騎士団長様と私

★帝歴2500年初冬 ホラ ティア


 しっかし、今のは怖かった、ほんと怖かった。

 昨日の夜、せっかく綺麗に洗ったカボチャパンツが少し汚れてしまったぐらいだ。この腹の出た騎士め、乙女の恨み許すまじ。


 もう一方のカッコいいおじさまが私に問いかけてくる。


「無事か、怪我はないようだな、ところで君がヒューパ男爵のお嬢さんか?」


「はい、そうです、ヒューパ男爵家のティアと申します、近衛騎士団長様、どうかお見知りおきを」


 うーん、当たり前の質問もダンディねえ。

 私がおじさまを見ていると、腹の出た騎士が騒ぎ出す。


「騎士団長殿、これは違うのです。こやつ女の癖に騎士である私に無礼な真似をしたから、懲らしめようとしただけなのです。そ、それに一緒にいるそこの男が汚らわしい黒耳であったため、貴族であるのは詐称だと思ったのです。これは不可抗力なのです」


 なー、何ですとー。

 よくもまあ、平気で嘘をペラペラと言ってくれるね、こいつは。

 最初から名指しと見事なコンビネーションで私を攫おうとしていたし、完璧に殺気みなぎってたじゃないですか、殺されかけたんだよ、こっちは。


「貴様が何を勘違いしたかは関係ない、この者は王からの正式な要請によって呼ばれた使者だ、後でホラ男爵に抗議を行う。ティア嬢はこちらに来なさい」


 私とムンドーじいじは騎士団長の側まで行く。


「挨拶が遅れたな、私はエウレカ公国近衛騎士団団長のコントラートだ、君をホラの城にいるエウレカ王の元までエスコートする」


 私が騎士団長さんと話しをしている内に、腹の出た騎士は急いでこの場から走って逃げ去った。


 私はふと後ろを振り返ると、野次馬達は皆逃げ去っていたのに、一人ポツンと立っている男に気が付いた。


 アルマ商会さんいるじゃないですか。あんな事になってたのに逃げなかったのね。

 へー。


 感心してたら、怖い顔になったアルマ商会さんが、ツカツカと私の前まで歩いてくる。


「お嬢様、ご無事でなによりですが、あのような危なっかしい真似はよしてくださいませ、ああ言った場合は、そこのムンドー様や私がどうにかいたします。それに、淑女がご自分で名乗るのははしたないですし、騎士様の腕を払ったり、逆らうような真似をしていたら命がいくらあっても足りません」


 せっかく人が感心してたのに、目が合ったら怖い顔をして私を叱ってきた。


「ごめんなさい、もうしません」


 あまりの剣幕に思わず謝ってしまう。


 あれ? なんで私謝っているの?

 どうやら私の緊張が解けたタイミングだったせいか、隙だらけになっていたようだ。


「うむ、来るのが遅いので、気になって私が観に来なかったらどうなっていた事か…騎士にはプライドがある、それを忘れてはいけない」


「はい、以後心に刻みます」


 無鉄砲を反省した私は、そのまま団長さんに連れられてホラ街中を通り抜け、城に向かった。

 後ろからは、何故か当たり前のような顔をしたアルマ商会さんが付いてきていた。ちゃっかりしてるな。



★近衛騎士団長の視点


 騎士団長コントラートは、ティアをホラの城に連れ行く途中さっきの光景を思い出していた。

 門の所まで見に行った時、丁度ティアが剣を抜く体制の騎士に真っ直ぐ突っ込んでいき、騎士の右手を下から押し上げて抜刀術を見事に封じ込めるのを目撃した。


 私はすぐに駆け寄り騎士の暴挙を止めたが、あれは一体何だったのか?

 確かに騎士教本の中にも似た剣術の形はあったが、だがそれをこんな小さな子供がやってのけるとは……

 エウレカ公クリストフ殿に何と報告すれば良いのかを悩む。



★帝歴2500年初冬 ホラの城 ティア


 私と騎士団長さんは、馬に乗ってホラのメインストリートをカパカパと進む。私が乗る馬の手綱を握って歩いてるのはムンドーじいじだ。

 アルマ商会さんは馬から降りて、手綱を引きながら後ろを歩いて付いて来る。

 最初ムンドーじいじと一緒に歩こうとしたら近衛騎士団長さんに怒られた、一応貴族身分なので、馬に乗っていなくてはいけないらしい。


 貴族面倒。


 馬から街並みを眺めてみると、ここも辺境のはずなのに、街は綺麗で商店が大通りに何件か見える。

 右側を見ると大きな家が連なっている、多分お金持ちの家だろう。

 反対の左側の大通りに面した家は、商店や比較的大きな家が並ぶが、横に伸びる道の奥には、小さな家と粗末な小屋のような物が見えた。

 右と左で街が違う。これは意味があるのだろうか?


 何となくだが、富裕層とその他で別れているのかなと考えていたら、街並みが切れて、また城門が見えた。

 この城門の外に出ると、水堀に囲まれた本格的な城壁が見える。


 これでさっきの謎が分かった気がする。街の左側の外には、大きなクルツァ川が流れている。

 多分排水が悪いんだ。

 大雨が降ると川下側へ水が流れていくはずなのに、こうやって水堀と堤防を作った分、水の逃げ場が無くなり溜まったりするのかな。そりゃお金持ちは住みたがらないよね。



 さて、目の前にあるこっちがホラのお城か……お金持ちですね。


 城に入る時、隣にいる騎士団長さんのおかげで、今度は絡まれずに済んだ。



★王との謁見


 城壁の中にある建物に入ると、騎士が二十人近くずらっと両列に並んでいる。

 どちらの列も並び方に統一感がない、列の間隔も前後もひどいぐらいにバラバラだ。


 もうちょっと真っ直ぐ並べば良いんじゃないかなあ。何だか漫画やテレビで見ていた騎士団のイメージと違うよ。


 それでも左側の列は、皆んな背筋を真っ直ぐピシッと伸ばして並んでいる、多分こっち側が王様の近衛騎士団だ、集団としてはどちらも同じような物だけれども、個人の質が総じて高そうに見える。


 列の奥の真ん中で座っているのは多分王様かな、王様の左側には……お父さん!ヒューパ男爵こと、アルベルト父さんがいるー。


 わーって走り出したい気持ちが衝動的に湧き上がったが、ぐっと堪えた。


 見られている……この場にいる騎士も含めて全ての人達から見られている。恐らく貴族に年齢は関係ない、一度おいたをすると、それはヒューパ男爵家としての評価になり一生付いて回る。

 父親に抱きしめてもらいたい衝動がまだ治ってないが、29歳の宝樹若葉が主導権を握って気持ちを落ち着かせる。


 ゆっくりと周りを見渡すと、バラバラの方の列の奥には、ティアの記憶にある騎士の顔が二人いた。

 ヒューパのお城(木造)のトートさんと、カインさんだ。

 トートさんはまだ若く20歳くらいで巨人族の血を引いていて2mを超える巨漢だが、普段はとても優しい人だ。

 カインさんは180cmぐらいで、お父さんより5歳年上の34歳、人族の騎士だが普段は、お父さんと一緒に書類仕事をしている。


 お父さんと一緒に来てくれていたんだね、ご迷惑おかけしました、そしてありがとうございます。



 奥の椅子に座った男性が、私の顔を真っ直ぐ見て声をかけてくる。三十代前半くらいだろうか? 表情を表に出さないタイプのようで、人物を読むのが難しい。


「そなたがヒューパの娘か、話しがある、これへ」


 私は未だに心の奥から湧き続ける、お父さんに駆け寄りたい欲を、一回深呼吸をしてググッと抑えると、右に立っていた近衛騎士団長さんへ右手を上げて目配せをする。


 騎士団長さんはキョトンとしている。


 ちょっと、貴方が私を王様の元までエスコートするって言ったじゃないですか、何キョトンとしてるのです。私知っているのですよ、ムンドーじいじの騎士物語や姫物語では、騎士が姫の手を取ってエスコートするものだとね。


 私は咳払いをしてもう一度騎士団長さんの顔を見てニッコリ微笑む、ようやく意図が伝わったのか、目を白黒させた騎士団長さんが私の右手を持ってエスコートしながら、王様の元まで連れて行ってくれる。

 正面の王様はさっきの無表情と変わって、笑いを堪えてるのが私にもわかった。




 後に近衛騎士団団長コントラートは、ヒューパ男爵に問いかける。『アルベルト、お前の娘は本当に5歳なのか? 俺は久々に戦場以外で肝を冷やしたぞ』と。

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