致命的な失敗

★帝歴2501年 4月 24日 ヒューパ ティア


 私達がヒューパに戻って約一ヶ月が過ぎた頃、お父さんが帰ってきた。


 ホラの隣領の反教皇庁派貴族を使ったホラ牽制工作は、半分が成功して半分が失敗した。

 隣領からヒューパ支持の声明を出す事でホラへの圧力はかけるが、戦争が起きた場合、声明を出すだけの協力はするが、兵隊は出すつもりがないと言われたそうだ。

 そして、もう一つの工作が成功していた。

 ホラに応援に来る教皇庁派の貴族の動きを、同じように止める事に成功した。


 ヒューパとホラ、双方外からの応援がないままの緊張関係は続くが、最初の圧倒的にヒューパが不利な状況からは、ほんの少し良くなったと見ていい。

 もし戦争を始めた場合、ホラは、隣領からの架空の攻撃への備えに守備隊に兵力を回さなければならず、その分、ヒューパ攻撃用の兵力を減らすことになるので、ヒューパへの圧力が減ることになる。


 ただ、どうも戦争自体は止めることが出来そうにもないらしい。

 ホラに入っていく軍事物資や傭兵の募集が止まらず、遠くない時期に仕掛けてくるだろうとお父さんは読んでいた。



 私は、お父さんが帰ってくるまでの不在の間、化学物質の開発を続けながら、街道沿いの地形を確認するため、ベック少年を連れて、ムンドーじいじの案内で、地形と村の位置を確認したり、いくつか有った銅鉱山の坑道をめぐっていた。

 坑道で必要としていたのは、中世の錬金術士が硫酸を作るのに使った礬類の鉱物だ。古い坑道の中でガラスのように半透明な鍾乳石のようになっていてとても綺麗だった。


 鉱物の数は多くはなかったが、これを焼くだけで硫酸が手に入る。

 全てを一から作らないといけない私に、今できる最も簡単な方法だった。



 私の住むヒューパには、もう時間が残されていなかった。

 私は、ギリギリまで悩んでいた化学チートのパンドラの箱を開ける決断をする。


 最初にこの硫酸を使って、電池の歴史でも初期に産まれたボルタ電池を作る。

 原理は、亜鉛と銅の電極を硫酸液に漬けると、2つの金属間にある硫酸の中でイオン移動が起き、電気が生まれる。これが一個だけの力は1ボルトがいいところ。実際に使いたい電圧は出ない。

 なので、大量に電極板を並べたタワーを5本ほど制作後、間仕切りした状態の水槽を並べてバッテリーを作り、電極を直列に繋いで、大きな電圧を作り出すことにした。


 電気の力は偉大なり。その内発電所も作ってやりたいけれど、電気は専門外なんだよねえ……



 今回の目的。それはこの電気を使って、塩水から、化学物質『塩酸』を作り出だす事。


 塩酸とそして最初の硫酸。


 塩酸と硫酸のコンビは、グリセリンをニトロ化させて、有名なニトログリセリンを生み出す。

 後に、ノーベル財団のノーベルさんが工夫して使いやすくしたおかげで、世界中の戦場が一変した。大量の兵隊の血を奪った爆薬の原料になったやつだ。珪藻土は、ヒューパでもいっぱい取れる。

 黒色火薬など生易しい物質だ、魔法なんか目じゃない、化学の生み出した忌むべき破壊力を持つ現代の魔法を、私は呼び出す。


 私は、ヒューパの危機に、この知識チートの中でも最も凶悪な物質を選択した。



 実験道具は、一応揃っている。

 ベック少年と私の二人は、作戦司令室物置小屋に作った実験ラボにこもり、実験を開始することにした。



 ヒューパの情勢は風雲急を告げている、ホラは待ってはくれない。


 後で考えると、この時の私は急ぎすぎていたのだろう……



 ……



 最初の実験用ボルタ電池に硫酸液を入れ、いつでも電圧を生み出せるように準備する。反応が始まると剥き出しの電池は臭いので、部屋の隅っこにかためて置いていた。

 ボルタ電池は、すぐに使えなくなるのが事前実験で分かっているので、すぐに予備の電池に切り替えられるように準備もしてある。


 ベック少年に命じて、塩水の中に入れた電極に繋がるスイッチを入れ、実験器具に電圧をかけた。

 すぐに塩水の中で、電極の周りから泡が立ち始める。


 塩水からは、電気分解された水素ガスと、塩素ガスが生まれるので、これを集めるようにガラス器具が設置されている。

 そしてお土産に買ってきた白金も加工して使ってある。

 水素ガスと塩素ガスの2つを利用して塩酸を作り出す。


 昔、高校時代に、この実験中の事故を近くで見た経験がある。

 この時は、急激な反応が起きて予想外の爆発により、何人もやけどをした。


 今回、私は一番危ない場所を強化させたのと、少しづつの反応をさせるための工夫も行った。

 少しでもおかしな反応が起きれば、すぐに実験を止めなければいけない。

 実験器具を監視する。


 少しずつ、私の望む塩酸が生まれていく。


 実験の様子を見ていた私は呟く。


「やったな、これで科学チートが完成する」



シュー……


 ……この時、塩酸を作っていてたのとは別の場所で異変が起きていた。

 最初に気がついたのは、ベック少年だった。


「ん? 何かこっちで音が聞こえる?……姫様ちょっと見てきます」


 ベック少年が音を確認するため、音の方へと歩いて行き、電池を覗き込んだ。

 その動きに私も気が付き、目をやる……ボルタ電池から音?


 あっ、ボルタ電池は……


 目の前が光ってベックの姿が見えなくなる。

 続いて轟音と共に炎の壁が迫ってきた。


 死

 強烈なイメージが脳を叩いた時、世界が止まった。


 え?


 目の前から炎と何かの破片のような物が、ゆっくりと迫ってくる。

 世界に流れる時間がまるで止まりかけているような錯覚がする。


 これは、あれかな? 死ぬ間際に見る走馬灯って言われるやつかな?

 ん?

……ティæ–…ア‡åナイ…タ…ヘン…タス……

 どこかから何かの声が聞こている。前にも聞いた気がする声だ、どこだっけ?


 目の前から危機が迫ってきているのに、どこか達観して自分の周りに起きている事を受け入れている私がいる。

 ぼーっと、迫りくる炎の壁を眺めている私。何もかもが手遅れの中、防御反応で顔を守ろうと前に付きだしていた左手が光り始め、私の全身を覆い始めていた。


 ああ、多分これがじいじの言ってたプラーナ防御壁HPなんだなあ。


 呑気に自分の身体に起きている事を分析しながら、プラーナ防御壁が展開されるのを初めて自覚する。



 高熱の轟音と一緒に衝撃波が襲い、小さな私を吹き飛ばした。






※注: 今回は、非常に危険な物資の作り方を虚構交えて書いています。

実際に作ろうとしたら、本当に大事故起こして怪我人や死人を出しているので絶対に真似できません。

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