後ろを振り返ると、お父さんの鋭い目がまっすぐ私を射抜く。

 ムンドーじいじが黙って歩み寄ると、自分の外套を裸のままの私にかけてくれた。


 さっきの私は、ベックを救う為だけに、何も考えずに行動していた。

 しかも私の能力を皆の目の前で使ってしまった。

 使ってしまったからには、しょうがない。

 今までやってきた日本時代の知識を使った行動も、生き延びるために全力を尽くした結果だ。

 いつかは皆に私の正体がバレてしまうだろうと、覚悟はしてあった。


 私は、お父さんの目を見つめ返して、その言葉を黙って待つ。

 お父さんも何かを躊躇って、口をなかなか開こうとしない。



 ふっ、しかし私やっちゃったな。

 見ず知らずの世界に空から突き落とされて、数々の危機を生き延びてここまできたのにね。

 最初に生き延びるのに役立ったのは、唯一転生神から渡されていた能力、全回復チート魔法。

 全回復チート魔法は、全部で3回の回数制限だ。

 今日、後先考えずにベックに使っちゃったから、これで残りは後一回しか使えないな……後一回か……


 後一回……あれ? それって超もったいなくない?


 えっ、だってベックだよ、あいつ、二桁の足し算になった途端、頭から煙吹いて止まっちゃうんだよ。

 宿題出されて出来てないのを、うちに帰ったらお化けが出るからだって言い張っちゃうんだよ。


 な・ん・で、私の貴重な命のコンティニュー機をあいつにくれてやらにゃならんのか。

 あ、何だか急に腹が立ってきた。


 お父さんが、私になにか言おうと決断したように口を開いている。


「ティア、聞きなさい……」


「あ、ちょと待って、お父さん、すぐ済むから」


 私は、上からかけてもらったじいじのコートをクルリっと翻すと、タッタッタとボーッと立っているベック少年の前まで走っていって、彼の顔のすぐ前でニコリと微笑む。


「あ、姫さ……」


 何か言いかけていたベック少年の胸ぐらを掴かみ、右手が手刀の形を作ると、少年のまだ細い首筋へと叩きこまれようとした。

 が、さすがにそれはヤッてはいけないことだと思い直して、往復ビンタにする。


パンパンパンパンパンパンパンパン!

「ベック、あなたね、私の貴重な命を分け与えたのよ。今日から貴方は、私の物だから。忘れたら殺すわよ、いいわね」


 涙目でへたり込むベック少年は、頭を何度も下げながら返事をする。


「は、はい、姫様わかりました」


 多分分かってないだろうが、良いわ、今日から私がこいつを自由にする。



 テイッっとベック少年をぶん投げて、後ろを振り返り、どう見ても困惑しているお父さんの元まで戻る。


「お待たせしました、どうぞ」


「う、うん、ティア、家来ができたようだな、おめでとう」


「アルベルト様、そうじゃないです」


 横に立っていたムンドーじいじが、訂正してくる。


「こほんっ、そなたに聞かねばならない事がある。ワインや数々の不可思議な知識、以前より疑問は有った。疑問はあったが、私はその疑問を認めるつもりは無かった。だが、今のそなたのその瞳、黄金の色、そして死者の門を潜りかけた者を無傷で取り戻す、その常人とはかけ離れた能力……その力は、古より世界の危機に現れると言う勇者の力。そして勇者の多くは異邦人であるか、異邦人の魂を宿すと言う……」


 お父さんは一度息を吸って、目線を上に向け、また戻す。

 お父さんは苦しそうに私に尋ねた。


「……そなたに問う、ティアの魂はどうなった? そしてそなたの正体は如何なる者なのか」


 お父さんは、私の答え一つで、自分の娘を失う覚悟を持って質問してきている。

 私は、確かに日本の宝樹若葉の記憶と、成熟した思考力がある、だけどそれと同時に、ちょっとわがままでお転婆で、それでいて世界を真っ直ぐ感じようとする幼子のティアがちゃんと居る。

 正直に答えないといけない。


「そうです……私は、ある日突然この世界にやってきた転生者の記憶……残念ながら私が勇者であるかは分かりかねますが、別の世界で成長した別人の魂の記憶があります。そして……私は…ティア。ティアである私の魂と、お父さんの言う『異邦人』である私の魂は混ざり合っていて、どちらがどちらではなく、私はティアなのです」


「…ティア…なのか……」


 お父さんは言葉を切って、少し考え、軽く自分にうなずいて顔を私に向ける。


「それと、ここで何をしていたのだ、異様な匂いと、先程までのベックの状態を見れば、異常な事が起きたのは分かる」


「化学の実験です」


「カガクとは?」


「異邦人の世界にあった学問の力です。木に火をつければ熱と光と煙が出て灰になります、なぜ熱や光と煙が出るのか? なぜ灰になるのか? その奥にある真理を探求する学問であり、力です。ヒューパの危機を救うためには、魔法に劣らないこの力しかないと思い実験を行っておりました」


ことわりの力……か」


 お父さんは何かを深く考えている。

 しばらく考えて、この場にいた5人にこう告げた。


「この場にいる皆に命じる。今日の事、けして他言をしてはならない。この場だけの秘密だ。そしてティア、そなたはティアだ、どのような事があろうと我が娘であることに変わりはない。我が家族は私の手で守る、危険な事をするのは今後禁止だ」


「……お父さん」


「ムンドー、この娘を導いてくれ、そなたがかつて勇者と共に魔王と戦った経験を元に、ティアを勇者として導いて欲しい。勇者が現れたのならいずれ魔王も現れるだろう、その日のために勇者として鍛えておかねばならない」


「はっ、かしこまりました、老いたるこの身ですがアルベルト様にもらった恩は必ず返します。姫様の特訓はお任せを」


 ……今サラッと特訓とか言ったかな?


 まあいいや、どうやら私は、お父さんからティアとし受け入れてもらえたようだ。

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