、斥候が帰ってきてカタの村の様子を報告する。
「姫さま報告します、カタの村では周囲を装備の薄い兵士達……ホラの貧民らしき兵達が囲んで警戒をしております。村の中の方では明かりが煌々と炊かれ、酒盛りの声が聞こえてきていました。どうやら宴会をしているようです」
「分かりました、下がっていいです……ヤマタ作戦は上手く行っているようね」
後半は周りに聞こえないぐらい小さく呟く。
隣のムンドーじいじが声をかけてくる。
「姫さま、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫だわ……とてもね」
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