閑話 親方大変だ、空から幼女が降ってきた!前編

「親方大変だ、空から幼女が降ってきた!」

「寝ぼけんな、力入れてソリを押せぇ」



★帝歴2500年初冬 エウレカ公国 開拓領ヒューパ、ファベル村 ドワーフ師弟


 ドワーフ鍛冶職人の朝は早い。


 鍛冶屋見習いのベックは、日が昇る前の暗い時間にベッドから飛び起きると、手探りで魔石ランプを探し、本体の継ぎ目をくるくる回す。

 魔石ランプは、中の小さなクズ魔石がネジの力でセリ上がり、上にある魔法陣の書かれた蛍水晶に触れると発光する仕組みだ。


 薄くほんやりとした光りが部屋の中を照らす。

 ベッドを置いた側の壁はまだ暖かい。隣の部屋の工房の隅に据えられた火釜が、壁を隔てて隣り合わせになっているので明け方まで余熱を伝えて、ベックの寝ている部屋を暖めている。


「この魔石ずいぶん暗くなってきたな、また角兎でも狩りに行くか、早く取り替えないと魔力が無くなっちまう」


 独り言を言いながら着替えを済ませ、部屋から出る。


 8歳の誕生年になってすぐ、育ての親のジョフの元に入門。ジョフ親方はこの開拓領にある鉱山の村ファベルで、数ある鍛冶屋でも一番と評判の武器鍛冶職人だ。

 物心ついたときから手伝いはしていたが、8歳で正式に入門をして弟子になった。

 そして半年が過ぎ、少しづつ仕事に慣れてきたとは言え、まだ8歳の子供には早起きは厳しい。


 日の出前の暗い中、眠い目をこすり、魔石ランプ片手に工房へ入って工房の正面に据えられた神棚の前に立つ。

 ベックは神妙な顔をして神棚に祀られているゴブニュ神へ柏手を打つ。


パンッパンッ!

「今日も無事怪我なく良い仕事を終えますように、ケチな親方が夕飯のスープに肉を入れてくれますように」


 8歳の子供は食べ盛りだ。


「こらー、誰がケチだ!グダグダ言ってないでさっさと準備しろ」


 怒鳴り声と一緒に親方のジョフが工房に入ってくる。

 ボウボウに伸ばした髭に白いものが混じり、皺を刻んだ素肌は、赤銅色に炎焼けして長年この道で生きてきた男の顔をしている。


パンッパンッ!

「今日も無事怪我無くよい仕事ができますように」


 野太い声で親方もゴブニュ神に手を合わせる。


 今彼らが柏手を打ったゴブニュ神は、本来のゴブニュ神像ではない。ゴブニュ神は火の精霊に属する鍛冶屋職人の神で、ドワーフ族に古くから信仰されてきたマッチョな姿をした神だ、だが神棚の上にあるのはセト教の大樹を模した像が鎮座している。

 人族の支配する国では、一神教のセト教が国の宗教として決まっている。

 ドワーフ族は人族と一緒に暮らすため、セト教に改宗した。

 そうは言っても彼らにとって最も重要な神は、鍛冶屋の神のゴブニュ神だ。大事な神様なので人族に隠しながらこっそり崇めているのだ。


 今ベックが住んでいるエウレカ公国は、先代のエウレカ公主が異種族や他宗教に理解が有ったのと、ここが魔獣が多く住む辺境を開拓してできた国で、あまり普通の人は嫌がって来ない代わりに、亜人、異教徒や改宗者等が集まったため、他の国より宗教的にゆるい雰囲気をもっている。

 それでも一応は改宗したので、形の上ではセト教の像を置いて、ドワーフ族なりにセト神を立てている。


 ベックは、親方の拳骨が飛んでくるより先に、外へ艝の準備に飛び出した。


「あぶねあぶね、親方の拳骨は痛いからなあ、さっさと準備しよう」


 艝は冬の間山から鉱物を入れて運搬するために、頑丈に作られていた。まだ子供のベックには重いが、ドワーフ族は力持ち、素早く準備して出発した。



★帝歴2500年初冬 ファベル村近く 鉄鉱山 ドワーフ師弟


 開拓領の中でも僻地の鉱山近くにできたファベル村は、ジョフが開いた坑道の他にもいくつかの良い鉱脈があるため、ドワーフ族の職人達が多く住み着いて産まれた村だ。

 ライバルがひしめく中でも、ジョフの腕の評判は良いので街から大店の商人が買い付けに来る。

 家から坑道の入り口まで一時間もかからないのも、工房経営に有利だった。


 ここの坑道で採れる鉄鉱石で作る鋼は、質がよい物になる。

 最上級の硬度を誇るアマンダイトや、世界樹の化石が金属と結びつき、魔力属性を帯びたミスリルのような希少金属程ではないのだけれども、ジェフがここの鉄鉱石で武器を作ると、硬度が高く粘りもあり、よく切れるのに刃毀れや折れたりしないと、実戦を好む貴族や冒険者達から指名買いされる程なのだ。



 今日は、ゴブニュ神の加護があったのか、良い鉱脈に当たり、まだ午前中の早い時間なのに艝がすぐにいっぱいになった。

 当面の工房作業に必要な分は採れたので、今日の採取作業はここまでだ。


「おーい、入り口の扉はしっかり鍵をかけておけよ。必ず確認しろ」


 親方は、少しいらついたような声で怒鳴る。


 開拓領内の魔物は、ある程度討伐されてるとは言え、坑道内に魔物が迷い込んで住み着かれると大変だ。

 入り口は厳重に管理してあった。


「へーい、っと良し、これで大丈夫」


 急いで鍵を締めたベックは、親方の顔色を伺う。

 どうも変だ、親方の表情がいつもより険しい。



 親方のジョフには、炎と格闘する鍛冶屋を長くやっていただけに、火と土の二つも精霊の加護がある。

 ジョフに精霊の姿をはっきりとは見る事ができないが、彼は周りで精霊がざわめいてるのを感じてた。


 何か嫌な感じがする。


 若い頃は冒険者をして世界を回り、加冶屋の修行と鉱石の良し悪しを見極める目を養った。

 冒険の中で戦闘経験もあり、1人でなら何とでもなる自信はあった。火と土の精霊の加護もある、だけれども、見習いのベックは親友が残した一人息子だ、何かあってはいけない、急いで帰えることにしよう。


 無意識に左手で腰に吊るした山刀マチェットを触り、ツルハシを握る右手には分厚い皮のグローブ越しにじわりと汗が滲む。



 鉄鉱石を満載した艝は重い。ベックは艝の後ろから頑張って押すが、雪道なのにもう汗だくだ。

 親方が引っ張り、見習いが押す。ドワーフの体は160cm程度と小さいが、見た目以上の力がありじわじわと進む。


「おーいベック、しっかり押さんかあ」


「へーい」


 親方の怒鳴り声にベックが答える。

 分かってるけど、これは重すぎる。荷をギリギリまで入れて押しているのだ。


 帰り道はほとんど下り坂なので、この登り坂さえ越えれば、楽になる。むしろ残りは下り坂なので、加速を始めると重量があるから止まらなくなって危険だ。

 危険を避けるために艝の後ろには、棒ブレーキが付いている。

 艝の後ろに付いた棒を手前に引くと、雪面に棒の先が突き刺さって抵抗になり、テコの原理で重たい艝でも子供のベックの力でスピードの制御ができる。下り坂になれば、ベックがこれを使ってブレーキをかけなければならない。責任重大だ。



 その時、艝を押すベックの耳に何かが微かに聞こえてきた。


 何だろう? なにか獣の叫び声だろうか? 微かに聞こえた……かな?まあ気のせいだろうと、また艝を押す手に力を込める。


……


 まただ、また何か聞こえた。


 上の方からだろうか? 艝を押しながら上を見る。

 良く晴れた青空だ、何も見えない。


 そう言えば、最近領内でワイバーンの姿を見たって話しがあるらしい。俺は見てないがどうせ酔っ払った大人達が鳥と間違えただけだろう。ドワーフの大人達は酔っぱらいだらけだし。


 それでもワイバーンは危険な魔物だ、親方に言うべきだろうか?ちょっと迷ってもう一度上を見た。


ん?


 今度はさっきと違う、何か見える。黒い点? よく目を凝らすと長い黒髪? 人?


 茶色いコートを着た小さな女の子だ!

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