初の化学プラント

★帝歴2501年 8月初旬 ヒューパ ティア


 炭焼き職人の朝は早い。


「それでは、姫様行ってきます」


「後から行くからちゃんとやっててねー」


 ベック少年は、夏の朝日が登る前から起きて炭焼き施設へと、私の命令で出勤をしている。炭焼施設に作った化学プラントで、化学物質を集める作業をして過ごしていた。



 一方、私は、朝からえっちらほっちら、獣人や亜人のお爺ちゃん達と一緒にパイク長槍を担いで突き込みの練習をしていた。


 この時期、ティア達を特訓する鬼教官のムンドーは、隣接するホラ領内へと潜入して相手方の動向を探っていた。おかげで勇者特訓はお休みになった……が、いくさが近いのでヒューパの街の住人が、お城まで軍事演習にやってきていて、私も訓練に参加していた。


「そーれ、いーっち、にいーい、さあーん」


「あわ、あわわわわあわわ」


 私は、一番前で騎士のカインさんの号令に合わせ、長いパイクを一生懸命振るおうとしているが、いくら肉体が強化されていても、純粋に体重がないので長いパイクの動きに翻弄されていた。


「おうおう、姫様は小さな体で頑張りなされるのお」「ほうじゃほうじゃ、ワシらも負けとられんわ」……


 ワイワイ言っているお爺ちゃん達でもパイク長槍でなら、槍衾を作って敵傭兵の突進を受け止めて、リーチの差で一方的に殴れる優れものだ。ちゃんと戦力として練習をしてくれている。


 現在、開拓村では農作業が忙しく、若い戦力は、各村に残ってそちらで練習をしている。

 今私と一緒に訓練しているのは、お父さんと、ムンドーじいじの古い知り合いの人達で、もうお年を召されているけど、歴戦の実戦経験者達だ。

 戦力の足らないヒューパで贅沢は言ってられない。


 皆『姫様、姫様』とチヤホヤしてくれるのが私にとっての、唯一の救いかな。


「ははは、小さな姫様も先頭に立ってヒューパを護ろうとしている、我々大人がヒューパを護らねばならないぞ、皆の衆頑張ってくれ」


 騎士のカインさんの大きな声が、周りに通ると、お爺ちゃん達が大きな声で答える。


「おおおー」「若いもんには負けられんわ」「姫様をお守りするのはワシじゃ」……


 お爺ちゃん達は元気だ。



★炭焼き施設


 私は、朝の内にお爺ちゃん達と一緒に汗を流してから、ベック少年が待つ炭焼施設へと急ぐ。


 炭焼きの技術の歴史は長い、ローマ時代から炭焼きの副産物の可燃性ガスの蒸気から数々の化学物質を取り出し、乾留液と呼んで人類は利用をしてきた。


 私が今回作ろうとしているのは、木材の熱分解用乾留装置だ。


 日本時代、平成の世では、この装置は木材からでは無く、石炭や石油のコールタールを使って作られるようになっている。

 ただ、石油や石炭の原材料を使うと、どうしても発がん性物質が生まれるし、公害問題が出てしまう。

 現在の技術力だと有害物質の除去まではできないので、今回は木材を使って炭焼きの副産物から化学物質を得ようとした。

 

 炭焼きは、木を酸素と切り離して熱を加える事で、炭素からなる炭になる。この時、木から出る揮発性物質が煙となって出て行く。

 この炭焼き小屋の煙突の温度を下げてやると、中を通る煙の成分が液体になる。

 この液体は、ドロドロの粗タールと、さらりとした木酢液に分離して、大昔から利用されてきた。



 私は、この2つの物質を効率的に集めて、その後さらに別の物質へと分離するための装置を、親方達と一緒に開発をしていた。

 ただ、お金が尽きかけているのでとても辛い。早くアルマ商会さんが追加のワインの代金持ってきてくれないと、私の化学工場は倒産しちゃう。お父さんが追加資金出してくれないから倒産…お父さんだけにな……笑えない。



 まず、密閉した容器の中に木材を詰め込む。この密閉するための容器をなるべく大きくしないと、工業化のスケールメリットがでないが、大きな金属密閉容器を作るのが物凄く大変で、親方たちとの話し合いで2mの高さの容器で作る事になった。

 私が昔見た資料ではもっと大きかったのだけれど、今のうちの工業力ではこの大きさが限界だった。……リアルが厳しくて困る。


 この容器内で燃やされて出る煙を煙突で集め、¬の字になったパイプで横に伸ばして冷却水を入れた容器内にパイプを通し、中の蒸気を凝固させてしばらく置くと、『木酢液』と『粗タール』の2つに分離してこれを回収する。


 凝固しなかった残りのガスは可燃性なので、木材の焼却ガマの燃焼用燃料に使えるし、将来的にはガスを上手く回収できるボンベを開発すれば、うちのお城のお料理用にでも使おう。ガスコンロができてお料理が簡単になるので、このガスボンベ開発はとても重要だ。

 もちろんガスは、安定した火力を一定の熱量で調整ができるので、今後の工業化や生活近代化に大いに役立つ。



 今回取り出した2つの物質、『木酢液』と『粗タール』の2つの物質を細かく分離していく。


 まずは木酢液の分離方法に分溜を使う。

 木酢液を構成する物質は、沸点の違う物質が混合しているので、温度の違いで、気体になったり液体になるのを利用してやる。

 こうして分溜することで取り出したのが、『酢酸』、『アセトン』、『メタノール』の3つだ。


 特にアセトンは、溶剤として大量に利用される物質で、将来、例の危険物質を混ぜあわせて、さらに使いやすい弾丸の無煙火薬にするためとても重要になる。

 第一次世界大戦の時、イギリス軍はこの物質不足になって細菌から生み出す方法を開発したぐらいの、戦略物質だ。


 私は、早めにこの戦略物質を利用して、マニュキュアを作りたいと思っていた。

 なぜなら私は女の子なので、美容大事、美容こそが世界の人口の半分の経済を支配するのだ……のだ。まあ、今のピンチを脱してからのお話だけどね。


 メタノールもとても重要な物質で、アルコールランプにも使われるメチルアルコールって燃えやすい物質だ。

 頑丈なロシア人がお酒の代わりに飲んで、中毒事故になったりするので有名ですよね。

 メタノールは燃料として使えるし、ここから別の物質を作るための溶液に使ったりもできる。


 酢酸もお料理に使えるので、お酢の味を覚えている私にとっての日本の味を復活させるのに重要となるだろう。

 ……米、いつか米を手に入れて、巻きずしパーティーを開くまで私は生き延びたい。

 他にもアルカリ性金属化合物と反応させれば、染色剤や作物の強力な殺菌剤になるので大事だね。


 ドロドロした粗タールも分溜によって、分離すると『テレピン油』、『木クレオソート』、『ピッチタール』が取れる。


 テレピン油は、いずれ来るだろう印刷技術を支えるインク溶剤に使うことになる。

 本……叡智の集合体、なんて素敵なんでしょう。私はいつかこの世界に漫画家を育てて、日本時代の漫画を元にしたパクった漫画で一発当てようと思っている。それまで私は絶対に死ねない。


 木クレオソートは、いわゆる石油由来のクレオソートとは別物で、正露丸にも使われる医薬品にもなる物質だ。

 昔何かの買ってはいけない系雑誌で、石油由来と木由来のクレオソートをゴッチャに間違えて紹介され、正露丸は大変な目にあったそうだが、エセ科学は時々変な形で人を騙すよね。


 ピッチタールは、昔から船の防水材に、材木の継ぎ手に塗られたり、燃えるので松明を長く燃やすために使われたりと活躍をしてきた物質。

 まあ、これはこれで良いんじゃないでしょうか(あんまり興味が無い)。



 私はささやかながら、初の化学工場の運用を開始して、これらの物質を使った製品の販売を目論んでいた。

 ただ、ちょっと例の問題があって……例のホラの戦争問題ですね、あれについて、ホラに潜入していたムンドーじいじからの報告で、近々、それも秋の収穫時期を狙って仕掛けてくるのではないかと報告されている。



★帝歴2501年 9月初旬 ヒューパ ティア


 炭焼き作業も進み、色々な準備も整いかけたこの時期、アルマ商会さんが、ワインボトルを満載にした馬車でお城にやってきた。

 他の物資も多く持ってきてはいたのだけれども、大半を途中のホラで奪われて失ってしまい、ヒューパ対ホラの対立の余波をまともに被る結果になってしまった。

 それでもアルマ商会さんは、金貨を20枚程隠して持ってきてくれていて、私はこの資金で一息つける事になる。

 私が開発した物の有効利用方法や、商品化の話しをし、楽しみにしていますとメッセージを残してアルマ商会さんは、ヒューパを後にした。


 この時期、どうみても不利なうちに荷物を運んでくれたのは、アルマ商会さんだけだった。ありがとうございました。



 お父さんとの話し合いで、私が今回開発した中にメチルアルコールや油類があり、火攻めに利用できるではと、提案したのだけれども、お父さんから却下される。

 火を利用するのは意外と難しく、制御を失敗したら森林資源を燃やし尽くしてしまう恐れもあって、使いづらいと微妙な反応だった。



 ヒューパは風雲急を告げている、私は少し前から考えていた物を作る事にして、準備をする。

 ジョフ親方に頼み、何人かの専門家に色々とアドバイスをもらいながら、地図をとお父さんの書庫にある戦術本を睨んで、私なりの仮想決戦場を想定していた。必要がないのかもしれないが、私なりの準備だけはしておいた。




 戦の臭いがする。……何となく言ってみたくなっただけだ。


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