お父さんの昔 ★異端審問会
二人の帰りが遅い事を心配した俺は、祭りの準備から帰ってきた弟子達に探しに行かせたが、代わりに連れて帰ってきたのは、見慣れない兵士達だった。
見慣れない兵士は店の中を見ながら、何かを考えていたようだ。
「貴様も亜人か……良かろう、我々は最高教皇庁より派遣された異端審問会だ。ワシは審問官護衛隊長のドイド、隊長自らこの店を調べてやろう」
腰の剣に物言わせて、店の中の物盗る気だな。こっちはチビ助もいる、逆らえねえ。
「貴様の共同経営者が異端どもの集会に参加していたことが判明した。貴様達にも同様の嫌疑がかかっている。このまま出頭しろ」
俺も薄々は感づいていた。
ターナは難民の子だ、多分親の代からの新教派だったのだろう、ベッグスも感化されて集会に出るようになっていた。
誰が何を信仰するかは、そいつの勝手だ、と俺は気づいていながら放置していたわけだが、いまさらどうにもならない。
残された赤ん坊のベックをどこかに隠そうかとしたが、弟子達も全員連れて行かれる事になったので、捨てていく訳にいかず、一緒に連れて行く事になった。
うちの店から目ぼしいお宝を獲った隊長サマと外に出ると、他の家からも獣人やドワーフ達が連れ出されている。やはりあっちの兵士も目ぼしい物を盗んでる。
この地区全部の人族以外全員の財産を奪って、そのまま連れ出すつもりのようだ。
俺たちは兵士達に連れられ、街の中心の広場に集められる。
広場には、祭りの出し物の草競馬用の木柵があったが、いつの間にか狭く高くなっていて、俺達はぐるりと囲まれた中に入れられていく。
全員が不安な気持ちで、この後どうなるのかを話し合っていた。
うちのベッグス達が捕まった集会の様子を知っている奴がいたので、聞いてみると、牧師の説法中に兵士達が踏み込んできて、そこにいたほぼ全員が斬られたらしい。
ベックは俺の腕の中でスヤスヤ寝ている。こんな時でも平気で寝られるなんて将来大物になるな。
ベッグスとターナの奴ら、こんな小さな子供を残して……バカヤロウ……
★2492年 聖樹祭り当日 神聖ピタゴラ帝国 ダイスの街 ジョフ
その夜は結局、周りと話し合ってる内に朝日が昇った。
朝日が昇って昼前になると、祭りは祭りでも、火祭りを見にやってきた観客で周りが一杯になる。
観覧席には、お偉そうな立派な身なりの若い貴族様が座った。
あれが皇帝陛下か、若いな二十歳ぐらいか。その隣には絢爛豪華な司祭服を着たセト教の枢機卿殿がいやがる。
あいつは、この辺りで一番偉いジジイだ、一度高額の強制的な寄付をした時に祝福された。こんな事になるんなら寄付を値切れば良かった、クソ。
俺達が燃やされるのを観客席から見るつもりなのか、いいご身分ですな、チキショウ。
しばらくすると、広場に設置された舞台上に黒く質素なフードを被った男が昇り、優雅に皇帝や領主の座る観覧席に挨拶をする。こいつが異端審問官のようだ。
コホン、異端審問官は、小さな咳払いを1つして口を開く。
「この集まりは、正義を試す集まりで我々の信仰心が試されているのです」
何が正義だ信仰心だ、集められた俺達は一切取り調べも尋問もされてないぞ。
第一、俺達は曲がりなりにもセト教徒だ。ちゃんと教会にも寄付してるし、商工ギルドに入って税も払い街の自治にも参加している市民だ。なのに周りの兵士達は、何故
舞台上の黒いフードの異端審問官は、聴衆に向けて延々と演説を続けているが、異端審問会の審問自体省略するつもりのようだ。
俺の近くでは、すでに諦めた誰かの啜り泣く声が聞こえてくる。
腹を空かせたベックが俺の腕の中で泣きだした。
俺は家を出てくる時に持ってきた、麦芽粥の汁をベックに飲ませる。
小さな口で「チュッチュ」と音を立て、麦芽粥の汁を美味そうに飲んでやがる。チキショウ、こんな所で死ねるか、死なせられるか、バカ野郎、いざとなったら懐に隠し持っている小刀で、柵の紐を切ってひと暴れしてやる。
せめてベックだけでも逃せないか必死に考え、どこか包囲が薄い場所は無いか探す。しかし、柵の外には兵士が並び、広場に通じる道にも何人かの兵士が立っている。
クソ、こいつら手慣れてやがる、色んな街で似たような事を繰り返してきて、やり方が洗練されてるんだ。
俺の周りにいる弟子達が不安な目で俺の顔を見てやがる、死んでたまるか。
でも……どうすれば。
…ザワ……ザワ…ザワ……
ん?
観覧席の下の方で何か騒ぎが起きている、なんだ?
そっちを見ると、下で一人の騎士が何か騒いでいた。
あーん?
あ、あれはアルベルト様だ。
どうやら、俺たちのがこれから何をされるのか解って、上役の騎士に抗議をしているようだ。俺たちを指差して、あれは正統なセト教徒だ、教会にも来ている、異端派ではないって言ってくれてる。
……あ、アルベルト様が上役の騎士に殴られた。
……だろうな、これは最初から用意された政治ショーだ。新教派をこの国から一掃するのを最高教皇庁や、諸外国に見せるために、俺達は生贄にされてるんだろう。
多分昨日、新教派の集会現場で皆殺しにしちまったから、予定の生贄が足らなくて、俺達を代わりにってとこか。いや、もしかしたら最初から俺たちも一緒に燃やすつもりだったのかもしれない。
……それを一介の騎士に止められる訳なんかないだろ、アルベルト様は馬鹿だな…俺たちの為なんかにあんなに頑張っちまって……
舞台上では、演説も佳境に入り黒いフードの異端審問官からいよいよ本日のクライマックスが発表された。
「皆の者、よく聞け、これより『神の裁き』を行う。これから行う儀式は神の意志である。ここに集められた獣人、亜人が真のセト教徒か、悪しき異端者かを神に問う」
あ、あの話しで聞いたやつだ、『神の裁き』だ。
「もう一度言う、これは神の真の意思であり、神の意志に反する者は、異端者である」
黒いフードの男の前に、豪華な彫刻と装飾を施した箱が運ばれて来る。
「この中には、二枚の神託紙が入っている。一枚は正義、もう一枚は悪と書かれている。ただちに代表者を選び、前へ出ろ。中から正義の神託紙を引けば貴様ら全て無罪だ。だが、悪の神託紙を引けば、全員有罪とする。これは神の意志である」
ああ、噂は本当だったんだな……2枚とも悪と書かれているんだ。
その証拠に、周りの兵士達を見ると、くじを引く前から用意していた薪を俺たちの中に投げ入れるための準備をしている。
あの異端審問官の隣にいる昨夜の隊長は、ジャラジャラと俺たちから盗んだ宝飾品を身につけ、その手には赤々と燃える薪を持って、今にも俺たちを燃やそうとしてるじゃないか。
どうすりゃいいんだ……
その時、突然誰かが叫ぶのが聞こえた。
「俺がそのくじを引こう」
観覧席の方から大きな声がしてくる。
アルベルト様だ。
騎士のアルベルト様が周りの制止を振り切って、舞台に駆け上がった。
「私が代表者だ。この街の警備役を仰せつかっているアルベルトだ。この町に住む者達を守るのが俺の役目だっ」
異端審問官が観覧席の方を見る。
観覧席では、慌てた顔のダイス伯爵が皇帝を見ている。
皇帝が隣のダイス伯爵に向かって『うん』と頷く。するとダイス伯爵が舞台の異端審問官に向かって頷いた。
「ふふふ、良いでしょう、騎士の身の上ながら異端容疑者に手を貸すとは嘆かわしい。もしこれから行う神の裁きで悪が出れば、其方も悪しき異端者に手を貸した異端者として裁かれるが、よろしいか?」
チキショウ、あの異端審問官の野郎、ムカつく顔をアルベルト様の顔のすぐ近くに寄せて喋ってやがる。
それにしてもアルベルト様は、なんだってこんな馬鹿な事をしてしまってるだろう? 俺たちなんか庇ったら領主に追い出されちまうだろうに。いや、それ以前にどうせ偽神託紙で一緒に燃やされちまうんだぞ。
本当に馬鹿な御方だ…なんで…なんでそんなに俺たちのために頑張れるんだ……
アルベルトさまが、ムカつく異端審問官に向かって口を開く。
「それで結構です。もう一度確認をしたいのですが、その箱の中には、正義と悪の2枚の神託紙が入っているのですね? 私やあそこにいる人々が正しいセト教徒ならば、悪と書かれた紙は、決してこの手に引かれる事はないのでしょう」
異端審問官はニヤリと笑いながら答える。
「その通り、其方の信仰心が試されているのだ。真のセト教徒ならば正義の神託紙が神の意志で、其方とここにいる者共を助けるであろう。さあ、その箱に手を入れて引くが良い」
アルベルト様は、右手をその箱の中に入れてしばらく考えている。
俺たちは9割の諦めと、1割の希望を持ってアルベルト様の引く神託紙を待った。
観覧席からは、俺たちを燃やすための準備の指示が早くも出ている。
舞台上にいるアルベルト様の右手が箱の中から引き出され、この場の全ての視線が集まる。
アルベルト様が強く握った手の中に、俺たちの運命が握られてるんだ。
俺の腕の中では、幼いベックが俺の指をギュッと握ってきている。
神様!
名も知らず顔も見たことのない神様に、初めて本気で祈っている俺がいた。
舞台上で立っているアルベルト様の右手を、ここに居る全員が注視している。
アルベルト様の前にいる異端審問官と、早くも炎のついた松明を持った隊長がアルベルト様の右手の中を見ようと近寄る。
「さあ、その手の中の神託紙を見せよ、全ての聴衆に見せるのだ、神の意志を!」
興奮んして甲高い声になった異端審問官の声がキンキンと広場に響く。
俺はこれが最後のチャンスだと思った、周りを横目で見る。
どうやら俺と同じ考えの奴がいるようだ、口元が少し動いている。こいつは精霊魔法の斉唱を始めているな。
今この瞬間、兵士も含めて、ほぼ全員の目がアルベルト様の右手に集中している。
あの手を開いた瞬間に柵に走り、この小刀で紐を切って兵士を一人でも倒して剣を奪うんだ。
その後は大暴れして弟子達の一人でいいから逃し、ベックを連れて行ってもらえば俺の勝ちだ。
俺は自分の勝利条件を勝手に決め、隣の弟子にそっとベックを渡す。
ふと、視線を感じて柵の外を見ると、俺を見ている兵士がいた。
チッ、感の良い奴がいやがるぜ、アイツとは逆方向に走ろう。
アルベルト様はゆっくりと、右腕を高く上げて聴衆に拳を見せた。
まだ手のひらは開いていない。
俺はアルベルト様が最後に作ってくださったチャンスの為に息を殺して、そのタイミングを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます