襲撃

★帝歴2500年初冬 ホラの街 ティア


 ホラの街に到着した私達は、街の門のところで検問に遭っていた。


 門の前に立っている門兵は、シルバーの兜と甲冑を付け、左手で肩にハルバートを立て掛けている。


 大きいな、ヒューパうちは木製の砦だけれど、ここは石作りの立派な門だ。お金持ちのお家がとてもうらやましい。


 門の前には数人が並び、木札のような物を見せて中に入って行ってる。私達は馬からおりて街に入る列に並んでいると、しばらくして順番がきた。


「通行証を提示せよ、無ければ名前と出身地、ホラに来た目的を述べ、入城料の銀貨1枚をこの箱の中に収めよ」


 怖いけれど、仕事はきちんとしている。


 中世っぽい世界なのに真面目にルールを守っているんだな、感心感心。


「エウレカ王の命により、ヒューパよりやって参りましたムンドーと申します」


「フードを取り、顔を良くみせよ」


 この世界はまともそうだと感心していたら、門兵はうちのムンドーじいじのフードの中を見て。


「む、貴様黒耳か、なら街に入りたければ、銀貨もう5枚だ」


 箱ではなく、自分の手を差し出してきた。


 銀貨1枚からいきなり5枚とはどういう事ですか、インフレ率ひどすぎ、ジンバブエなのか。て言うかこれは強請りじゃないですか。

 あー、やっぱり中世だ。ここは中世、ジョフ親方が作ってくれた素敵ネックレスがやっぱり似合う世界だった。

 それに黒耳ってなんだ? 言葉にトゲがあるから侮蔑されたのは分かる。私達は他領からの使者のはずなのにこの扱い……


 ムンドーじいじは無表情のまま、銀貨を腰の袋から取り出して門兵へ手渡す。


 ……え? 私達は国の偉い人に呼ばれてここに来たのに、払っちゃうの? そんな理不尽かまわないの? 魔法でちゃっちゃと〆ちゃってくださいよ。なんですかこれは。


 ……私は思わず自分で名乗る。


「私はヒューパ男爵家一女ティアです、公主様の命令でこの街にやってまいりました。私共は王命でやってきたのです、今の銀貨は……」


 私が話しをしている途中なのに、門兵の後ろから腹の大きな派手な服の男が出てきて私の腕を掴まれた。


「なに! お前がヒューパの娘か、こちらに来いっ」


 その直前、ムンドーじいじと私の間に門兵がするりと入り込んで邪魔をしていた、じいじが私を助けるのに一呼吸分遅れる。


 いっ痛い痛い! 腕引っ張らないで。助けて。


 腹の出た男は私を強引に引っ張る。それにしてもこの男と門兵の連携が取れ過ぎている、初めから私が現れたら強引にさらう気だったんだ。

 ムンドーじいじは一呼吸遅れる形になったが、門兵の横を魔法のようにすり抜け腹の大きな男の前に立つ。


「なんだ貴様、逆らう気かっ!」


「私どもはエウレカ公国クリストフ王から、公式に召喚されたヒューパの使者です。ホラの騎士様に逆らうわけではございません」


 この人騎士だったのか、幼女相手に乱暴とか、この世界の騎士道はどうなってるの?


 騎士が王様の名前を出されて少し躊躇ったのを見て、私は握られた手首に左手を十字に差し込み、テコの原理で騎士の手をはらってムンドーじいじの方へ後ずさった。


 騎士は、私に逃げ出されたことが余程ショックだったのか、振り払われた自分の右手を見た直後、顔色がさっと紅潮する。


「無礼者っ!」


 腰を落としながら、つま先が尖ったブーツの左足が半歩前に踏み出されると、騎士の証しである拍車が踵で回る。右手は私の頭の高さまで下がり(私の頭を斬り飛ばす気だ)、腰に帯剣した柄に手をやる、そしてその目は血走って私を睨む。



 死



 目の前の騎士は、私に明確な殺意を向けている。

 死を前にして意識が極限まで高められ、目の前の状況がクリアに見える。

 後ろに下がって逃げたくても5歳児の足のリーチでは、近すぎてむしろクリーンヒットされる距離。

 絶体絶命の中、私の内の危機管理回路が最適解として、空手をやっていた頃の先生の教えを導き出す。


『若葉、組手のコツは呼吸を読む事だ、相手が呼吸を吸った瞬間に腹を叩くと軽い力でも簡単に倒れる。呼吸を読め』


 目の前で私を嘲るようにニヤつく騎士の口から、空気が肺に吸い込まれるのに合わせて、空気と共に私も前に出る。


 虚をつかれた騎士は、予期せぬ反撃に浮ついた腰で剣を鞘から引き抜こうとする。

 腕の力が強くても全身を支える腰が浮ついた体感バランスでは、自分の望んだ動きにはならない。

 剣の柄を握った右手は、腰の入らない手打ちになり、私の頭の高さより高い位置からスタートする、騎士として血の滲むような修練をしてきたであろう抜刀術は、そこになかった。


 騎士の懐に全身のバネで飛び込んだ私の勢いは、両手に伝わり、剣を掴む騎士の右手を下から押し上げる。私の両手に導かれるように剣は私のはるか上を走り抜ける。


 直後、頭の上で『ガキンッ!』と、大きな音がして騎士の手から剣が無くなり、剣は門の壁に派手な音でぶつかった。



 手から剣を奪われた騎士だが、彼は戦闘訓練を受けてきたプロの兵士だった。

 素手になった右手をその動きに合わせて体勢を立て直し、今度は私の小さな頭蓋骨を砕こうと、右の拳を大きくふりかぶっている。


 避けられない!


 さっきは相手の油断と呼吸読みで凌いだ、もう一度やれと言われてももう二度とできない。

 隣ではムンドーじいじが、門兵と戦っている気配がする。


 残された5歳の私にはあまりに巨大な相手の力が、無防備に突っ立ている私に襲いかかろうとしていたその時。


「そこまでだ」


 腹の大きな騎士の後ろから別の男の人が現れ、騎士の右手を掴んだ。


 隣ではムンドーじいじが門兵を蹴り飛ばしていた。


「邪魔をしよって、誰だっ」


 騎士は、邪魔をされた怒りのあまり、掴まれた右腕が自分より圧倒的に強い力で掴まれ、微動だにしない事に気がついてない。

 騎士は後ろを振り返ったが、言葉を失った。


「何をしている」


「こっ、近衛騎士団長殿……」


「私は何をしていると聞いたのだ、答えよ」


 答えに窮してオロオロする腹の出た騎士とは全く違い、近衛騎士団長は、四十代後半ぐらいだろうか、鋭い目をした顔は歴然の兵士の厳しさを持ち、ダンディ過ぎる。


 なんでしょ、超カッコいいんですけど。


 引き締まった肉体がゆるっとした服のラインからも分かる。この人はまだ最前線で戦う男の肉体を持っている。


 この状況は……どうやら私助かったらしい。

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