アルマ商会視点
★帝歴2500年初冬 ホラの街北門 アルマ商会
昨日はひどい1日だった。
その日に泊まったホラの街の近くでワイバーンが落ちてきたと聞いて、儲け話になりそうだと現場に行こうとしたら、兵士に追い払われて全く近寄れず、儲け話を我慢して次の村へ移動した。
移動先のファベルの村では、次の目的地のヒューパ男爵と偶然出会って手間が省けたと喜んで世間話ついでにワイバーンの話しをすると、そのまま村を飛び出して行ってしまった。
こんな事では、商売目的の一つだったヒューパ男爵との商談はどうやら絶望的だ。
さらにその後たまたまファベル村で見つけたヒューパ男爵の娘を使って、商談に利用しようとしたら、気がつけば逆に良いように使われてしまう始末。まだ小さな幼女だと舐めてた自分が悪いが、釈然としない。
この日は、目の前に現れたチャンスをことごとく不意にしてる。まったくなんて日だ。
だいたい貴族の娘と言っても、5歳か6歳ぐらいの幼女なはずなのに、話ている内容や俺を見透かすように見る目つきは、どう見ても手強い商人の目だ。
いくら貴族でもあり得ない程頭がキレ過ぎると思っていたら、次の日迎えに来た老ダークエルフへの甘え方は、年相応の子供だった。
商売は人だ、人によって金は動く、少なくともうちの家系ではそう叩き込まれた。
俺は、このヒューパ男爵家のティアに商売の臭いを感じて、残りの仕事は手代達に任せ、俺一人でホラの街までついていく事にした。
道の途中、馬に乗った老ダークエルフの前に座るティアを観察していると、一度目が合った。彼女はすぐに目線を反らしたが、俺が疑っていることを見抜いているのだろう、なのにその後は完全に俺を無視している
……面白い、益々興味が出てくるじゃないか、どうせホラの街ですぐに問題が起きるだろうから、その時こそ俺の出番だ。
ホラの街に着くと、予想していた通りの事が起きる。
門兵が前の二人に難苦を付けて、当たり前のように賄賂を要求している。
今は、どこの街に行ってもこれだ、街を移動するだけで余計な金が飛んでいく。
こっちは無駄を無くす為に、牛の餌のエグいビート大根齧って腹の足しにしてるぐらいなのに、ふざけやがって。
やるせない溜息を飲み込んで、俺の出番がきたと足を前に踏み出す。
金の力で解決してこの二人に恩を売るチャンス。これは投資だ。
「ここは、私におまか……」
俺が口を開きかけた時、ティアが自分から自己紹介を始めた、俺はタイミングを完全に失敗したと口を閉じていると、門兵がどこかに目配せを送っていて動きがおかしい。
まだ喋っているティアと老ダークエルフとの間に滑り込むと、門兵の後ろから腹の出た騎士が出てきて、ティアの手を掴んで引き寄せる。
やばい!
ホラの街の騎士は、この国でも最悪の奴らだ。
ここの騎士は、自尊心が肥大した一種の化け物だ。馬・フルプレートアーマー・魔石武器・支援従弟、諸々、騎士装備の維持費たけで滅茶苦茶に金を食うのに、見栄を大事にして、生活を落とさない。
酷い騎士は、その金を手に入れるため、他領に進入して略奪をしたり、傭兵になって戦場を渡り歩く者もいる。
ここ、ホラの街は資源の豊かだった辺境で、公国の財政を支えているので中央もあまり口出しをしてこなかった。
おかげで監視の目が緩いためか、他の土地で少々やり過ぎたタチの悪い騎士の吹き溜まりになっている。
この街を通る商人達は、特に多くの賄賂を騎士達に送らないと、
最初の予定より金額は跳ね上がるが、まだなんとか金で解決できるだろうと考えていると、老ダークエルフが不思議な動きで目の前で邪魔をしている門兵の横をすり抜けた。
驚く事に、横を通られた門兵は気がついてないようで、ぼーっと立っているだけだ。
何をやったのか分からないが、この老ダークエルフも只者ではなかった。
老ダークエルフは、騎士に対してエウレカ公国クリストフ王の名前を出し、自分達は正式な使者である事を告げる。
さすがの騎士も正式の使者を害する事はできないだろうと安心……いや油断していた、油断していたら幼女のティアが騎士の手を振りほどき後ずさる。
いったいこの小さな体のどこに騎士の握力から逃げられる力があるのか? この幼女は、謎だらけだ。
だが、腕を払われた騎士は怒って声を荒げる、そのまま剣の柄に手をやり、目の前の小さな幼女を睨む、充分に恐怖を与えてから殺す気だ。
こんな事になったら俺には何もできない。むしろ巻き込まれたら一緒に首が飛ぶ。周りにいた野次馬達は走って逃げ去った。
どうするか? 俺は、このままここに留まって最後まで見届けるか、それともさっさと消えてしまうか。
結局俺は残って最後まで見届ける事にした。俺は計算高い商人だ、なのになぜだかは自分でも分からないが、好奇心に勝てなかったのかもしれない。
その時ティアが予想外の行動に出た。騎士に切られないよう後ろに逃げるのではなく、前に飛び出した。
それとほぼ同時にティアの隣では、門兵がハルバートを老ダークエルフに後ろから振り下ろしている。
俺の目には、振り下ろされたハルバートが、老ダークエルフを切り裂いてその体を通り抜けたように見えたが、彼の体はこれを避けていた(後ろに目が付いているのか? )。
老ダークエルフは、ティアの予想外の動きに一瞬遅れた。
一方、飛び出したティアの両手は、そのままの体勢で騎士の剣を握る右手を下から押し上げ、抜刀を邪魔する。
騎士は剣を抜いたが、ティアの両手に押し上げられた右手に導かれた刃は、空気だけを切り裂きながら彼女の上を走る。
ようやくティアと騎士の動きに反応した老ダークエルフの山刀が、ティアの頭の上で騎士の剣を下から弾きとばし、近くの壁へ派手な音をたててぶつかる
。
ハルバートを避けられた門兵も黙っては見てない、振り回した勢いで回転したハルバートをそのままに、石突き部分で突き刺そうと老ダークエルフに攻撃する。
彼はこの攻撃を山刀でいなしながら、横蹴りで門兵を吹き飛ばして昏倒させた。
この時、騎士の後ろから別の騎士が出てきて、ティアを殴り飛ばそうとしていた騎士の右手を掴み、その動きを止めた。
エウレカ公国中央の近衛騎士団の団長。
この国の中でエリート中のエリートじゃないか、数少ないマトモな騎士の一人だ。
どいつもこいつもなんて奴らだ。
全てがあっと言う間の出来事だった、俺は、結局見ていただけの傍観者でしかなかったが、収穫はあった。
俺は、商品を仕入れるために旅をする、自分の腕にはそれなりに自信はあるし、今まで多くの冒険者を雇って最高級の腕の男も見てきた、だが、この老ダークエルフは底が見えない程の凄腕だ。その彼が守るティアの行動は、俺の予想の斜め上を行く物だ。
俺の一族は、今まで知識にも新しい技術にも金を出してきた、だが、一番金をかけたのは人物だ。
どんな強力な魔剣だろうと使う人物が無能なら役に立たない、人こそが金を生み出す。俺達一族の教えだ。
普通ならこんな目に遭ってしまえは、怯えきってマトモに立ってすらいられないだろう。なのにこの幼い少女は、毅然と立って前の二人を見据えている。この子もただの人物ではない。
幼いかどうかは関係ない、金を投資するべき人物だと自分の勘を確信した。
さてどうするかな? と、ティアの後ろ姿を見ていたら彼女がこっちを振り返って目が合った。
そうだな、とりあえず言わないといけない事がある。
気づけば彼女が俺に謝っている。出会って初めて一本取ったのだろうか。
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