激昂

★白い部屋 宝樹若葉


 目を覚ますと真っ白な場所に居た。


「こんにちは、目が覚めましたか?」


 だれ?


 声のする方向に向くと、同い年ぐらいの男の人が立ってた。


「単刀直入に申し上げます。私は転生神で、先ほどの交通事故で死んだ貴女をここに呼びま出しました。そして、これから魂だけで異世界に行ってもらいます」


??


 一瞬混乱したが理解した。あれだ異世界転生物、それも悪役令嬢物だ。だてにライトノベルを嗜んではいない、女主人公は悪役令嬢物だ。


「あの、悪役令嬢物ですか? ちょっとワガママな王子様やクールな公爵次男が出てくるやつ」


「違います、異世界を救うために勇者になってもらいます」


 ……

 もういいや、早くおうち帰りたい、さっさと断って大学行こう。

 はっ! そうだ、さっきの女の子はどうなった?


「あの一緒にいた女の子どうなりました? 小学生の女の子」


「あ、助かってたよ。ただし君の身体はトラックに轢かれてペッチャンコなので、もう戻れないですね」


……


「僕は貴女の事を子供の頃から知っています。勇者の資格を持つ者に試練を与え、真の勇者たり得るか試したのです。お父様の事、奨学金の事からセクハラに関してもです。最後の子供を助けた所は、素晴らしい行動力でしたね、満点です。おめでとう、貴女は勇者の資格を持つ魂です。これから行く世界は大変ピンチを迎えており、今までにも何人かの勇者を……」


 え? 今なんて言ったの? お父さんの事って(炎の記憶、落下の記憶)……あれはコイツがやったって事?

 しかも、最後の時、私が女の子助け損なってたら、あの女の子も殺す気だったの?

 今までの人生のダーニングポイントで起きてたアレは、こいつの所為だったって事なの?


「ハハハ……」

 乾いた笑いが出てくる。転生神は続けて何か言ってるようだけど、私の頭の中がぐちゃぐちゃになっていて良く理解できない。



 文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた時、変な音楽が白い空間に鳴った。


ペロンポンポン♪ ペロンポンポン♪

 亜空間に場違いな着信音。


「ごめんごめん、ちょっと待ってね、上司神からだから……何だよもー仕事中に。はい、もしもし…え? あ、はい? ……」


 こそこそとスマホ片手に背中を向ける。後ろに立っている私を少し気にして、チラっと確認してる。


 ……ん?

 何だか転生神の様子がおかしい、耳を澄ませてみると、上司神の声が、スマホの向こうから大声で怒鳴っていて、こっちにまる聞こえだ。

 上司神声でかいよ。


「何やってるんだバカやろー! お前ちゃんと指示書読んだのか? もう一度読んでみろ、その人は違う、人違いだっ!」


……


 ……何それ、私、無駄な試練与えられて無駄に殺されたってこと?

 最悪私の事はいい、良いとして、あの時炎の中逃げ場を失った8歳の私を助けるため……お父さんの顔が……それが人違いでだなんて。



 自分のミスにパニクった目の前の転生神バカが、異次元収納に手を入れて何か探してる。


 ガサゴソ、ガサ……

「あった、これか……あ、間違えてました(小声)」


 小声だと聞こえないと思ってるのか……こいつ……


 呆れ過ぎて目の前が真っ暗になってく。気がつくと両手と両膝が床についてた。

orz



「仕事舐めてるのかこのヤロー。そっちで処理しろよ。お前の責任だからな。プチッ!」


 平静を取り繕おうとしたような表情で転生神がこちらを向く。


「こ、これから行く異世界についてなんだけど、もちろんチート付けるよ。なんなら超回復魔法なんてどうだろう。致命傷でも一瞬で治っちゃうような強力魔法ですよ。そ、そうだ、貴族の元に産まれるようにしてあげよう、産まれた時から贅沢できるってさいこーだよ。チュートリアルでこれから行く異世界の情報もばっちり、ね、元気出そうよ、頑張ろう」


 ひざまづき震える私、その肩に手をやりながら下手な説得をしてくる転生神クソヤロウの足元が見える。


 フザケルナ

 ナニガチートダッ! ナニガキゾクダッ!


 私の奥から、人生で一度も経験した事無いような黒い焔が吹き上がる。

 今まで飲み込んできた小石が感情の爆発に熱せられ、マグマになって高速で吹き出す。


 目の前のバカの胸元を掴みながら立ち上がる。

 掴まれて下に引き寄せられるバカの頭。

 そして立ち上がろうと上へ向かう私の頭。


ガボンッ!


 鈍い音が白い空間に響く。

 綺麗に頭突きが決まった。ぶつかった頭が痛くてクラクラしてる。

 だけど、下で血まみれの顔面抑えて転げまわるバカの方がダメージ大きそう。


「ふざけないでよ、何がチートよ、何が貴族よ、私を元の世界に帰してっ、私達家族にお父さんを返して、お父さんがいた頃からもう一度やり直して」


 転げまわっていた転生神の顔を抑える手が、パーっと光った。どうやら自分に回復魔法をかけたようだ。

 尻もちをついたまま、涙目でこちらを睨む。


 ん? 声を震わせ何か言ってる?


「ヒュオマへ……フ、フゴオオオオ、グスッグスッ」


 何言ってるのか全然解らない。途中から号泣してるし全く聞こえない。


 回復魔法で痛みなんか無くなってる癖に、人前で泣き出してみっともない。泣きたいのはこっちだ。


「いい歳した男の人が泣いてないではっきり言いってもらえませんかっ! そっちのミスで大変な間違いを犯しましたって、間違えた時間からやり直しますって言いなさいよ!」


「う、うるさい、神に向かってなんて事するんだ、お前なんてプレイモードをハードモードにしてやる。ど貧民スタートで、ついでにチートも無しだ」


「あら、さっき自分で言った約束を破る気なんですね。神が契約違反とは世も末じゃないですか?」


 ついさっき自分で言った事も覚えてないのだろうか? だいたい契約は、神のお仕事の中で最も重要な項目の一つだと思うのだけど?


 契約違反について突っ込まれた転生神は、少し下を見ながらプルプル震えている。

 転生神が顔を上げる前、口元がニイッと吊り上がったのを見逃さなかった。

 嫌な予感がして怯みそうになる。


 でも負けるわけにはいかない、過失は明らかに向こうにある。うまく攻めれば元の世界に帰れるかもしれない、相手の出方を見て交渉を進めよう。


「くっ、良いだろう、貴族にもしてやろう、チートは付けてやる、ただしチートを無制限に使えるとは言わなかったからな、回数制限だ、三回だけ使えるようにしてやる。どうだ俺は優しいだろう」


 なにっ! まだふざけたこと言ってる。


 私の怒りが表情に出たようだ、妙に自慢気な顔をしていた目の前の転生神がキョドりだす。


 いけない、ここで怒って話しを壊しまっては帰れない、失った物を取り戻せない。冷静になって交渉を再開しよう、そうしよう。


「あの……」


 落ち着かせようと、なるべく優しく話しかけようとしたら、逆効果だったようだ。転生神は何 を思ったのか、喚くように私に宣言した。


「ひ、ひいいいい、このまま異世界に行っちゃえ!」


 こうして私は異世界へと旅立ったのでした。

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