第14章 月の秘密 ―Sophia Side―
Episode59「預言」
シオンと別れたソフィアはエリヤを伴いセインガルドの北D地区、ツォアリスから最も離れた入り口へ向かっていた。様々な不安が胸を過るがそれを飲み下し自分を鼓舞する。
今までソフィアは全てから逃げ続けていた。ゴードンから、教団
それに関しては素直に神へ感謝しており、この戦いが神の意図するものだとしても二人の愛を試されているのだと思えば不思議とやる気も出てくる。我ながら現金だ…そう思うとつい笑いが溢れた。
千年近く終わりの見えない絶望に苛まれ、恐怖と罪悪感から何時しか心は死に、男達の欲望の捌け口にされ続けていた日々は今振り返ったところで何も思う事はない。それが当然であると言わんばかりに享受してきたのだから。
しかし最愛のシオンにはボロ雑巾のように犯されている惨めな場面を過去に見られており、気掛かりがあるとすれば唯一それぐらいだ。しかしそれでもシオンは彼女を軽蔑する事も、ゴミ屑のように扱うこともなかった。寧ろヴァンパイアである事を知っても彼はそれをあっさりと受け入れ、その上で生涯をかけてソフィアを守るとまで宣言したのだ。
無数の男に穢され続け、ヒトでないソフィアを恐れる事も、蔑む事もなく、普通の人間と同じように扱い、その上で心から愛するシオン。そんなシオンはソフィアにとって唯一と言っていい心の拠り所となっていた。故に彼女はシオンとの未来を守る為に戦う。
「…パーティーの始まりね」
北D地区のゲート前に到着するとソフィアは月の魔力を急激に高め戦闘態勢へと移行する。血色に染まった瞳で頑丈なゲートを見詰め、一度深呼吸をすると指先に魔力を集中させる。そして収束された魔力は指先に鋭く尖った爪を形成し、ソフィアが扉を切り裂くように腕を振り抜くとその一撃によって扉は疎か壁までも鋭利な刃物で刻んだように、鋭い断面を見せながら音を立てて崩れ落ちた。
「わー、すごーいー」
それを背後で見ていたエリヤはどうでも良さそうにそっぽを向きながら感想を述べる。シオンと行動出来なかったのが余程気になるらしい、完全に拗ねている様子だ。
「ありがとう、エリヤちゃん。さぁどんどん行くわよ」
その言葉に微笑み返すソフィアだが、エリヤに対して一つだけ気掛かりな点がある。それはエリヤの狙い。
彼女が神の預言に従いシオンを導いたのは理解出来るし納得もいく。しかし今も行動を共にする理由についてはハッキリとしていなかった。
敵対する様子はなく、シオンに付き従うのが当然のような態度からレヒトもエリヤが味方だと思っているようだ。それでもソフィアの直感は何故か警笛を鳴らし続けている。
突然愛するシオンの妹を名乗り、やたらくっつこうとする少女の存在に嫉妬しているのかもしれない。それが疑念を生んでいる可能性は否定出来ない。もしそうだとしたら千年生きても自分は普通の、何処にでもいる人間と同じ感情を持ち合わせているのだと安堵しよう。だがソフィアの胸中にはどうしても拭い去れない一抹の不安がしこりのように残っていた。
そう考えるとレヒトの計らいでエリヤと行動を共にする事になったが、その正体を突き止めるには好都合な状況と言えよう。
心の何処かでエリヤの行動を警戒しつつもそれを決して表出させる事なく通路を進む。そしてゲートの出口を前にすると入り口と同じように魔力の鉤爪で切り裂いた。しかし開かれた扉の先には地獄絵図のような、未だかつて目にした事のない現実離れした悲惨な光景が広がっていた。
「そんな…嘘…」
北D地区は貧民街ではあるが西D地区や東D地区、ソドムとゴモラのような荒くれ者がのさばる無法地帯ではない。つまり北と南のD地区は何処の国にもあるような貧民街であり、住民は比較的まともな人間ばかりだ。そんな普通の人間が住む街が悪魔に襲われたらどうなるか…ソフィアの目の前に広がる光景がその答えだった。
建築物のほとんどは崩落し、道には瓦礫が散乱している。至る所から火の手が上がり、誰の者か分からない悲痛な叫び声が幾重にも重なって街中に響き渡っていた。
「エリヤちゃん…行きましょう」
逸る気持ちを抑えつつソフィアは慎重に一歩を踏み出す。悪魔との交戦を前に緊張から手に汗が滲み出るが、その背後でエリヤは怪しい笑みを浮かべながら呟いた。
「もうすぐ最後の審判…二度目なのに最後の審判」
その呟きにソフィアは気付かず、叫び声が聞こえる方角へ向かって進んでいく。何を考えているのか分からない様子のエリヤはすぐに無表情に戻り、それ以上何かを発する事無く黙ってソフィアの後を追い掛けた。
しばらく進んでいると叫び声が途中で途絶え、別の方角から聞こえてくるいくつもの叫び声も断末魔を残して次々と止んでいく。このままでは全員殺されてしまう、そう考え足を早めようとした瞬間、それはとうとう姿を現した。
「…こんばんは、悪魔さん」
突然地表が歪んだかと思うとそれは黒い底無しの沼となり、そこから這い出るように巨大な手が地面に掛けられる。そうしてズルズルと体を引き摺りながら現れた悪魔はまだ上半身だけだが、ソフィアの予想を超える巨軀をしていた。
こんなのが完全に出現し暴れたら被害は計り知れない。倒すなら今のうちだ。
「早速ですけど地獄に帰ってください…ねっ!」
ソフィアは一直線に飛び込むと自分の体よりも太い腕を思い切り斬り裂く。腕を切断された悪魔は再び黒い沼に巨軀を沈み込ませるが、新たな腕を出現させると何とか踏み止まる。ならばもう片方も斬り落とすまで…そう考え爪を振るおうとした瞬間、更に新たな腕が出現しソフィアを叩き潰そうと振り下ろされた。寸前でそれに気付いたソフィアは向きを変えて反対に飛ぶが、悪魔の腕は無数にあるのか更にその背後から現れた新たな腕に叩き付けられ勢い良く吹き飛ばされてしまう。
ソフィアは宙で態勢を整えると土埃を上げながら後ずさるように着地し、再び悪魔目掛けて飛び込む。しかし見れば上半身を完全に現した悪魔の背中からは何本もの腕が生えており、それらが一斉に襲い掛かってきた。ソフィアは襲い来る腕の間を擦り抜けながら冷静に一本一本正確に斬り落としながら前進するが、その時微かにエリヤの声が届いた。
「失せよ、
それまで戦闘をただ眺めていたエリヤがふと杖を翳すとつまらなそうに吐き捨てる。その直後暗い天蓋に一筋の光が差し込み、幾何学模様が宙に浮かび上がると光が収束した瞬間、室内で放っていたものとは比較にならない程の巨大な光線が放たれた。上空から打ち下ろされた光線は悪魔を丸ごと貫くと爆煙を上げ、ソフィアは一瞬目を眩ませる。
視界が晴れると地面には巨大な穴が穿たれ、そこには初めから何も無かったように悪魔は消滅していた。
「今のは…エリヤちゃんが…?」
「私は元天使、だから悪魔は滅する」
相変わらず彼女の考えは読めないが、実際に悪魔を倒した事からもう少し信用しても良いように思えた。
「…えぇ、行きましょう。出来る限り多くの住民を助けなくちゃ」
それからソフィアとエリヤは次々と悪魔を倒しては生き残った人々に避難勧告していく。途中で血の盟友の仲間が戦っている場面に遭遇すると協力して悪魔を倒し、激励の言葉を送って次のゲートを目指してどんどんと進軍していった。そうしてかなりの数の悪魔を倒しようやくC地区へのゲートへ辿り着くと今度はエリヤがゲートに大きな穴を開け、二人は立ち止まる事無くC地区へと侵入を果たす。
久しぶりに訪れた北C地区は当然かつて見たような賑わいなど無く、D地区と変わらない程に荒れ果てていた。そこでソフィアはずっと気になっていた場所目掛けて真っ直ぐに走り出すが、ゲートまでの最短ルートを外れた事からエリヤが疑問の声を上げた。
「…何か用?」
「ごめんなさい…どうしても立ち寄りたい場所があるの」
孤児院をセインガルドの兵士に託した。しかしきっと大丈夫と自分に言い聞かせても、孤児院を後にしてから今までどうしても不安が拭い去れなかった。更にこの状況だ、彼女の性格を考えれば居ても立っても居られないのは当然だろう。本当ならシオンと
ただ人間は決して捨てたものではない。今まで人間の暗部ばかりを見てきたソフィアだが、その本質を忘れる事は決して無かった。
人間は弱い。しかし弱い故に群れを形成し、そこには助け合いの精神が生まれる。ソドムの住民は少々特殊ではあるが、蛇の首のように徒党を組む者達がいる点から彼等とてそれは例外ではない。結局は何を仲間とするかという違いだけで、他者を守ろうとする人間の本質は変わらないのだ。そしてソフィアはそんな人間の本質を信じてセインガルドの兵士に子供達を託していた。
ただ決して兵士達を疑っている訳ではないが、現在セインガルドを襲っているのは人間では対処不能の脅威だ。孤児院を出る際にソフィアはもしヴァンパイアが子供達に牙を向けた場合、どんな手段を講じても守り切ると心に誓っていた。それは敵がヴァンパイアでなくても変わらない。
(相手が何であろうと関係ない…。子供達に手を出すのなら、それが人間では歯が立たないのなら…私が必ず…守ってみせる)
敵がヴァンパイアから悪魔に変わるとは思いもしていなかったがその想い、誓いは揺るぐ事なく、今も一点の曇りはなかった。
道中で見掛けた悪魔を一瞬で葬りながら孤児院を目指して走り続け、森を抜けると孤児院のある教会は街の喧騒から切り離されたように変わらず静謐を保っていた。
「此処は…」
「そういえばエリヤちゃんはかつてサンダルフォンだったのよね。此処はあなたを祀っている教会よ」
流石に自分を祀っている教会を前にして思うところがあるのか、エリヤは目を細めて穴の空いた聖堂をじっと見詰める。
「お前達…何者だ?」
ふと物陰から声がして振り向くとそこにはセインガルドの兵士がソフィアに向けて剣を構えていた。
「あ、私達は…」
どう説明しようかと頭を回転させていると兵士の背後からアンナが顔を出し、ソフィアと目が合った瞬間満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。
「お姉ちゃんだぁー!」
兵士は背後のアンナに気付いていなかったようで、突然駆け出しソフィアの元へ飛び込む姿を見て慌てた様子で後を追う。しかし優しい笑みを浮かべながらアンナを迎え入れるソフィアを確かめると敵でないと分かり剣を収めた。
「…もしかして此処の関係者か?」
「えぇ…そんなところです。あなたはこの孤児院を守ってくれていたんですか?」
「あぁ、俺は屈強精鋭と呼ばれるアントニー隊の部隊長アントニーだ」
「ふふ、私はソフィアです」
「まさかこの俺が子供達の世話なんて任務に就くとはな」
やれやれと肩を竦めるアントニーだが、その表情には充実感が見て取れまんざらでもない様子だ。
「トニーおじさんはやさしくて強くてみんな大好きなんだよー!」
言われて鼻下を伸ばすアントニーはすっかり孤児院に馴染んでいるようで、その微笑ましい光景にソフィアは目を細めた。しかしアンナの視線が外れた途端、穏やかな空気を寸断するようにアントニーは険しい表情をソフィアへ向ける。
「…知っているとは思うが今街の中には化け物が溢れ返っている」
「そうですね…まだ此処には現れていないようですけど…」
「此処もいつまで持つか分からん。丁度可能な限りの兵を集めて避難を開始するところだ。こうして合流出来たのも神の思し召しだろう、お前達も一緒に逃げるぞ」
「わーい! お姉ちゃんもいっしょー!」
無垢な笑顔を向けるアンナを見てソフィアは一瞬胸を痛めたが、無事を確認出来た事に心から安堵の息を漏らした。
「ごめんねアンナちゃん、お姉ちゃんは一緒に行けないの」
「おい、何を言ってるんだ。早くしないと…」
「北D地区から外に出て下さい。今なら真っ直ぐ抜ければ敵はほとんどいないはずです。その後は東のシャディールへ向かえば避難民の受け入れ体制が整っています」
「お前…一体…?」
毅然と言い放つソフィアに違和感を覚えたアントニーだが、真っ直ぐな紅の瞳を見てそれ以上は何も言えなくなった。
「そうか…分かった。さぁ行くぞアンナ」
「やだー! お姉ちゃんもいっしょに行くのー!」
しかしアンナはソフィアの足にしがみ付いたまま離れる様子がなく、これには流石のソフィアもどうしようもなかった。
「アントニーさん…」
「あぁ。詳しくは分からんし知りたくもないが…後は頼んだぞソフィアとやら」
何かを察したアントニーはアンナを抱き上げると無理矢理ソフィアから引き剥がす。抱え上げられたアンナは泣きじゃくりながら何度もアントニーを殴り付けるが、アントニーは決して振り返る事無く仲間達が待つ場所へ走り去っていった。
「用事は終わり?」
「えぇ、ごめんなさい。もう大丈夫よ」
「そう。人間って不思議」
「そうかもしれないわね。でも私は人間のそういうところが素敵だと思うわ」
だから自分は決して他人への思い遣りを忘れないようにしよう、ソフィアは改めてそう思う。肉体がヴァンパイアとなろうとも心はヒトのままでありたい、それならきっと自分はまだ人間と呼べるはずだ。そんな願いにも似た言い訳が今の彼女を支えていた。
ソフィアは戦わなければならない、そう感じていた。罪を贖う事も出来ずに逃げ続けてきた代償として、そして愛する者との幸せな未来を守り、掴む為に。
聖堂の中には先程から薄っすらと不穏な気配が漂っていた。動き出す様子がない事から静観していたがこのまま見過ごす事は出来ないし、その正体ははっきりとは分からないが避けては通れない道だろう。そんな確信を胸に覚悟を決めるとソフィアはエリヤを伴って聖堂に足を踏み入れる。
シオンが戦ってから手が加えられていない聖堂内は人間の仕業とは思えない程に荒れ果てていた。しかしそんな聖堂の奥…サンダルフォンが描かれたステンドグラスの前に一人の男が立ち尽くしている。礼拝に訪れたにしては男の態度は不遜であり、寧ろそれは神さえ恐れぬ悪魔の立ち振る舞いと言えよう。
「月の秘密を識るヒト…そしてサンダルフォンか」
そう呟き振り返った中年の男の顎には胸元まで伸びる長い髭が生え、その表情に生気はない。ただその発言と、滲み出る人間にはない瘴気からソフィアは男の正体にすぐ気が付いた。
「あなた…悪魔ね、それも高位の…。レヒトさんの言っていたアザゼル達と同等の力を持つ、上級悪魔…」
セインガルドに入ってから撃破してきた悪魔とは明らかに異なる魔力、そして男の放つそれはかつて対峙したアザゼルから感じた瘴気に酷似していた。
男の動向に警戒しつつソフィアは戦闘に備え魔力を高めていく。するとその横でエリヤは相変わらず気の抜けた表情で淡々とその名を呟いた。
「ベルフェゴール、七つの大罪の一人にして怠惰の罪を司る悪魔」
七つの大罪とはヒトが生まれながらにして持つ原罪とは異なり、天上より堕ちたヒトをヒトたらしめる根源だ。大罪でありながらそれはヒトを構成するのに必要不可欠なものであり、七つの大罪がある故にヒトはヒトの道徳観念が共有出来る。その観点からすれば怠惰の罪を含めた七つの大罪を司る悪魔を一方的に悪と呼ぶ事は出来ないのかもしれない。
しかしベルフェゴールの名を知るソフィアは改めて目の前の悪魔への警戒を強め、魔力を最大まで高め終わると臨戦態勢のままじっと出方を伺う。
「穢らわしい。女とは何と穢らわしき存在か。神は何故そんなものを産み落としたか。不完全なるヒトを片翼の天使に見立てたか。なれば其れは愚行」
溜息を吐き饒舌に捲したてるベルフェゴールだが、その発言に思わずソフィアは反論した。
「あら、女性差別かしら?」
「結婚とはヒトの人生の墓場。そこに幸福など存在しない。何と穢らわしく、何と醜い事か」
「可哀想な人、貴方は愛を知らないのね」
軽い言葉遊びに過ぎなかったが、ソフィアの発言に今度はベルフェゴールが眉を寄せた。
「愛…弱きヒトが群れる為に使う幻想に何の価値があろうか」
「その価値は貴方達が測れるものじゃないわ」
「面白いヒトよ。月の秘密を識る故か、長年の月日が変えたか。何れにせよ我に意見とは何と面白い事か」
悪魔を前にしても臆さず、ベルフェゴールの価値観に真っ向から対峙する人間は初めてだった。面白いという言葉に嘘はないようで、ベルフェゴールは口元を微かに釣り上がると生気のなかった瞳に昏く、邪悪な光が灯る。
「ならば見せてもらおう。ヒトの思い描く愛という名の幻想、それが
そう言うとベルフェゴールは黒い
『我が名はベルフェゴール、ヒトの可能性を示してみせよ』
低く、地鳴りのような呟きの直後、ベルフェゴールの口から薄黒い吐息が吐き出されたかと思うとそれは留まる事無く聖堂内を満たしていく。
「これは…?」
無臭のそれは霧のように視界を覆うが、他に変化は見られずソフィアは戸惑う。しかしその横でエリヤは怪しい笑みを浮かべていた。
「ふふ…怠惰を司るベルフェゴール…でもヒトはアレを好色の悪魔とも呼ぶ」
「エリヤちゃん…?」
突然豹変したように不穏な笑みを浮かべるエリヤに驚いた瞬間、それは不意に襲い掛かってきた。
「んっ…!?」
ソフィアは思わず嬌声を漏らしてしまう。突然の出来事に頭が混乱するが、どういう訳かこの状況でソフィアは発情していた。しかしそれが発情と理解出来ないソフィアはただ自分の身に起きた異常に戸惑うしかない。
「これ…は…んぅっ…!」
ほんの少し服が擦れるだけで感じた事のない強烈な快感が走り全身を麻痺させた。これでは戦うどころか、その場から微動だにする事さえ叶わない。
しかしそんなソフィアの異常に気付いていながらエリヤは助け舟を出す事なく、寧ろその様子を心から楽しそうに眺めていた。その笑顔は今まで見た事がない、悪魔と同じものだった。
「ベルフェゴールは人間の女性の心に性的で不道徳な心を芽生えさせる力を持つ。つまり女を淫乱な雌豚にする力。わぁ、下劣」
『サンダルフォンよ、助けなくて良いのか?』
「助ける? 私の役目は悪魔を滅する事。でも一番重要な役目はお兄様の選択を邪魔する障害の排除」
とうとうその場に立っていられなくなったソフィアは崩れ落ちるが、その衝撃だけで絶頂を迎え意識が飛びそうになっていた。
「何…を…言ってるの…っ…」
『成る程、汝は預言者だったか。なれば今は我よりその女を排除するが先決か』
ベルフェゴールのその言葉を否定する事なく、エリヤは怪しい笑みを浮かべたまま蹲り何度も絶頂するソフィアをまるでゴミ屑を見るかのような蔑んだ目で見下ろしていた。
(まさかエリヤちゃんの目的は…邪魔な私を…?)
疑いは持っていたものの、その可能性についてはまるで考えていなかった。かつてサンダルフォンだった彼女ならヴァンパイアを殺す事など造作も無いはずだ。にも関わらずこれまで手を出さずに静観していた理由が皆目見当が付かない。ただソフィアを見下ろす冷たい目は完全な裏切りを告げていた。
「何者であろうとお兄様の邪魔はさせない。だからベルフェゴール、彼女を殺して」
笑顔のまま、しかし無感情な声色は変わらず淡々と告げられソフィアは背筋に寒気を覚える。しかし何とか己を奮い立たたせ立ち向かおうとするも、ソフィアの体からは魔力が抜け落ちており、強烈な快感に支配され自由を奪われた身体では立ち上がる事さえ叶わなかった。
「くっ…ああぁぁっ…!」
辛うじて腕を突き立て腰を上げるが、たったそれだけの行動で何度も絶頂を迎え、視界がフラッシュバックしたように真っ白に霞む。性器は壊れたように愛液を分泌させ、見れば足元に大きな染みを作っていた。
『何と醜く穢らわしい事か。やはりいくら口で美しき愛を語ろうと快楽に溺れ流される…それが女というものか』
その言葉に反論しようにも快楽に支配され身動きが取れないのは事実だ。堪らず歯を食い縛り奮い起こそうとするが、それらも全て快感に変換され、足掻けば足掻く程快楽の泥沼へと沈み込んでいく。
ソフィアは悔しさに涙を流し、己の愛液で出来た染みを惨めな思いで見下ろすが、その時ふと胸元からペンダントが零れ落ちた。それはシオンのサンストーンと対を成すムーンストーンのペンダント。それを見た瞬間、快感に支配されていたソフィアの脳裏にはっきりとシオンの姿が浮かび上がった。
そうだ、シオン以外の者に快楽を与えられるなんてあってはならない。性器が疼くならそんなものは捨ててしまえばいい、それでも彼は変わらず愛してくれる。
「シ…オン…!」
決意を固めるとソフィアは自分の腹部に指先を突き立て、半ばやけくそ気味に魔力をぶつけた。
「え…自殺?」
突然の奇行に流石のエリヤもその意図が掴めずに目を丸くさせた。
微かに残る理性を振り絞り、辛うじて魔力を集中させて形成した鉤爪は腹部を子宮諸共貫いていた。その激痛で一瞬自我を取り戻したソフィアはそのまま迷わず鉤爪を股間目掛けて振り抜き、自身の性器毎肉体を千切り落とす。
「うああぁぁぁっ!!!」
下腹部から性器にかけて、まるで股を裂いたようにソフィアの下半身は抉り取られ愛液の上から夥しい血が滝のように落ちる。
今度は余りの激痛に意識が遠退くが、それまで肉体と脳を支配していた快感が薄れるとソフィアはふらつきながらその場に立ち上がった。
「女を…舐めないで下さいね…」
へそから股間にかけて肉体を失った事でバランス感覚が狂い上手く立っていられない。それでも魔力を集中させる事で痛みはすぐに退き、まだ微かな快感は残るものの何とか戦闘態勢が整った。
「わー、気持ち悪い」
『何と面白い女か。今一度問うがサンダルフォンよ、本当に良いのだな?』
「うん、助けるならベルフェゴール」
エリヤはそう言うと澄ました表情でソフィアの横を抜けてベルフェゴールの背後まで歩き、ステンドグラスを背にして杖を翳した。
「ソフィア、哀れなるヒトよ。此の箱庭であなたの役目はもう終わった。だからもう眠って」
嫌な予感がしたソフィアは直感的に大きく飛び退き聖堂の壁を突き破って外へ身を投げる。するとその直後、先程悪魔を貫いたエリヤの光線が聖堂の屋根に落ち、ソフィアのいた場所に大きな穴が穿たれた。それを見てソフィアは確信と同時に決意を固める。
「そう…あなたは敵なのね」
彼女が先程言っていた選択の意味は分からないが、きっとシオンはそんなものを望んでいない。不確かではあるがそう思えた。そして今の攻撃は間違いなく自分を殺すつもりだった。ならば取るべき行動は一つ。
「…あなた達をシオンの元へは行かせない」
月の魔力により性器を含む肉体を再生し終えるが、聖堂内に満ちていた霧から逃れたお陰かもう身体が疼く事は無かった。それを確かめるとソフィアは魔力を全開放して巨大な鉤爪で聖堂を切り裂く。遮蔽物のなくなった聖堂の中では怪しく嗤うベルフェゴールとつまらなそうな表情のエリヤが平然と立っていた。
「…ヴァンパイアの本当の力、見せてあげるわ」
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