ティア空を飛ぶ

★帝歴2500年初冬 開拓領ヒューパ上空3000m ティア


 ペチペチペチッ


 寒むっ。

 何? 顔に何か当たってる。


 どうやら意識を失っていたようだ、目がさめると髪の毛が風に瞬いて頬を叩いてた。

 力の抜けた人形のように、プラーンと何かに胴体が引っかかって、ぶら下がってる無理な体勢。そして青空が見えている。

 なんだかお腹の辺りが苦しいし、風が強くて寒い。


「何これ、邪魔」

ペチャッ


 ペチャッ?

 お腹の上乗っている何かをどかそうと腕を降ると違和感がした。


 何、今の手触り? って、あれ? 手が? 私の手が。

 手を見ると、小さな可愛い手が見えて、腕も縮んでる!

 え? え? どういう事なの?

 私の手小さい? まるで子供の手だ。

 ……あっそうか! さっき転生神との会話で、魂だけで行けって言ってたのはこれか。こっちの誰か子供の身体の中に、私の魂が入っちゃったんだ!

 それにさっき手に触れた感触が何かおかしい、ペチっと触るとぬるっとした感触がした、これはいったい……


 さっきから視界の中に、緑色のウロコに覆われた長い尻尾のような物が、チラッチラッと見えてる。

 現実は見たく無い、全く見たくないけどしょうがない。


 そーっと、顔を少し傾けるとそこには、見たくもない光景が!


 トカゲのような尻尾に、緑色のウロコに包まれた全身。巨大なコウモリのような膜の羽で風を捉えながら、両翼を大きく広げて空を飛ぶ竜が目に入ってきた。

 しかも私は、竜の後ろ足で一掴みにされて運ばれている。


「え! 私、竜に鷲掴みにされて飛んでる!?」


 異世界早々、翼の大きな緑色の竜に捕まって大空を飛んでいました。

 しかも、よく見ると羽の辺りがぼんやり光ってるし、ファンタジー世界感満載。


 私あの転生神バカにどんだけ恨まれてるのよ、ハードモードにも程があるわ!


 怒りが収まらない頭でプンスカしてると、急に頭が割れるように痛みだした。



……



 頭痛と同時に、この身体の記憶が流れ込んで、私と混ざり合う。


 私は、エウレカ公国開拓領ヒューパ男爵家の一人娘ティア5歳。

 貴族なんだけれども開拓領は貧乏なので、例え五歳児でも開拓地に住む一人ひとりに仕事があり、雪がいつもの年よりも早く積もった道を歩いて、凍らない湧き水へ水汲みに行ってたんだ。

 帰り道、重い水桶をエッチラホッチラ運んでいると、周りが暗くなった、と思ったらその瞬間、何かに捕まってしまった。


 そう、それがこの竜

 どうやら五歳児ティアの記憶から検索すると、ワイバーンと呼ばれる竜らしい。


 家を出る時、こっちのマリア母さんから、

「はいこれ、黒のナイフ。お守りの魔石と護符の魔方陣が刻まれてるから、コレさえ持っていれば、この辺にいる魔獣じゃ近寄ってもこれないわ。鞘にヒモを付けておいたから、ちゃんと首からぶら下げてるのよ。外に出る時は必ず持ち歩くこと。いいわね。それから、最近領内で滅多に人里に来ないワイバーンが目撃されてるから、大丈夫だと思うけど上にも気をつけて歩くのよ。もし、ワイバーンを見つけたら急いで走る、そして物陰に隠れなさい。解ったわね」


「はーい」


 元気よく答えて家を出て行ったティアの記憶。5歳児にしては細かく覚えている。

 異世界では、ワイバーンが出る物騒な危険地帯だろうと、五歳児の水汲みおつかい中止がない容赦無い世界。


 トンデモナイ世界に来ちゃったなあ……

 そんな事考えてる余裕なんかない、急いでこの状況から脱出しないと。

 どうしよう、魔法とか使えるのかな? チュートリアルで情報が見れるって言ってたから聞いてみようか?どうやって開こう?


「う~~ん、いでよチュートリアル、かすかなる灯明よ、我が旅路の一隅を照らさん」


 自作呪文を唱えてみたら脳内にポップアップが出現した。


 よしよし、我が創作系呪文も捨てたもんじゃないようだな。



★チュートリアル


旅のしおり。


 旅のしおり と題された情報が表示される。


 修学旅行生みたいな気分…これはあれかな? 転生神バカなりのギャグか、もしくは家に帰るまでが修学旅行です的比喩の嫌がらせか?

 ……続きを読んでみようか。


・最初に:

 この世界は、セト中海世界と呼ばれています。巨大な世界樹セトが中にある海でセト中海世界です。世界樹はマナを世界に注ぎ込む大切な木です。頑張ってください。


 地図が表示された。


 地図は、ファンタジー世界物にあるような大雑把な古い地図ではなく、現代日本で見ていたようなもっと詳細な地図のようだ。

 細かく地形が表示されている。

 地図の右側部分の先にも陸地が続いているのか、中途半端に途切れてる。どうやら世界地図の一部分が切り取られて表示されているようだ。

 中央部分の海を包み込むように大陸があり、大陸左と下に外洋らしい海が見える。

 陸に囲まれた中央の海は、左側の外洋に繋がる水路と、下側の外洋に繋がる水路との、二箇所で外海内海が繋がってる。

 地図中央には、白い大きなモコモコがあるので、多分これが世界樹セトだろう。


 ふむふむ、世界樹があるんだ、ファンタジーだねえ。

 何だか見たことあるような地形だな? あ、そうだ地中海っぽいんだ。上がヨーロッパで右がアジアかな? にしては地形が滅茶苦茶だなあ。

 地中海と違って、アフリカは下半分が無いし、アジアとも繋がってない。エジプトの辺りが無くなっていくつかの島が連なり、下の外海に続く海になってるのかな。


 地図の項目は他にも続いてるみたい。別の地図が在るようだけれど、あまり長く眺めてる暇も今は無い、別の項目を見ることにしよう。


・旅の目的:

 あなたは、勇者としてセト中海世界を救うため転生してきました、近いうちに魔王もこの世界に生まれてきます。頑張ってください。


 いや、頑張れってだけじゃ……それ以前に絶体絶命のピンチじゃない。

 言いたいことは色々ある、色々あるが今は急いでるので無視してとにかく魔法だ、強力ファイアーボールとか、空中浮遊の魔法でも無いと脱出できないよ。

 今この身体の自分に何ができるのか…となるとステータスの確認だな。


 ステータスオープン!


・ステータスについて:

 この世界では、自分も他人のも数値表示されません。頑張ってください。


 ステータスメニューは開かず、代わりにチュートリアル上には、厳しいリアルが表示された。


 情報系無しで戦うのかあ、本当にハードモードなんだね。

 私が今使える魔法の項目はないのかな?回復魔法が使えるみたいだったのだけど?

 使える魔法を表示して。


・魔法について:

 勇者チート貸与された超回復魔法3回、どんな怪我でも一瞬で治し肉体を全回復します。無斉唱。消費マーヤMP:MAX(※勇者貸与された特殊魔法なのでマーヤMPが微かにでも有れば使えます) 。

 以上です。今勇者が使える魔法は他にありません。頑張ってください。



 ……他の今使える魔法が欲しいのに、回復魔法だけじゃ厳しい。

 魔法の代わりになる物で、何か役に立つ情報って無いのかな?

 そうだ、スキルだ!異世界物で良くあるスキルはどうだろう?何か有効なスキルがあれば、脱出できるかもしれない。


 次は、スキルの項目を表示して。


 チュートリアルに話しかけてみると、スキル情報が表示された。


・スキルについて:

 a?‡a-?a??a?‘、

 文字化けをして表示されません。頑張ってください。


 あ、駄目だ、これは確実に転生神の嫌がらせだ。

 このまま私のことを抹殺する気だ!

 時間がない、これ以上転生神バカのくだらない遊びに付き合ってる暇はない。


 チュートリアルをそっと閉じた。

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