Episode73「選択」
話を聞いているうちに、いつからか僕はルシファーの事を心から信じ切っていた。それは彼の持つ魅力のせいか、話に何一つ矛盾がなかったせいかは分からない。それでもルシファーの話に嘘偽りがない事だけは確かだと断言出来る。
しかし間違っているのは神か、悪魔か…その答えは未だに出ない。神が正しいとは思えないけど、だからと言って今ある命を切り捨てるような真似が正しいとも思えない。
神を殺せる力があろうが僕がシオンという一人のヒトである限りきっとそれは永遠に分からないだろう。でも一つだけハッキリしている事がある。
「…あんたが間違ってるとは言わないよ。正直なところ、僕には何が正しいのか分からない」
「ならば私に委ねてくれないか。神を殺した後に待っているのは無などではない、そこは全てが平等な…」
僕は椅子から立ち上がるとルシファーの言葉を遮って声を上げる。
「でも…それでも僕の答えは変わらない。僕が本当に護りたいのは世界でもヒトでもない、愛するソフィア唯一人だ」
「君はたった一人の女性の為に…全てのヒトを、世界を犠牲にすると言うのか」
「…そうだ、それがシオンである僕の答えであり、今も生きている理由だ」
僕は何度も死に掛けて、その度にソフィアに救われた。彼女がいなければ僕はとうに死んでいる。仮にソフィアに出会っていなくても、何れアンディと共に殺されていただろう。蛇の首に怯えながら盗みを繰り返す日々…そんなものはそう長く続かない事ぐらい分かっていたし、だからこそ僕達は細やかな幸せを噛み締めて生きていたんだ。
でもソフィアと出会って僕の運命は大きく変わった。僕はヴァンパイアとなって、結果的に親友であるアンディをこの手で殺してしまった。今でもそれが赦されるとは思っていない。でも今、僕の中でその後悔の念が消えつつあるのは言葉では言い表せない程の幸せをソフィアが与えてくれたからだ。
自分でも最低だと思うけど、僕は最終的に親友の死を振り切ってソフィアを選んだ。その選択が正しかったかどうかは分からないけど後悔は無い。
そしてソフィアだけでなく、レヒトやエリス、セリア、クロフト、多くの人達との出会いは僕の世界を大きく変えた。だから今の僕は迷わず自分の想いを、答えを貫ける。
「私より君の方が余程傲慢だな。それがアダムとなる者の定めなのか、或いはその答えさえも神に操られているのか」
「そのどちらでもない、これがシオンである僕自身の答えだ」
「…願わくば神を唯一滅ぼせる、私達に残された最後の希望である君とは戦いたくなかった」
俯きながらルシファーが数歩後ろに下がると、突然周囲の床に灯っていた蒼い炎が勢いを増す。
「私が再び地上へ戻った理由は二つある。一つは神へ復讐する為。そしてもう一つは…」
そう言い掛けたところで突然ルシファーの背中から巨大な黒い翼が現れるとみるみるうちにその姿を変えていく。やがてルシファーの身体は何倍にも巨大化し、それは竜のようでありながら天使の面影を感じさせる禍々しい怪物となった。
『選択の果てを見届ける為だ。シオン、君の選択は終わった…ならば次はメタトロンかアダムか、それらの選択を見届けようではないか』
「…戦う気はなかったんじゃないの?」
『無論、君にはまだ何もしない。しかし神を殺すには天上の炎が必要不可欠なのも事実。こうなっては仕方ない、君の内に眠っている者達の選択を見届けさせてもらう』
「…何をする気だ?」
『見ろ、君を救う為に彼等がやって来た』
ルシファーが指差した先で蒼い炎が激しく燃え上がると、そこには多くの悪魔と戦うレヒト達の姿が映し出された。
「これは…
『そう、彼等はすぐそこまでやって来ている。だが悲しきかな、彼等が此処まで辿り着く事は永遠に無い』
それはきっとマモンの案内が無ければこの部屋に辿り着けない事を言っているのだろう。しかし問題はそれよりも、接続が遮断された城内で何処からこれだけの数の悪魔が現れたかという事だ。見たところ魔力は無さそうだが、鎧に身を包んだ巨大な悪魔はそれだけでも強力で、レヒトと言えど接続の無い状態では明らかに苦戦を強いられていた。
『あれは蠅の騎士、ベルゼブブに仕える騎士団だ。魔力が無くともそのどれもが一騎当千の悪魔…さて、彼等はいつまで持つかな』
(まさか…ルシファーの狙いは…)
蒼い炎に映し出された映像を凝視しているとそこにはレヒトだけでなくセリア、そしてソフィアの戦う姿もあった。
「狙いはソフィアか…!」
『共に眺め、見届けようではないか。愛するイヴの死、それこそが君を解き放つ最後の鍵となるか否か…そして最後の選択を』
「ルシファー!!」
怒りに身を任せ飛び込むがルシファーは地面にその身を沈み込ませると姿を消してしまう。すぐさま周囲の気配を探るが魔力どころかその気配までも完全に消失していた。
「そんな…接続も無しにどうやって…」
『今やこの
まさか…僕達に認識出来ていないだけで、既にこの城内は床から壁に至るまで、その全てがヘルゲートに直結した別空間になっているとでも言うのか…?
『今の君が持つ月の魔力、それがあれば接続の無い私を倒すのも不可能ではないだろう。しかしそれは君の攻撃が私に届けば…の話だ』
「魔王が聞いて呆れるね…。自分は安全な地獄に引っ込むのか?」
『君をこちらに招待するのも一興だが、当然地獄にいれば私は接続されてしまう。そうなると接続の無い君では話にならない。…もし地獄から天上に接続が可能ならば…話は変わってくるがね』
地獄から天上へ直接攻め込めないのと同じで、天上からも地獄へは直接的な干渉は不可能である。
ルシファーは分かっていたんだ…自分が地獄にいる限り僕達が手を出せない事を。
『何度も言うが君と戦うつもりはない。私はただ君の選択を見届けたいだけだ」
どうやら本気で戦う気がないらしい。しかし僕の持つ天上の炎が必要ならそれも当然と言えよう。ならば今僕に出来る事と言えば…
「ぐっ…!」
一瞬で部屋の扉に飛び込み体当たりするが、そこは固く閉ざされておりビクともしない。すぐさま全力で蹴りを放つがまるで効果が無かった。
「これで…どうだ!」
双剣を抜き思い切り叩き付ける。すると甲高い金属音と共に双剣は真っ二つに折れ、折れた片方の刃先が頰を掠めた。
『無駄だ、君に見えているその扉は実在していない。行き先があって初めて扉は扉足り得る…先が存在しないのならその扉は存在しないのと同義だ』
部屋からの脱出が不可能という事はレヒト達の元へはどうやっても駆けつけられない。そして
こうなったら残る選択肢は一つだけ…ヘルゲートを閉じるしかない。
「…此処であんたを倒して、鍵ってやつを奪い取ってやる」
『面白い選択だ。しかしどうやって私を倒すのだね? 君には地獄へ立ち入る権利はない』
「…
『無駄だよ、ヘルゲートとヘヴンズゲートはどの次元にも属さない、言わば独立した不可侵領域…此処では接続式を紡ごうと天上には届かない』
もし僕の運命すら神に操られているのだとしたら、神は今も僕を見ているはず。
神は全知全能なる存在…ならば不可能なんて固定観念を捨て、全てを受け容れるんだ。不可能がある神など全知全能とは呼べない。
そして何より、神は悪魔を野放しにはしないだろう。必ず悪魔を討つ手段を用意している。もしそれが僕なら…この式は必ずセフィロトツリーを通過して天上に届くはずだ。
「…通過。|基礎(イェソド)より|栄光(ホド)、
『何だと…何故式が届く…? 神よ、貴様は地獄にまで干渉しようと言うのか…』
疑うな、信じるんだ。それは神なんかじゃない、僕自身の…命に変えてもソフィアを護るという揺るぎない想いをだ。
「|栄光(ホド)より|勝利(ネツァク)、|塔(ペー)の
『…良いだろう、シオン。まだ君に選択肢があるのなら最後までその選択を見届けさせてもらおう』
「|智恵(コクマー)より|王冠(ケテル)、|愚者(アレフ)…|小径(パス)通過。|王国(マルクト)より|王冠(ケテル)へ…セフィロト…接続完了」
これはメタトロンやエノク、アダムは関係ない僕自身の意思で紡ぐ接続式。
そんな僕の願い、式は天上へ届いた。あとは許可をもらうだけだ。
「|王冠(ケテル)より…天上の父へ求めるは我が炎の柱!」
次の瞬間、見慣れた炎の柱が現れると僕のを取り囲んだ。
炎を通じて神の意思が伝わってくる。目の前にいる敵を焼き払え、と。でも僕は神の意思で動く訳じゃない、自分の意思で護りたい者の為にこの力を行使するんだ。
「所詮は自己満足かもしれない…でも今はそれで十分だ」
神が応えてくれたのは利害が一致しただけかもしれない。それでも今は僕の願いを聞き入れてくれた事に素直に感謝しよう。
『まさか地獄の淵、ヘルゲートから接続するとはな…。良かろう、次は天上の存在が地獄にまで立ち入れるか否か…実に興味深いところでもある』
そう言うとルシファーは待っていると言わんばかりに含みのある笑みを浮かべ、音も無く床へ沈み込み完全に姿を消した。
「………」
未だ揺らめく蒼い炎に映されたレヒト達を見やる。今はまだ何とか蠅の騎士団と互角に渡り合っているけど、レヒトは接続が遮断され、ソフィアは月の光がなくては魔力を補えない。そうなるとこのままでは三人に勝ち目がないのは明白だ。
「あれ…そういえばエリスは…?」
目を凝らしてもエリスの姿は何処にも見当たらない。ただレヒトの事だ、何か考えがあって別行動させているのかもしれない。
「…最後にまたみんなとゆっくり話したかったな」
思えば僕達が異世界から戻ってきてすぐに大量の悪魔が出現したせいで、みんなでゆっくり話している暇がなかった。
短い間だったけど一生忘れられない仲間達。みんなと過ごした日々は掛け替えのないものだ。
そして胸に光るペンダント…これがある限り僕は何処にいたってソフィアと一緒だ。
「ごめん…ソフィア」
神が僕にルシファーを倒す力を与えたという事は、きっともう僕はアダムには成り得ない。神は僕を過去の僕と同じく、悪魔を退ける兵とするつもりだろう。
神にしてみれば僕が消えたところで、また時間を戻すなり新たな世界を創造してしまえば済む話に過ぎない。だからきっと、この先に進めば僕はもう僕でいられない…そんな気がする。
それでもみんなを、ソフィアを救えるのなら喜んでこの命を差し出そう。
「…ただ神様、先に言っておくよ。僕は新しい世界なんて望まない。どうか…この世界の歩みを止めないでくれ」
最強の殺し屋がいて、翼の生えた少女がいて、病んでるお姉さんがいて、愛するソフィアがいて、そんなソフィアを慕う愉快なヴァンパイア達がいて…一見すると歪んだ世界かとしれない。だけど僕はそんな今の世界が大好きだ。
「だから…僕が必ずルシファーを討つ。その為なら地獄の果てまでも堕ちよう」
真っ暗な天井を見上げながら神に誓いを立てると、突然体が石のように重くなる。そしてゆっくりと僕の体はルシファーと同じく床に沈み込み始めた。
「…ソフィア、どうか君は生きてくれ」
不思議なぐらいすっきりした気持ちでこの世界に別れを告げると、僕の体は完全に床の中へ飲み込まれた。そして視界が真っ暗な闇に閉ざされた直後、まるで吸い寄せられるような凄まじい重力を感じながら僕の肉体は落下を開始する。
そこは底の無い、深淵の闇。堕天した天使はきっとこうして地獄の奥底へ堕ちていったのだろう。
そんな事を考えていると突然何かの叫び声が頭の中でけたたましく響き渡る。同時に恐怖を覚える程の凍てつく冷気を感じると、身体が凍り付いたかのように指一本動かせなくなっていた。その直後、断片的ながらも膨大な負の記憶と感情が内を駆け巡ると僕は一瞬にして心を蝕まれ気が狂いそうになる。
(な…んだ…これ…!?)
無数の誰のものとも知れない記憶と感情に耐え切れなくなった僕は態勢を崩し、頭から真っ逆さまに堕ちていく。
しかし僕の心を蝕んでいた負の激情は不意に消え去ると、身体はすぐに自由を取り戻しいつの間にか落下は止まっていた。
「今のは一体…それに此処は…」
『それは罪人達の嘆きだ』
突然ルシファーの声が聞こえてくるが、辺りを見渡しても一面の闇しかない。しかし此処が地獄の底なのか、先程から感じていた凍て付くような冷気が漂っている。
『君が先程通過したのはヒトの罪が集う
「…じゃあ此処が終着点だね」
罪を犯した魂は永久凍土でもある
どうやら僕が先程感じた負の激情は
そして今僕が立っているのはルシファーの言う通り
『まずはよくぞ此処まで辿り着いたと賞賛しよう。神の遣いがジュデッカに至るのは初めての事だ』
「…そりゃどうも」
地獄はもっと灼熱の炎に包まれた場所かと思っていたけど、どうにもイメージとは異なっている。ただ炎に包まれている…という部分だけはある意味正解かもしれない。
薄っすらと辺りを照らす光が現れるが、それは凍て付いた炎だった。王室で見たものと同じ蒼い炎が氷の湖の上で揺らめきながら辺りを不気味に照らしている。
『最後に問おう。私を倒した後にシオン、君は何を選択する?』
「…神様にはこの世界の歩みを止めないようお願いしておいたよ」
『愚かな…君は悲劇を永遠に繰り返すつもりか?』
「それが悲劇かどうか決めるのはあんたじゃない。僕達、ヒトだ。そして神様にはもう手出しさせない。世界の未来、明日は残った人類が選択をして進んでいく」
『そうか…ならばこれ以上語る言葉は無い。君が勝てば世界は神の箱庭のままに、負ければ一人の女性の為に犠牲となる』
辺り一帯の蒼い炎が突然燃え盛り、湖の中心で一際激しく燃え上がる炎の中にはジュデッカの氷に腰まで浸かったルシファーの姿が浮かび上がる。
『
「全智の書に
『我こそ傲慢の罪を司り、神への憤怒により魔王サタンとなった堕天使、ルシファーなり』
凍て付く炎はまるで封印を解くかのように永久凍土を焦がし、次の瞬間ルシファーを中心にして蒼い炎が氷の湖の上を放射状に走ると、轟音と共に魔王がその全貌を現した。
『さぁシオン、神の意思ではないという君自身の選択を見せてくれ』
固定観念を捨てろ、己の命なんて顧みるな。この身を以って魔王を討つ…その為には
「来たれ…我が天上の炎」
天上から力を引き出すとそれは炎の柱となって天高く燃え上がる。見ればルシファーも同じようにその身から蒼い、
果て無い闇が広がる
「ルシファァァーッ!!」
『シオンッッ!!』
一瞬で紅蓮の双剣を形作り、両手にそれぞれ握ると僕は低い姿勢でルシファーの元へ飛び込む。しかしルシファーは上空に飛び上がると口から
「うぉぉぉっ!」
それを双剣で受け止めながら追い掛けるように飛び上がる。しかし翼の無い僕を嘲笑うかのように、ルシファーは大翼を羽ばたかせ一瞬にして距離を取った。
『さぁ来い、シオン』
「言われなくても…!」
何も考えずに、それが当然であるかのように宙を舞うルシファーの後を追うといつの間にか僕の背中からは三十六対もの紅蓮の翼が生えていた。
「メタトロンだろうが何になろうと…僕は絶対にあんたを倒す…!」
紅蓮の翼を羽ばたかせ一気に距離を詰めると、ルシファーもまた僕と同じように蒼い炎の剣を出現させ、闇の中で互いの剣が激しくぶつかり合う。
『どうした、神さえ殺す炎はこの程度か?』
「まだまだ…これからだ…!」
動きがどんどん加速し、レヒトとエリスのような異次元の戦いに僕は没頭していく。同時に天上の炎は底無しに勢いを増していき、肉体はあっという間に限界を超えて悲鳴を上げ始める。
恐らく僕の肉体は今天上の炎に飲まれかけている。いくらメタトロンの魂を宿すアダムだとしても、肉体そのものは現世に属しており限界があるのだ。つまり僕の肉体は何れ自身の炎に灼かれて灰になってしまうだろう。
加えてルシファーの炎は地獄の原罪そのものだ。攻撃を喰らえば魔神と化したレヒトの攻撃と同じく簡単には再生しない。だが当然ルシファーにとっても僕の攻撃は一撃必殺となる。詰まる所、この戦いは短期決戦…先に致命傷を受けた方が死ぬ。
「ぐっ…うぉぉっ!」
そう考えると戦神であり、魔神でもあるレヒトは攻撃面だけ見ればまさに最強かもしれない。相手が何であろうとその攻撃全てが致命傷と成り得るというのは最早反則と言えよう。
だとすれば此処で僕が死んでも、後の世界の事はレヒトに任せれば大丈夫。彼にはエリスという護るべき人もいるのだから。
「が…はっ…!」
それにセリアさんもいる。ネフィリムの血を継いでるとは言え、彼女は紛れも無い人間だ。魔力を持ちながらもヒトの立場にある彼女ならばヒトの未来を託せるだろう。
「まだ…まだまだっ…!」
そして僕の愛するソフィア。彼女はヴァンパイアの血を受け入れた上で、今ある世界をそのまま受け入れている。きっとそれはヒトとヴァンパイアが共存出来る事を示している気がしてならない。
ヴァンパイアだけではない、サリエルやアザゼルのように、悪魔もヴァンパイアもヒトも、みんなが等しく手を取り合って過ごせる世界…それが僕の望む未来だ。
「ぎぃっ…! が…あ…あぁ…!」
とうとう天上の炎に耐え切れず、眼球が燃え出すと視界一面が紅蓮に染まる。しかしそれでも肉体は動きを止めるどころか際限なく速度を上げていく。
(それで良い…好きなだけ僕を利用しろ…!)
例えこの身が燃え尽きても構わない。覚悟はとうに決めている。
『己の命を賭して神の傀儡に成り下がるとは何と愚かな…!』
「がっ…ち…違う…これが僕の…選択だ…!」
やがて天上の炎は
(あぁ…それでも構わないさ…)
この身が滅ぼうと天上の炎が消えない限り、魂だけになっても必ずルシファーを道連れにしてやる。
罪を犯した魂は
でもそれで良いんだ。ルシファーが地獄へ舞い戻り再び地上へ這い上がったとしても、そこには膨大な時間が掛かる。もし僕が望む世界を神が本当に実現してくれるなら、それまでに世界、ヒトはきっと悪魔に対抗し得る力を持っている。或いは悪魔による神への復讐そのものが意味を成さなくなっているかもしれない。
そんな世界の行く末を見れないのは残念だけど、それも仕方のない事だ。僕はこれまでに多くの罪を犯した。それも
そんな事は誰も、アンディさえ望んでいないのかもしれない。だけどこれは僕なりのケジメであり贖罪だ。アンディの受けた拷問がどれ程の苦しみだったのか、僕には想像すらつかない。だからこそ親友として、アンディと同じかそれ以上の苦しみを受けないと気が済まない。その時に僕はもう一度、アンディの親友なんだと胸を張って誇れる。そう考えると贖罪の機会が与えられた事は素直に喜ばしい事だった。
「話し相手ぐらいに…は…なってくれ…よ…」
『…全て理解した上で自ら
やがてルシファーは天上の炎に完全に包み込まれ、ついにその動きを止めた。そこへ僕はそのほとんどが灰となった全身に力を、想いを込めて紅蓮の双剣を振り上げる。
『…それこそヒトのあるべき姿なのかもしれないな』
そう言うルシファーの表情は禍々しいまま、しかし何処か笑っているように見えた。
ルシファーの額に紅蓮の双剣を思い切り突き刺すと天上の炎は爆発したように弾け、僕の肉体はルシファーと共に灰となって散り散りになる。
そして炎の消えたジュデッカに静寂が訪れ、再び深淵の闇が辺りを支配すると僕は心の中で一つ、大きな溜息を吐いた。
(これで…全部終わったのかな…)
ルシファーの気配は完全に消えている。辺りにも悪魔は見当たらないし、とりあえず僕は役目を果たせたようだ。後はヘルゲートを閉鎖しなければならないけど、それはレヒト達に任せるとしよう。
(流石にもう…疲れた…)
肉体を失い魂だけの存在となった僕はいつか味わった浮遊感を覚えていると、不意にゴードンと戦った時の事を思い出した。
所々記憶が途絶えているけど、ゴードンを倒した後…朦朧とした意識の中で誰かが僕の名前を呼んでいた気がする。あれは…あの声の主は誰だったのだろう?
「シオン!」
(あぁ…そうだ…あの時に聞こえた声は…)
ソフィア…彼女の声を最後にまた聞けるとは思わなかった。これは神様からのご褒美なのだろうか。ならばせめてソフィアの姿も最後に見せて欲しいものだ。
そんな事を思いながら自嘲気味に目を開くと、何と驚くべき事に禍々しい紅蓮の片翼を生やしたソフィアがこちらに向かって必死に手を伸ばしていた。
「そんな…何で…」
これは夢だろうか?
彼女の背に生えている翼も不可解だけど、何より僕が今いるのは地獄の底ジュデッカだ。こんな場所にソフィアが来れるはずがない。
そうは思っても、僕はある可能性に気が付いてしまう。
ソフィアは僕と共にアダム・カドモンと成り得るイヴだ。そしてサリエルの話だと彼女もまた天上に接続している。だとすればソフィアが僕と同じように接続し、神から地獄へ堕ちる許可を与えられても何ら不思議ではない。
「だとしたらソフィア…君は何て事を…」
僕はただ、今の世界でソフィアに生きて欲しいだけだったのに。まさか彼女までこちらへ来てしまうとは夢にも思わなかった。
しかし彼女の気持ちを無視して勝手に一人で死んだ上、こうしてソフィアが来てくれた事を喜んでしまっている僕にはそれを責める権利はないだろう。
だから僕は何も言わず、飛び込んで来たソフィアの腕の中で静かに抱かれた。
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