社交界デビュー
★帝歴2501年 3月 17日 メデス ティア
ドアから突然入ってきた男の子は、私の顔を指差して、『ワイバーンを倒したのは貴様か』と言っているようだ。
えー、なにそれ、超めんどくさそう。
私は即答した。
「違います、部屋を間違えましたね、別の部屋の女の子ですよ」
と、答えたら。
「な、何だとー、しまった、失礼した」
慌てて男の子は外に飛び出していった。
お父さんもお母さんも目が点になっているが、私は厄介そうなのをさっさとあしらって、両足をプランプランさせるのに集中する。
「あのお、すいません、姫様」
ん? アルマ商会さんが申し訳なさそうな顔で私に何か言いたそうだ。
「何ですか? アルマ商会さん」
「今入ってきたお子様ですが、あれはエウレカ公のご長男、ウルリヒ王子様ですよ。そ、その良かったのでしょうか?」
「ノックも無しに入ってくるような無礼者なら、ほっとけば良いんじゃないですかね?」
「……」
私としてはこれ以上、変なのと関わり合いたくないので放っとく事を選ぶ。
視線を感じてちらっとお父さんを見ると、お前がそれを言うのかって、呆れた顔で見ているが、お父さん、私その心読めますよ。
「アルマ商会さん、それよりも、ワインボトルのコルク栓の抜き方は練習できましたか?この後で王様の前で実演してもらうかもしれないのですよ」
「姫様、本当にあれを使うのでございますか? なかなか難しくて……」
ワインボトルのコルク栓は、慣れてないとなかなか難しい、私は冬の間になるべく多くのコルク栓抜き(あのグルグルしたやつ)を作ってもらい、準備はしていたがアルマ商会さんにはここ3日間の練習時間しかなかった。一箱分12本を犠牲にして隊商の皆に飲ませながら練習をしてもらったのだ。
去年の悪評を打ち消すためにも、すこしでも口コミを広げるための投資だ。
コンコン
もうしばらくすると、今度はドアをノックする音がした。
「はい」
お父さんが返事をすると、城の執事が私達を呼びに来た。
エウレカ公との謁見だ。
「こちらです」
執事さんは、ちゃんとした礼儀作法で私達を王様の前に連れて行ってくれる。
さっきの無礼者は、きちんとした教育を受けてないようだな。
私の元でベック少年と一緒に教育を受ければ、ソロバンで無礼な性根を修正してやるのに……
豪華で大きな両開きのドアの前には、衛兵が立っている。
執事さんが、中に向かって声をかける。
「開拓領ヒューパ男爵とそのご家族でございます」
ドアが開くと、部屋には、紙の筆記具を持った書記官や、王様の補佐官達、警護の騎士の人含めて、10人近い人がいて、奥の少し高くなった椅子に王様が座っていた。
……そしてその王様の左の下に、さっきのクソ生意気な王子様が立っていて、私の顔を見て「あー」って大声を出して、すぐに王様に怒られていた。ザマアミタマエ。
お父さんとお母さんが、王様にご挨拶をして、私達もそれに続く。
顔を上げると、王様が私に「招待に応じてもらえて嬉しく思う」とお礼を言われた。
王様の左下のちっこいのが私に何か言いたそうに睨んで来るが、無視だ、無視。
「父上と母上共々、わたくしめもお招きいただき、誠に恐悦至極にございます。お招きのお礼に、わたくしからこちらを土産に持ってまいりました、どうぞご納ください」
後ろからアルマ商会さんが、ススと前に出て、私の赤ワインのボトルをさっきの執事さんに渡す。
執事さんが手渡されたワインボトルを王様の元へと運んだ。
「ヒューパのワインか…」
王様の反応が鈍い、どうやら去年のを口にしたか、評判を聞いていたようだな。王様になると地方領主の物産の評判まで知っているようだ。
「しかし変わっているな、ガラスの瓶に詰め込んでいるのか、この蓋はいったいなんであろうか」
! ここだ。私は去年の悪評を打ち消すためのセールスに来たのだから、ここが勝負どころ。
とびっきりの笑顔でセールストークだ。
「うふふ、王様、こちらの蓋とガラス瓶は、私と精霊の知恵の結晶にございます」
「精霊の知恵とな?」
「はい、左様にございます。去年のヒューパのワインとは全くの別物、精霊の力が宿っている特別なワインでございます」
かなり大げさな誇大広告が混ざっているが、中世の世界ならこれぐらいでも大人しい表現だろう。
「ふむ、精霊の力が宿るのか、竜殺しのそなたが作ったワインであれば、特別な力が宿っているかもしれぬな。少し試飲をしてみようか、これ、蓋の開け方を教えるが良い」
周りの人達も”竜殺し”の単語に反応した様子で、興味ありげにワインボトルを見ている。
「かしこまりました、アルマ商会さんアレを」
アルマ商会さんに渡していた、コルク栓を抜くためのコルク抜きを出してもらう。
事前の練習が生きて良かった。
アルマ商会さんは、ワインボトルからコルク栓を無事引き抜き、一口分グラスに注ぐ。
まずは毒味のためにお父さんが前に進み出て、ワインを美味しそうに飲み込んだ。毎晩晩酌に飲んでいたから、美味しいのも慣れているのだろうねえ。
王様はじっと、その様子を見て、執事に命じて自分のグラスにワインを少し注ぎ、香りを確かめる。
「これは…良い香りだな、ふむ、聞いていたのとは違うようだ、味はどうかな」
ワイングラスを口に付け、口の中に含むようにしてから飲み込む。
私は、王様の意見を早く聞きたくて、前のめり気味に顔を突き出していたら、王様は何も言わずに、自分でボトルを手にとって、今度はグラスに半分以上注ぎ込んで、味と香りを楽しむように飲みだした。
「これは本当にワインなのか? 一級のワインでもこのような味は出会えないぞ、いったいヒューパは、このワインに何をしたのだ?」
よかった、王様にはお気に召してもらえたようだ。最高の宣伝になる。
「はい、まさしく精霊の力にございます、精霊が導いたワイン作りによって生まれました」
「ふむ、あくまでも精霊の力か…詳しくは秘密と言うことだな、まあよい、ところでティアよ、このワインもう少しないのか?」
「かしこまりました、後でアルマ商会から一ケース12本を城に届けさせるようにいたします」
こうして首都メデスでの、ワイン販売促進活動は好調なスタートを切った。
……
私達は城から帰る途中、アルマ商会さんに、予定の販売金額を一本10銀貨から値段を大幅に上げる事にした。
できるなら20銀貨で売りたかったと最初は言っていたが、今日の王様の反応と、その宣伝効果からさらに倍、40銀貨にする。
日本時代、通常商売では、原価が4割を超えると、急激に収益が悪化すると言われている。
私がこの世界にきて、流通があまりに非効率過ぎるのを目の当たりにして、4割どころか、原価は1割でも厳しいと予想していた。
ここは強気で行って、代わりに販売促進活動に経費を振り分けなければいけない。
アルマ商会さんは、最初に反対していたが、販売促進活動資金を捻出するためにはと、強引にねじ伏せた。
翌日から、私の社交界デビューが決まり、最初は、お父さんが所属する派閥のパーティーに参加する。
私は行く先々で、ワイバーンを倒した話しを聞きたいと集まってきた大人たちの前で話しをするが、同じ話しが何回も続くと私も周りも飽きてくる。以前お母さんの前でパフォーマンス付きでやった時、非常に受けが良かったのを思い出して、椅子の上でパフォーマンスをやってみると、これが大受けした。
この時代の人達は、娯楽に飢えていて、私の冒険譚を芝居仕立てでやるのがとても楽しかったらしく、何度もアンコールを受けた。
私は、段々とパフォーマンスにアレンジを加えていって、ヒューパの赤ワインの広告を混ぜて、お話を創作した。
「わたくしが、精霊の力に導かれてワイン作りをしていた時の話しでございます」
小さい体の割に大きくよく通る声で話を始めると、着飾った貴族の聴衆が静まり返ったのを見計らい、謎儀式風に両手を前に出してのパフォーマンスを行う。
「ところがです、ワインに精霊の力を込める儀式の最中、精霊の邪魔をしようと悪のワイバーンが我が領内に舞い降り、わたくしの身体をさらっていったのです」
「「「おおおっ」」」
聴衆が乗っている。いいぞ。
「わたくしは咄嗟に
「なんと」「まあ、あんな幼子が飲酒を」「ザワザワ」……
私が飲酒をするパフォーマンスに、あちらこちらからレスポンスが帰ってくる。
いいぞ、ここで話しを一気に畳み込む。
「するとどうでしょう、ワインの中に込められた精霊の力によって、わたくしの身体に力が漲みなぎり、この細く華奢な腕に見る見る力こぶができるではないですか。不思議な事に、この力によって、我が家に代々伝わる魔剣が光輝き出しました」
ここで、お腹の中に入れてた黒の魔剣を引き抜くと、一斉に周りの空気が変わった。あちこちから小声が聞こえてくる「なに、本物か?」「まさか本当にやったのか」……特に騎士の人の反応が良い。
「私はワイバーンに言ってやりました『聖なる世界樹セトの名にかけて、この精霊の宿るワインの力を受けてみよっ!』ってね。するとどうでしょう、ワイバーンは、恐れをなしてわたくしに必死の命乞いをするではないですか、でもわたくしは、そんな嘘には騙されません。今まで多くの人びとがワイバーンの魔の手によって倒れてきたのです」
観客たちは、キラキラした目で私に詰め寄ってきている。大興奮中だ。
「そうです、精霊に遣わされたこの力をもってワイバーンを倒さねば。わたくしは使命感に燃え、ワイバーンを魔剣を向けました、すると魔剣は精霊の力によって光輝き凄まじい力を生み出したのです。わたくしはただ『エイヤッ! エイヤッ』とめった刺しにして倒したのでございます」
ここで一旦、リンゴ果実ジュースを口に含み、椅子の下に用意していたワインボトルを背中に隠す。
「こうして無事ヒューパに帰ることができたわたくしは、この精霊に導かれたワインを完成させたのでした」
ドーン、頭の上にワインボトルを差し出す。拍手喝采の会場の中、演出的に観客達への印象付けはバッチリだ。
連日続くパーティーに、ワインを持込み、創作『聖なるワインで竜殺しの幼女』の公演を続けた。
もちろん居合わせた貴族達に、私達ヒューパのワインは大好評だった。
パーティーの席では、私の公演の合間に、大人の人達のお話を聞いた。
特に騎士の方々が、ワイバーンのウロコどうだったかとか、爪はどうだったかとか聞かれてたが、それより相手の騎士の武勇談へと話しを振ると、喜々として話しだすのを、私はニコニコと適当に相槌を打ちながら聞き流すのに専念する。
大人の人達の話しを聞いている内に、段々とこのエウレカ公国の事情が見えてくる。
どうやら、貴族の偉さは爵位とほとんど関係なく、爵位で下の男爵だからと言って低く見られる訳ではなかった。
自分の領内の実力こそが、国内での上下関係になっていた。
世界観としては、微妙なバランスの上で成り立つ微妙に平和な下克上戦国時代って感じだろうか。
そしてもう一つ、大事な情報が有る。
エウレカ公国は近年になって、大きな2つの派閥が競い合っている状態なのだとわかった。
それは宗教的な違いによる、色分けがされていた。
一つは、教皇庁派、もう一つは反教皇庁派の2つ。
そしてその両方には属さず、中立を決め込んでいる有力貴族もいるが少数派だ。
元々エウレカ公国は開拓によって国を広げた土地で、教皇庁によって宗教的な迫害を受けた獣人や亜人でも寛容に受け入れて、実効的な手法で人を増やしていた。
そこに近年、セト教教皇庁の教えを守ろうとする貴族派閥が生まれ、急速に広がってきていた。
そして教皇庁からの迫害を逃れてやってきていた人々が多く住む地域では、これに反発が起きてもう一つの反教皇庁派閥が生まれた。
この教皇庁派閥で有力貴族だったのが、うちの隣街のホラ男爵だった。
ところがここ1・2年でホラ男爵の最大の力脈だった金鉱山が枯れてしまい、教皇庁派全体がパワーダウンしていると言う。
うちのヒューパは、反教皇庁派に所属しており、今回の社交界で、ホラと隣接している中立派のとり込み工作をメインに、同じ反教皇庁派の貴族にも、弱っている今こそホラを攻めるときだと主張していた。
ホラがヒューパに攻め込もうとしても、軍を留守にすれば後ろから自分たちが攻められる。この状況になると、簡単にはヒューパへの侵攻ができなくなる。
お父さんの描いた戦略はかなりいい線を行っているので、ぜひ成功して欲しい。
こうして大人たちにチヤホヤしてくれる夢のような一週間が過ぎ、最後の予定日が訪れた。
最終日は、エウレカ公国国王主催の園遊会だ。
この日は、大人だけの会になるので、今季に大人達と一緒に連れてこられていた子供たちは、全員同じ場所に集められていた。
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