撤退戦 その3

★帝歴2501年10月1日夜 カタの村 ティア


 カタの村に着いた時には、すっかり夜になっていたけれど、村にはまだ兵士達が残っており、中でも騎士のカインさんと合流できたのは頼もしい……が、カインさんの怪我もかなりの重症だった。

 私は、まだ元気のある兵士を交代させながら、カタの村の手前の森の入口付近で警戒をさせて、他の兵士たちをゆっくり休ませる。

 私の配下の石工達には、いつでも森に火をかけるよう、夜通しでテレピン油を森に仕掛けさせていた。


 私はと言うと、幼児なので一番に眠気に襲われて、ムンドーじいじに後を頼んだ後からの記憶がない。良い子は早寝早起きなのだ。



★帝歴2501年10月2日朝 カタの村 ティア


 翌朝、私が目を覚ますと、カタの村の兵士たちは起きていて、撤収の準備をしている。

 まだ煙が上がっている森から、見張りをしていた斥候が帰ってきたので、打ち合わせをして、自分の直属の部下を呼ぶ。

 私は、自分の直属のドワーフの石工達に夜通しの作業をねぎらった後、先に準備していた物を持たせて、予定していた場所へと行かせた所で、ある事に気がついた。


 あれ? ベックの顔が見えないな?


「ベックー、どこにいるの、ベックー」


 ベック少年の姿が見えないので探していると、特訓仲間のトラビスがいたのでベック少年の居場所を尋ねる。


「あ、姫様お早うございます。ベックなら馬車で今から後方陣地へと移動しようとしてましたよ」

 と言われ、慌てて捕まえに行った。


 冗談じゃない、あいつ逃げようとしてたのか、まだ仕事が残ってるので逃げてもらっては困る。


 馬車の御者台でニコニコと座ったベックが出発しようとしていたのを見つけ、荷台から飛び乗ってベック少年の後ろに忍び寄ると、優しく抱きつく。


「ベーック君、なにしてるのかなあー」

「ひっ!」


 私は、ベック少年の返事を待たずに、スリーパーホールドで絞め落として連れてきた。



 お父さんの場所に大人たちが集まっていたので、私も一緒に混ざる。ベック少年は活を入れて蘇生して、とある命令をしておいた。


 斥候からの報告で、森の外の状況が入ってくる。

 まだべケニ村の向こうの森は燃えていて、ホラの兵士たちの姿は見えてない、恐らく昼過ぎぐらいまではかかるだろうと、ムンドーじいじが言っている。

 私の希望として、ホラの軍勢のみなさんには今晩、べケニ村で一泊してもらいたいので都合が良さそうだ。


 後方陣地へと全員移動する話になりそうになったので、私は、時間稼ぎの方策を提案する。


「はい、はい、提案があります」


「話を聞こう」

 今までとは違い、お父さんが皆の前で私の話を聞いてくれる。


「後方陣地の準備のためにもう一日欲しいです。なのでカタの村の手前の森で明日一日敵を翻弄してしまいたいので、弓兵を貸してもらえませんか」


「却下」


 さすがに私が直接指揮するのは速攻で却下された。

 だからと言って、諦めるわけには行かないので、別の方法を提案するために食い下がる。


「なら、弓兵の指揮はムンドーじいじにお願いして、時間稼ぎをするべきです。危なくなったら油で森を燃やしてしまいましょう。昨日の火災でホラの兵士たちも警戒しているはずなので、なんとかなると思います」


 隣で聞いていたムンドーじいじがフォローを入れてくれる。

「アルベルト様、姫様の案も悪くはありません、後方陣地の構築に時間は欲しいですし、森の中から弓兵を使えば、粘ることもできそうです。森に配する弓兵と後方陣地との連絡を密に取り、こちらからも斥候兵を走らし敵の動向を監視しましょう」


「うむ、ムンドーの案を採用する。弓兵は再度ムンドーの指揮下に入り森のなかでの散兵戦を行う。危なくなればティアの提案通り、油を使って森を焼き、時間稼ぎを行え。その他の者は後方陣地へと引くぞ、急げ」


 お父さんの号令で全員が動き出す。


 全員が動き出すと、私も自分の用事をムンドーじいじにお願いする。


「ムンドーじいじ、この樽に火をつける時は気をつけてください、一瞬で周りが燃え上がるので近づいて火を付けてはいけません」


 私はムンドーじいじの元に行って、テレピン油とメチルアルコールの入った小さな樽を手渡す。


「昨夜の内に私の直属の部下が森の要所に油を仕掛けました、森の入口にあえて見えるよう油の樽を置いています。昨日の被害を受けた傭兵たちが警戒するので、敵の騎士もいきなり突撃はしてこないでしょう。危なくなったらさっさと火を付けて逃げてきてください。できれば明日の昼前ぐらいまで粘って森に火を付けてくれたら助かります。敵の軍勢が明日の夕方にこのカタの村に入ってくれるよう、誘導してください」


 ムンドーじいじは、私の頭を撫でながら『かしこまりました姫様』と言って出て行く。


 残された私と直属のドワーフ達、そしてベック少年で少し作業をしてからカタの村を出て後方陣地へと下がっていった。



 後方陣地では、少し問題が起きていて、お父さんとカインさんの具合が思ったより悪く、さらに後方へと下げられてい行く事になった。

 私は、お父さんの代理として、ヒューパ軍の旗頭となり、陣地構築の責任者はジョフ親方に任せ、実際の戦闘指揮は森で足止め作戦をしているムンドーじいじに任せる事になる。


http://17585.mitemin.net/i205558/ 戦図:ミテミンUpload


 慌ただしく防衛陣地構築の作業をしている中、ムンドーじいじとの連絡線により情報が送られてきた。


 この日、ホラの軍勢は結局、夕方になって現れ、べケニ村へと入っていった。


 斥候からの報告で、ホラの軍勢がべケニ村に入ってしばらくすると、中で何か喧騒が起きていたらしいと報告されたが、村の周りの警戒が厳しくそれ以上の事はわからなかった。


「おしっ、これで時間は稼げた、陣地の強化が図れるぞ」

 斥候からの報告を聞いた他の大人たちは喜んでいる。後方陣地の強化を続けることができると、ジョフ親方達は喜んで、夜通し陣地構築を行った。


 私はと言うと、斥候からの報告を聞いて、大人たちとは別の理由で頬が釣り上がる。

 どうやら第一段階は上手くいった兆候が見える。私の用意した仕掛けの一つが動き出した可能性がある。自分でも分かるぐらいほっぺが上がっている。

 できれば最初の仕掛けだけで終わらせたいが、駄目ならもう1つあるしね。なんとかなりそうかな。


 ヤマタ作戦はまだ継続中だ。


 私の隣にいたベック少年がまた『姫さま悪い顔をしている』と言っていたので、肘の上筋にある手三里のツボを押して健康促進をしておいた。

 彼は、大きな声で泣いて喜んでくれて、主人として大変頼もしい。

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