撤退戦 その2

★帝歴2501年 10月1日昼過ぎ 最前線 爺さん達、老兵


 少し前の時間。



「急げっ、荷物は捨てていけ」

 後方に下がって休息を取っていた古参の老兵達の元に、最前線からの騒ぎが届いてきた。


「どうした、何があったのじゃ」


「どうもこうもない、負けたんだ、敵の騎士が自分の味方毎踏み潰して、俺たちの陣へ雪崩込んで来た。あんな恐ろしい攻撃方法を目にすれば、皆頭が真っ白になるわ。何が起こっているのか、隣の奴が倒れるまでわからんかった。そいつの血しぶきを浴びた後は、もう無我夢中で逃げてきたんだ」


「なんじゃと、アルベルト様は? アルベルト様はどうなった」


「解らん、それより爺さん達も急いで逃げろ、すぐに敵の傭兵が来るぞ」


 敗残の農兵達が大勢走ってくる。

 休憩所で座っていた老兵達は、お互いに顔を見合わす。


「こりゃいかんの」「全くじゃ」「アルベルト様は、まだお甘うござる」「ワシラは、負けたようじゃな」「まいったのー」


 皆笑っている。


「では、アルベルト様をお救いに行くかの」「ご恩を返すときじゃ」「ホラの不良冒険者なぞ蹴散らしてくれるわ」「ほうじゃ、ほうじゃ」「若いもんには負けんぞ、ワハハハ」



 爺さん達50人の老兵が最前線の近くまで駆けつけると、アルベルト様を守ろうと、騎士のトート様や、カイン様達が奮戦している。

 すぐに乱戦になっていた修羅場へ突入する。突然の来襲に驚いた傭兵達が一度退いたのを見計らって、崖上からの援護射撃を貰いながら後退していった。


「はぁ、はぁ……どうやらご無事で」「どうですじゃ、アルベルト様、わしらの働きぶり、まだまだやれますじゃろ」……

 老兵達は、肩で息をしているが、1人も欠けていない。大口を叩くだけの事はあった。


「すまん、助かった。お前たちも引いてくれ、俺たちが殿軍をして逃がす」


「アルベルト様、そこは、『お前ら殿軍をしろ』と言ってくださいませ」「そうじゃ、そうじゃ、水臭うございますぞ」「年寄りだと思って貰っちゃ困りますのじゃ」


「そうか、すまんな、では、お主等に命ずる、殿軍に入り、味方の農兵達を逃がすぞ」


「「「おー」」」



 その後、陣を組直し、傭兵隊の攻撃を2度押し返した頃、騎士のカイン様が大怪我をしたので先に後方へと下がってもらった。

 指揮をしているアルベルト様の負傷も、もう限界に近い、これ以上の戦いができなくなった。


「しょうがないのお」

 老兵のリーダー格の男が呟く。


「ほうじゃの、じゃあ、やるか」「ほうじゃほうじゃ」「アルベルト様には悪いがの」「アルベルト様はお甘いからの、上手くいくじゃろうて」

 老兵達が、アルベルト男爵の方を見て、怪しくニヤつく。



「アルベルト様、お話がありますのじゃ」


「どうした」


「どうやら、アルベルト様はここまでのようですじゃな。先に逃げてくださんか、わしらは歳じゃからもう無理ですじゃ、一度戦って敵を引かせたら、さっさと森に入って散り散りに逃げますのじゃ。わしら古参兵は、逃げるのは得意ですからの」


「くっ」


「そんな顔なさらんでくだされ、ほれ、さっさとお行きなされ、トート様、アルベルト様とカイン様をお願いしますよ」


 まだ逃げないと喚くアルベルト様を連れて、トート様達が後方へ下がっていく。



「やれやれ、アルベルト様はお甘うござるのお」「ほうじゃ、心配じゃのお」

 老兵達の愚痴が続く。


「いやいや、アルベルト様が生き残ってくれれば、ヒューパはまだ大丈夫じゃぞ」

「おう、あれじゃな」

「ほうじゃ、姫様じゃ」

「ああ、あの姫様なら大丈夫じゃ、わしらでも勝てないお強さじゃし、度胸もいい。何より賢い」

「それにべっぴんじゃ、あの姫様が大きくなるのが楽しみじゃて」

「アルベルト様が生き残ってくだされば、姫様が大きくなった頃には、ヒューパも盛り返すじゃろ」

「ワハハハ、残念じゃのお」

「ほうじゃ、ほうじゃ」


 その時、敵の傭兵隊が兵を組み直して再度現れた。


「それじゃ、手はず通りにやるぞ」

「「おーう」」


 その後、老兵達は、逃げ出さなかった。

 敵傭兵の猛攻を受けながら、崖の上からの援護射撃で、3度の突撃を凌いだ老兵達は、人数を半分以下に減らしていた。


 仲間の死体を土塁代わりに積み上げ、簡易陣地を作って仲間に声を掛け合っている。

「おーう、生き残ってるのは何人かのー」

「元気なワシを入れて18人じゃあー」答えた猫族の老人の左腕は無くなっている。

「そりゃあ、頼もしいわ」「ほうじゃ、ほうじゃ、ワハハハハ」

 笑っている老兵達は、全員満身創痍で、1人もマトモに戦える人間は残っていなかった。

「おお、また来よったぞ、こりゃ厳しいのお」

「姫様が大きくなるのを見たかったのお」

「ほうじゃ、ほうじゃ」

「べっぴんになった姿が見たかったのー」

「ワハハハハハ、やるぞ」


……



★帝歴2501年 10月1日夕方 森→べケニ村 ティア


 救援に来た私の顔を見てお父さんが怒り出す。

「ティア、あれほど危ない真似はよしなさいと言っただろう、それにその格好はなんだ、お父さんの軽銀の甲冑をあげたじゃないか、なんでいつものズボン姿なんだ」


「お父さん、お話は後で、急いで撤退しましょう」


 あーうるさいうるさい、身体に何本かボウガンの矢が刺さっていて、青い顔をしているくせに小言なんかいいでしょ、まったく。負けている私達に選択肢は少ないんだからしょうがないじゃない。

 私達は、配られたカードで勝負するしかないの。


 私は、プリプリしながら、撤退をしていると、お父さんと一緒に撤退をしたヒューパの冒険者に話しかけられた。

 話では、以前一緒に訓練をしたお爺ちゃん達が、今燃え盛っている森の中に残っていると言われ、血の気が引く。そんな私の様子を見た冒険者は、『ですが姫様、我々の元まで敵が追いすがってきたのは、すでに逃げ出したのでしょう』と言われて少し安心する。


 後で崖の上にいるムンドーじいじに聞かないと。



 森から抜けだして、無人になったべケニ村に入ると、怪我人達の応急手当を行う。

 森から続く道を見渡せる場所には、騎士のトートさんが立ち、警戒をしてくれている。激戦を戦った後なのにタフな人だ。


 お父さんの怪我は、ホラの騎士の突撃の攻撃でプラーナ防御を突破されてできた物だと言っている。すぐにポーションを飲んだが中途半端な回復になり、何度も危険な状態になったそうだ。


 もうっ、お父さんこそ危ないことしちゃってるじゃない、男の人って無茶するんだから、もうっもうっ。


 私がプンスカ怒っていると、兵士たちがお父さんの身体に刺さった矢をペンチの大きいので切り、やじりに縄を括りつけて引き抜こうとしていたので、私が持ってきたエチルアルコールで、矢と傷口を消毒をする。

 身体の中にこれ以上ばい菌を入れる訳にはいかない。


 腕の外に飛び出た鏃に紐を括りつけ、せいのっ、で引き抜くと、お父さんは小さくうめき声を出しただけで耐えている。

 その傷口をもう一度エチルアルコールで洗い流し、薬草を塗った膏薬で貼り付けると包帯を巻いて終わり。

 顔の傷も持ってきた無菌水で洗い流して、エチルアルコール消毒。その場で糸で傷口を縫い付けてしまう。

 全部麻酔無しでやっていたので、この時代の人達は偉いなあと思った。

 麻酔無しとか私には無理だわ、怪我しないようにしなきゃ。

……無茶しぱなっしの自分の事は棚に上げている。



 お父さんの治療が終ったので、他の兵士達の治療をすすめる間に、テーブルの上に寝させているお父さんに簡単な報告をする。


「お父さん辛い所ごめんなさい、後方の現状を説明します。今後方ではカタの村から5kmぐらい下がった、崖に囲まれた場所に後方陣地を築かせています」

 地図をお父さんに見せて場所を確認してもらう。


http://17585.mitemin.net/i205291/ 戦図:ミテミンUpload


「悪くない場所だが、兵は足りるのか? それと陣地を構築して兵を並べる時間の余裕はあるのか?」


「敗軍になった兵士をカタの村に集めさせ、治療を施しています。少数でしたが予備の武器と装備が有りました、そちらを持たせれば……恐らく足りるでしょう」

(それだけ兵士が減ってしまったと言うことだ)

「時間的余裕ですが、先ほど見ていただいた通り、森を焼き足止めを行います。カタの村の前にある森を焼けば、もう一日は時間的な余裕が作れるでしょう」


 私の言葉に、お父さんの顔が少し曇る。

「ティア、そなた森を焼くと言う意味は分かっているのか? 森はそこに住まう村人たちの生命線であり、めぐみの地なのだぞ、簡単に焼くと言う選択を成すと後々に禍根を残すことになる、その覚悟はあるのか?」


 ……そうか、中世の森は住人にとって燃料の確保や、食料等を維持するための重要な共有財産だったな、ここに来る途中、べケニ村の人達に森を焼くと言った時の表情はそういう事だったのか。


 「……焼きます」


 ……だけど。


「それでも焼きます。今は命を助ける方が優先されるべき事態です。ホラの騎士達の残酷な用兵ぶりや、以前私が経験したファベル村への襲撃事件を見れば、ホラの騎士達は人の命を恐ろしく軽く見ているのが、異世界の知識を持つ私にも分かります。今は、時間を稼ぐことが最善手と判断します」


「……わかった、その方針で行こう。次に、ホラの奴らの戦術は聞いたようだな? 味方の兵士の上を踏み潰しながら馬防柵を吹き飛ばして突入してくるぞ、それへの準備はどうする?」


「そちらは、2つの手を準備しております。例の科学の力です」


「危ない物を作るのは禁止していたはずだが?」


「前に作った物程危ない物ではないですが、とある物を作っています……まあ危ない物なんですが……」


「……分かった、この際だ詳しくは問わない…崖の上で我々を支援していたムンドーが帰ってきたら一緒に移動しよう」


 そうしていると、ベック少年が馬車に乗ってやってきたので、ベック少年が乗ってきた馬車の荷物と一緒にワインをベケニ村で放棄した他の荷物の中に、無造作・・・に見えるよう置いてきた。


 大変高価なワインだ、ホラの兵士たちには、是非私の策にハマってもらい、その値段に見合うだけの対価を支払ってもらわなくてはならない。


 そういう訳なので、ワインである事はお父さん達には知らせてない、知らせたら全部飲まれちゃう。


 お父さんは、怪我してるくせにそのまま自分で歩こうとしていたので、強引に馬車の荷台に乗せて移動させる事にする。

 外はすでに薄暗い、早く移動しないといけない。

 

 私達は、怪我をした他の兵士たちの簡易の治療を済ませた後、自分で動ける兵士と動けない兵士に分けて、動ける兵士に松明をもたせ、動けない兵士を荷馬車のお父さんと一緒に乗せて移動する。


 この時間になると、敗残兵の何人かが無事戻ってきたけど、あのお爺ちゃん達の姿が全く無かった。



 私は、お父さん達と一緒にカタの村へと移動しようとしてたら、ムンドーじいじ達弓兵が山から降りてきて私達と合流したので、気になっていた事を聞いた。


「じいじ、あのね、私森を焼いちゃったんだけど、あそこにまだ残っていたお爺ちゃん達はどうなったの?」


 じいじは、私の顔を見て少し考えて答えた。


「姫様、彼らは、アルベルト様を逃がすため自ら捨て石になりました」


「えっ?」


「敵傭兵の突撃を3度押し返した後、4度目に全滅です」


「だって、あのお爺ちゃん達って、何回も激戦を生き残って、イザとなったらいつでも逃げ出すから大丈夫って言ってたよ」

 ムンドーじいじは、首を振った。


「崖の上から何度か逃げるように指示をしても、彼らは、その場に留まり続けて倒れました」


「そんな……」


「それが彼らの生き方です」


 ムンドーじいじは、ここで話しを切ると自分の仕事へ戻る。補給物資の中から矢を急いで補給させると、兵士達を休息させて、じいじ1人でお父さんの所へきた。


「アルベルト様、ご無事で」


「上からの援護は助かった、良い仕事をしてくれたぞムンドー。すまないが、ここからはティアの補助をしてやってくれ、俺はこの状態では思うように指揮がとれない」


 ムンドーじいじの弓兵部隊は、最初100名程だったのだが、大負けをしているのを見た兵士達に動揺が広がり、戦闘を停止後、崖から降りて帰ってくる間に、100名いた兵士の内、約20名ほどが逃亡してしまっていた。

 兵力が減るのはかなり痛いが、それでも8割をキープした軍を一つ手に入れただけでも心強い。


 ベケニ村を出る時、夜を照らす程燃え続けている森をしばらく眺めてから、馬車の御者台に座るベックに移動開始を告げた。


 私達は、まだ赤々と燃え盛る森を背にべケニ村を発ち、夜道をカタの村へと急ぐ。





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