ダークエルフのムンドーじいじ

「オーホホホホ、ごめんあそばせ」


 慌ててカボチャパンツを仕舞った私は、目が点になっているアルマ商会の若旦那の手から布を一枚ぶん取り、手紙を書いてもらってホラの街まで使いを出した。


 その晩ジョフ親方の家に泊まり、雪オオカミの肝臓入りスープをご馳走になった。ワイルドな味だったけれど、お腹ぺこぺこで食べるとどんな物でも美味しい。

 疲れていた事もあり、そのままベック少年のベッドで就寝。


 翌朝、目が覚めるとジョフ親方やベック少年はすでに起きていて、昨日の雪オオカミの毛皮のなめし作業をしていた。


「おはようございます、親方さん、ベック少年」


「おお、おはよう、お嬢さんその様子だとよく眠れたようだな」


「え、少年?あ、おはようございます、お嬢さん」


 しまった、普通にベック少年と口に出していたや、いかんいかん、29歳児の楽しみは隠しておかねば。


「皆さんお早いですね」


「ガハハ、そうだ、俺たち職人は早起きだからな、いつもお天道様が昇る前に起きて仕事の準備をするんだ。まっ、こいつはまだ見習いだからまだ眠そうだけれどもな」


 隣で少し眠そうに目をこすってたベック少年が慌てる。


「そっそんな事ないやい、おいらちゃんと起きてる。全然寝てないよ親方ー」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして抗議しているが、私の顔をチラチラ見てるじゃないか。グフフフ


「すまないね、お嬢さん、家を出る前に昨日の雪オオカミの毛皮をなめし下処理しておかないといけない、朝飯のスープを飲んでいてくれ」


 親方はそう答えると、水の溜まった桶の中から皮を取り出し、丸太に裏返して乗せ、裏の脂を山刀でこそぎ落とす。

 隣ではベック少年が、なめし液を作ると言って、何かを水に溶かしていた。何を入れたのか聞いてみると塩とミョウバンを入れていた。この辺りでは火山が近いので硫黄やミョウバンが簡単に手に入るそうだ。


 鞣しは、腐りやすい皮のタンパク質を鞣し液と化学反応させて、腐り難く丈夫なに変える工程だ。


 この世界でも化学処理は行われているんだな、魔法でババーンとやっているのかと思ってたよ。



 朝食を食べて、鞣しの下処理が終わった親方と一緒に出発しようと外に出てみると、村の広場の方が騒がしい。


 何があったのだろう?馬に乗った人がいる。

 馬は二頭、一人だけしか乗っていない。その人は、頭まですっぽりとマントを被り、馬の上に跨ってドワーフやアルマ商会の人達と何か話しをしている。

 親方も気が付いたみたいで、私とベック少年を家に残して広場に確認に行った。広場についた親方はマントのフードを深くかぶった人と親しげに話しをしている。


 知り合いなの?


 親方は少しの間話しをすると、馬に乗った人を連れてきた。



「姫様、ご無事か、どこもお怪我はないですかな」


 あれ? 知った人かな? 顔が見える近くまできて色黒でシワシワの顔に覚えがあった。ティアの記憶フォルダから選び出したのは、ヒューパ家うちで狩猟番をやっているダークエルフのムンドーじいじだ。


 じいじ!


 ティアの残留記憶が、目の前のダークエルフの老人に甘えようとする。私の心もティアの残留記憶に引っ張られていく。

 いつもは怖そうにシワシワの顔をムスッとしているが、ティアは、昔話しのお姫様や英雄の話しをしてくれるムンドーじいじの事が大好きだったんだ。

 私は、じいじの乗っている馬の足元まで駆け寄った。


「ムンドーじいじー」


カプッ!



 いきなり目の前が暗闇になる。ムンドーじいじの騎乗する馬のタオスの仕業だ。頭を丸カプリされた。

 こいつは舐めた相手にいたずらする性悪馬なのだ。


「お、おのれ、何をする。くっ、臭い、馬臭い、離せ、テイッ、テイッ」


 ちっちゃな両手を振り回すがタオスの体に届かない。


「こら、タオス。ハハハッ、どうやら姫様は元気の様子、あの竜種の魔の手からよく無事に戻ってこられた、さらわれたと聞いた時は、じいじの心臓はセトに召されると思いましたぞ」


 いつもは寡黙なじいじが饒舌になるぐらい安心させたのは嬉しいが、馬のタオスにカプリとやられて、馬臭くて泣きそうだ。


「うえええ、馬臭いよー、うえええ」


 正確に言うと泣き出していた。



 近くにいたドワーフのおばちゃんが、布とお湯を入れた水桶を持ってきてくれて、頭と顔ををシャバシャバしてる内に、ムンドーじいじがここに来た理由を説明してくれる。


「姫様、大変ではありますが、これからじいじと共にホラの街まで行って、ワイバーンの事について話しをしていただきたい。エウレカの殿様の命令を受けたのです」


 なんだかまずそうな雰囲気。昨日からのドワーフ達の反応を見れば分かるが、ホラの街は私にとって良くないらしい、それにティアの中身の私の正体がバレてしまうかもしれない、危険は避けるべきだ。


 ……ここは5歳児の技を使おう。


「うえええ、タオスが噛むからヤダー、おうちかえゆー」


 嘘泣きである。


「姫様、タオスは叱っておいたので大丈夫。今回はエウレカ公の命令、バレバレの嘘泣きでは通用しない」


 600歳のダークエルフのムンドーじいじには、嘘泣きがまるっきり通用しなかったので諦めてホラに行くことにする。

 いつもは騙されてくれてたって事か、今回はそれだけ余裕がない事態になってると思った方が良さそう。


 隣では、昨日自分だけでなく、大人たちをも処理落ちに追い込んだ光景を見ていたジョフ、ベック師弟が呆れた顔で見ていたが、ジョフ親方が少し顔を引き締め、声をかけてきた。


「お嬢さん、ホラの街ではお気おつけください。お父上様やこのムンドー爺さんがいるので安心だとは思いますが、もし何かあったら私達を頼ってください」


 そんなん言われたら、行く前から不安だらけなんですが……


「姫様、危なくなったらおいらにまかせろ」


 くっ、小僧萌えるではないか、ちょっと元気出てきた。


 偉い人の命令で拒否権が無いようなので、渋々立ち上がってジョフ親方とベック少年にお礼を言ってここで別れ、ムンドーじいじに付いて行く。

 親方達との別れ際、ベック少年が泣き出しそうになっていた顔も、お姉さんの29歳児魂をガッチリ掴んでくれる。


 小僧、また会おうぞ。



★帝歴2500年初冬 ホラの街まで ティア


 二人にまた会おうと約束して、馬に乗ったムンドーじいじの前にちょこんと座り、村の人達にも手を振りながら村を出て行く。

 後ろを振り返ると、アルマ商会の若旦那が付いてくる。うちの父上とお話しがあるので丁度いいそうだ、面倒臭いことにならなければ良いのだけれど……


 ホラまでの道のり、『ホラの街では、じいじの側から絶対離れてはいけない』とか言われてまた凹む。

 いったいホラはどんな魔境なのよ、まったく。


 山あいの細い開拓道を通り、馬は少し早いペースで進んだ。

 私は、周りの景色を楽しみながら、この道を使って流通をするなら、確かに余計な経費が必要になるのも分かるなと思いながら移動する。

 途中渡し船で川を渡り、ファベル村から二時間程で、石畳で舗装された太い道に出た。この世界にもしっかりとした街道はあるらしい。


 時折ムンドーじいじは、馬を止めてぶつぶつと何かを唱えたら、白い雪上を緑色っぽく霞んだ風が周りを通り抜け、森の中に消えていく。少し緑色がかった風なので、白い雪がなければ恐らく気がつかなかっただろう。


 何かの魔法かな?


 私は不思議に思って霞んだ風の動きを目で追っていると、ムンドーじいじが嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。


「姫様にも感じられるようになってきたのじゃな、少し早いが精霊の加護をもらえるのも近かろうて」


「じいじ、あの薄く霞んだのが精霊なの?」


「そうですじゃ、世界の至る所に精霊は宿っている。

 冬の寒さから身を守る焚き火の中にも。

 春の訪れを告げるせせらぎの水の中にも。

 夏の暑さを忘れさせる森の涼風の中にも。

 秋の収穫を産みだす大地の土の中にも。

 全てに命は宿り世界を包む精霊となる。姫様もいずれ分かるじゃろう」


「へー、精霊は悪い事はしないの? じいじは大丈夫?」


「じいじはもう600年間精霊と友達だから大丈夫。いい子にしてないと精霊はいたずらをする。さっきのタオスのように」


 慌てて私は頭を抱えた。


 あれ?


 ……変だ、この行動は5歳のティアの物だ、私の思考は29歳の宝樹若葉なのに心がティアに引っ張られている。


 少し頭の中が混乱気味になっていた時、斜め後ろを付いてくるアルマ商会の若旦那がこちらをじっと見ている事に気がつく。


 うーん、そうだよね、ファーストコンタクトが異常だったもん、不信感持つわな。一応は身分制度が有る世界なんだし、無視していても良いだろう。


 移動を開始してから三時間ぐらい、太陽を見ると昼前ぐらいだろうか、ホラの街に無事到着した。

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