ドワーフの師弟 ジョフとベック

★帝歴2500年初冬 谷の下 ティア


 彼女は、一心不乱に洗濯作業をしていたため、離れた森の切れ目から二人の人影が出てきたことに気付かない。


「ズズズババーンと参上~♪ ズズズババーンと対決~♪ でんでんででで~ん♪ シュシュシュシュ、チャキーン。ふっ、またつまらぬ物を切ってしまった。……っと、これぐらい洗えば大丈夫かなあ、クンクン、んー、もう少しかな」


「おーい? そんな場所で1人で大丈夫かー? 誰か他にいないのかー?」


 ん、何? 何か聞こえた?


 顔を上げて周りを見渡すと、2~300mぐらい離れた森の切れ目から人が二人現れた。


「ふひゃあああ、くぁwせdrftgyふじこlp 」


 せっ切腹、じゃない、せっ接近されてただと。見られた! 乙女の秘密を見られた。この私の絶対防衛圏内に接近を許すとは何奴!


 動揺が脳みそを混乱させる。


 森の切れ目から出てきた二人組の一人は、私より年上かな、まだ小さな男の子。もう一人は大人のおじさん、遠目にもわかる髭ボウボウの顔をしてる。


 体のバランスに違和感がある。人? いや少し違う?


 良く見れば、おじさんの腰には刀のような物、右手にはツルハシだろうか? 武器らしき物が握られている。


 さっきまでお気楽モードだった私でも、さすがに警戒レベルを3段階程上げざるを得ない。



 顔が解る距離まで雪をかき分けて二人組がこちらにやってくる。


 ティア本人は気が付いてなかったが、彼女の目付きが細く鋭くなり、穴が空くぐらい前の二人組を見つめて隅々まで観察する。

 その目は、前から来る2人組の男の雰囲気を構成する情報を高速回転で処理している。


 男の子の方からは何も感じられない。

 武器を持ったおじさんはどうだろう? 近くまで歩いてくる姿を見て、さっきまで有った警戒感は薄れた。


 誰だって未知の相手は怖い、ましてやこの世界は魔獣や魔物のいる世界だ、警戒するなと言う方が無理。多分、相手の二人組だってそうだろう、どんな姿の魔物がいるか分からない。

 警戒感を強く持つ人間は、自分の力を大きく見せようと、武器を持った手を前にチラつかせて牽制しようとする。このおじさんは武器らしき物を持った右手を自然にしていて、それがない。

 警戒感ではなく、幼い子供相手だろうと舐めていたとしても、私に害意があれば手っ取り早く武器を目立たせて逃走や抵抗の気持ちを諦めさせるだろう。

 いずれにせよ、この人は私を威嚇するような真似を一切していない。

 男の子を使って私の逃げ道を塞ぐような動きもない。


 ならば恐れているより、コミュニケーションを積極的に取る方を選ぼう。こんな大自然の中で小さな女の子一人じゃ生き残るのも難しい。


 それにおじさんの顔が解る距離まできたら安心した。

 だっておじさんの目は、日本あっちのお爺ちゃんの目と同じだ。

 お爺ちゃんは、気難しそうな怖い顔がをしてたが、近くの子供達にも優しかった。



「大丈夫だ、俺達はファベル村で鍛冶屋をやっているジョフってもんだ、こいつは見習いのベック。あんたどこの子だい?」


 私はコミュニケーションをとろうとおじさんの目を覗き込むと、優しく話しかけてきたおじさんの目線は、私の右手に持ってる物を見てる。


 私の右手の……

 って、いかん!


「ちょっと待って下さい、今そちらに行きます。じっとしててください、行きますから」


 慌てて右手に持った物をポケットに捻り込みながら、二人組の方へと歩き出す。


「よっと、ほっ、なんとおおおお、どりゃ、わひゃっ、ふぬううううう」

 雪に埋まりながら必死で前に進んでいると、見かねたおじさんが迎えに来てくれた。


「ほれっ、大丈夫か」


 雪に半分埋もれた私を、ひょいっと小脇に抱えて拾っていく。


 わたしゃ密林の小荷物か。


 前住んでたアパートの階段を、密林の箱抱えて小走りに駆け上がってきた黒い猫のかっこいいお兄さんを思い出しながら、一人ニヤつく。



 ちょっと手前で立ち止まっていた男の子の所まで到着する。最初目を合わせると男の子は恥ずかし気に下を見ていたが、意を決したように、照れ隠しにか少し胸を張って強がるように挨拶をしてきた。


「こんにちは、俺ベックって言うんだ。ジョフ親方の下で鍛冶屋見習いをしてる」


 ほう、この小僧、私のキュンキュンとくるツボを押さえているようだな。


 見た目は5歳児幼女、中身はちょっと残念な29歳児である。


 29歳児の心は隠したまま、私も二人へ挨拶をする。


「こんにちは、ベックさん、親方のジョフさん、私はヒューパ男爵家のティアと申します。助けてくださってありがとう。お礼はするので家まで送って頂けないでしょうか?」


 さっきポケットに入れた魔石を取り出そうとしてると、おじさんが私を踏み固めた雪の上に優しくおろしてくれながら、野太い声で喋る。


「ヒューパ男爵のお嬢さんだったのかい。こいつは驚いた」


 おじさんの目がマジマジと私の顔を見ながら、一人でうんうんと頷いてる。


 すると男の子が私の顔を覗き込みながら尋ねる。


「え?天使様じゃないのかい?空から降りてきたじゃないか」


 あ、この男の子は、私がワイバーンに振り落とされて空中落下してた時、視線を感じて目が合った相手だ。

 直感がそう語りかける。


 あの時偶然目が合っただけの私を助けに来てくれたんだ。

 私のことを抹殺しようとする神もいれば、助けようとする運命の神もいるのだろうか。

 ここは素直に運命に従って本当の事を言おう。少なくとも、私の日本時代の記憶は黙っていても問題ないだろう、こっちで起こった事をそのまま話せばいい。


「違います、私天使なんかじゃありません。家で水汲みに行ったらワイバーンに攫さらわれて、空から落ちてきたんです。あ、それからこれ、これでお礼をするので家まで送ってください。足りなければもう少しあります」


 ポケットの中からさっき拾った魔石を取り出して、ジョフとベックの二人に見せる。

 二人は驚いた顔で、私の取り出した魔石と私の顔を交互に何度か見てる。


 あれ?私、何か失敗したのかな?


「これは雪オオカミの魔石か?なんでお嬢さんみたいな小さな女の子が持ってるんだ? そ、それにワイバーンって竜種じゃないか、恐ろしい魔物だぞ、どうやって助かったんだ?」


 驚きを隠そうとしないまま、おじさんが早口になって問いかけてきた。


 困ったな、本当の事を喋っても良いのだろうか?もし間違えて変な誤解を受けたら帰れなくなるんじゃないだろうか。


 グルグルと思考が回転する。


 ちゃんと喋ろう、ワイバーンの死体はどっか行って分からないけど、あれだけ大きな竜だ、誰かが見つけたら証拠になるはず。


「本当です、その魔石は雪崩に巻き込まれて落ちた後、雪面が光っていたのでちょっと掘ったら、白い狼の死体が出てきて、その胸に穴が空いていて中に有ったんです。それとワイバーンは、お母さんに渡されていたナイフで切って、倒しました。詳しくはあんまり言いたくないですが、ワイバーンのお尻の穴の中に私のナイフが残ってるはずです」


 あ、目の前の二人が固まった。 処理落ちしてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る