代償

※本日3話目


★帝歴2501年 4月24日 ヒューパ ティア


…… ……a͖ィæ–… a͖s͋æ–… … …


 暗闇の底に沈んだ私の背中に何かが当たって、ゆっくりと押し上げられると、世界が覚醒する。


 瞳が開くと、薄ぼんやりと世界が目の中に入ってくる。

グワングワワワグワングワワングワングワワワワン

 視界がグニャリと歪んで、変な景色が回る、頭蓋骨の芯まで痺れるように耳鳴りが続いている。

 自分が置かれている状況が解らず、頭の中は混乱している。

 そして全身を痛みが走っていた。


 呼吸に意識を集中する。

 ゆっくり確実に……深く吸い込み、ゆっくり吐き出す……


 次第にショックが抜け、思考が集まってると、ようやく自分がグルグルと回って見えている物の正体が分かってくる。天井だ、天井が回って見えている。

 身体を起こしたいのに、全く反応をしてくれない、どこか怪我でもしたのだろうか? 体中が痛い。


 あの光の正体は、爆発? ……そうだボルタ電池……水素…あれは水素ガスが出るんだ……どこか…溜まって…いたのか? 水素ガスに……引火して…吹き飛んだのか?

 分からない……意識はあるのに、指一つ動かないのは何故? ……どうなっている…の?


 途切れながらも思考だけは、グルグルと回る。視界がグニャグニャはしているが、建物の天井が見えるって事は、全部が吹き飛んだわけじゃない、小規模な爆発だけだったんだ。


 っ!

 そうだ、ベックはどうなった?

 私よりボルタ電池前に立っていて、爆発の中心に近かったはず。

 身体が動かないので確認もできない。



「…pうぇrっ……tぱgfが…fgsが…」


 何かが聞こえた気がする……と、誰かが私を抱き起こして、口の中に何かを注ぎ込んできた。

 急に力が湧いてくる。

 身体の中心で渋滞していた流れが、熱を伴って全身へと戻ってくる。

 ゆっくりと首が動く、眼の焦点が合うと、目の前にはムンドーじいじと、泣き出しそうな顔をしたお父さんがいた。


「ティア……ア、返事を……い……ア」


「…はい」


 さっき口の中に入れられたのはポーションかな? 声が出るぐらいに回復してきているが、痛いのは全然治らない。

 特に左手が痛く、顔の前に動かしてみると、ボロボロになった服が剥がれ落ち、赤く爛れている左手が見えた。多分薬品を被ったのだろう、火傷をしていた。

 ムンドーじいじが呪文を唱えると、水色の精霊が私の左手を包むが、薬品でできた傷は治らない。

 それでも他は無事で、どうやら私は助かったようだ。


「ティア…えるか?……んだ」


「お…とう……さん」


 意識を集中して、お父さんの声を聞き取ろうとした時、離れた場所からジョフ親方の声が聞こえてきた。


「ベック、しっ……ろ……いだ、返事を……れ」


 声の方向に首を動かすと、さっきまで私達が立っていた場所から離れた場所で、親方が何か黒い物を抱きかかえている。


黒色……

……黒い?

 嘘……


 ゆっくりと聴力が戻ってきて、親方の腕の中で『ヒュッヒュッ…ヒュッ……』と音がしているのが聞こえてきた。


 お父さんや、ムンドーじいじが、私に何かを話しかけてきているが、聞こえなくなった。

 親方の方から聞こえてくる、真っ黒になったベックの必死で命にしがみつく呼吸音だけが、私の耳に入ってきていた。


「い……か…なくちゃ」


 気づくと私は、立ち上がっていた。

 足を動かす度、爆発でボロボロになった服が剥がれ落ちる。身につけるもの全部無くなるのも構わず、親方が抱えるベックの元に歩み寄った。

 この時の私は、それまであった激痛をなぜか忘れていた。



 ジョフ親方の腕の中で、ベックが、その小さな心臓の鼓動に合わせて、身体の裂けた場所から見える血管の断片から血を吹き出し続けている。親方は、必死に血を止めようと傷口を押さえているけど、裂傷はいくつもあって手が足らない。 

 薬品でだろうか、爆発の熱でだろうか黒く焼け焦げた男の子の口から「ヒュッヒュッ」と少しずつ小さくなりながらも音がしている。



 誰の目にも彼の命は助からないのが分かった。



 それでも彼は、呼吸を辞めようとしていない。



 私は、自分の赤く爛れた左手をちらっと見て、その手をベックの額の上に置く。


 呪文を唱える。


「全回復」


 部屋の外から大量の精霊が集まり、光の奔流となって流れ込んできて世界を照らしだす。

 光の奔流は、私の中へと注ぎ込まれ、全裸で立つ私を発光させる。

 その光は、私の腕を通じて流れると、ベックの身体を優しく包み込む。


 ベックの黒く焼け焦げた皮膚がパラパラと落ち、新しくみずみずしい皮膚がそこに生まれる。

 無残に切り裂けた傷口が見る見る塞がり、肉が盛り上がっていく。

 破裂していた内蔵が再生して、その機能を再開する。

 血栓で詰まって裂けた脳の血管は、元に再生をはじめ、死滅した周りの細胞を生まれ変わらせる。

 失った血液を精霊達が体内から新しく産み落とすと、血管に戻り循環を始める。


「がっ、ケホッケホッケホンッ」


 最後に、彼の肺の中まで焼け焦げた細胞を、咳き込んで外に吐き出すと、ベックの意識は戻った。


 残念ながら、私の左手の赤くただれた火傷の跡はそのままだった。



「姫様ありがとうございます、ありがとうご……」


 ポカンとしているベックを抱きしめて、泣きながら礼を言うジョフ親方から目を外す。



 私は、覚悟を決めて後ろを振り返ると、静かに表情を無くしたムンドーじいじと、厳しい顔になったお父さんがそこにいた。

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