Episode71「万魔殿」

 レヒトの話によると彼が自分を取り戻したのは丁度ベルゼブブが僕達の前に姿を現した時だったそうだ。それから上空で僕達の戦いを俯瞰しつつ、エリスと死闘を演じながらベルゼブブが完全に油断する瞬間を虎視眈々と狙っていた。そしてベルゼブブに自分が未だ魔神のままだと思わせる為にエリスを殺したように見せかけ、ソフィアとセリアも気絶させるだけに留めていたとの事だった。

 レヒトによると普段のベルゼブブならその程度の事は簡単に看破しただろうけど、長年かけて成そうとした予言…それも最難関と思われる場面が成就したとあれば、浮かれるあまり見落としても不思議でないと睨んでいたそうだ。

 しかし二人がやられた瞬間の記憶は僕にはないけど、エリスがやられた時、彼女の羽根は確かに血に染まっていた。それを尋ねるとレヒトは呆れたように自分の腕をとんとんと突く。


「んなもん俺の血に決まってるだろ」


 あっさりとそう言い放つレヒトだが、彼が魔神だった時にエリスとの実力は拮抗していた。にも関わらず自我を取り戻した途端にそこまで考え、実行する余裕があるというのはどうにも不自然だ。しかしその疑問について尋ねるとレヒトはそっぽを向き、ぼそりと呟く。


「…対話しただけだよ」


「そ、それで…?」


「いやだから…対話してエリスの動きを鈍らせた」


「動きを鈍らせるって…一体何を話したの?」


「…別に何だって良いだろ。とにかくそのおかげで戦闘に余裕が生まれた。ついでにお前達がベルゼブブの注意を集めてくれたおかげで俺達の会話も聞かれずに済んだ」


「そっか…僕達の戦いも無駄じゃなかったんだね」


 あまりその点について突っ込まれたくないのか、レヒトはそっぽを向いたままそっとセリアを仰向けに寝かせ、少し離れたところで倒れたままのエリスの元へ歩み寄る。

 するとその時、僕の腕の中で眠っていたソフィアがゆっくりと目を覚ました。


「…シオン?」


「ソフィア、大丈夫?」


「え…えぇ…それよりベルゼブブは…」


「安心して、レヒトが倒してくれたよ。セリアさんもエリスも、みんな無事だ」


 それを聞いてソフィアは上半身を起こし辺りを見渡す。そして全員無事である事を確かめると力が抜け落ちたように再び僕の腕に寄り掛かった。


「…良かった。レヒトさんも…元に戻ったのね」


「あぁ、迷惑掛けたな」


 そう言いながらレヒトはエリスを抱きかかえて戻ってくる。その腕の中でエリスは意識を失ったままぐったりとしていたが、規則正しく上下する胸を見て僕達は顔を綻ばせた。


「さて、和やかなところ悪いが時間が無い。簡単に今の状況を教えてくれ」


 そうだ、ベルゼブブを退けたとは言え戦いはまだ終わっていない。

 サリエルから聞いたこと、そして彼女が今ツォアリスに現れたレヴィアタンの討伐に向かっている事を伝えるとレヒトは考える素振りを見せ、苦々しい表情で吐き出した。


「海に悪魔…そうなると世界中に悪魔は出現してると考えた方が良さそうだな」


 ヘルゲートはサリエルの話にあった通り最初こそセインガルド内で開かれたのだろうけど、そもそもアレは普通の門とは違って明確な形があるものではない。徐々にこの世界を地獄と同化させ侵食するものだ。つまりヘルゲートが完全に開かれたらこの世界そのものが地獄と接続される事になる。

 それだけは何としても阻止しなければならないけど、レヴィアタンの事からも分かるようにヘルゲートは既にセインガルド内だけでは収まらないぐらいに開かれている。

 世界中に出現し始めた悪魔を無視していいものか…かと言って僕達やヴァンパイアのみんな、そして世界中の人々が立ち上がったところで出現した悪魔に対抗し得るのか…?

 はっきり言ってそういう戦いであれば僕達が勝てる可能性はゼロに等しい。


「レヒト…世界中に出現した悪魔を倒すのは…」


「あぁ、不可能だ。だから俺達に今やれる事は一刻も早くヘルゲートを閉じてこれ以上悪魔を出現させない事だ。その為にもシオン、今すぐA地区にある万魔殿パンデモニウムとやらに乗り込め」


「え…僕一人で?」


 僕達が勝つ条件はただ一つ…ルシファーを倒してヘルゲートを閉じる事だ。その為にも今は一分一秒でも急がねばならない状況なのは分かるけど、だからと言って僕一人で行ってどうにかなるのだろうか?


「エリスは失神してるが目を覚ましても元に戻ってる保証はない。そんな爆弾野郎を連れて行くのは危険過ぎる…が、だからって放っておく訳にもいかない。まぁソフィアとセリアもまだダメージが相当残ってるようだし、はっきり言って今行ったところでお前の足手纏いにしかならん」


 足手纏いと言われたソフィアはきゅっと唇を噛み締めるが、何か思うところがあるのか何の反論もせずに黙って俯いていた。


「…シオン、すぐに後を追います。だから今は…お願いします」


 不安はある。僕一人でルシファーを倒せるとは思えない。でも…セリアが意識を失う直前に言ってくれた言葉が頭の中で反芻された。


「倒せるか分からないけど…とりあえず試してみるよ」


 僕は一人じゃない、こんなにも頼もしい仲間達がいる。そう思うと不思議と僕の表情は緩んでいた。


「幸いルシファーのところまで一本道だ、迷う事もないだろ」


 レヒトの言う通り僕が意識を失う前には無かった道というには荒々しい何かの痕がA地区へ伸びている。その先には見た事のない禍々しい城が見えるが、きっとあれが万魔殿パンデモニウムに違いない。


「これは…レヒトがやったの?」


「あー…まぁそんなとこだ」


 抉れた大地はまるで高温の炎で溶かされたように所々微かに炎が燻っている。何も覚えてないけどきっとこれは僕の仕業だ。僕に気を遣ってかレヒトはそれを隠している。

 しかし考えようによってはこれだけの力が僕の中に眠っているのなら、ルシファーを倒す事だって不可能ではないかもしれない。僕の力、天上の炎は神さえ焼き尽くす業火なのだから。


「…ありがとう、レヒト」


「いきなり何だよ気持ち悪いな。良いからさっさと行けよ」


「はは…それじゃいってきます」


 不安なはずなのに胸の中が何故か温かい気持ちで満たされていた。

 みんなを見やり、ソフィアと笑みを交わすと僕は前を向いて走り出す。


「いってらっしゃい…シオン」


 その声を背に一気に加速するとすぐき巨大な万魔殿パンデモニウムたもとまで到達した。

 この一本道は規模こそ桁外れだけど、炎の大剣によって作られたものに違いない。しかし万魔殿パンデモニウムたもとで道が綺麗に消えていると言うことは炎の大剣の攻撃を持ってしても傷一つ付けられなかったという事だ。そうなると恐らく外壁に穴を開けて中に侵入しようにも…


「…やっぱり駄目か」


 どういう仕掛けは分からないけど掌に炎を灯して外壁に触れると炎が一瞬で消えてしまった。結果でも張られているのだろうか、外壁から強力な魔力が伝わってくる。こんな真似が出来るのは神以外にはいないと思っていたけれど、相手は神の座を奪おうとしている魔王だ。何か僕の力を無力化するカラクリがあるに違いない。


「とりあえず入り口を探さないと…」


 そう簡単に城内へ侵入出来ると思っていなかったけど、巨大な城の外周をぐるりと回ってみると意外にも入り口らしき門はすぐに見付かった。


(これは…罠か…?)


 城門は禍々しい門構えをしており、明らかに普通でない様子に踏み込むのを躊躇してしまう。かと言って此処で手をこまねいていても仕方がない。


「…よし」


 意を決して一歩踏み出すと目には見えないベールを潜ったような感覚を覚える。しかし特に異変はなく、構わずそのまま巨大な扉に手を伸ばすと不気味な音を立てながらゆっくりと一人でに開かれた。

 それはまるで僕の来訪を歓迎しているかのようだ。

 警戒心を最大に高め双剣を構えながら慎重に開かれた扉を潜る。城内は薄暗く一瞬視界が閉ざされてしまうが、ヴァンパイア特有の目のおかげですぐに目が慣れる。するとそこには豪華絢爛な調度品が並べられた天井の見えないホールが広がっており、奥には上へと続く螺旋階段が何処までも伸びていた。


(辺りに敵の気配は…無い…?)


 ヘルゲートを解放している場所とだけあって中には悪魔が詰まっていると思っていたけどこれは予想外だ。足音を殺しながらホールの中央まで歩みを進めるが依然として敵の気配が感じられない。それどころか外壁と異なり城内には魔力が欠片も感じられなかった。


「まさか…」


 はっと気付き掌に炎を灯そうとするが何も起こらない。恐らく城門を潜る前に感じた感覚…あの外壁を包んでいた見えないベールの内側は接続が遮断されてしまうのだろう。そう考えれば外壁に触れた瞬間に炎が消えた事や城内に悪魔の姿がないのも頷ける。僕だけが無効化されているのなら絶体絶命な場面だけど、それこそ僕の接続だけを断つなんて真似は神以外には不可能だ。そうなると相手もこの万魔殿パンデモニウムの中にいる限り接続は遮断され、条件は同じという事になる。


「接続、魔力の無効化…王城を万魔殿パンデモニウムにしたのはそれが理由か」


 此処にいれば天上の炎でも手は届かず、ヘルゲートの解放を止めるにはルシファーの元へ辿り着く以外に方法は無い。それと同時に接続不可の空間という事は神の手先である天使も手が出せない絶対領域という訳だ。


「城内にいるとすれば接続を断たれた悪魔…か」


 この状況がピンチかチャンスかよく分からないけど、とにかくルシファーの元へ辿り着く以外に道はない。魔力を失ったルシファーや悪魔達の実力は未知数だけど、レヒトとセリアは魔力がなくても戦闘能力が高いしこの状況下でも十分戦えるだろう。

 それに無効化されているのは接続だけのようで、城内には微かな月明かりも差し込まないが体内にはまだ月の魔力が残っている。楽観は出来ないけどみんなが駆け付けるまで持ち堪えれば勝機は十分にあるはずだ。

 残された魔力が尽きたらきっとまた吸血衝動に襲われるだろうけど、今はそんな事を気にしていられない。

 辺りに何もないことを確認すると僕は螺旋階段を一歩ずつ上っていく。


(そういえば最後に吸血したのは…ソフィアとデートした日の夜か…)


 随分前の事のように感じるけど、こちらの世界ではつい先日の話だ。異世界にいたせいかどうも時間感覚がおかしくなっている。


「…色々あったな」


 ソフィアに出会ってからまだ半月程度しか経っていないけど、本当に色んな事があった。アンディと過ごしていた頃は自分がこんな御伽噺おとぎばかしのような出来事の中心人物になるなんて夢にも思わなかった。いや、今でもイマイチ実感はない。もしかしてこれは全部夢なんじゃないか、そんな考えも微かにある。でも仮に全てが夢だったとしても、ソフィアを愛している気持ちは決して嘘や幻なんかではない。


(だから僕は…シオンとして前に進める)


 手摺りのない長い螺旋階段を上がり続けるとやがて広い通路に出た。通路には赤いカーペットが敷かれているがその果てはヴァンパイアの目を持ってしても確認出来ない。

 ただ一つ、直感的に分かる事があった。


(…この先にいる)


 門を潜った時からおかしいと思っていたけど、ルシファーは本当に僕が来るのを待っているようだ。

 悪魔のシナリオに於いて僕は欠かせない存在だ。でもだからと言って今更こうもあっさり懐まで通すのには何か理由があるのだろうか?

 接続を遮断し天上の炎を封じ込めれば僕は脅威にならないとでも思ってる?


(…とにかく行くしかない)


 迷いを捨て、周囲を警戒しながら前へ進む。すると甲冑を着た兵士がズラリと通路の左右に居並んでいるのが見えてくるが、ただの調度品なのか微動だにせず当然魔力も感じられない。もしこれが魔力を持った悪魔だとしたら今の僕に勝ち目はないだろう。思わず息を飲み警戒心を高めながら更に前へ進むと不意に通路の中央で立ち尽くす男が目に入った。男は金の刺繍が入ったローブを羽織っており、微かに覗く頰は痩せこけている。

 その場で足を止め双剣を向けると男は不気味な笑みを浮かべながら両手を広げる。


「我が城へようこそシオン…。待っていたよ」


(まさかこいつが…ルシファー…?)


 一瞬そう考えたけど直感的に違う気がする。此処にいるという事は悪魔の一人なのは間違いないだろうけど、この男は一体…?

 双剣を構えたまま表情を険しくさせると男は少し慌てた様子で両手を左右に振って弁解を始めた。


「待て待て待て! 私は七つの大罪の一つ、強欲を司るマモンという悪魔だが…君と戦う気はない」


「七つの大罪なのに戦う気がないだと…?」


 所詮は悪魔の戯言…信じるだけ無駄だ。そう考え四肢に力を込めると一気に飛び込む。


「ヒエェェッ!?」


 しかし驚いた表情でマモンはその場で蹲ってしまい、予想外の反応に僕は思わず直前で動きを止めた。


「…本当に戦う気がないの?」


「い、言ってるだろう! 悪魔が全員好戦的だと思ったら大間違いだぞ!」


 ベソをかきながらそう訴える姿に戦意を削がれた僕は一先ず構えを解く。それを見てマモンは大きく溜め息を吐きながらゆっくりと立ち上がった。


「はぁ…私はただの案内人さ。我等が主に君を王室まで通すよう言付かっている」


「我等が主って…ルシファーが…?」


「私の役目はあくまでこの万魔殿パンデモニウムの建設とヘルゲートの解放だ。君と戦うなんて…おぉとんでもない…」


「…ヘルゲートの解放?」


 思わずこちらを見て身震いするマモンを凝視してしまう。でもマモンがヘルゲートを解放しているのなら…こいつを倒せばヘルゲートを止められるんじゃ…?

 一瞬で体内の魔力を掻き集め一撃で葬ろうと殺意を迸らせた瞬間、それに気付いたマモンはその場で尻餅を突き、勢い良く後ずさった。


「待て待て待て待て! 私を倒したところでヘルゲートの解放は止まらないぞ! ヘルゲートを閉じたいのならサタン様の持つ鍵が必要だ!」


「…どういう事だ?」


「へ、ヘルゲートの開閉にはその、か、鍵が必要なんだ。しかしそれはサタン様が持って…」


「それが嘘か本当か…確かめる術はないよね」


「ほ、本当だ! 私はヘルゲート解放の土台を作ったに過ぎない! …まぁその土台こそ私達が今いるこの芸術的な要塞、万魔殿パンデモニウムなのだがね」


 余程の自信作なのか、そう言うマモンは怯えていたかと思うと堪え切れず笑顔を浮かべた。


「じゃあ今あんたを殺しても…」


「な、何の意味もないぞ! 言っておくが私は神への復讐なんてどうでも良い!」


「…は?」


「私が欲しいのは富…つまり金だよ金!分かるだろう、大国の王室だぞ…? その財産は途方もない! だから私は現状に満足しているんだな、うむ。万魔殿パンデモニウムも完成した事だし、これ以上は何も望まぬよ。あぁいや…すまない、正直な気持ちとして富はもっと欲しい…ウフフフ…。あ…でも決して君と敵対する気はないぞ! これは本当だ! 確かに私は悪魔だがどうか信じてくれ!」


(な、何だ…この悪魔は…?)


 今まで見てきた悪魔はどれも個性的だったけど、マモンはそれらとはまったく別の意味で個性的だ。謎のテンションで捲し立てられ思わず言葉に詰まるが、一度マモンの話を頭の中で整理する。


「…えーと、とりあえずあんたは僕を案内するだけで、何の危害も加える気はないんだね?」


「その通り! いやぁ、分かってくれたようで何より! それでは早速我等が主の元へ案内しよう」


 そう言って再び不気味な笑い声を上げながらマモンはいそいそと前を歩く。何処まで信用していいか分からないけど敵意がないというのは本当のようだし、倒そうと思えばいつでも倒せそうだ。

 警戒心は緩めずマモンの後を追うと僕は気になっていた事を聞いてみる事にした。


「…この城はあんたが作ったんだよね?」


「ウフフ…その通り、どうだい見事だろう?」


「…一つ聞きたいんだけど、この城には結界か何かが張られている?」


「良い質問だ。君が言っているのは恐らく次元の繋ぎ目…次元の狭間と似て非なるものだ。この万魔殿パンデモニウムは地上にあって最も地獄に近い場所であり、ヘルゲートそのものと言っても良い」


「…それで何で接続が遮断されてるの?」


「そう作られているからさ。我等が主、サタン様はこの万魔殿パンデモニウムを新たな一つの世界とした。要はこの城内は神の手からも離れた世界となっている」


「馬鹿な…そんな事が出来るはず…」


「ウフフフ…詳しくはこの先で待つ本人に聞いてくれ。その辺の仕組みは私にも分からないんだ」


 そう言って不意に立ち止まるマモンの前にはいつの間にか模様の刻まれた黒鉄の扉が立ちはだかっていた。


「いつの間に…。この先にルシファーが…?」


「その通り。今言った通りこの城内は別次元…君達の世界では魔界とでも言うのかな。そう作られているから此処に辿り着くには私の案内が必要不可欠だった」


 成る程、僕が次元の狭間から元の世界へ戻るのに鍵が必要だったのと同じように、この城内もまたマモンのような案内人がいなければ目的地には容易に辿り着けないのだろう。

 だとすればこの後にレヒト達が城内に浸入しても此処まで辿り着ける保証はなく、僕は一人援軍も無くルシファーと戦わなければならないという事だ。

 流石にそれは自殺行為としか思えないが今更逃げる訳にもいかない。ただ何か手は無いかと考えると、相変わらず不気味な笑みを浮かべているマモンを見て不意に妙な期待が胸を過ぎった。


「…あんたはルシファーに命令されて僕を案内したんだよね?」


「うむ、その通りだ」


「…この後、レヒト達が万魔殿パンデモニウムに到着したら僕と同じように此処へ案内してくれないかな?」


 とんでもない事を言ってるのは百も承知だ。普通に考えてマモンが僕の頼みを聞いてくれるなんて有り得ない。それでも何故だろう、マモンにはアザゼル達と同じく、何処か人間味のようなものが感じられる。

 サリエルやアザゼル、ベリアルとは対話出来た。ただマモンは彼等と違ってルシファーの計画に興味が無く、興味があるのは金と万魔殿パンデモニウムだけと公言している。それらを踏まえると僕はそこに賭けてみる価値があると考えた。


「ウフフフ…何故私が君の頼みを聞かないといけないのだね?」


 当然の反応だ。しかしこの様子だと交渉の余地はある気がする。


「自慢の城みたいだけどレヒトは空間を破壊出来る…。いつまで経っても王室に辿り着けないようなら彼の性格上…」


「ま…まさか城内で空間の破壊を…?」


「…やるかもね」


 実際そうするかは定かではないけど、レヒトが空間を破壊出来るのは事実だ。そしてマモンの言葉が本当なら、もし本当にこの空間を破壊した場合、地上世界と隔離された城内だけが次元の狭間に飲み込まれ同化してしまう。そうなれば僕達も当然だが、マモンの自信作である万魔殿パンデモニウムも消滅は免れない。

 脅すような形になってしまったが効果は覿面てきめんのようで、マモンはこの世の終わりのような顔をしながら僕の手を取った。


「わ、分かった! レヒト…要はマルスだな? その一行が城内に現れたらお前と同じく此処まで案内する…そ、それで良いんだな?」


「う、うん…頼めるかな?」


「空間の破壊などさせてたまるか…! し、しかし彼は確か好戦的な戦神…私を見た瞬間に襲ってきたりは…」


「それはその…先に説明すれば大丈夫だと思う…。僕の名前を出しても良い」


「シオンに頼まれた…と…? し、しかし信じてくれるのか…私は悪魔だぞ…?」


 何だか面倒臭い悪魔だ。と思いつつ、この心配性なところは何処か僕と似ている気がした。…成る程、レヒトとセリアが僕に呆れている時の気持ちが少し分かった気がする。


「…大丈夫だよ、レヒトはこちらが戦意を見せない限り無意味に襲ったりする事はないよ」


 多分…という余計な言葉は飲み込んでおく。するとようやく安心したのかマモンは不気味な笑みを浮かべて踵を返した。


「ウフフフ…なら急いで迎えに行くとしよう。頼むからあまり城内では暴れないでくれよ…? まぁ接続が遮断されているから大丈夫だとは思うが…」


「…それはルシファー次第だよ。レヒト達のこと、頼んだよマモン」


「ウフ…ウフフフ…」


 マモンの後姿が闇に飲み込まれるとやがて怪しい笑い声も聞こえなくなる。そして物音一つ無い静寂の中、僕は改めて黒鉄の扉の前に立つ。


(とうとう…ルシファーと対面か)


 恐怖はある。でもそれ以上に僕の胸には不思議な高揚感があった。理由は分からないけど、此処に来て僕は何故だかルシファーとの対面を楽しみに感じている。


「…ふぅ」


 何を馬鹿な…そう思いつつ考えを切り替え、一度深呼吸すると冷たく重い黒鉄の扉に手を掛けゆっくり押し拡げる。するとそこにはヴァンパイアの目を持ってしても視認不可能の漆黒の闇が広がっていた。


「………」


 入り口で立ち止まっていると不意に足元を蒼く小さな炎が照らし出す。そしてそれは次々に現れると真っ直ぐ灯り王座まで伸びて行く。そして蒼い炎に導かれた先の王座には白髪の男性が俯いたまま座していた。


「…あんたがルシファーだな」


 僕の問い掛けに男は微動だにせず、肩まである長い白髪を微かに揺らすとゆっくり面を上げる。すると暗闇の中にあって一際輝く金色の双眸が虚ろに僕を捉えた。

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