ファベルの村
★帝歴2500年初冬 ファベルの村 ティア
ファベルの村に帰ってみたら様子がおかしい、大勢のドワーフ達が村の入り口近くの広場に集まり、何か大声で話している。
どのドワーフも、ジョフ親方と同じで髭ボーボーのおじさんばかりだ。
隣で呑気に雪オオカミの肝臓を撫でてるベック少年の顔をみて、この可愛い男の子もすぐにあのおじさん達みたいになるのだろうかと、少々残念な気持ちで眺めてみる。
しかし人がいっぱい居るね、何があったんだろうか。
入り口から一番近い場所にいたおじさんの所へ、ジョフ親方が何が起きたのかを確認に行った。
「おお、ジョフ、無事帰ってきたのか、ワイバーンが出たらしいぞ。さっきヒューパの男爵様が騎士様を連れて、『今朝ヒューパの砦にワイバーンが出てうちの娘が拐われた、村の子供たちを隠して襲撃に備えよ』って触れて回ったんだ。俺はそれを聞いてお嬢様の捜索隊を出すために準備していたところだ」
近くに居た別の男達がこちらに気がついて近寄ってくる。
……あわわわ、私のことじゃないですか。
私、皆さんに大迷惑お掛けしてる様子。
お父さんが近くにいるなら早く無事な顔を見せなきゃ、どこにいるのかな?
「なるほど、その行方不明のお嬢さんならここにいる、さっき拾ってきた」
非常にシンプルな返事をするジョフ親方。
近くに居たドワーフの皆さんの視線を一手に引き受ける私。
騒ぎを聞きつけた他の大勢のドワーフが周りに集まってくる。
「え、本物か、ワイバーンって竜種じゃないか、恐ろしい魔物だぞ、どうやって助かったんだ?ワイバーンに攫われて生きているわけないじゃないか」
うん、そりゃ疑われるよね。
「ちゃんとこの通り、本人が生きてるって言ってるんですから、生きてますよ。早くお父様を呼んでくだい、すぐに本人の確認してくれます」
私はちっちゃい両手のひらを振りながら、ピンピンしている事をアピールする。
すると横から別のドワーフがジョフ親方に話しかけてきた。
私は存在をアピールしたつもりだが、文字通り私の頭ごしに話しがされてる。
しゅーん。
「おい待てジョフ、ヒューパ男爵様はもうここにはいない。それにどうやらそのワイバーンは死んだらしいぞ」
多くのドワーフにザワめきが広がる。どうやらその場にいた多くはまだこの情報を聞いてなかったようだ。
「ついさっきアルマ商会の旦那が村に着いて、隣町のホラで昼前にワイバーンの死体が落ちてきたと大騒ぎになってる言ってたんだ。それを村の入り口近くに居たヒューパ男爵様が聴いて、血相変えて飛び出して行ったんだが、恐らくホラに向かったんだと思う」
えー、入れ違いになっちゃてたの?
他のドワーフのおじさん達も驚いて、ザワザワしだした。
これは困ったな、どうしようか、この村に馬はいないのだろうか? 誰かに頼んで伝令に行ってもらうのが確実な気がする。ポケットには雪オオカミの魔石が五つ入ってる、これを渡せば報酬に十分だろう。
「申し訳ありません、どなたかホラの街まで父へ伝令を出してもらえないでしょうか、お礼の用意はあります」
「うーん、弱ったな」「お前はどうだ」「いや、俺はこの後用事が」……
あれ、なんだか周りの空気が重い、どうしたの? こんな幼女が困っている上に領主の娘なのに、アレアレ?
さっきは、捜索隊まで出そうとしていたのになぜ? この雰囲気だと助けてはもらえそうにない、最終手段だ、自分で行こう。お父さんも死ぬほど心配してるに違いない。
「もう良いです、どなたか私に馬をお貸しください、ホラまで行きます」
「ちょっと待ったお嬢さん、お嬢さん一人では危険過ぎる、道の途中には魔獣の出る峠もあるし、とにかくホラは良くないんだ」
「そう、それに今は村に馬はいないんだ、すまないが今から人の足でホラまで行くと日が暮れてしまう。夜になれば魔獣が街道まで出てくるようになって、とてもじゃないが一人でホラまで行かせるわけにはいかない」
「今夜はこの村で泊まってもらって、明日ヒューパのお屋敷まで送って行きます、なのでどうかホラに行くのは思い止まってください」
最後にジョフ親方が私をなだめるように提案してくる。
やっぱり雰囲気がおかしい、ここにいるドワーフのおじさん達には、ホラの街へに対して良くない感情があるみたいだ。
「あのお、ちょっといいでしょうか、もしよろしければ私にお任せしてもらえないでしょうか」
周りに人垣ができていて、背の小さい私に見えなかった後ろの方から、誰かが人垣をかき分けながら前に出てきた。
前に出てきたのは、人族の若い男性二十四、五ぐらい。金髪碧眼で西洋系の顔だけど皮膚の色は雪焼けしていて褐色だ。
よく見れば、顔は引き締まったイケメンだが、顔に貼り付けた笑顔の目は少しも笑ってない。
見たところ服装は旅装の分厚い武骨なマントを羽織っているが、細かいとこまで仕立ては良さそうなので、お金は持っている感じだ。
アジア出張で出会った華僑のやり手ビジネスマンと同じ顔をしている。
「どちら様でしょうか」
「ヒューパ男爵様のお嬢様、どうぞお見知りおきを、私首都でアルマ商会を営んでいるアルマと申します。見たところ皆さんお困りの様子、手前どもの力でお手伝いできないでしょうか。もしよろしければ、丁稚の一人と馬でホラの街まで使いをお出しします。今からならホラまでお天道様のある内に着きますので大丈夫。お嬢様も私共がお預かりして、明日ヒューパ男爵様の街までお送りいたします。いやなに、この後ヒューパの男爵様に、魔石の他、木材と葡萄酒取引の話しをしに行く予定だったのです」
「こいつは助かる」
「そうだな、ここはアルマの旦那にお願いすればいい」
「うんうん」……
胡散臭い。
この人胡散臭い、話しの内容はものすごく助かるけど、最初の挨拶から私の目を見ていないし、すぐに顔を周りのドワーフへ向けて話しかけている。
周りのドワーフ達は、困り事を回避できると、場の雰囲気は完全にアルマ商会の物だ。
でも喋る姿をよく観察していると、手の動きは自然だけれども体の重心が微妙に動く、前半辺りは、私を意識してるのか前足側に重心を置いていたが、後ろの魔石取引の話し辺りでは、完全に私から離れるように後ろ足に重心が移っている。
隣で立っているジョフ親方の表情も少し硬い。腕組みをして腑に落ちてない様子。
決めた、そのままこの人の言う事を鵜呑みにはしない、半分直感だけれど私の感じた違和感を信じる。
ドワーフ達の賛同を得て満足げなアルマ商会の若旦那が、ようやく私の方へ顔を向けて初めて目が合う。
アルマ商会は、私の目を見て観察をされていたのが伝わったのか、一瞬片眉を上げて元の笑顔に戻った。
今のこの場の空気は、完全にアルマ商会の物だ。このままだと彼の思い通りに物事は進むだろう。場の空気を奪い返すために私のカードを切ることにする。
私はアルマ商会の目を見たまま、一度息を吐き出し、深く吸い込む。
「アルマ商会様、
「ええ、何の事はございません、どうか
アルマ商会の若旦那は余裕の表情だ。
私は、彼の口元に視線をやり、その呼吸を見る。
呼吸のタイミングを計りながら、固まりきった場の空気に爆弾を投げ込む。
「それで少しお願い事があるのですが、父上への手紙をお渡し頂けないでしょうか。
一呼吸置いて周りのドワーフ達を見渡す。軽く口が開いてる人が多い、良い空気になってきた。
「私、空でワイバーンを殺害したのですが、ワイバーンの体にナイフが刺さったままになっているので、忘れずに持ってかえってもらいたいのです」
「なっ」「えっ」……
ジョフ親方とベック少年を除く、その場にいた全員の目と口が倍ぐらいに開いて処理落ちした。
場の空気を完全に取り返した私は、一気にたたみ込む。
「それからこの後ですが、ジョフ親方の家でお食事の約束がありますので、折角のお誘いはお受けできません。帰りもジョフ親方が送って下さる事になっております。ね、親方」
「あ、ああ、はい、お嬢さんその通りだ…です。…そうだベック、すぐにその肉を持って帰ってスープの準備をしておけ、良く洗っておくんだぞ」
「へーい親方」
大人の会話に疲れた顔をしていたベック少年が、レバーの塊を抱えてトタトタ走っていく。
グフフ、トタトタ走る姿も可愛いものよのお。
「それでは、アルマ様、何か筆記具を貸して頂けないでしょうか」
「は、はい」
完全に毒気が抜けた顔をしたアルマ商会の若旦那が、ノロノロと持ち物を探す。
私は余裕の表情でそれを見ながら、自分の持ち物で何か手紙にできそうな物は無いかと、ポケットを探っていたら大きめのハンカチの様な物がある。
ハンカチを取り返しながら、アルマ商会さんへ代筆を願いでる。
なにせ5歳児なもので字が書けない。
「こちらに手紙をしたためてくださいませ」
「えっ」「うっ」「こっこれは」
その場にいた全員(ジョフ親方含む、ベック少年はおうち帰ってる)が大きく目と口を開いて、また処理落ちした。
取り出したのは
カボチャパンツ
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