冬の過ごし方
翌日私は、お城で一番大きな釜と小さな鍋を借りて、昨日集めた瓶と一緒に蓋と調理道具を中に入れ、ベック少年を泉まで案内して水汲みをさせる。
この泉の帰り道、ここが私がワイバーンにさらわれた小道かと眺めていたら、ベック少年に「姫様急ぎましょう」と勤労意欲を見せられたので急いで帰った。
その間、小さな鍋に火をかけ、中に調理道具のまな板を入れて沸騰させる。
外からベック少年が何回か往復をして水汲みをしているが、なかなか大鍋にいっぱいにならないので、小さな鍋の火をくべたまま、途中から私も手伝って水汲みをした。
貴族階級とは言うけれど、うちは貧乏なので私も頑張ろう、私はやるときはやる女。
二人でなんとか頑張ったおかげで、鍋の中に沈めたガラス瓶が全部水の中に沈んだ。
ここからが本番だ、私は鍋の下に薪をくべて火を付ける。瓶の煮沸消毒をして水から煮立てるので、ガラス瓶が割れずに済む。
鍋が大きいのでなかなか沸騰してくれないけれど、その間に今日の主役のりんごを用意した。
最初に小さな鍋で煮沸消毒した調理道具のまな板を使かう。私は黒のナイフを取り出して、刃の部分を火に当て消毒した。
まな板の上に置いたりんごを皮ごとざく切りにしていく。
今回の作業は、雑菌の繁殖を防ぐため調理道具も含めて殺菌処理をしている。
りんごに付いた野生の乳酸菌酵母を使って、ワイン作りの一次発酵で生まれた酸味をまろやかな物にするのが目的だ。
ワイン作りでは、この二次発酵作業をマロラクティック発酵と呼び、味を整える大事な作業だ。
うちのヒューパのワイン作りでは、一次発酵が止まらなかったのと、この2次発酵が上手く行ってなかったため、味に問題が出ていたと思われので、本当なら秋の酒作りの時に終わってなければならない作業なのだけれど、一か八かで二次発酵作業をやってみる。
大鍋が沸騰したので、薪をくべていたのを一度隣のカマドに移して自然に温度が下がるのを待つ。
もう一度小さな鍋に水を入れ、隣のカマドに移した火で沸騰させて無菌の水を作る。
この間、ガラス瓶の蓋になる金属蓋の隙間から空気を通さないよう封印するロウの準備もしておく。
準備したリンゴ達をガラス瓶に移して、沸騰後に冷ました水をリンゴがひたひたになるまで入れると、天然乳酸菌酵母水の苗床が出来上がる。
後は、雑菌が入らないようにロウ封印をして、この酵母水を雪で作ったミニかまくらの中に入れて天然酵母水作成作業は終わりだ。
チャッチャとガラス瓶に蓋をしていき、蓋とガラスの隙間を溶けたロウで封印していく。
天然酵母水作業が終わった頃に、ヒューパの城にアルマ商会さんが来た。私は、おお父さんに呼びだされて執務室へ行った。
中に入るとお父さん達と一緒にアルマ商会さんがいた。
お父さんが座っている机の前に何か置いてある。
白い……
お父さんの前に置いていた白っぽい色の剣が気になる。まるで銀でできている、もしかしてファンタジー世界でその名前が轟くミスリル銀製の剣か?
「お父さん、その剣は何?白くて綺麗なんだけれど、もしかしてそれは話に聞くミスリル銀の剣なの?」
私の問いかけにブスッとした顔で首を振る。
「違う、これは我が家に代々伝わる秘宝の一つの『軽銀』と呼ばれる特殊な金属でできた剣だ。5歳のティアでもこの秘宝の素晴らしさが分かるようなのに、全く、物の価値が分からない石頭の商人がいて困ったものだ」
ん? 商人……アルマ商会さんかな。
アルマ商会さんを見ると、困った顔をして返事をする。
「申し訳ございませんヒューパ男爵様、何度も申し上げますが、その『軽銀』わたくし共も初めて見る金属ですが、ミスリル銀のような魔力をよく通す訳でもなく、見た目以上に軽いのは良いのですが、残念なことに柔らかく、どなたがお使いになられたのかは分かりませんが、刃こぼれどころか、硬いものを叩いて刃が凹んでますね。さすがにわたくし共では扱えませんし、仰る通りに買い取っても、銀貨20枚が限界です」
あら、お父さんは、良く分からない金属の剣を買い取ってもらおうとしてたのね。
それにしてもあんまり硬くないのに軽くて、この色の金属って……。
「姫様、先日のワイバーンの牙の話ですが」
考え事をしていた私にアルマ商会さんが話しかけてきた。どうやら場の空気を変えたかったようだ。
「姫様、ワイバーンの牙ですが、お預かりして首都で競り市にかけます。わたくしの取り分ですが通常の報酬として金貨2枚をいただきます。こちらは手付金から引いた形になりますので、お納めください」
と、金貨を5枚と銀貨を50枚を皆の前で渡してくれた。
お父さんが私をみて「それはこちらに頂こうか」と言って手を伸ばしてこようとしたので、手を叩いて阻止する。
「テエエエイッ!ハッ! お父さん、これは
お父さんが驚いた顔で固まっているのを無視して、私はアルマ商会さんに銀貨の価値を聞く。
銀貨は100枚で金貨一枚の価値があり、街で暮らすのに銀貨一枚あれば、だいたい一日は生活ができると言われる。
これでしばらくの活動資金ができた。色々と注文しないといけない物もある。
私のお金に未練のあるお父さんをその場にほっといて、私はさっさと部屋から飛び出していった。
作戦司令室に戻るとベック少年が後片付けをしていた、まじめに働いていたので褒めておく。
その後、待つこと一週間。
かまくらから取り出した瓶の中には、天然の乳酸菌がリンゴの糖分を餌にして増えた状態になっている。
この瓶を部屋の中に入れて、常温にして数日放置すると、瓶の中でシュワシュワと泡が出だした。
さらに数日置いて、泡が細かくなって液の色が飴色になってくると酵母水の完成だ。
昔日本のお爺ちゃんがやっていた酵母水の作り方だけれど、大人になって分かったのは、普通に酵母菌のドライイーストが売ってるのでそっち買った方が間違いがなかった。
今回も10個のガラス瓶の中で、ちゃんと酵母水ができたのは7個、後の3個は失敗してしまっていたので捨てた。
この酵母水を持ってワイン工房へと急ぐ。
ワイン工房では今日行くことを連絡しておいたので、管理人のおじさんがいた。
おじさんに手伝ってもらい、赤ワインの中に『おいしくなあれ、おいしくなあれ』と天然酵母水を入れていく。(来年は頑張って秋の出荷に間に合うようにしたいなあ)
ワイン工房の貯蔵庫から白ワインを寒い部屋に移して、残った赤ワインの中の酵母を働かせるために部屋の中に暖房の暖炉を作らせて、この冬の短期間だけの暖房を行った。
この作業のおかげで私の持っていた銀貨40枚が消える。
温度管理が大事なので、中で暖房を動かし続けるようベック少年を貯蔵庫の中で寝泊まりさせた。
さて、酵母水の仕込みをしてから約2週間の空白時間だけれど、その間何もしてなかった訳ではない。
この2週間の間、私が必要としている化学物質を作るための実験器具を、ヒューパのガラス職人の所へ行って注文してきた。
そしてムンドーじいじにお願いして、オークの木の所でベック少年と一緒にある作業を行っていた。
子供の私にはかなり大変な作業だったけれど、黒のナイフが非常に役に立ってくれ、ナイフを酷使したのにずっと切れ味が落ちないでくれたのは、さすが魔剣といった感じかな。
その後、木こりに頼んでオークの木を数本切り倒し、材木に変えてもらっていた。
赤ワインの樽はあれから数日毎日かけて乳酸菌発酵を進め、ムンドーじいじにお願いして味見をしてもらう。
ムンドーじいじは昔、大きな国で働いた事があるので、高級なワインを知っていたのでその舌の記憶に頼ろう。
じいじの舌に毎日飲んでもらい、段々と酸味がまろやかになって美味しくなってきたと、まずまずの反応。
ムンドーじいじの感覚でもう少しで完成かなって手前で、発酵を止めるための作業を決断する。
酸化防止剤の二酸化硫黄を中に入れ、酵母菌を殺してしまって二次発酵作業は完了。
★帝歴2501年 1月1日 ヒューパ ティア
こうして作業を終える頃、新年の1月1日が訪れた。
私とベック少年は、樽の一本を新年のお祝いのために出すことにする。このワインの味と皆の反応をみるための投資のような物だ。
まず、お父さんと、お母さんに飲んでもらうと、物凄く驚かれた。
「ティア、これがあのワインなのか?」
「あら素敵、こんなのダイスでいた頃にも飲んだことないわ」
と、かなりの好感触。
「ウフフ、精霊さんのお陰だわ」
私はにっこり精霊さんに色々なものを押し付ける。
騎士のトードさんとカインさんにも飲んでもらうと、同じく絶賛された。
もう少しで樽ごと飲まれてしまうところだったので、慌てて止める。
危ないとこだった。トードさんなんか2mの巨漢だから幾らでもワインが消えていく。
私は新年の挨拶に来るヒューパの街の人たちに一杯ずつ振る舞ったが、ジョフ親方達ドワーフ連中の酒好きがなかなか帰ってくれなくて困った、ついでなので、親方に仕事の注文をしておく。
まだ共同工房は完成してなかったけれど、親方の弟子だったドワーフの一人の個人工房が動けたので、私の必要な器具を図に書いて注文しておいた。
今回の振る舞い酒で、どの人たちもこのワインは飲んだことが無いぐらい美味しいと喜んでくれたので、私も自信を持てた。
これはイケる。と。
年が明けた後、文字が書けない読めない問題に対処するため、お母さんに文字を習うことにする。
一応簡単なスペルは早く覚えたので、ベック少年も文字が書けるようにするため私が教官になり教えることにした。
最初はたどたどしく、文字をなかなか書くことが出来ないベック少年を見てイライラしそうになったが、私も色々な単語を一生懸命に覚えている最中だ、彼も努力をしているのだと菩薩の心でベック少年を見守ることにする。
なかなか文字を覚えようとしないベック少年の教育に、一つのアイデアが浮かんだ。
自分の名前を書かせてみよう、自分を見つめさせるのだ。
「ベック、これが君の名前」
ベック少年に名前を書いてあげると、彼は嬉しそうに一生懸命、何度も石版に自分の名前を書いては消してを繰り返す。
これで、彼も文字を書く事がすぐにできるようになるだろう……
教育者とはかくあるべきか、私はベック少年の書く力強い名前の文字を見て確信をした。
そうして1ヶ月が過ぎ、ベック少年は未だにに自分の名前以外を全く覚えてなかったので、私の堪忍袋の緒が切れた……
その後、教育方針を変更したお陰で幾つかの鍛冶屋に関する文字と、数の概念を覚えた。
それまでのベック少年の数は『1.2.3.沢山』だったのから、10進数を覚える大躍進をとげた。
私の血のにじむようなベック少年の(物理)努力の賜物だね。
こうして勉強をしたり、オークの木から取ってきた素材を加工している内に冬は過ぎ去っていく。
私はアルマ商会さんに注文をした物が届くのを待ちわびながら、春を待つ。
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