王様と私
騎士団長のコントラートさんにエスコートされて王様の元まで行くと、王様はご機嫌な様子、とてもニコニコしている。
私はここまでエスコートしてくれた騎士団長さんに会釈をして、王様に向き直す。
まずは、ご挨拶からだ、スカートじゃないけれど、マントの裾を上げて膝を落として、背筋を伸ばしながら笑顔でご挨拶。笑顔とても大事。
「エウレカ公国王様、お初にお目通りいたします、ヒューパ男爵家一女ティアにございます、以後よしなに」
「ほう、ヒューパよ、よく躾けているな、見事な挨拶だ。ティア、顔を上げなさい」
やったー、私褒められたよー
だかしかし! ここで油断してはいけない、お父さんの反応を見たいが我慢我慢。
私はゆっくりと顔を上げ、エウレカ王の顔を見る。
王様は面白い物を見たと喜んでいる様だが、すぐに顔を引き締めて、この場に大勢の人が集まった理由を述べ始める。
「昨日たまたまホラの近くまでの視察に来ていたのだが、ホラの街の近くにワイバーンが落ちてきたという噂を聞きつけてな、人をやって調べさせてみたところ、ここにいるヒューパ男爵とホラ男爵が激しく口論を行っていたのだよ」
ようやく私はお父さんの顔を見た。王様の左にいたお父さんがムスッとした顔で頷く。
そして王様の右に立っているオッサンがさっきから、ガンガンに睨んでくるんですけど、なんですかね。この人がホラ男爵?
自分でも顔が引きつるのが分かる、いけないいけない、笑顔笑顔。
私は、ホラ男爵を意図的に無視して、王様の話しにウンウンとうなずく。だって怖いんだもん。
「問題が起きぬよう私がホラへ乗り込んで仲裁をしていた時、近くの村から手紙を持った男がホラに現れたのだ。そなた、心当たりはあるな」
「はい、わたくしの手紙です。ファベルの村から父上宛に送りました」
「それでは手紙の内容だが、そなたはワイバーンに攫われたが無事生還したそうだな」
王様は私の目を覗き込むように見ている。
「はい、空から振り落とされましたが、雪の深く積もった山の中に落ちて助かりました」
『なんと』周りで軽いどよめきが起きる。
「ふむ、雪の深く積もった場所にか……そのような事も…ある物なのか……」
王様は、少し考えている様だ。
「手紙の続きだが、ワイバーンをそなたが倒したとあるが、それは本当か」
『バカな』『そのような事があるはずが無い』『幼い少女が竜種をだと』また周りからどよめきが起きる。さっきよりも少し大きい。
私は一度息を吸い込んでから返事をする。
「はい、本当の事です。家を出る前母に手渡されていたナイフで切って倒しました。まだワイバーンの体にナイフが残ったままになっているはずです」
周りのざわめきは更に大きくなるが、王様が左手を上げて場を静まらせる。
「ホラ男爵よ、ティアはこのように申しておるが、何かあるか」
私から見て王様の右側に立っているホラ男爵が、私を睨みつけながら吠えるように返事をする。
「はい、この娘は嘘を申しておりまする。ワイバーンの体にはナイフなど残ってはおりませぬ。こやつはとんだ食わせ物にございますぞ」
王様は耳を抑えて、辟易とした顔でホラ男爵に言う。
「耳の近くで大きな声を出すな、聞こえておるわ」
このホラ男爵は、大声で相手を萎縮させて黙らせるタイプのようだ、これは暴力団の手口だ。
ここで私が黙ってしまったらホラ男爵の良いようにされて、ワイバーンの身体の中に残した黒のナイフを取られてしまう。
「ホラ男爵はこのように申しておるが、ティアよ、それについては何か申しひらきがあるか」
「はい、ワイバーンの体をお調べいただければ分かります。右の足首にナイフでの切り傷が残っているはずです」
「ホラよ、ティアはこう申しておるが、ワイバーンの体は検分したのか」
「ワイバーンの体に残った傷は、墜落したときにできた物です。空で病死でもしたのでしょう。ワイバーンは水門から城内に運び込んでおりまするので、見ていただければわかりまする。おおかた我が領内にワイバーンが落ちた噂を聞きつけたヒューパ殿が、横取りをするために娘を使っておるのでしょうな。親が親なら子も子でございまするな」
相変わらず大声で周りを威嚇してくる。その上最後は安っぽい挑発だ。
王様はゲンナリした顔をして何かを考えている様子。
お父さんを見たら、無表情だけど、目が怒っている。
「二人の意見はこのように食い違っておる、余もこれでは判断ができぬ、ホラよ、ワイバーンの所まで案内せよ」
王様の一言でこの場の全員が移動を開始する。ホラ男爵はどうやら不満気な様子だ。
私はと言うと証人の立場と言う事で、騎士団長さんが側にピッタリくっついてお父さん達の側には行かせてくれなかった。
うー、目の前にお父さんいるのに行けないのは寂しい。泣きそう。
★ホラ城 館の裏
移動の最中、壁に丸ガラスを何枚もはめ込んで、外からの光で明るい廊下を通る。
反対側の壁には豪華な模様の壁布がほどこされていて、それを眺めるだけで楽しい。
この世界では、中世の野蛮な世界観と同時に、芸術文化は育ってきてるのかなと思いながらも、他に絵画や美術品は無いのかと探して歩いていたけどそれが無い。
壁や柱に施された彫刻や仕上げは素晴らしいのに、単体での美術品がないのはそう言った文化なのかな? 例えばイスラーム世界では偶像崇拝を禁じてるから、代わりにモスクや、公共施設の壁は、とても美しい幾何学模様で飾られている。
ここもそうなのかな?
でもよく見ると、壁には絵をかけてあったかのような日焼けの跡はあるので、しまってあるだけかもしれない。
うー、見てみたいなあ、この世界の芸術。
色々考えている内に、館の裏庭に出た。
裏庭では、大きなワイバーンの死体が横たえられていて、周りに雪が集められて冷やされている。
天然冷蔵庫か、この辺りもファンタジー世界にしては生活感溢れてる。
ホラ男爵が前に進み出てワイバーンの死体を指差す。
「これがそのワイバーンです。ごらんなさい、これほど痛んでいるにも関わらず、その傷口からは血が流れておりません。これが飛行中に心臓が止まっていた何よりの証拠です」
そこにあった死体は首が変な角度に折れているし、体の至る所から折れた骨が飛び出してる。
あの時着陸に失敗していたら、私がこうなっていたんだと思うと今更ながら震えがきた。
震えている私を見たホラ男爵は、ニヤリと口角を上げて王様の方を振り向く。
「エウレカ王よ、お分かり頂けましたかな、そこの小娘が嘘のバレる事を恐れて震えておりまするぞ」
うーわ、ちょっと隙を見せたらきっちり仕掛けて来るんですね。
ここで黙っていたら、本当に嘘つきとして、王様に首チョンパされかねない。
「王様、どうかご確認を、わたくしはワイバーンの右足をナイフで傷つけたと申し上げました。まずは傷口の検証からでごさいます」
ホラ男爵を睨むと聞こえるように『チッ』って言ってるよ、怖いよこのおじさん。
王様は近衛騎士の一人に命じてワイバーンの右足を調べさせた。
「エウレカ王、確かに右足に鋭利な刃物で付けたらしき裂傷がごさいます」
エウレカ王は、ホラ男爵の目を見て問いかけた。
「我が騎士はこのように申しておるが、そなたはどう思うか」
「そっそれは……そ、そうです、最初に発見した農民からの報告で、右足が切られた跡があると聞いておりました。下賤の農民からの報告なので失念しておりましたわ。いやー、申し訳ござりませぬ。ワイバーンは竜種にごさいまする。例え魔石武器を使用しても、容易にプラーナ防壁は抜けません。このような傷をつけられるのは、同じワイバーン同士が争ったからに相違ありません」
妙に説得力ある出まかせ言ってくるな。
「それに、ワイバーン墜落の噂は、あっと言う間に広がりましたので、その農民からの情報が外に漏れ出して、ヒューパ親子に伝わっていたのでごさいましょう。後でその農民には罰を与えねばなりませぬな」
うわー、このおじさん、証人の口封じする気だ。しかし、よくもまあペラペラと続けて口から出まかせが言えますね。
「ホラはこのように申しておるが、ティアよ、そなたの申しひらきはあるか」
「ございます」
ありますよ、無かったら首切られちゃうじゃない。
私が答えると、ホラ男爵とホラの騎士達が物凄い目で睨みつけてきた。
そんな目で睨んでも私は辞めない。だいたい最初にホラの入り口で私拉致しようとしたのはこれだったんだな。もしかしたら、そのまま亡き者にして口封じも考えていたのか。
……フザケテマスネ
「このワイバーンを倒したのは、わたくしです。その証拠に体にわたくしのナイフが刺さったままになっております」
「バカな、そのような物どこにも無かったわ、口から出まかせばかり申しよってこの小娘が!」
とうとう王様を挟んでの話し合いの
「これ、裁定者である余を通さず話しかけるでない」
「しかし、本当にナイフなど刺さっていたような跡すら無かったのです。どうか検分してくださいませ。このような屈辱、例え幼な子とは言え許しておく訳にはまいりませぬ」
「ホラはこのように申しておるが」
「はい、私はどっかの部下と上司のように、思いつきの出まかせをペラペラ喋る者ではございません」
さっきうちの親子を屈辱したおかえしだ。
隣で立っている近衛騎士団長さんがプッと吹き出してる。
ホラ男爵と部下達が一斉に殺気立った。
私は鼻で笑う。ふんっ!
「ティアよ、つまりそれはどう言う意味だ」
「はい、それは…」
私が少し言い淀む。正直人前でお尻の穴とか言いたくない。私はレディなのに……
言い淀んだ私を見て周りの怒りメーターが増す。
ふう、言わないと終わらないな。
「お尻の穴です」
ハア?
その場の全員がキョトンとしている。
「ワイバーンにしがみついていた時、お尻の穴に手が入って、中を切り裂きました。そのままナイフが残っているはずです」
………
皆んな目が点になっているが、本当なんだもん、しょうがないじゃない。
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