幼女のナイフ術

 ギッギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーッ


 ワイバーンの咆哮が大空に響く


 ナイフを持った私の右腕が、ずっぽりお尻の穴に入ってるのだから、そりゃ吠えるね。

 痛そう…って他人ワイバーンの事を気遣ってる余裕など無い。さっきより更にワイバーンが激しく暴れだした。


「うわわわわ、落ちちゃう、じっとしててええええええええ」


 振り落とされたら死んじゃう、黒のナイフを持つ右手に力が入る、ワイバーンの尻尾にしがみついて身体を安定させたい。

 その時、チラッと視界に下界の光景が見えた。


 なにっ!


 淡黄色に光る巨大な木が、彼方に広がる雲海の上に見える。ティアの記憶から検索すると、世界に何本もある世界樹の内の一つ、黄樹だ。大きすぎて人の想像を超えてる。

 すると今度は、ワイバーンが暴れて反対側が見える、こちら側は晴れ渡った一面の雪原、私の真下まで広がる雪景色の山や森がとっても綺麗。


「いつも見てたはずの山や湖があんなに小さい、うふふふ」


 うふふふじゃない、ここに至って、現実逃避できるなんてまだ余裕あるな私。

 最初の計画とは違ったけど、これはチャンスだ。背中に登って硬いウロコを突き破るのより、お尻の穴の中、つまり内蔵を黒のナイフで刺す方がワイバーンを弱らせられる。

 ……はず。


 右手首を反し、黒のナイフを腸の内壁に突き立てる。


 ブズズッ!

 やった、手応えあり。


 ギャオーーーッスススッ


 ワイバーンの動きが、さらに激しくなる。急降下・キリモミ・急上昇。何でもありだ。

 こっちも振り落とされまいと、必死にナイフを持つ右手に力を込める。

 暴れるワイバーンが急上昇を始めた時だった。


 ガクン!

「ひゃっ」


 ワイバーンの尻尾にしがみついていた私の身体が衝撃でずれ、下側に落ちそうになる。

 体重が下方向に移った事で、お尻の穴に入っていた右手も抜けようと下に出てくる。下に出てくる力で、黒ナイフがお尻の内壁を縦に切り裂いた。


 スパーーー

 ギャーーーーーッッッス


 駄目だ、このまま落ちゃう。


  ナイフがお尻の穴を切り裂きながら、外に出てしまいそうになった瞬間、さっきまでの勢いが止まる。

 一度勢いが付いたナイフの動きだったが、肛門ギリギリの骨のような硬い場所に当たって引っかかってくれた。

 黒のナイフを握る右手に体重を預け、ずり落ちそうになった身体をもう一度安定させる。


「ラッキー!私ついてる。多分私の隠し設定は高い運値だ。うんtの肛門だけにな」


 1人で何を言ってるのだ、恐怖で少々頭がおかしくなってきたみたい。


 それでもナイフの一撃が効いたのか、ワイバーンの飛び方が急に弱々しくなった。

 羽ばたいたりせず、ふらふらと不安定に滑空している。全身がプルプルと震えている、ワイバーンは、羽を伸ばして風を受けるだけで精一杯の様子。

 時々ガクッガクッとなって力尽きそう。


 やった!最初にイメージトレーニングした通りになってきた。少々違う部分はあるがこの際どうでもいい。

 このまま無事地上に降りてください、そしてそのままワイバーンが死んでください。

 神様お願いです!


 ……ん? ……はっ! そうだ神って……あいつだ、神だ!


 嫌な予感で全身が震える。


カクッ


 一瞬の停止。時よ止まれが発動……ではない、すぐに重力に引き付けられ落下を開始した。


「ふ、ふおおおおおおおおおー」


 それまで必死で飛行を続けようとしていたワイバーンの両翼に力が無くなった。

 さっきまで風を掴んで、大空を我が物顔で飛んでいたワイバーンの身体は、グニャリと脱力した姿勢で急降下を始める。このままでは、一緒に地上へ激突だ!


「死ぬのは早すぎ! お願い、もう少し地上まで頑張って」


 お願いはしてみたものの、事態はどんどん悪化していく。

 更に悪いことに、黒のナイフを握っている右手に違和感が。


ヌルッ


 ん?ヌル?

 急降下を続けるワイバーンのお尻を見ると、右腕とお尻の穴の隙間から血がとろ~りと流れ出てる。


 血?ってことは…すっ…滑る!


 悪い時に悪い事は重なる、ティアの運は負のスパイラルへと突入した。

 最初にナイフを握っていた右手が血で滑り、ズルンと離れて、黒ナイフをワイバーンの中に突き立てたまま、外に押し出される。

 お尻の穴の蓋が取れた形になったため、右腕の次に出てきたのは、大量の血。

 血がドバっと飛び出る。


「ひゃああああ」


 慌てた拍子に、なんとか持ちこたえようとしがみついていた左手と両足も一緒に滑った。


 スッポーンと中空へ投げ出された私。心臓が縮み上がる、髪の毛は逆立ち、もう一度ワイバーンの尻尾を掴もうとした手は空を切る。



 その時だった。



 未練がましく、ワイバーン尻尾を掴もうと手を伸ばした姿勢のまま、目の前を落ちていくワイバーンに追いつこうとしていると、突然ワイバーンの胸の辺りが光り、その光が、伸ばした私の手へ吸い込まれるように飛び込んできた。


 こっこれは!? 何かのファンタジー要素?

 いける! 私は確信した、そうこれは、 覚醒KAKUSEI


 数多あまたの主人公達のピンチを救ってきた、あの力が今手に入ったに違いない。

 今こそ魔法を唱えよう。そう、私は勇者。


「れ、レビテーション! 秘められし我が能力よ甦れ、舞空術!」


……


 何の反応もない。

 言ってはみたけど……ですよね。

 ひひひひも無しバンジージャンプ!


「う、うわわわわわわあああああああああああああああ」


 上空約3000m、捕まっていたワイバーンが死んで、飛行機が飛ぶような高さから投げ出された私は、日ハム大○選手の投げる豪速球の速度で真っすぐ地面へ落下を開始した。



 人生二度目の自由落下が開始された。

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