親方大変だ、空から幼女が降ってきた!後編

「親方大変だ、空から幼女が降ってきた」


「寝ぼけんな、力入れてソリを押せぇ」


 そりゃそうだ、俺だって信じられない、幼女が空を飛ぶワケがない。親方が信じないのも道理だ。


 だけどもう一度空を見るとやっぱりいる。かなり低くまで落ちてきてる。その姿を凝視していると女の子と目が合った?

 え? 目が合った? 本物?


「親方、やっぱり本当に幼女だ、今反対側の山の斜面に落ちた! あの雪崩だ」


親方にもう一度言おうとした時、反対側の斜面に幼女が落ちるのが見えた。


「まだ寝ぼけた事を、って雪崩が起きてるな」


話している途中で、反対側の山の斜面で起きた雪崩の音が親方の耳に飛び込む。

 親方も雪崩に気が付き、離れた斜面を見た。

 雪崩の中に幼女それっぽいのような物が見え隠れしている。しかしすぐに手前の木が邪魔をして見えなくなった。

 親方もそれに気がついたようで、何か考えている。


「おいベック、艝をそこの木に縛り付けて坂道を落ちないようにしろ。すぐに下に降りる道を探すぞ」


「へい!」


 ベックは、すぐに艝を道端に寄せて木に縛り付ける。


 親方は1人で何かブツブツ言ってるが、精霊に話しかけているのだろうか?俺にはまだ精霊の声が聞こえてこない。

 俺も鍛冶屋の修行を続けたら、いつか精霊の加護をもらって一人前の鍛冶職人になれるのだろうか?

 それよりさっき下に落ちた女の子だ。一体何者なんだろう? 空から落ちてきたから本物の天使様なのだろうか?

 セト教の宣教師が天使の話しをしていたが、真面目に聞いたことがないので良くわからない。本物の天使様なら早く目の前に行って、腹いっぱい飯が食えるようお願いしよう。



★帝歴2500年初冬 谷の下 ドワーフ師弟


 鍛冶屋師弟が急いで下まで降りて、森の切れ目から向こう側が見えた時、黒髪の小さな女の子が、両手に何か握って雪にこすり付けた後、ブツブツ言いながら両手を顔に近付けている。


 何をしているのだろう? 変な天使様だな。


「おーい?そんな場所で1人で大丈夫かー? 誰か他にいないのかー?」


 俺が声をかけると、突然だったせいだろうか、変な動きでキョロキョロしてこっちを見た。すると何か声を出したようだがよく聞こえない。



「もう少し近付かないとダメだな」


 親方が雪をかき分けて女の子の方へ歩いて行く。俺は親方の踏み固めた雪道を後ろから付いて 行った。


「大丈夫だ、俺達はファベルの村で鍛冶屋をやっているジョフってもんだ、こいつは見習いのベック。あんたあどこの子だい?」


 女の子の顔がハッキリ見える距離まで、雪をかき分けながら近づいて声をかけると、少し警戒した顔で女の子がこちらを見ている。


 ドワーフが珍しいのか? どこの子だろう?


 幼い顔に大人のようなキリッとした顔が浮かんで声を出した。


「ちょっと待って下さい、今そちらに行きます。じっとしててください、行きます」


 幼女は強い決意を言下に含ませて、俺たちは彼女の迫力に思わず立ち止まる。


 ポケットの中に布のような物をねじ込みながら、こちらへ女の子が雪の上を歩いてくる。時々ズボッと胸まで雪に埋もれながらだ。


 大人でも雪をかき分けて歩くのは大変なのに、この子凄いな。


 さすがに小さな幼女が雪をかき分けてやってくるのは、不憫に見えてきたので、親方が雪の中から拾いに行った。


 親方の小脇に抱えられてこちらにやってきた女の子は、凄く綺麗な顔立ちをしていたので、見ていた俺はちょっと恥ずかしくなりながら自己紹介した。


「こんにちは、俺ベックって言うんだ。ジョフ親方の下で鍛冶屋見習いをしてる」


「こんにちは、ベックさん、親方のジョフさん、私はヒューパ男爵家のティアと申します。助けてくださってありがとう。お礼をするので家まで送って頂けないでしょうか?」


 親方の小脇に抱えられたまま、ポケットの中に手を入れて何か探している。


 鈴のような可愛い声だ。って男爵様のお嬢さんだったの?え、大変だ。何故空から?


「ヒューパ男爵のお嬢さんだったのかい。こいつは驚いた」


 親方も驚きながら、脇に抱えていたお嬢さんを下におろす。


 俺も驚きながら、失礼だとは思ったけれど、どうしても聞きたい事があったので聞いてしまった。


「え?天使様じゃないのかい?空から降りてきたじゃないか」


 男爵家のお嬢さんは、困ったような顔をしながら事情を話しだした。


「違います、私天使なんかじゃありません。家で水汲みに行ったらワイバーンに攫われて、空から落ちてきたんです。あ、それからこれ、これでお礼をするので家まで送ってください。足りなければもう少しあります」


 なんだか、俺より小さな体の子どもと話してる気がしない。不思議だ。


 お嬢さんはさっきからポケットの中を探っていた手を出し、俺達に手の中の物を見せる。


 これは魔石じゃないか、目の前の小さな手にはちょっと大きいサイズ、どうしてこんな小さな女の子が持ってるのだろう?


 親方も驚いた様子で、魔石を見ながら話しかける。


「薄い水色…これは雪狼の魔石か? なんでお嬢さんみたいな小さな女の子が持ってるんだ? そ、それにワイバーンって竜種じゃないか、恐ろしい魔物だぞ、どうやって助かったんだ?」


 目の前の俺より小さな女の子は、困った顔をして下に俯いている。


 親方の言うとおりだ、雪狼の魔獣は恐ろしい生き物で、強い男達が何人もでやっと倒せる開拓地の強敵だ。

 それに竜種って伝説級の生き物で、騎士物語ぐらいでしか聞いたこともない。


「本当です、その魔石は雪崩に巻き込まれた後、雪面が光っていたのでちょっと掘ったら、白い狼の死体が出てきました。その胸に穴が空いていて中に有ったんです。それとワイバーンは、お母さんに渡されていたナイフで切って倒しました。詳しくはあんまり言いたくないですが、ワイバーンのお尻の穴の中に私のナイフが残ってるはずです」



 俺の頭では理解できない。何? 何を言ってるんだこの子は?

 親方もポカーンとしている。


 だけれど、お嬢さんが指さした方向には、雪を掘り返した跡があり、近づいてみるとその中に雪狼の死体が5つもあった。



 親方が真面目な顔をしてお嬢さんに話しかける。


「お嬢さん、この魔石は受け取れない。ヒューパ家の方には大きな恩があるんだ。それから詳しい話しは後にしよう、先にこの雪オオカミの毛皮を剥ぎ取っちまいたい。もしよければ、この毛皮をもらえないだろうか、俺たち開拓民には毛皮は必需品なんだ、このまま捨てていくには勿体なさすぎる。それが終わったらすぐにうちの村まで連れて行くから、ちょっと待ってくれ」


 どうやら親方は、詳しく話しを聞くことを諦めたようだ、俺もそれが良いと思う。


 早く帰って飯が食いたいと、俺の腹の虫が抗議していた。

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