What a lovely day……?
……たすけて!
「お母さん、お父さん助けて!」
死からは逃げられない! 純粋な恐怖が身体中の細胞を貫く、全身が強張り上下の歯はガチガチと震えるのを止めない。
死を覚悟して硬く目を閉じたら、日本の両親の顔が頭の中いっぱいに浮かんだ。二人共若い、家族皆んながいた頃の顔だ。
元の世界では、お母さんが私の事故を知ってしまってる頃だろうか。
お母さんにどんな顔させてしまったのだろう? 親不孝ごめんなさい。命をかけて助けてくれたお父さんごめんなさい。
今の私は、風圧で顔がぐしゃぐしゃになってるからなのか、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになってるからなのか、頭の中までぐしゃぐしゃになってしまって、暗闇の中で、ただただ怯えている。
目を閉じた暗闇の中、猛スピードで落下しながら後悔していた。私の軽率な行動が神の怒りを買ってしまった、お母さんより先に死ぬ親不孝、しかも2回も先に死ぬなんて!
それもこっちのティアのお母さんにまでかける親不孝だ。あの時神の提案を受け入れていたなら! 怒って頭突きしなかったら! 諦めていたのなら……
お母さんごめんなさい、お父さんごめんなさい、神様ごめ……
……
……ん? 神様?
……
…違う⁉︎ ……
違う! 断じて違う!
強く閉じられた瞼の暗闇の奥、さっきまで自分の無力さに怯えていた私の中で何かが弾けた!
何で私が、あの
私を不幸に落とした張本人じゃないか! 何が神よ!
おかしい! 絶対におかしいっ。
何が何でも死んでたまるか、あんな奴の思い通りになってたまるかっ! 生きてやる、生き抜いて、幸せに生き抜いてあいつの鼻をあかしてやる、それまで絶対死ねない。
死ねない!
人間は考える葦だ、弱くてすぐ折れる葦だけど私は考える事ができる。
私の心臓はまだ動いてる!
地面に叩きつけられる瞬間まで、心臓が最後の一回を鳴らすまで抵抗してやる!
怒りのパワーが、パニックになっていた私の頭の中の暗闇を消し去り、一気にクリアにしていく。
私には超回復魔法が3回もある。そしてまだ考える頭脳もある。何か手は無いか?
頭の中で稲妻が走るように思考が高速計算を始めた。
状況確認!
強張った顔面の筋肉を強引に動かし、薄目で下を見た……高い。
落下を開始してから時間が経ってた気がしてたけれど、意外と高さに余裕がある。これは子供の体重が軽いから?
マンション高層階からの落下事故で、子供が助かるニュースはよくある。事実、私は過去5階から落ちて助かった経験がある。
あの時は下にいたおじさんが私を一度受け止めクッションになった、全ての落下の勢いは殺せず投げ出されたけど、無傷だった。
小さな子供は、体重が軽い事で風圧が落下の速度を緩め、身体の柔らかさが落下の衝撃を散らして助かる事があるのだ。
ついてる、今の私は5歳児幼女。大人よりずっと助かる可能性はある。まずは空気抵抗を増やして速度を落とす。
動けっ!
両手両足を伸ばせと脳から手足に指令が飛ぶが、全く動いてくれない。ダメなのか? 違う、まだだ。
今度は歯をくいしばり、身体中へ命令をする。
動けっ!
恐怖で固く小さくなっていた筋肉がギチギチと軋んで動きだす。動き出すとそれまで切れていた回路が連鎖的に繋がりだすように、全身の細胞が命令を受け取り筋肉へエネルギーを供給する。
両手両足に生気がみなぎり、指先まで広げて、風を掴む。
ボッ!
ブカブカで、やたら丈夫そうなコートに風が入って膨れた、ガクンッと背中を吊られるように後ろに引っ張られる。
地上へ猛スピードで加速していたはずの速度が減速した。さっきまで顔に叩きつける風のおかげで、上手く目を開いていられなかったけど、風が弱まり薄目でも下を見る余裕ができた。
これでほんの少しの猶予が産まれた。それでもまだ危機は何も解決してない。落下の速度が少々落ちただけで、このままだと地上に叩きつけられてバラバラだ。
他に何かいい手はないか、記憶を辿ろうとすると突然思い出す!
ここに来る直前、ネットのニュースで、高度一万メートルに放り出された時のサバイバルガイドってニュースを読んでた。
タイムリー、なんてタイムリーな記事を読んでいた私を褒めてあげたい。
確か、第二次世界大戦中から飛行機事故の統計を取り出して、最近までの間、約11万人の犠牲者が出て、その内なんと40人ちょっとが、3000m以上の高さからパラシュート無しで助っている。
彼らは落ちた場所の条件や、機体の残骸がクッションになることで、激突の死神から逃げ延びた。少なくとも可能性は0なんかじゃない。可能性は存在している!
私もそれに習う。
落ちる場所が重要。助かった人達は、列車の天窓、干し草の山、茂みや沼地に落ちて助かってる。
ワイバーンの体は、もうとっくに遠く離れて遥か彼方、クッションにはできそうにない。
下に広がる地形を見る。何かクッションになりそうな地形はどこ?
湖は? 水の上はダメ!水の抵抗はクッションにはならない、衝撃でコンクリートのように固くなり、体が粉々になるだけだ。
森の木? 子供の柔らかい体じゃ枝に突き刺さる。
雪の上? 良さそう、ただどれぐらい雪の深さがあるのか?
他に柔らかそうな場所はないか?
猛スピードで迫る地表を見ると、峰の稜線に雪が溜まって分厚くなった場所がある。雪だまりだ!
斜面と稜線の境目に風が当たって、雪をリーゼントの髪型のように斜面に張り出してできる雪の塊。
あそこだ! 最初の衝撃を雪だまりで殺し、斜面に高速スキーのように滑り込みながら着陸して、激突の衝撃から逃げ切ってやる。
他は雪の深さが全く解らない。あそこに決めよう。グズグズ迷う時間が全く無い。決断。
風を掴む両手の力加減で方向を変える。腕がバタバタして時々風に腕が持って行かれそうになる。難しい、難しいけどやるしかない。
斜面との角度を少しでも無くして滑り降りれるよう、雪だまりへ体を旋回させる。
何度か風を掴み損なってバランスを崩す、その度に腕へと当たる風の力を加減して立て直す。斜面と雪だまりがハッキリ見えてる。
その時、反対側の斜面から視線を感じて目をやると、一瞬小さな人影が見えて目が合った気がした。
誰? いや、今は着陸に集中だ!
すぐに目を戻して着陸の衝撃に備える。
頭や心臓が潰れて即死さえしなければ、私には、超回復魔法がある。致命傷でも一瞬で治して生き延びてやる。
雪だまりはもうすぐ、目の前に地面がせまる。
ワタシハシナナイ、ワタシハシナナイ、なによ、全然ラブリーな日なんかじゃないわ、死んでたまるか…ワタシハ…シ
………
ガッヒュッ!
「はうっ」
どうやら墜落の衝撃で意識が飛んでたようだ、すぐに意識が戻り、萎んでいた肺の中へ空気が送り込まれる。
大量の雪の奔流と耳をつんざく轟音。今の私は雪崩に巻き込まれて斜面を滑走していた。
まだ絶体絶命のピンチ、でも私はまだ死んでない!
雪崩に流されてはいるが、意識はハッキリしている。
右腕とお腹の感覚が全くない、猛烈に吐き気がしているし、全身がだるくて力が入らない。それでも私は、空気のある上に向かって動かない身体で必死にもがく。
私の体調も、あがき続ける意思も、何もかもおかまいなしに、雪崩は小さな身体をを翻弄して、雪の中へ沈めたり浮かばせたりした。
小さな身体が雪の流れに沈む、力が入らない。
息がっ…苦しい……折角生き延びたのにここまでなのか……もう…息がっ……
その時、雪崩の中で下から何かがぶつかった気がした、その衝撃で上へと身体が弾かれる。
上へ浮かぶ途中で私の記憶は途切れた。
…
気が付くと辺りは静かになり、体半分雪に埋まった状態で斜面の下に寝そべっている。
私生きてる?
助かったの?
雪崩が終わってホッとすると、なんだか身体が重く異様にダルい。右を見ると右手がぷらーんっと別方向に曲がってる。
見るんじゃなかった、途端に油汗が吹き出し、腕の痛みと同時におなかにも激痛が。
「わわ、超回復」
適当に呪文を唱える。
パーっと私の身体が光に包まれ、痛みが引いていく。
超回復魔法と言うだけあって、さっきまでの痛みも辛さも嘘のように無くなった。
「凄い、これが魔法か。でもこれで残りは後2回、大切に使おう」
ゆっくり雪をかき分けながら立ち上がろうとする。
が、急に両足が震え出した。そのまま両膝から力が抜け、その場にへたり込んで仰向けに倒れる。
あれ? まだ回復してない? ……いや、腰が抜けるってやつだ。
へたり込んだまま、静かになった斜面で空を見上げる。
青い。これが紺碧の空だ。
日本で居た頃、田舎で暮らしていたけれど、こんなに空気の澄んだ青空は見たことなかった。
「私あそこから生き延びたんだ…」
助かったけれど、ここはどこだろう? ティアの家からどれぐらい離れてるか? どうやって帰ろうか?
ちょっと考えてたら、まだハードモードは全然終わってなんかいなくて、気が重くなりそうになる。
まっいっか!
膝の震えも止まったし立ち上がろう。
今更暗い考えは後回しだ、さっきからもっと大変なあることが気になり出してる。
独り言が口から溢れる。
「さて、パンツの中が大変な事になってるから、どこか物陰で洗おう」
今は生き延びた事を喜ぼう。
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