Episode45「ネフィリム」
掻い摘んで一通り現在に至るまでの流れを伝えるが、話を聞き終えたマルスは当然ながらまるで信じていない様子だった。
「お前は本物の悪魔と戦おうとしているヴァンパイア? はっ、馬鹿馬鹿しい」
「…でも現に僕はこの世界の理を超越した力を持っている」
「それこそ異世界から来たならお前もこの世界に蔓延る悪魔の仲間じゃないのか?」
「その疑いは最もかもしれない。でもこの世界にいる悪魔の正体はネフィリム…天使とヒトの間に生まれた許されざる存在だ」
「ネフィリム…?」
「ネフィリムはこの世界で平穏に、人間と変わりなく生活していた。だけど神の命によって力を強制的に顕現させられ、殺し合うよう仕組まれた」
「おいおい…まさかその殺し合いが…」
「そう、この世界を滅ぼしたジハードの真相だ」
その言葉を聞いて俯いたままマルスの体が小刻みに震え出す。
「…この世界が何なのかはっきりとは分からない。でも確実に言えるのは…僕がいた世界でエリスは今もあんたの帰りを待っている」
「俺の帰りか…。じゃあ俺が今まで生きてきた記憶は…一体何だってんだ?」
「それは分からないけど…今僕達は神に試されている」
「神だと…? はは…そんな物の存在まで信じろって言うのか…」
「マルス…あんたも僕と同じく神に試されているんだ」
その言葉にマルスはナノマシーンに寄り掛かると、力無く項垂れるように崩れ落ちた。
「違う…俺はこの世界で生まれて…恋人だったエリスはジハードで…瓦礫の下敷きになって…」
「いいや、あんたは殺し屋レヒトだよ。今はそれを忘れているだけだ」
「知らない…俺はそんな奴知らない…。俺はマルスだ…全部覚えてる…親も…故郷も…嘘なもんか…」
「思い出すんだ、エリスは死んでなんかいない。これは…エリスなんかじゃない」
「違う…違う違う…! これはエリスだ…俺はエリスを蘇らせるんだ…!」
外見はレヒトそのものであるのに、
予想はしていたけど、残念ながら話だけでは彼を閉じ込めている世界に穴を穿つ事は難しいようだ。
(何か…何か彼がレヒトである確たる証拠があれば…)
ふとそこで僕はレヒトのトレードマークとも呼べる物の存在を思い出した。
「あれ…そういえば大剣は…?」
この世界の何処かにレヒトがレヒトである証拠があるとしたら、最も分かり易いのはあの大剣だろう。あれはレヒトにとっても相当大切な物のようだし、大剣さえあれば彼を閉じ込めている殻を破れるかもしれない。
「ねぇマルス、大剣を見た事ない?」
しかしその問いにマルスは何も答えず、ナノマシーンに浮かぶ生首に向かって何やらブツブツと呟いている。
「…仕方ない、ちょっと部屋の中を漁らせてもらうよ」
強引ではあるがマルスを放置して僕は勝手に室内の探索を開始する。といっても室内にはナノマシーンと椅子、そしてそれらの機械を制御するコンソールパネルがあるだけで何かが隠されているようには見えない。
とりあえず何と無く使い方が分かったコンソールパネルを弄ってみる事にする。
どうやらこのコンソールは階上の防護壁やナノマシーンなども含むシェルター内の施設全ての制御システムをメインとしており、おまけ程度に先程僕が施されたダイレクトインストールのプログラムがいくつか入っていた。
しかし何気なくダイレクトインストールのプログラム一覧を眺めているとその中にふと気掛かりなファイルを発見する。
「ロスト…メモリー…?」
主に教育プログラムなどが並ぶ中、そのファイルは唯一妙な名前をしていた。気になって具体的にどんなプログラムか展開して確認しようとするが、何故かロックが掛かっており詳細が見れない。
(まさか…もしこれがレヒトの記憶だとしたら…)
これをマルスにダイレクトインストールすれば自分を取り戻せるかもしれない。しかし壊れたように生首に縋っている今の彼がそう都合良くダイレクトインストールを受けてくれるとは思えない。
「あの…マルス、このダイレクトインストールプログラムの中にあるロストメモリーってファイルは…?」
「あぁエリス…エリス…お前は本当に美しいなぁ…必ず蘇らせてやるからな…」
駄目だ、まるで話にならない。
かと言って手掛かりが乏しい現状を考えるとこのファイルを無視する訳にはいかない。
「…直接見るしかないか」
意を決するとロストメモリーのファイルをダイレクトインストールプログラムにセットする。マルスに頼れない以上、こうなったら自分の体で試すしかないだろう。
椅子に腰掛けると自らの手でデバイスを頭にセットする。後はスイッチを押せばロストメモリーファイル内のデータが脳内に直線流し込まれるはずだ。
(大丈夫…大丈夫だ…)
この世界の知識を得たおかげで得体の知れないデータを脳内に取り込む事の危険性がよく分かる。しかしそれでも此処で引いてはいつまで経っても状況は進展しないだろう。
今までレヒトにはたくさん救われた。だから今度は僕がレヒトの為に体を張る番だ。
「待ってて、すぐに助けるから」
壊れたレヒトを見やりながら胸元のペンダントを握り締め、一度深呼吸してゆっくり目を閉じるとデバイスのスイッチを押す。すると先程と同じように機械は低い唸りを上げながら起動を開始した。
緊張しながら直後に訪れるであろう知識の洪水に身構えるが、それは予想を遥かに上回る勢いで襲い掛かってくる。
(これは…これがレヒトの…ぐっ…!)
予想通りそれはレヒトの記憶だったが、彼が目覚めてからの二千年に及ぶ膨大な量の軌跡が止め処なく脳内に流し込まれ僕の脳はすぐに軋み始めた。
「がぁっ…! ぐあぁぁっ…!」
走馬灯のように目まぐるしくレヒトの記憶が流れ行くがまるで理解が追い付かない。それでもレヒトの記憶はお構いなしに僕の脳内へ濁流のように流れ込み、とうとう限界を迎え始めた。
「ぐぅっ…がぁぁぁっ!」
これ以上は危険だと判断すると僕は咄嗟に前方に飛び出しデバイスから抜け出すが、視界は中々元に戻らずしばらくレヒトの記憶が高速で網膜を走っていた。思考すら知識の洪水に飲み込まれ、それはまるで脳が破壊されていくような感覚だ。耐え切れずその場で嘔吐するが、脳内を掻き回されているような感覚は未だ収まらず平衡感覚が麻痺している。
目を開いているのに見えているのは早送りで流れるレヒトの物と思われる記憶の情景。嘔吐しながらも歯を食い縛り、必死に自分を見失わないよう耐えているとようやく視界が元に戻ってきた。
足元には自分の吐瀉物が広がっており、今更その悪臭に気が付かされる。どうやら視覚だけでなく嗅覚など五感全てが麻痺していたらしい。再び込み上げてきた嘔吐感を堪えゆっくり体を起こすとマルスへ目をやるが相変わらず生首に向かって何かを呟いていた。
「…まずはこれだ」
ロストメモリーというファイルの中身はやはりレヒトの記憶だった。情報量が膨大過ぎて何一つ理解は出来なかった上に途中で投げ出したせいで取り込めた情報はほとんど無かったけど、レヒトなら記憶の断片からでも自分を取り戻すきっかけになるかもしれない。
呼吸を整えながらその場で室内を見渡すが、他に手掛かりとなりそうな目立った場所は特に見当たらない。ただ強いて言うならまだ見ていない場所が一つだけある。
「…無いとは言い切れないか」
正直に言えば余り見たくない場所ではあるが、かと言って無視する訳にもいかないだろう。重い腰を上げると僕はエリスクローンの失敗作が閉じ込められた硝子張りの部屋を覗き込む。
そこでは相変わらず黒い軟体がいくつも重なったまま蠢いているが、もしかしたらこの中にもレヒトの手掛かりがあるかもしれない。
そう思い硝子張りの部屋の施錠を解除しようとコンソールパネルに触れようとした瞬間、突然マルスが鬼のような形相で叫び声を上げながら襲い掛かってきた。
「やめろおぉぉぉ!!」
今のマルスは無力だ。そうタカを括り突き出された拳を正面から食らうが、その威力は予想を遥かに超えて僕の体は一瞬で壁にめり込んでいた。
「ふぅ…ふぅ…! これ以上…俺のエリスを穢すな…!」
そう言って興奮した様子のマルスが睨み付けてくる。
「つぅ…」
何故かは分からないけどどうやらレヒト本来の力に戻っているようだ。迷い無く振り抜かれた今の一撃は普通の人間ならば間違いなく即死している。
しかしそんなマルスの豹変ぶりから僕はある可能性を感じ取った。
「…そこに最後のピースが眠ってるみたいだね」
マルスの焦りようは尋常ではなく、きっとあの部屋には『マルス』にとって触れられたくない秘密があるに違いない。
僕は態勢を整えると正面からマルスに対峙する。
「力付くでも…あんたを元に戻してやる」
力が元に戻ったとは言えあれはまだ完全なレヒトではないはずだ。それなら今の僕でも何とかなるかもしれない。
そうは思ってもその気迫は変わっておらず、対峙しているだけでも凄まじい重圧感が突き刺さってくる。レヒトの間合いに入る事に恐怖を覚えるが、何だかんだで彼と手を合わせるのはこれで三度目だ。初めてではない事が幸いしてか覚悟が決まると落ち着いてマルスの隙を伺っていく。
どうやらレヒトの戦闘勘は失われたままらしく、マルスに一瞬隙が生じる。そこを見逃さずに一瞬で飛び込むと右ストレートを顔面目掛けて一直線に放つが、マルスはそれを超人的な反射神経であっさり避け、不安定な態勢のままアッパーを返してくる。
「っ…!」
咄嗟に仰け反り回避するが風切り音が尋常でなく、間違っても直撃してはいけない威力である事が伺えた。
マルスはすぐさま態勢を立て直すと続け様に真っ直ぐ拳を突き出してくるが、僕はそれを左手で払い退けると体を旋回させながら裏拳を放つ。 だがマルスはそれをしゃがんで避け、僕の腰に腕を回すとその場で軽々と持ち上げてきた。直感的にこのまま叩き付けられるのは危険だと感じ、一瞬躊躇ったが無防備な背中に思い切り拳を振り下ろす。篭った音と共にマルスが地面に叩き付けられると拘束が解かれ、間髪入れずに顔面に蹴りを入れる。それは普通の人間なら頭が粉砕する威力であるにも関わらず、顔面を蹴り上げられ体を起こしたマルスの表情にダメージは見て取れなかった。寧ろマルスは怯む事なくその場で体を旋回しながら回し蹴りを放ち、僕は咄嗟にそれを腕で受け止める。すると嫌な音と共に僕の腕はあらぬ方向へと曲がり、体ごと弾けたように吹き飛ばされてしまった。室内の機械へのダメージを避ける為に空中で態勢を整え勢いを殺すように壁に着地するが、すぐにマルスが追撃を入れようと接近してくる。
今までの僕なら相打ち覚悟で迎え撃ったかもしれない。しかし考えるよりも先に一瞬で反撃のイメージが浮かび上がり、それと同時に体が勝手に動き出す。
僕は壁を蹴り上げると交差する瞬間にマルスの攻撃を回避しながら脇腹にカウンターで蹴りを叩き込み、突進の勢いが宙で寸断され浮かんでいたマルスを着地後すぐ視界に捉えると一瞬でその頭上へ飛び上がる。
「…ごめん」
そう呟くと僕は迷わずマルスの顔面に思い切り拳を叩き込む。肉を抉り骨を砕く感触が拳から生々しく伝わるが、そのまま拳を振り抜くと叩き付けられるように落ちたマルスは力無く無造作にその場に転がり、意識を失ったのか動く気配はなかった。
「…ふぅ」
そこでようやく深い安堵の息を漏らす。戦闘勘が失われているとは言え、力だけは本来のレヒトとそう変わらないように思えた。そんな覚醒直前の彼を制する事が出来たのは奇跡に近いかもしれない。
しかし今の戦闘に僕は違和感を覚えていた。何故かは分からないけど戦闘中いつもより頭が冴えているような、驚く程冷静に状況の分析が出来ていたように思える。それに今まで考えもした事のない攻撃パターンが考えるより先に脳内に浮かび、不思議と体もそれに連動するように反応していた。
(…まさかね)
失敗したとは言えレヒトの記憶を垣間見た事が影響しているのだろうか?
実際覚えている事は何一つないものの、彼の記憶が僕に何らかの変化を来した可能性は否めない。
とにかくこれでゆっくりと探索が出来る。
先程妨害された操作の続きを再開すると、油圧の落ちた隔壁が煙を漏らしながらゆっくりと開かれ、中にいるエリスクローンの動きを伺うともぞもぞと蠢いているだけで動き出す気配はない。
この世界の知識を得て黒い物体がクローンの失敗作であることは理解出来たけど、依然としてその詳細は不明だ。
開かれた隔壁へ慎重に近付き、恐る恐る中を覗き込むが黒い物体は相変わらず蠢いているだけで意志があるのかさえ分からない。しかしその様子をじっと観察しているとその動きに妙な違和感を覚えた。
それは山のように重なり積み上がっているだけだが、その場から移動する様子もなければ形を崩すこともなく、まるで何かを隠しているような印象だ。だとすれば本当にあの中にレヒトの手掛かりがあるのかもしれない。
…かと言って得体の知れないスライムのような生き物の中に手を突っ込むのは気が引ける。
「でも…やるしかないよね」
大丈夫、襲われたら天上の炎で焼き払えばいい…自分にそう言い聞かせながら思い切ってこんもりと山盛りになっているスライムに手を突っ込む。
しかし指先には冷たく
「…待っててレヒト、必ずあんたを連れ戻す」
胸一杯に息を吸い込むと目を閉じてスライムの山を掻き分けるようにその中へ身を投じる。目を閉じているせいで視界は無いけど、足を踏み入れるとすぐさま足元にスライムとは異なる何かの感触を覚えた。
しかし
するとそれを掴んだ瞬間、軟体だったスライムが筋肉を硬直させたように突然凝固し始めた。それはどんどんと硬度を増し僕を圧殺しようと全身を締め付けてくるが、手に握った何かを絶対に手放さないよう強く握り締める。
全身の骨が嫌な音を立てながら軋み折られ、余りの激痛に意識が飛びかけた瞬間、突然眩い光が瞼の先で破裂したように広がるとそれまで僕を閉じ込めていたスライムが一瞬で消え去ってしまう。解放された瞬間に折られた骨が再生を開始し、ゆっくりと目を開くと手に握られたままのそれは薄っすらと紫色の光を帯びていた。
「…やっぱりそうか」
輝くそれは予想通りレヒトの持っていた大剣だった。どういう経緯か謎だけど大剣はエリスクローンの失敗作、スライムによってマルスから隠されていたようだ。この大剣を見ればレヒトも自分を取り戻せるかもしれない。
体を引き摺るようにして一先ず部屋から出ると大剣を立て掛け全身の骨が再生するのを待つが、再生が終わったその瞬間、突然地鳴りと共にラボが大きく揺れた。何事かと室内を見渡すがこれといった変化は見られない。
どうやら今の衝撃でマルスは目が覚めたようで、慌てた様子で飛び起きるとその表情は恐怖と絶望で硬直していた。
「悪魔だ…」
そう呟きマルスはカタカタと顎を鳴らし震える。
「まさか…ネフィリム…?」
そういえばシェルターの入り口にあった防護壁は外部からの脅威に対するものだと言っていた。ジハードは既に終焉していたとばかり思っていたが、マルスを襲っていた暴漢達の態度からも未だネフィリムの脅威は続いているに違いない。そして今の振動の強さからネフィリムはすぐそこまで来ている。
(どうする…?)
ネフィリムは基本的に同族殺しが目的であり、此処にいても危険はないはずだ。しかしどうにも嫌な予感が拭えない。
そうこうしている間にも振動は規則正しく、徐々に強くなる。
(まさか此処に向かっている…?)
不気味な病院の世界もそうだったけど、自己を取り戻そうとした時、妨害する存在が僕の前に現れた。だとすればレヒトが自己を取り戻すのをネフィリムが妨害する可能性は十分に考えられる。
「…させるものか」
僕は立て掛けていた大剣を握るとマルスの元へ歩み寄り、それを目の前に突き立てた。
「戦おう、マルス」
しかしその言葉の意味が理解出来なかったのか、マルスは呆然とした表情で大剣と僕を交互に見比べる。
「悪魔と戦う…? 正気かお前」
「正気だよ。僕達二人ならネフィリムにだって負けやしない」
「ネフィリム…それが仮に神と人間の間に生まれた存在だとして、ヴァンパイアと人間に何が出来る?」
振動だけが響く室内で僕はマルスの目をしっかり見詰めながら答える。
「僕はかつて天使だった。そしてあんたはかつては神の眷属…戦神マルスだ。力を取り戻せば取るに足らない相手だよ」
その言葉に益々混乱した様子のマルスだけど、そこでとうとう招かれざる客が静寂を破って訪れた。
僕達のすぐ横に巨大な拳がラボの天井を突き破って突き刺さるが驚く事はない。これは紛れもなくネフィリムのものだ。
ゆっくり拳が引き抜かれると上階に転がっていたエリス人形が何体か落ち、天井に大きく開いた穴から目に光のない大男の顔が覗けた。
「マルス、あんたがエリスを奪ったジハードを本当に憎んでいるのなら戦えるはずだ」
大剣に背を向けたままマルスは震える手で落ちてきたエリス人形を撫で、何かを呟いたままこちらを見ようとはしない。
「…ダイレクトインストールの中にロストメモリーってファイルがある、戦う気があるならそれをインストールしてくれ」
それだけ告げると僕は拳を振り上げるネフィリム目掛けて真っ直ぐ外へ飛び出す。すると僕の姿を視界に捉えたネフィリムは狙いを変え、こちら目掛けて勢い良く拳を振り抜いてきた。
自分の体よりも遥かに大きい拳を正面から受け止めるが、宙では当然踏ん張りが効かず僕は叩き潰されるように拳と共に地面に打ち付けられる。直前で辛うじて踏ん張りミンチにされるのを回避するが、見た目通りネフィリムの力は強大で、そのまま僕を圧し潰そうと拳を押し付けてくる。それを必死に押し返しながら右手に意識を集中させ天上の炎を灯そうとするが、どういう訳かまるで炎が灯る気配がなかった。
混乱する頭を落ち着かせながら一先ず拳の下から抜け出すと僕のいた場所に拳が激しく打ち付けられ周辺の瓦礫が飛散してくる。襲い来る瓦礫を撃ち落とし改めて意識を集中させるがやはり炎は灯る気配がない。
「まぁ…今に始まったことじゃないしね」
この力が不安定なのは重々承知しているし、流石にもう慣れた。前の世界が僕を試していたとすれば一時的に力を付与されただけに過ぎず、この世界がレヒトを試しているのだとすれば僕から力が失われても不思議ではない。
つまりこの世界を終わらせるのはレヒト自身でなくてはならないのだ。ならば今の僕に出来る事は彼が自分を取り戻すまでの時間稼ぎである。
「…かかってこい、僕が相手だ」
離れた場所から手招きして挑発するとネフィリムは緩慢な動作でジロリと睨んでくる。
とにかく今はラボからネフィリムの気を反らせ、可能な限り撃破しなければならない。もし本当にネフィリムがレヒトの妨害をしようとしているのなら、未だ世界に蔓延っているネフィリムの生き残りが一同に集結する可能性だって考えられる。そう考えると一対一である今のうちに数を減らしておきたかった。
しかし炎の力がない状態でこの巨体をどうやって倒すか…思考を巡らせていたその瞬間、ネフィリムが口を大きく開いたかと思うとそこから巨大な光線が放たれた。咄嗟に回避するが僕のいた場所は抉れたように窪み、まるで初めから何もなかったかのように綺麗さっぱりと消滅している。その光線はエリスの放つビームに何処か似ているようだ。
「はは…これが神の力、か」
神の眷属というのはみんな何処からかビームを放つものなのだろうか?
そんな感想を抱くと戦いの最中だというのに笑いが込み上げてしまう。
一体僕はどうしたのだろうか。今まで戦いの最中にこんな余裕を覚えた事はなかった。今回の相手は落ちぶれたとは言え神の眷属の一端であり、その力はゴードンよりも遥かに強力なはずだ。エリスがアザゼルに放った光速の槍を初めて見た時は目で追うことすら困難だったが、先程の光速のビームには即座に反応出来た。
まさか僕は本当にレヒトの記憶に触れただけでパワーアップしたのだろうか?
「だったらだったで…」
僕はその辺に落ちていた鉄パイプを拾い上げる。
「今のうちにレヒトの気分を味わっておこう」
歪みひしゃげた長めの鉄パイプをレヒトのようにネフィリムに突き付けるとニヤリと笑みが零れた。
挑発を受けてかネフィリムが大きな咆哮を上げると銀色に変化した僕の髪が
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