外伝 転生神の憂鬱

※外伝です。オマケ話しなので飛ばしても大丈夫。

※時間軸は、『幼女は生きる』の裏話



「クフゥッ」


 やっと一人になった安心感からため息が出る。


「何なんだよ、あのクソ女、俺は神だぞ、神に対して頭突きとか正気かよ、クソッ。つうー、回復魔法で治したはずなのに、まだ痛い気がする、んー何だこれ、鼻が曲がってくっ付いてるじゃねーかよ、舐めやがってクソビッチが! ふんっ、まあいい、送り込んだ先はいきなりクライマックスだ、せいぜい俺を楽しませてくれ」


「すぐに後悔して泣き出すんだろうなあー、あー楽しみ。速攻でぶっ殺して神威値を回収だ。今回は現地の仕掛けに凝りすぎたから神威値がギリギリだし、下手すりゃ破産だ。まっ、速攻死ぬから楽勝で回収できるけどな」クフフ



 転生神である。



 転生神は、地球で回収した魂に、幾つかのチート能力を貸与してやり、異世界のセト中海世界へ、魂を勇者として送り込んでいる。

 勇者の活動は、異世界全体の魔力を活性化させる。

 活性化した魔力は信仰心と混ざり合い、神威値と変化する事で奇跡を起こす力へと変わる。これを回収し、上層部へ納入するのが彼の仕事だ。


 彼はこの仕事を、ある種のリサイクル業者だと自称している。

 同僚達も同じように仕事をしている。地球の奴らを簡単な罠にかけてトラックをぶつけるだけで魂は楽々回収できる。

 そして彼奴らに自分の予算の中から神威値を使って、簡単なチート能力を与えるだけで、ホイホイ異世界から神威値を回収してくる。まさに回収業。



★現地セト中海世界時間 約4000年前


 賢い俺はある時、効率の良い方法を思いつき実行する。

 自動化である。



 地球で適当に回収した魂に、自分の神威値管理能力を幾つか分け与え外注化する事で、自分の業務効率化に成功したのだ。

 何せ外注化とは名ばかりで、ノルマを与え、能力として24時間休みを取らせずに働き続けるブラック奴隷として、現地管理神を作ったのだ、そりゃ楽勝にもなる。

 管理神は24時間休みなく神威値を集め、自分で地球から人間を召喚する自動化マシーンになってくれたのだ。


 異世界転生より、異世界召喚の方が現地では手軽な方法だ。

 異世界召喚は、神威値がほぼ必要ない。現地の魔力だけで召喚ができるため、現地召喚管理業務は手軽なのだ。


 ブラック奴隷管理神は、真面目に仕事をしてくれた。時々現地の魔王にしてやられるマヌケも出たので、神威値がある数値を割り込むと自動的に死亡するようプログラムした。そのおかげで歴代の管理神は必死に仕事をしてくれた。



★セト中海世界時間 約2500年前 帝国暦元年


 ある時、平成日本人という民族を見つけて管理神として送り込んだところ、これが非常に優秀だった、なんと奴隷として嬉々と働く民族だったのだ。信じられない、ブラボー。


 現地時間で約2500年前へ送り込んだら、与えた神威値と現地残留魔力をほぼ全てつぎ込んで、地球時間の紀元前、マケドニアとかいう国から、インド遠征を切り上げ帰還途中に難破した船団乗組員五千人を召喚したのだ。


 最初管理神は気が狂ったのかと思ったね、予算の関係上、なんと召喚した地球人にチート能力を与えないどころか、殆どの人間に魔力すら与えなかったんだ。

 ところがまあ、こいつらは物凄く優秀だった、当時最高の科学者や哲学者、そして異様なほど優秀な軍事の集団が一度に手に入ったとは、驚きと言うしかない。


 この5000人から始まった帝国は、あっと言う間に管理区域のセト中海世界を制圧し、魔王早期発見、早期駆除システムを作って勇者の安定運用を確立した。これによって見る見る内にセト中海世界を魔力で満たしていく。



 神威値ウハウハである。



 俺は俺の管理区域であるこの異世界、セト中海世界を愛していた。俺をさらに上の存在へと導く宝の世界だったから。


 同僚の転生神の中でもトップクラスの神威値納入を続けて、現地異世界時間で1000年に渡り、神の祝福賞を何度ももらった。うるさい上司神も俺に敬語を使うし、すぐに蹴落として俺がその座をもらう物だと思っていたある日、問題が起こる。



★セト中海世界時間 帝国暦約1000年頃


 セト中海世界に変化が起きる。現地管理神が、一神教を使って自分の業務を現地人に外注化しだしたのだ。

 正直、多神教だろうが一神教だろうが教義なんかどうだっていい、根っこは同じだ、信仰心さえ集まれば魔力と合わさって巨大な力になる。今回は一神教がうまく行っただけだ。ただ問題は外注化にあった。

 外注化はいいよ、外注化はいいとして、業務の複雑化で神威値の一部が現地管理神の物になってしまい、管理神へのコントロールが少しずつ難しくなってきやがった。それでもノルマ以上の神威値を収めて来るので、少々の干渉はするが基本放置してやることにした。



★セト中海世界時間 帝国暦約1900年頃


 時々現地を覗くと、管理神の奴が調子に乗っていてウザい。

 現地の帝国が歴史を刻むようになって約1900年程が経った時のことだ、俺は奴の利益からほんの少し抜き取る事にした。

 そのまま奴に命令をすればよかったのだが、最近、管理神の奴が自分の神威値を使って俺の上司神と交信していやがる。しかも賄賂を渡しているみたいなのだ。


 ふざけやがって、ずっと俺にヘコヘコしていた上司神の奴と、管理神の奴も強気になって来てやがる。


 早速俺は、管理神から管理業務の一部を奪い、現地人と一神教を使う事にした。管理システムの変更は、現地人の信仰心を増大させ、俺の懐への神威値を今まで以上に膨らませた。

 さらに勇者召喚方法も見直し、莫大な神威値を得た。

 なにせ管理神のような、確認作業や安全基準の厳格化とかのまどろっこしい方法は使わず、効率化優先で召喚を行ったので利益率が膨大に増加する。

 召喚方法の画期的な技術革新も開発した。

 太古に枯れた世界樹の化石を少々の神威値で加工して触媒とする。この化石触媒を大量に用意し、コロシアムの床に敷き詰め、下請けを任せている教団に逆らう異端や異教徒の命を降り注ぐだけで、簡単に召喚エネルギーが確保できたのだ。


 現地人どもは猿のように勇者召喚を行い、現地魔力の活性化と神威値収入増加で俺は以前以上に周りからの尊敬を勝ち得、上層部からも美味しいお誘いを頂くようになる。



 ところがだ、ところが現地の猿共が大失敗を犯しやがった。

 美味しい召喚サイクルを確立して100年後、猿共は、召喚元の時代設定をトチ狂って、ペスト禍吹き荒れる中世ヨーロッパにしやがったんだ。


 よりによって、召喚した勇者がペスト患者とはふざけてる。

 このペスト勇者にくっついたノミが魔王化して、病気への免疫力が無いセト中海世界は大混乱。折角上手く回っていた世界をメチャクチャにされてしまった。

 俺は慌てて、世界の混乱を収める為、久々に勇者転生を行い、現地へ勇者を送り込む事でペスト禍を収めた。

 もちろん、これ以上ペスト患者を召喚する訳にはいかないので、召喚方法は完全封印。大損害である。



 大損害に涙目になっていたら、ここで最悪の事態が起きる。

 勇者が生まれると必ずと言っていい程、現地で魔王が生まれる。

 勇者転生と同時に生まれた魔王が凄まじい数の魔物を引き連れ、ペスト禍で混乱したセト中海世界文明を壊滅的に滅ぼしやがったのだ。



 大放心


 まさに俺は大放心して、現地から目を逸らした。どうやらまだ煩わしい管理業務やらせていた管理神が必死に手を打っていた様だが、俺が色々と管理権限抜き取っていたので無駄な努力だ。


 それまでは、神界上層部への覚えめでたく、近い内に新しい管理部門を創出して、そこのトップへ大出世するだろうと、内々の内定までもらっていたのに、突然の挫折……


 それまで尊敬の眼差しで俺を見ていた同僚は、侮蔑をくれてくるし、ヘコヘコと俺の機嫌とっていた上司神は、逆に怒鳴り散らすようになった。

 そして現地の管理業務委託していた管理神の奴に至っては、この責任取らせて抹殺しようとしたら、自分で貯めた神威値を使って契約を書き換えるという暴挙に出やがった。

 俺は今後の事を考えると、残りの神威値を無駄に使う訳にはいかないので、泣き寝入りするしかなかった。



 どいつもこいつもふざけやがって、全員いつかぶっ殺してやる。



★セト中海世界時間 帝国暦約2300年頃(帝国は滅びたが暦は使われ続けている)


 その後、現地時間300年にわたって、激減した現地魔力の回復のため色々と手を打ち続けたが、どれもこれもパッとしない。羽振りの良かった頃の意識が抜けきれず、貯金していた神威値は見る見ると減り続けやがる。

 現地セト中海世界はメチャクチャになったのに、上部への神威値ノルマはそのままだ。

 このままでは危ない、神威値が安く済む異世界召喚を解禁しよう。



 召喚元は良く考えて、管理神と同じ平成日本人にする事にした。



 その後、何人もの平成日本人を召喚して、セト中海世界へ送り込んだのだが、召喚先の設定が上手く行かない。

 転生早々、国家間の争いに巻き込まれ、能力が覚醒する前死亡したり、ダンジョンマスターとして送り込むと、人型種族支配圏外にダンジョンができてしまい、誰も来ずに餓死。

 それでもダンジョンマスターの数人は頑張って、現地魔物や魔獣を取り込む事で生き延びたのだが、それも人型種族が来ない地域だったため、長続きしなかった。

 現在の文明も、魔王が度々邪魔をしてろくに再興しないし、最悪。



★セト中海世界 帝国暦2471年


 いよいよ追い詰められた俺は、視点を変える事にした。

 セト中海世界へ送り込む人材が悪いのだ、そう、つまり、人材を選んだり方針を考えるのを、俺一人に押し付けている上司の管理能力が悪いのだと。


 実に良いアイデアである。何のための上司か、こんな時に責任を取らせる為の上司じゃないか。巻き込んでやろう。

 幸い上層部派閥とのコネは、完全には切れていなかったので、派閥に泣きついて上司神を巻き込む事に成功した。やったー


 上司神は渋々俺の業務のために、勇者人材育成計画書を持ってきて、その後すぐに俺の事を無視した。


 ムカつく奴じゃないか。だがもちろん、上司神の計画には無駄が多いので俺流にアレンジしてやったけどな。



 勇者候補として選ばれた女には、この俺様が作り直してやった勇者人材育成計画でビシバシと育成してやった。

 俺が考えた試練を与えてやったのに、平気で乗り越えてくるので、少々ムキになって家に火を付けたら、勇者候補のくせに逃げ場を失ってしまうとは情けない。

 もうこりゃダメだなと諦めかけていたら、女の父親が炎の中、真っ黒に煤けた顔で飛び込んで来て、女を5階の窓から下に放り投げて助けた。

 男の癖に泣きながら『お願いします、お願いします』と下にいたオッサン達に放り投げていやがる。


 なんだよ、勇者候補の癖に自分で脱出しないとは情けない、マイナス5点。でも自己犠牲の精神を学ぶ機会なので、プラス3点。

 ふむ、実に公正な点数の付け方だ、我ながら良くできたと思うのに、他の同僚神達からドン引きされた。舐めやがってクソ。



★セト中海世界時間 帝国暦2500年 現在


 一番最初に話しは戻る。

 その後も色々と試練を与えて育成を行い、立派な勇者候補に育て、白き試しの間に招き入れてやったのに、上司神の邪魔が入って折角の厳かな雰囲気は台無しになるわ、女が急に発狂して俺の顔面に頭突きするわで最悪だ。

 今回の件は上司神からの指摘通り、俺にも問題はあったかもしれない。いや問題は認めよう、問題は色々あったかもしれないが、人間如きが神の俺に頭突きとは何事かと。


 だが見てろ、女には吠え面かかせてやる。

 大量の神威値を使って、ワイバーンの爪の中に掴まれた状態で転生するようにしてやった。

 しかも設定位置を高度3000m以上の高さにして、魔法も使えないような幼女スタートだ。何をどうしようが助からない。もう笑いが止まらない。



「あのクソ女、気がついたらどんな顔するのかな、どれどれ」

 神威値を使ってモニターに現地を映し出す。


「お、気がついたか……慌ててる慌ててる」ゲラゲラ


「変な創作呪文なんか唱えてるし、こいつ面白いな。チュートリアルを呼び出したみたいだし、ちょっと悪戯してやろう」


 貴重な神威値を惜しげもなく使って遊ぶ転生神。


「読んでるな……段々と顔色が変わって来た…あっ、やっと俺の悪戯に気がついたか」ゲラゲラ


「むだむだ、その歳の幼女ではまだ魔法を使えないし、勇者スキルの魔眼も破邪の攻撃も使えない。早く絶望の顔を見せてくれ」ゲラゲラ


 勇者の女改め、勇者の幼女は、怒りながらも黙って何かを考えだしたようだ。

 この後に及んでまだ何か考えようとか無駄なことを。


「お、何か閃いたのか?……ゲラゲラ…この女、ワイバーン相手に話しかけてるよ、バカじゃないの?『ワイバーンさん、お話しを聞いてくださーい』だって…ゲラゲラゲラゲラ、ぎゅーってシメられてやがる…ゲラゲラ」



 ワイバーンにシメられた幼女は、泣きべそをかくのかと思いきや、覚悟をしたように目へ力を込めた。手を自分の胸元へ差し込み何かを出すようだ。


「何だ?何か出したぞ……黒色のナイフ?……なにっ! 黒の武器か? 魔剣じゃないか、どうやってそんな物を持手に入れた? 俺は何も持たせた覚えは無いぞ、どういう事だ?」


 転生神の疑問はそのままに、更に驚く事態が起きた。

 勇者の幼女は、黒のナイフをワイバーンの足に突き立て切り裂く。


「バッ、馬鹿な、いくら黒の武器でも、幼女の力でワイバーンのプラーナに包まれた防御壁を切り裂けるわけがない、何故だ? 確かに意識外からの攻撃には、プラーナ防御壁は反応しないが、さっき話しかけて意識されていたはずだろう? これじゃまるで、勇者スキルの破邪の攻撃が発動したみたいじゃないか」


 さっきまで大笑いしていた転生神に余裕がなくなる。

 勇者の幼女は、ワイバーンの足にしがみ付いている。ワイバーンが足から振り落とそうとするがうまく落ちない上に、尻尾の付け根付近に飛ばされて、またしがみ付いて背中に登ろうとしている……と…バランスを崩して半回転した。


「よし、そのまま落ちてしまえ、死ね!」



 疑問は幾つかあったが、ここは3000mの高さだ、落ちてしまえば魔法が使えない女に助かる見込みは無いので、疑問など関係ない。


「ん? なんだ? 落ちそうなのに落ちないだと……あっ、クソビッチ、ワイバーンのケツの穴に手を突っ込んでやがる。なんて女だ」


 勇者の幼女は、ワイバーンの直腸の中を直接黒のナイフで傷つけた。

 ワイバーンは暴れるのを止め、今にも死にそうになって高度をゆっくり下げている。


「ふざけるな! こんな事許せるか、このままクソビッチが地上までゆっくり降りるとか許さん、絶対に許さんぞ、ぶっ殺す、その顔をギットギトの絶望に塗り変えてやる」



 転生神は神威値を使って、瀕死でフラフラ飛ぶワイバーンの心臓を止める。

 そのまま急降下するワイバーンから幼女は振り落とされた。



「やった! 落ちた! これで終わった、後はクソビッチの恐怖に歪む顔を楽しく鑑賞するだけだ」


「お、経験値の光を吸い込んで覚醒のチャンスと調子に乗ってるな、そんな物手に入れても、無空術なんて都合の良い物はありませーん」ゲラゲラゲラゲラ



 幼女の小さな身体が、空から急降下する。直前に死んだワイバーンの心臓付近からダルマ経験値の光が幼女の手に吸い込まれたが、今はなんの意味もない。

 その顔は転生神の望むように恐怖に歪み、バラバラにされまいと小さな身体をもっと小さくしてガタガタと震えながら落下し続ける。


「『お母さん、お父さん助けてー』だって……ゲラゲラ…俺に頭突きをした威勢はどこにいった? 笑わせてくれる。そんなに後悔するのなら、最初から大人しく俺の好意を受け取っとけよ……ゲラゲラ…んーどうした? 謝るの? 僕に謝ってくれるのかなあ〜」




 その時、幼女の顔から恐怖が消えた。

 転生神には、突然過ぎて何が起きたのか分からない。

 勇者の少女は、さっきまでの無力に怯える少女ではなかった、開いたその目には、意志の力がしっかりと宿っている。



 転生神の望む目では無い、魔法の瞳でも勇者のチートスキルが覚醒したわけでもない、その峻厳たる意志の力の宿る目、これこそが勇者の目だ。




「なっ、なんだ、何が起こった??? 役に立つ魔法もスキルも無いと分かっているのに、何故まだ抵抗する気力があるのだ? 無駄だろ、どうやってもこの高さからでは助からない。なぜそんな目をする? 」



 転生神の驚きなどお構いなしに、勇者は歯を食い縛り身体を大きく膨らませる、両手両足全身を伸ばして風を受ける。


ボッ


 さっきまで加速を続けていた勇者の小さな身体は、加速する事を止め、死に対して明らかな抵抗の意志を見せつけた。


「ふ、ふん、無駄だ、パラシュートじゃないんだ、そんな事したぐらいではまだ余裕でクソビッチの体をバラバラにしてしまえる速度だ、無駄な努力じゃないか、笑わせてくれる」


 勇者の瞳は忙しく動き続け、猛スピードで落下を続けながら何かを探している。


 何だ? 柔らかそうな場所か? バカな、3000mの高さから落ちて助かるわけが無い。

 転生神はまだまだ大丈夫だとは思いつつ、小さな勇者の生意気な瞳が気になって不安が募る。


「大丈夫だろう、大丈夫だが……この転生神、容赦はせん! 幼女相手だろうと全力で叩き潰す。不安の芽は早めに摘まねばなるまい」


 転生神は神威値を使って風を起こす事を思いついた、風で彼女が思った場所に降りる事を邪魔するのだ。


「風よ起きよ、クソビッチを吹き飛ばしてやれ! 」


 おかしい、クソビッチがバランス崩れる程の風はほとんど起きない。なぜだ?

 もう一度……まただ


「なぜだ? なぜあの女は吹き飛ばない?……あっ! し、神威値がもう無いだと‼︎」


 元々神威値はギリギリだったのに、予定外の神威値を使いまくったツケが今回ってきた。

 転生神は慌てる、まだ目の前のモニターに映る女の落下速度は充分だ、なのに何故こんなにも不安が募るのだ?




 地上まであと少し。もう少しでクソビッチはバラバラのはずだ、はずだが……なのに不安だ……なぜなのか?

 それは、地上に今激突しようとしているのに、まだその目から力が失せて無いからだ。


「その目を閉じろ、潰れてしまえ、死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえ! 」


 その瞬間、勇者は山の稜線から張りだす雪溜まりに飛び込み、斜面に積もった雪とともに滑走した。


 勇者の身体はバラバラになんかなってない、雪崩に巻き込まれながらまだ生きようと足掻いている。


「なんなんだよ、何故まだ死んで無い! いい加減にしろおおおおっ!」


 転生神は叫ぶ。


 勇者は雪崩に翻弄されながら、雪の濁流に飲まれそうになったのにいきなり上へ浮かび上がった。そしてそのまま下に流れ着く。


 ピクリともしない小さな勇者、転生神はやっと叫ぶのを止めた。



「やっとか、どうなる事かと思ったわ…ふはは……ふははははははは、ざまーみろ…はあはっはっははははは」


 モニターから目を離し、大笑いする転生神。



ピクッ


 転生神の目を離したモニターの中、雪の上で何が動く。

 彼女だ、彼女の頭がゆっくりと右を向く、何かをブツブツ喋る。


 モニターから微かな声がした事に気がつく転生神。


 振り返ると、勇者の小さな身体が光に包まれている。


「えっ……」


 絶句した転生神が見るモニターに、勇者がゆっくりと立ち上がる姿が映った。


「ふごあああああ、なんなんだよー、あがあがぬああああああああ。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなアガががががガガガがががが」



★後始末


 目の前のモニターをぶん投げて、手当たり次第に発狂し続ける転生神の後ろで、静かに扉が浮かんだ。


「お、やってるな」


「ええ、やっていますね」


 扉から二人の人影が出てくる。転生神はまだ発狂して暴れているが、転んだ拍子にこちら側に立っている二人に気がついた。


「何だてめえら」


「上司神に対して『てめえら』はないだろう。口の利き方がなってないな」


「あ…上司神……様…と、えー」


「貴方に2500年前、管理神にされた者ですよ」


「なんだとっ! 何故だ、何故お前がここにいるんだ!」


「ワシが呼んだからだよ、お前の糞虫のようなくだらない顔は見たくもなかったが、神威値を使い切って破産したままの貴様を、捨て置くわけにはいかなくてな」


「え、破産……」


 ようやく転生神は気がついた、自分が注ぎ込んだ神威値が全て失われた事に。


「あ、いや、これには深い訳がありまして」


「転生神様、もう言い訳は無理ですよ、私が全て記録して、上司神様や上層部へ報告しましたから」


「なっ…ふざけるな、なに舐めた口きいてるんだ、俺を誰だと思ってる……はっ…お、お前、お前だな、あの時クソビッチに助勢していたのは。黒の武器など装備してなかったはずのあいつに持たせたのも、勇者として覚醒してないあいつがワイバーンのプラーナ防御壁を破ったのもお前かっ!」


「ええ、そうです、私が貴方に力の多くを封じられて、必死で終わりかけていた世界を支えようと努力していた時、ここに居る上司神様から突然連絡を頂きました。

 何でも転生神様がトンデモないミスをして、人違いの勇者をこちらに送りこもうとしていると。送り込む先の少女を教えて頂きましたので、ちょっと手持ちの神威値で細工は致しましたよ」


「ふざけやがって、あの女が生き延びたのは全てお前の仕業かっ!」


クスッ

「失礼、いいえ、違いますよ。私が手助けしたのは、黒の武器の仕込みと、ほんの少しの時間の勇者覚醒だけです。しかも勇者覚醒は中途半端なものでしたからね」


「…ばかな」


「ほとんどあの少女の力で生き延びたのですよ。正直驚いています。貴方の神威値を破産させればそれで良いと思っていたのですが、あの少女はとんでもない勇者でした。今までチート無双の勇者は何人も見てきました。が、知恵と勇気だけで、あれ程の危機を乗り越えた勇者は見た事がありません。あんな小さな身体のどこにあれ程の勇気があったのか、本当に驚いています」


「う、嘘だ、人間如きに……あんな取るに足らない人間如きに俺は負けたと言うのか! 人間なんかゴミと同じじゃないか……それが…ふざけやがって……そ、そうだ、俺をどうするつもりだ、破産してしまったからと言ってどうかするつもりなのか」


「いえ、どうもしませんよ、債務超過に陥った貴方の権限は全て剥奪されていますが、後はこのままです」


「このままとはどういう事だ?」


「このままとはこのままです。仕事はしてもらいますが貴方の手元には一切神威値は入りません。簡単に言うと、使いっ走りをしてもらいます。あ、そうだ、実は先ほどの彼女がどうやらいつか貴方に一発食らわせてやりたいそうなのですよ。なので、貴方はここで楽しみに待っていてもらいましょうか。まあ、いつの事になるか分かりませんが」


「なんだと、あの女がだと! 」


 元転生神は自分の曲がった鼻を思わず触る。


「なっ、い、嫌だ……やっ辞めろ、よせ行くな……くっ、俺は優秀なんだ、優秀な俺をこんな目に合わせて、許さんぞ貴様ら必ず…………



 転生神だった男の前で、扉の向こうへ上司神と管理神の二人の姿が消えていく。

 白い部屋には、絶叫をあげ続ける男だけが残された。




 この後の物語は、別の世界に引き継がれる

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