お父さんの昔 ★お父さんはやっぱりカッコよかった

 アルベルト様が右手を上に高く差し上げている。


 俺はその拳が開くのを待っている。

 手が開いたら俺の作戦開始の合図だ。

 俺は、左側の柵へと突進する。そして柵を結んでいる縄を切って外に出たら、兵士の一人から剣を奪うんだ。

 後は切り刻まれてもかまわない、暴れるだけ暴れて弟子達が逃げる時間を稼ぐ。1秒でも長く抵抗して、こいつらを逃す。


 さあ、アルベルト様、早く俺に突進の合図をください。


……


 その後予想外の事が起きる。

 結果から言うと、アルベルト様は、俺に突進の合図をくれなかった。



 アルベルト様はその右手を高く上げ、異端審問官達が立ってる場所に向かって歩き出し、「確認してくれ」握ったままの右手を異端審問官達に突き出す。


「ワシが確認してやろう」


 異端審問官の隣りにいた護衛隊長がアルベルト様のいる場所まできて右手を覗き込んだ。


「ふっ」


 アルベルト様の口元が笑ったように見えた時! 突然、アルベルト様が、右手の中を見ようと間抜け顔して近付いてきた護衛隊長の持つ松明を奪い取る。


「あっ、な何をする」


 松明を奪われた護衛隊長は、松明で危害を加えられないか恐れて思わず叫ぶ。

 広場全体が、突然の事にこれから何が起きるのか息を呑んだ。


 驚く護衛隊長へ、左手に松明を握りしめたアルベルト様がニヤッと笑い、


「こうするのさ」


 と言うと、自分の右手を燃え上がる松明の炎へ差し入れた。


 ?

 そこにいた全員が、口を開けたまま、何が起きたのか全く理解できない。


 アルベルト様だけが冷静だ、全てをコントロールするかのように、炎の精霊魔法で最も初歩魔法を斉唱する。


『ファイア』


 松明の炎はさらに燃え上り、アルベルト様の右手へ焼かれる激痛を加える。プラーナ防御壁魔力が有り続ける限り、肉体は破壊されない。だが、防御壁の代償に痛みは、そのままの大きさで神経へと伝わり、激痛が走るはずだ。

 火刑の恐ろしさは、皆、炎から逃れるためにプラーナ防御壁を限界まで出すが、激痛はその分長引く、やがてプラーナ防御壁魔力が尽きるだろう、その後から肉体を焼きながらさらに激痛が上乗せされるのだ。

 それほど、焼かれると言う事は、この世界で最も恐ろしい現象なのに、アルベルト様は、その手を炎の中に入れた。


 そして精霊魔法で炎の勢いと温度を増した中、手のひらを開いた。

 炎は、一瞬で神託紙を灰に変える。

 アルベルト様は、炎から右手を出し、灰になった神託紙を原型も残さす砕いた。


……


 それまで呆然としていた異端審問官が口を開き、甲高い声で叫ぶ。


「なあああああああああ、何をする。き、気でも狂ったかあああ、そのような真似で誤魔化そうとでもする気かああああ」


 俺たちも何が起きたのか、全く理解できなかった。

 だが、アルベルト様だけが余裕の表情で、異端審問官に向き合う。


「いいえ、審問官どの、わたくしは気など触れておりませんぞ、これで神の裁きは公正に下されました。その箱の中に残ったもう一枚をご確認ください」


「なにいいいいい?」


 異端審問官は顔を引きつらせながら叫ぶ。


 アルベルト様がニヤリと悪い顔で審問官を見た。


「その箱の中に一枚だけ残った神託紙に、『悪』と書かれていれば、たった今燃えた神託紙には『正義』と書かれていた事になりまする」


 ……あっ!


 何て事だ、アルベルト様は箱の中には、2枚とも『悪』と書かれた神託紙が入っている事を知った上で、それを逆手に取ったんだ!

 残った紙が悪なら、今さっき引いて燃やした紙が正義って事になる。

 俺たちをペテンで殺そうとしている異端審問官や、観覧席で見ている間抜け達を、逆にペテンにハメたんだ。


 なんてこった‼︎


 さらにアルベルト様は、目を虚取らせ脂汗をかいている異端審問官に追い打ちをかける。


「おや、審問官どのは、中の神託紙を改められないのでございますか? まさかご自身が神の意志に反する異端者という訳ではありますまいに。どうして青い顔をしたまま動かないのでございまするか?」


 嫌味たっぷりだ。


 異端審問官は追い詰められた、このまま壇上から降りて裁判無効にしてしまおうか迷ったが、部下の異端審問官が舞台の下から見ている。

 もしこの場から逃げ去ったら、後に自分が密告され、異端者として裁かれるだろう、彼自身がそうしてのし上がって来たのだから分かる。上のミスは下のチャンスなのだから。


 異端審問官は諦めた。結果は知っているが、それでも神託の正当性を盾にすれば、最悪の追求は避けられる。震える右手を箱の中に差し入れると、神託紙を取り出す。

 観覧席にいるダイス伯爵が、大声で『辞めろ』と中止を叫ぶが、この場は、最高教皇庁の異端審問会なのだ、例え領主であろうと、その権力は及ばない。

 広場に大勢いる群衆は、シンッと静まり返って異端審問官の声を聞き取ろうとする。


「ア…アクダ」


 異端審問官は、その神託紙に『悪』と書かれいてると、か細い声で認めた。


「異端審問官殿、そ・の・神・託・紙・に・は、『悪』と書かれていたのですな」


 力なく頷く異端審問官。

 ニヤニヤしたアルベルト様が耳に手を当て、異端審問官の言葉を大きな声で繰り返した後、もっと大きな声で聴取に結果を説明する。


「つまり、さっき私が引いて、燃えた神託紙には『正義』と書かれていたんだー。ワーミンナ、ムザイダヨ、ヨカッタネエ(棒読み)」


 アルベルト様、その言い方はワザとらしいです。


 説明の口調はいい、とにかく助かったんだ。

 柵の中に閉じ込められている俺たちは、無罪だ!


 無罪だ!


 助かった、周りの皆泣いている。助かった事にただ泣いている。だが、この異端審問会はここで終わりでは無かった。


「ダイス領主殿」


 観覧席でガクッと力を落としているダイス伯爵に向かって、アルベルト様が大声で呼びかける。


 この時点で、ダイス伯爵の隣に座っていた神聖ピタゴラ帝国皇帝カール15世は、その若い身体を翻し、さっさと観覧席の階段を降りて自分の馬車に乗り込み「ふんっ、覚えていろよ」と毒づきながら馬車は走り出す。

 その後に枢機卿が老体に鞭打って続く。


 観覧席に残されたダイス伯爵は、アルベルト様の顔を見た。


「ダイス領主殿、ここにいる皆、正統なセト教徒である事がたった今、神の意志によって証明されました。ならば、この者達は我がダイスの良民でございます。その良民の財産を奪ったゾクがこの場におりまする」


 え?


 俺たちも、え? ってなっているが、異端審問官の護衛兵士達が全員騒めく。賊呼ばわりされたのが、自分たちだと気がついたからだ。

 突然、ダイスの良民から財産を奪った賊として認定されてしまった。

 慌てた護衛隊長が、「おい、貴様どう言うつもりだ。田舎騎士ごときが舐めた口を聞くなよ」とアルベルト様に詰め寄る。


 アルベルト様は、凄んでくる護衛隊長を無視して続ける。


「わたくし、領主殿よりダイスの街の警備を任されている身、これよりその役職を全ういたしまする、いざっ」


 その瞬間、抜手を見せずに、一瞬の残像が走る。凄まじい抜刀術で、隣に立っていた護衛隊長の首を斬り飛ばした。


 ドン! ゴロゴロ。

 舞台上に哀れな隊長の首が転がる。

 隣に立っていた異端審問官が、腰を抜かして座り込む。


 アルベルト様は、確かさっき炎の中に手を入れて、その手に激痛が走っているはずなのにどんな鍛え方してるんだ、まったく。


「ダイスの街を、良民を守護する街の警備兵士よ、この場にいる賊を捉えよっ、抵抗するようならば、切って捨てろっ」


 それまで異端審問官の横柄な態度で、鬱憤が溜まっていたダイスの警備兵達は猛然と異端審問官護衛兵士に襲いかかる。

 あっと言う間に捉えれた護衛兵士達から、俺たちの財産が返されて行く。

 財産を奪う時、抵抗した住人を殺した兵士もいて、誰から奪ったのか証明できない財産を持っていた兵士は、容赦なくアルベルト様が首を落としていった。



 俺はその手際の良さに、唖然とするしか無い。

 観覧席で青い顔をしていた領主や、他の同僚達の静止の言葉を『わたくしの裁量の範囲内でございますから』と無視して、さっさと処断していく速度にみんな舌をまいていた。


 舞台上に座り、1人ポツンと捨て置かれた異端審問官は、目の前で起きている事を黙って眺めているしかなかったようだ。



 言っちゃなんだが、アルベルト様はこんな事してタダじゃ済まないだろう、助けてもらった俺たちの方が心配になる。



★帝歴2492年 ダイス 聖樹祭り翌日 ジョフ


 昨夜の悪夢は去り、俺たちは翌朝を自分の家で迎えることができた。

 午前中、店の後片付けと、ベッグスとターナの遺体を貰い受け、人に頼んで埋葬してもらう。

 彼らは異端者として裁かれていたから、俺では葬式を出してやれない。



 昼過ぎにうちの店にアルベルト様がやって来た。


「ジョフ、身体の調子はどうだ」


「ア、アルベルト様」


 俺も弟子達も気がつくとすぐにアルベルト様に駆け寄り、その手を握ろうとしたら、「まだ痛いから握手は勘弁してくれ」と微笑まれた。

 うわ、笑顔が眩しい。

 いや、それどころじゃない、昨日の感謝を伝えなければ。


「アルベルト様、きっ昨日は…まことに……」


 俺は情けない事に、口を開いた途端、途中で泣きだしてしまい、ちゃんと感謝を伝えられない。

 アルベルト様はには、当たり前の顔で「俺は役職を全うしただけだ」と流された。


「それより、俺が預けた魔石剣はできているか」


「できております」


 走って店の裏に行き、アルベルト様の魔石剣を取ってくる。

 あれから俺が時間をかけて炎の中で何度も打ち直し、魔石は新しい物に取り替えられ、ベッグスが魔法陣を改良した。

 ボロボロだった剣は生まれ変わっている。


 アルベルト様に手渡すと、鞘から抜いて中をあらため、構えてみたり、重心を確かめ軽く振ってみている。


「元より多少細くなったが、バランスは申し分ないな、いい仕事をしてる」


 褒めてもらえた。


 アルベルト様が真面目な顔でこちらを見る。


「お前達のこれからなんだが、今後どうする? 俺は以前から誘われていたエウレカ公国に行って、開拓領を貰う事にする。良かったらうちに来ないか?」


 俺は少し考える、今回の事件はこのままでは終わらないだろう、俺たちと人族との溝は深まった、今後また同じ事が起きる可能性は高い。

 なぜなら、アルベルト様がこの街を出て行く、そうなるともう街の守護者が居なくなる。

 開拓領の暮らしは困難だろうが、アルベルト様に着いて行く事にしようか。


「分かりました、近所の獣人や亜人に声をかけてみましょう」


「そうか、なら早めに来た方がいいぞ、俺は昨日あの後首になった、今から街を出るところだ」


 え? 早い。



 店の外に出ると、馬が3頭いる。2頭引きの荷馬車に俺の師匠であり交友を持つダークエルフのムンドーさん。今はアルベルト様の騎士従弟をしている。

 そしてもう1頭。

 おれは目をこすって二度見をした。

 その隣の馬にチョコンと横乗りしてるお姫様がいる。


「アッハハハ、ダイスの街の騎士団長の娘のマリアだ、昨日役職を首になった時、婚約解消されたので、さっきさらってきた、今日一日は気づかれないさ。これから一緒にエウレカに行く。開拓領とは言え領主だからな、お妃様だ」


 後ろから大声で笑い声がする。マリア様が微笑んで、俺の後ろに立っているアルベルト様の顔を見つめている。


 なんだよ、焼けるな。


 大きな笑い声に近所から大勢が出て来て事情を把握すると、同じ馬に乗った2人を祝福するパレードのようになった。

 アルベルト様とマリア様達はパレードの中を進み、そのまま街を出ていく。



 さて、俺も店をたたんで、後を追いかけなくちゃな。



★帝歴2500年 ヒューパ 城 ティア


 キャーお父さんカッコいい。

 お姫様攫って来ちゃったのー。お母さん、かけ落ちしちゃったんだー。


 キャー、お父さんはやっぱりカッコ良かった。



 ティアの乗る馬の先には、ヒューパの木製のお城がもうすぐだ。城の中からお母さんがこっちに向かって走って来ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る