フルメタル・ポケット

特訓

★帝歴2501年 5月 ヒューパ ティア


「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」


 こんにちわ皆さん、ティアです、ラマーズ法ではありません。


 5歳児を特訓と称して、城の周りを走らせる鬼教官の仕業であります、サーイエッサー。


 私の住むこの世界には、魔法があります。魔法は決まった呪文だけで発現するのではないそうであります、サーイエッサー。

 魔法とは、精神の集中による体内マーヤ魔力の発動なのだそうです。その魔力を使って精霊さんの力を通して現世に魔法を発現させるのだそうであります、サーイエッサー。

 精霊さんとは、仲がいいのに精霊魔法が全く使えない私は今、その精神力を鍛える為に走っております。気合だそうであります、サーイエッサー。


 因みに鬼教官とはムンドーじいじ殿であります。サーイエッサー。

 あんなに優しくて大自然の叡智を集めた賢者のようなダークエルフのじいじが、鬼になっています、鬼ですよ鬼、ダークエルフ族なのに。なんでも、かつてこの世界を支配した旧ピタゴラ帝国式の軍隊教練方法だそうであります、サーイエッサー。

 旧ピタゴラ帝国後期に現れた、勇者であり大将軍だったハートマン将軍によって考案され、全軍隊の教練になり軍が生まれ変わったそうであります、サーイエッサー。

 残念な事に、世界が崩壊した後、この軍事教練は廃れて誰も知らないそうでありますが、この機会に教官どのはドジでのろまな亀である私を鍛えあげてくださっていますであります、サーイエッサー。


 教練開始当初、行進をするとき、とても5歳児の幼女に言わせられない卑猥な行進歌を歌いながら走っていたのですが、お父さんがすぐに飛んできて辞めさせられました。

 私は、結構気に入ってノリノリで大声で歌っていたのに残念であります、サーイエッサー。



 あ、お城の正面門が見えてきました、さっき一周前に倒れたベック少年が、そのままの姿で寝ています。

 あら、大丈夫かしら? 見てあげなくていいのかな?


 ヒューパの街とお城は、木でできた建物が大半だけれど、地形を利用して、少し小高くなった丘の上に丸太と空堀で囲った城が建っている。

 その周りを囲むように街が広がっているが、その街全体も周囲に空堀を掘り、内側に盛り土した土手を作ってその上に木柵をして、魔獣からの攻撃に備えた砦になっている。


 私が今走っているのは、お城の空堀の中を走っています。



 さて、空堀の中に倒れたままのベック少年がちょっと心配ですが、一つ腹のたつ事があります。

 私達が走っている堀の上に人影が……

 ヒューパの街に住む糞ガキ達が堀の上に群がり、指差して笑っていますね。


 ……その内こいつらも巻き込んでやろう。


 私が門の前まで走り終えると、気絶していたはずのベック少年がしれっと立ち上がって、私の後ろまでやって来て並んだ。


 ……君…気絶してたんじゃなかったの? 後で覚えておきなさいよ。



 私が、息も絶え絶えに直立不動で両腕を後ろに回し立っていると、目の前の鬼教官殿が、ありがたい訓示をくださいます。

「さて、今日の訓練の前菜はどうだった、楽しめたか? だがな、貴様は屑だゴミだ、そしてドジでのろまな亀だ、解ったか」


「ゼエ、ゼエ、はい、教官、私はドジでのろまな亀であります、サーイエッサー」


「貴様のようなドジでノロマな亀は、一兵卒からのスタートだ。軍事チートなど600年早い」


「はいであります、サーイエッサー」


「一兵卒を卒業したら、軍の動かし方を教えてやる、貴様が殺す仲間のな」


「仲間は殺さないであります、サーイエッサー」


「口答えとはいい度胸だ、いいか、貴様はこれから魔王と戦う。貴様のせいで山ほど仲間の死体が積み上がる。貴様はその山を登って魔王のいる頂きまで行かなくてはならない。これから登った後の戦い方をみっちり仕込んでやる。いいか、戦略とは、非常時の非情の法だ。ドジでのろまな亀の貴様を一兵卒から鍛え上げ、一人前の勇者として兵を率いられるようにしてやる。分かったか」


「サーイエッサー」


「よーしいいか、言葉の最後はサーイエッサーだ、飯を食うとき、糞を出すときも最後はサーイエッサーだ」


「サーイエッサー」


「サーイエッサーの意味などワシにも分からん、なんの意味だか知らんが、軍では最後にサーイエッサーと言うのに決まっているのだ、分かったかっ!」


「サーイエッサー」


「ところで、ドジでのろまな亀の後ろには、さっきまで寝ていた血と糞が詰まった糞袋が立っているようだが、貴様なぜ返事をしない」


「…さあ?」



……その後、ベック少年は、空気椅子の姿勢のまま、精霊魔法のための精神集中特訓を受けた。


 私はと言うと、一ヶ月間の特訓にも関わらずまだ、魔法を使える気配が無い。

 腹が立つがベック少年はすでに、火の精霊魔法の初歩が使えるようになっていた。

 ……なぜ?


 私は、鬼教官の罵声に耐えながら、私の周りをからかうように飛び交う精霊に命令を出しているが、全然言うことを聞いてくれない。

 こんなにハッキリ見えているのに、なんの嫌がらせだろう……心当たりなら有るが、認めたくない。転生神の奴を引っ叩いてやりたい。


 思い通りにならずイライラしている私の姿を見て、離れた場所にいる糞ガキの皆さんは、指差しながら笑っている。

 だけれど、精霊魔法の特訓が終わり、体術の特訓になるとさっきまで笑っていた糞ガキの皆さんが青くなって、大人しく見学するようになった。大変よろしい。



 魔法の特訓が終わり、次に私は、体術の特訓を受ける。

 ムンドーじいじが特訓相手だが、最初に、身長差がありすぎてリーチが届かないと文句を言ったら、大人になってからも戦う相手は、魔獣や魔物の自分よりずっと大きな相手だと言われた。

 まあ、そうなんだけど、戦い方に困るよね、相手の懐に飛び込むスタイルで戦ってもいいけれど、対人スキルで魔物相手でも戦えるのだろうか? 私には分からないが、ムンドーじいじの軍隊式教練では、全てが反射的に行われるように組まれていた。


 正直、魔獣相手なら飛び道具使って、遠距離からチマチマ削るスタイルの方が確実だよなあって思いつつも、肉弾戦の体術を叩き込まれている。


 ベック少年と言えば、じいじの指示で、最初の基礎からだと言われ、毎日大人用の斧を持って薪割りを延々とやっている。



 私の方は、最初からかなり専門的な動きを訓練されていた。

 最初の頃、私の動きを見てムンドーじいじが不思議がっていたが、日本に居た頃の私が、空手と言う武道の経験者だと聞いて納得された。

 空手の型を見せると、接近戦で戦う方向で、戦い方のカリキュラムが組まれた。


「姫様、わしの動きをよく見て潜り込みなさい」


 ムンドーじいじの木刀の下をかいくぐりながら、左手に持った木刀でムンドーじいじの足元を攻撃しつつ、右手の木製の模擬ナイフで脇腹をエグる動きを何度も繰り返して覚える。


 最近毎日見学にくるようになっていた糞ガキ連中には、恐らく何が起きているのか理解できないだろう。

 5歳児にしてはあり得ないほど、今の私のダッシュ速度は早い。

 これまで自覚はなかったけれど、ムンドーじいじの説明では、ワイバーンを倒した時に得たダルマ経験値によってもたらされた肉体強化は、桁違いに大きかったらしい。思い返してみたら、不良冒険者を倒した時の力や、ホラの騎士からの攻撃を躱した力もこのお陰だったんだな。



 この世界で大人の戦闘術は、お互いのプラーナ防御壁HPを削り合って、最終的に動けなくなった相手に止めを刺すスタイルだそうだ。

 私の場合、いきなりプラーナ防御壁を撃ち抜き直接身体に刃をえぐり込む黒のナイフ=魔剣がある。

 対人戦闘なら、魔剣の一撃を相手の急所に入れる事ができれば、私の勝ちだ。


 ムンドーじいじが教える剣術は、大人のそれと違い、背の小さな私用に、相手の腕の下に潜り込み、騎士の甲冑の継ぎ手や隙間の有る脇腹から肝臓を狙ったり、背中から腎臓を狙ったり、足の内ももの付け根辺りの太い血管や、膝関節の筋を狙う嫌らしい攻撃方法を叩きこまれた。


「よろしいですかな姫様、今お教えしている体術は、あくまでも対人用、森の魔獣相手では最後の手段です。森の魔獣の大半には、火や罠を利用してください。知恵の力で戦うのです」


 森には枯れ草や燃えやすい枯れ枝が簡単に手に入るので、炎を作り出してしまえば、大抵の場合、魔獣が相手でも逃げ去ると言われた。

 大きな炎で火力を加えたら、獣の毛皮に燃え移り、プラーナ防御壁HPが高い魔獣であろうと猛烈な痛みと共に、あっという間にプラーナ防御壁は消えてしまうので、物理攻撃として火は有効な攻撃方法だそうだ。

 中にはその炎に耐性のある火炎熊のようなのもいるので、絶対ではないらしいが。


 この世界の攻撃方法は、かなりエグくて怖かったが、何度も繰り返しての反復練習で、恐怖心があっても、反射的に身体が動くよう意識を塗り替えられていった。



★帝歴2501年 7月 ヒューパ ティア


 特訓を始めて3ヶ月が経った現在、順調に行っている。

 最近では、一兵卒としての訓練から次の段階の、地図上の駒を動かす模擬戦のような物もやるようになっている。じいじがお父さんの書庫から騎馬戦術の本を持ち出して、簡単な講義もしてくれるようになった。



 午前中の特訓が終われば、基本的に私は自由に動くことができた。

 ただ、危険な化学物質の実験に関しては、お父さんから封印されてしまったので別の事を考えている。


 まあ、止められちゃった事はしょうがないので、ジョフ親方の工房へ時々行って、水車小屋の本来の動力源である水車の復活を話し合って、実行に移した。


 水車小屋を確認すると、川には水車を回すための水流を調整するため、水路が川の中に何本も設けられていたのが解った。

 昔の帝国人は、この水路への流入量を調整して、水車の出力を変える事ができたようなので、何度か試してみて、板で何箇所かの間仕切りをしながら水量を調整できる事が解明される。

 親方と私は、この水車の復活をさせる事にして、お父さんを説得して予算を引っ張ってくるのに成功した。


 この動力源を使って、色んな道具を動かす事になる。

 例えば、今まで武器の製造工程でかなりの時間がかかっていた刃を鋭く研ぐ作業を、平たい砥石にコシコシと当てて削る作業から、丸くタイヤのように回転する回転砥石を作らせ、水車の動力で回し、剣や槍を研ぐ時間を一気に短縮させるのに成功した。


 この水車小屋への工夫はそれだけでは無い、歯車の改良でクランクを導入して、回転運動を上下運動へと変換させ、色んな機械を動かせるようにした。

 これで鍛冶屋作業をしている時に、火力を上げるために魔力を使っていたのを、フイゴで空気を送り出して、火力アップさせることができるようになる。

 また、この上下運動の力を利用して、重いハンマーを上下に持ち上げては落とす動きを繰り返し、鍛冶屋の槌打を楽に行えるようにした。



 ここまでやってしまえば、同じ量の作業を省力化でき、新しい作業に人間を振り分けられるようになる。


 工業化で生み出される化学物質で、私が失敗をして命を落としかけたような危険な物質だけではなく、生活や、製品を生み出すのに便利な物もある。



 私はこの人的余裕を使って、鍛冶屋作業に使われている木炭の炭焼き工程から一歩工業化させた方法を計画した。

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