お父さんの昔 ★不穏な時代

★帝暦2490年 春 ダイスの街 ジョフ


 帝国はついに隣の獣・亜人連合国フェズへと侵攻を開始した。


 今回の侵攻はなんと、最高教皇庁からの聖戦が宣言され、世界中のセト教国から聖戦軍が集まって10万の兵力と呼称している。


 まあ、10万は嘘だと俺でも分かる。せいぜい3万が良いところだろう。

 それでも3万もの兵力が集まる大開戦は、聞いたこともない程の規模の軍勢だ。


 近年の大きないくさでは、パースカール王国とガレリオン王国との戦が一番大きいが、この時双方合わせて、1万人規模の戦だった。


 両国共大国なのに、騎兵や兵士を集められずこれが限界だった。


 理由は、国内兵力として各領地を収める騎士が主力になるのだが、騎士は、魔力が高く戦闘力がズバ抜けているのに、経費が異常に高くついて常時経費を賄える数が揃えられない事情がある。

 こうなると、戦毎に傭兵団が雇われる事になる。傭兵と騎士の少数ユニットで小規模な戦闘を繰り返し(相手の国に攻め込み村々を焼いて体力を削り合う)、決戦時に虎の子の騎士団を突撃させて勝敗を決していたのが、この頃の戦だった。


 本来経済的な理由で、まともに兵数が集まるわけがなかったのだが、今回は最高教皇庁から聖戦が宣言され、採算度外視でセト教の信仰を試される戦いになったため、全国の騎士が集まり、貴族の雇った傭兵団も合わせると3万もの兵力が集まったと言える。



「あいつら、バッカじゃないのか」


 俺は馬鹿馬鹿しくなって、聞く気もなしに相棒のベッグスに尋ねた。


「そうかな? フェズは真剣だぞ」


 あれ、どうしたんだろう、ベッグスの返事が変だな。

 俺はもう一度聞いた。


「だってそうじゃないか、聖戦軍だか知らないが採算度外視で大戦おおいくさやるだなんて、バカもバカ、大馬鹿だろ。それにフェズの石頭連中は、こんな絶望的な大戦を受けて立つつもりなんだぜ。死んじまったら何にもならないだろうに」


 俺の言葉を聞いて、ベッグスの目の色が変わる。


「お前……フェズは例え全員が焼き殺されてもその信仰を捨てないつもりなんだぞ、そんな言い方するなっ」


 ……?

 俺はベッグスの剣幕に押されて、黙り込んでしまった。

 黙り込んだ俺を見て、ベッグスは。


「ああ、声を荒げてすまない。忘れてくれ」


 彼は頭を振って、そのまま仕事に戻った。


 俺は、ベッグスの反応がおかしいと思いながらも、異常な程の仕事量に悩殺されて忘れてしまったが、代わりに毎日戦場へと送られていく武器の量が増えていくにつれて、ベッグスの表情に憂いの影が深く刻まれていった。



★ 1年後


 フェズの軍勢も最初の頃は、地形を生かして善戦をしていたのだが、徐々に押され始めると、戦線を繋ぐ連絡線が分断され、連携も補給も取れなくなっていく。こうなると強固だった防衛軍も、各地で投入される騎士の圧倒的な攻撃力の前に、前線は崩壊し、各都市は聖戦軍に飲み込まれていった。


 最初は、硬い結束を誇っていたフェズも、負け続けた結果、

『亜人連合国アリスト』

『獣人連合国ターバル・フェズ』

『北部獣人騎士領国キャスト・フェズ』

の三つに分かれる。

 そして3勢力とも、ほぼ価値の無い山に逃げ込んで今回の戦は終わりを告げた。


 聖戦軍も追撃をしようとはしたらしいのだが、途中から厭戦気分が蔓延して、略奪だけが目的化する。

 最後には、山の中まで誰も追っていこうとはしなかった。


 こうして獣・亜人連合国フェズは終わりを告げる。

 戦場から大勢の騎士や傭兵達がこの街にも帰ってきた。


 うちの『ジョフベッグスの剣店』の変化と言えば、店構えが大きくなったのと、店員の人数が増えた事。

 それは、増えた弟子達と、弟子達を叱ってる女将さん役がすっかり板についたベッグスの嫁さんのターナだ。


 ……ベッグス、俺が好きだったこと知ってるだろ、気を利かせろや。


 戦争景気が終わって、武器だけでは、この人数を食わせていく事はできない、生活品の鍛冶屋も始めて、上手く軌道に乗り、俺達の店はそこそこ安泰だった。



 店の扉が開いてお客様が入ってくる。


「店構え変わったんだな」


 入口で立つ男性は、店の中をぐるっと見ている。

 おや、誰だろ? あっ、アルベルト様だ。人相が少しやつれているが、ご無事だったんだ。よかった。


「いらっしゃいませ、アルベルト様、よくご無事で」


「うむ、生きて帰ってきたよ。お前の打った剣や槍はよく働いてくれた」


「ありがとうございます、ご期待に応えられて光栄です。もし宜しければ、剣や槍をお見せください、歪みなどがありましたら修理いたします」


「ふっ、商売上手になってきたな。今日はこの魔石剣を持ってきたので見てもらおう、修理できるようなら頼む」


 俺はアルベルト様から剣を受け取り、鞘から抜いた。


 ……これは。


 抜き身の剣の刃は至る所で刃こぼれを起こし、刀身は歪んでいる。何度も無理に捻らなければ、これ程は歪まないだろう。

 剣はガタガタになっていた。

 いったいこの方は、どれだけの激戦の中に身を置いていたのだろうか?

 俺自身冒険者の経験があるから、剣をボロボロにした覚えあるが、一年間でここまでとは。騎士様用に厚実で実戦重視に打った剣なのに、大変な戦いだったのが見て取れる。


「アルベルト様、これは…少々お時間を頂きますが修理は可能です」


「ならば、頼もう」


 その後、アルベルト様が離れていた間の街の様子や、いくつかの世間話をして、その日は別れた。



★2492年 春 ダイスの街 ジョフ


 大戦おおいくさが終わってから2年が経ち、うちの店の隅っこにある揺り籠には、以前、独身の俺が・・好きだったターナ女将と俺の親友のベッグスの間に産まれたベックが寝っ転がって「アーアー」言ってる。

ちなみに俺はまだ独身だ。

 まあチョットは思う事も有るが、赤ん坊は可愛い。

 オッサンの俺のハートを鷲掴みだ。


 そして客達からは、他国の様子がちょっとずつ入ってくるようになる。客の冒険者兼傭兵の連中の情報力は侮れない。

 元々は宗教的にユルユルな神聖ピタゴラ帝国であったが、今回の戦で最高教皇庁から、国内に新教派が入り込んでいる事を憂慮されていると伝わり、悪名高い異端審問会が派遣されると噂されていた。


 異端審問会の噂は、以前ヘウメス平原から逃げてきた同族のドワーフから聞いてる。

 奴らの手口は、一切の曇りの無い正義の心に満たされ、徹底した拷問と妥協のない処刑方法がセットになっている。

 あまりの残虐さに教会関係者が静止をしたら、正義の法を執行しているのを止めるのは、悪魔に魂を奪われたせいだと言って、その教会関係者も拷問して殺してしまった程の、頭のイカれた奴らだ。


 彼らはやり過ぎたため、最高教皇庁からストップがかかったが、どうしても正義を執行したいがために、神の裁き・・・・を発明する。

 神の裁きとは、何の事は無い、ただのくじ引きで、箱の中に入った『正義』と書かれた紙を引くと、無罪。『悪』と書かれた紙を引くと有罪で火あぶりにされる。


 逃げてきたドワーフの言うには、この神の裁きには『悪』と書かれた紙しか入っていないので、どう足掻こうが焼かれてしまうのだと言う。


 ……なんだそりゃ、やりたい放題だな。



 それから一月後、ダイスの街で毎年やっている夏の聖樹祭りが何時もより大規模に行われると発表された。

 夏の聖樹祭りは、世界樹セトの花が咲き世界が最も魔力の元となるマナ魔素に満ち溢れる時期を祝う祭りだ。


 街の大広場に舞台が組まれ、領主様達が観覧するための観覧席が作られていた。

 噂では皇帝陛下も来て、観覧すると聞こえてきている。

 その日は大勢の人が集められ、大掛かりな祭りが行われると街ではもっぱらの噂だった。


 商工ギルドの会合の話し合いで、うちの店もどの出し物に参加するかで皆楽しみにして、ソワソワしていた。



★2492年 夏 お祭りの前日 ジョフ


 俺は昼過ぎには、明日うちが担当する出し物の、焼き鳥屋の屋台を準備するのを店の弟子達に任せ、一度店に帰った。


 外から覗くと、店では、店番をしていたベッグスとターナ夫妻がいちゃついていたので、扉を開ける手が異常に重かった。


 いい加減にしてほしい、お前ら新婚期間終わってるだろうが。


 コンコン。入り口の柱を叩いて、抱き合ってる二人に知らせる。


「いい所ですまんが、帰ったぞ、お前ら昼から用事があったんだろ」


「おお、帰ってたのか、悪いな、じゃあ今から行ってくるわ、夕方には帰るので、ベックの事頼んだぞ」


「ジョフさん、何時もベックの事見てくれてすいません」


「いいよ、チビ助の事を見るのは嫌いじゃ無いからな」


 俺の返事を聞いた二人は、いそいそと出かけていった。



 その後、約束の時間になっても二人は帰ってこなかった。

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