ワイルドライフ

 私は今、鍛冶屋師弟の二人組と出会って、この世界のワイルドぶり、そして大自然の厳しさを再認識している。



 再起動した二人に雪オオカミの死体がある穴まで案内するとおじさんが。


「お嬢さん、この魔石は受け取れない、ヒューパ家のお父様には大きな恩があるんだ。それから詳しい話しは後にしよう、先にこの雪オオカミの毛皮を剥ぎ取っちまいたい。もしよければ、魔石の代わりにこの毛皮をもらえないだろうか、俺たち開拓民には毛皮は必需品なんだ、このまま捨てていくには勿体なさすぎる。それが終わったらすぐにうちの村まで連れて行くから、ちょっと待ってくれ」


 私は雪オオカミの死体をそのまま放置して帰るつもりだったので、異論はない。

 皮を剥ぐ前にジョフ親方が、ベック少年に何かを指示している。


「……そうだ、あの赤い色の小さな木だ。森の入り口辺りにチコリポップの木が生えていたから、葉っぱごと枝を二、三本取って来い。トゲがあるから気を付けろよ。それと枯れ草と枯れ枝は多めにな」


「へーい、親方」


 ベック少年が森の入り口まで走って行く、その間ジョフ親方は山刀を取り出し、鞘の横に付けた砥石で研いで、皮を剥ぐ準備をしている。

 準備している間に教えてくれたのは、チコリポップの木を燃やすと魔獣が嫌がる臭いがすると言う。森に入る木こりや鉱山を探して山に入っていくドワーフ達の魔除けの知恵だそうだ。


 戻ってきたベック少年が持つ赤い枝の木は、日本でいる頃には図鑑でも見た事のない木だった。

 親方は枯れ草を手のひらの中で丸めて、その中に腰のポーチから出した黄色い粉をふりかけた。それを下に置いて火打石を叩く、二、三回叩いた時、黄色い粉が燃え上がり強い刺激臭がする。


 あ、この黄色いのは硫黄だ、こっちの世界でも化学法則はちゃんと働くんだ。


 ぼんやりと親方が火種から枯れ草→細い枝と火を渡して大きくするのを眺めていた。

 大きくなった火にチコリポップの枝を投げ込む、すると白い煙が上がり煙の臭いが強くなる。


 ? ハーブの臭いだろうか、確かにキツめの臭いだ、親方はその煙の風下で作業をしている。よくら耐えられるな、親方凄いわ。



 ジョフ親方の皮剥ぎ作業は手慣れた物で、5頭の雪狼を大ぶりな山刀マチェット1本で器用に剥がし取り、毛皮を作っていった。


 作業の途中、鍛冶屋見習いのベック少年が。

「親方、こいつの腹割いて、キモ食ってもいいですか?それと、まだ腹の中暖かいから、お嬢さんの冷えた手を暖めてあげられます」


⁉︎


「おおベック、気がきくな。お嬢さん、じっとしてると身体が冷え切って良くない、今からこいつの腹を割くからグローブ脱いで、作業終わるまでしばらく暖をとっててくれ」


ファッ!?


 きっ気がきくだと⁉︎

 ワイルドにも程があるでしょ。確かにさっきまでの興奮も収まり、寒さで震えかけてたけど(一枚はいてないし)、雪オオカミのお腹の中に手を入れて暖めるとは。恐るべし大自然に生きる人々。


 私は思わず、焚き火に当たろうかと思ったが臭いがキツイ、その上煙を燻すための最低限の枯れ枝しか持ってきていないので、炎が小さくて暖まれそうにない。

 親方のジョフが、皮を剥いだばかりの一頭の下腹から山刀を入れて、スススと上に切り裂く。

 腹圧で内臓がデローンと出てきたのを見て、青くなってる私への気遣いか、毛皮を雪の上に敷いてここに座れと指差す。


ううっ

 親方さんの気遣いに引きつった笑顔で感謝して、覚悟決めて毛皮に座り、グローブを脱いだ両手を雪オオカミのおなかに差し入れた。


 ごめんなさいオオカミさん、祟らないでください、全部あの転生神のせいなんです、祟るのは転生神だけにしてください。ナムナム。


 あれ?


 おなかの中で両手を入れてみると、これがなかなか暖かい、冬用に蓄えられた分厚い脂肪層が断熱材になり、死後1〜2時間は経ってるはずなのに、想像以上に温もりがあって快適だ。

 思ってたより良いなこれ、さっきまでの身体の震えが止まった。


 隣では、ベックが別の雪オオカミの腹を割いて、中から大きな肝臓を取り出した。


「うっは、うまそう、ちょっと頂きまーす。……うっめええ、フグハグフグ、ムハムハ、モッファ」


「こら、お嬢さんにも分けないか、一人で食ってるんじゃねえ」


「しまった、いけね、お嬢さん、キモを食べてください、うまいですよ」


 ベック少年が無邪気に生の肝臓を私の目の前に差し出す。


 やだーベック少年、お口の周り真っ赤っかですよ、お姉さんみてらんない。


「ごめんなさい、気持ちだけ頂きます。生肉ダメなんです。」


 こればっかりはさすがの私も遠慮した。肉食獣の生の内臓は寄生虫や、肝炎ウイルスが怖すぎる。ベック少年は美味しそうに食べてたけど、現代人生活の記憶がある私にはまだ無理だ。


 いやー、グロいのは無理だなあ、などと考えながらも、両手だけでなく、ブーツと靴下脱いで、両足も雪オオカミの腹の中に突っ込んだ状態で私は答える。


 意外と彼女の順応性は高い。


 そうこうしてる内に、皮剥ぎ作業は終わり、毛皮と一緒に肝臓の一部と牙や爪を採取して、親方がレディの私に素敵なプレゼントを作ってくれた。


「この牙はお嬢さんへ、魔獣を倒した勇気ある者が持つ物だ、体に付けておきなさい魔除けにもなる」


 親方はまたポーチから小さな小刀を取り出し、牙一本一本に穴を開け、革紐を通してネックレスを作ってくれた。


 うふふ、素敵。


 ……うふふじゃねーですよ、レディですよ、私は。

 これはアレ、世紀末覇者の世界で手斧片手に3輪バギーを乗り回してる人たち、あのモヒカンが首に付けているヤツじゃないですか。


「アリガトウゴザイマス」


 私、顔引き攣ってないよね?



 その後、ジョフ親方が雪オオカミの死体を一箇所に集めて、お祈りを始める。


「偉大なる大地の精霊よ、大いなる恵みに感謝し、気高き獣の魂を生と死を司る世界樹セトへと返し、血と肉を四つの精霊へと返す……恵みの一部をここに捧げん」


 隣ではベック少年も神妙な顔で手を合わせている。

 私もあわてて手を合わし、さっき転生神が祟られるよう祈ってたことに赤面しながら、その命に感謝する。


 後でお肉を頂こう。もちろん火を通してからだが。

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