Episode44「異世界」

 マルスが言っていたようにシェルターというのはそれ程離れていなかった。数十分も歩いているとふと彼が指差した先には瓦礫に埋もれた地下への入り口のようなものが見えてくる。


「まさかあれがシェルター?」


「あぁ、そうだ」


 マルスは胸元から一枚のカードを取り出すとそれを入り口横の不思議な機械に翳す。すると無機質な鉄製の扉が妙な音を上げながら一人でに開いた。


「ど、どうなってるの…?」


「自動だよ、こんな事でいちいち驚かないでくれ」


(自動で扉が…?)


 一体何がどうなってそんな事が可能なのかまるで分からなかった。

 そんな僕に溜息を吐きながら呆れた様子のマルスは扉の先に現れた暗い階段を下りていく。階段の足元には青白い光が導くように真っ直ぐ伸びており、これなら夜目が効かない普通の人間でも躓く事はなさそうだ。

 そんな事を考えている間にもマルスは一人でどんどんと階段を下りていき慌てて僕もその後を追う。そして階段を下りきるとそこにはぽっかりと空いた空間があり、入り口よりも遥かに巨大で頑丈そうな扉が立ちはだかっていた。


「何これ…?」


「防護壁みたいなもんだ」


「中に一体何が…?」


「中ってより外の脅威に対する物だ」


「外の脅威…?」


 その問いにマルスは何も答えず、先程と同じようにカードを機械に翳すと重々しい音と共に扉がゆっくりと開かれていく。

 するとそこには狂気の沙汰としか思えない、背筋が凍る光景が広がっていた。


「ただいま、エリス」


 しかしマルスの呼び掛けにそれは応じない。当然だ、そこにあるのはエリスなんかではない。さっきマルスはエリスが死んだような口振りをしていたけど、あれは僕の勘違いだったのだろうか。いや、そもそもマルスが指していたエリスとは一体何の事なのか。

 室内に広がる悪夢のような狂気を目の当たりにして僕は恐怖と混乱で硬直していた。


「どうした、入れよ」


 マルスはその光景が当たり前であるかのように構わず室内に足を踏み入れる。しかし僕の体は硬直し足を踏み出すどころか呼吸すら忘れていた。


「こ…これ…は…」


「エリスだよ。あぁ、遅くなって悪かったな」


 そう言ってマルスはそれをエリスと呼び優しく頭部を撫でるが、やはりそれは何の反応もない。だってそれはエリスどころか人間でも天使でもない、ただの…人形だ。


「そうかそうか、そんな事があったんだな」


 人形といっても綺麗な装飾が施されている訳ではなく、無地の顔に翠色の目、鼻、眉、口を自ら書き足し頭には誰の物か分からないブロンドの髪を植え付けただけの雑な物だ。加えて所々ヒビ割れており、破損した腕や足は瓦礫から拾ってきたのか無機質な鉄材などが無理矢理くっつけられている。

 しかし最も恐ろしいのはそんな人形が左程広くもない室内に所狭しと転がっている点で、その数はざっと見ても百体は超えている。人形が散乱する地下室には照明という照明も見当たらず、不気味さと狂気が融合して頭がおかしくなりそうだった。

 その奥には人が入れる程の大きさをした、見慣れない硝子張りの筒状の機械のようなものが置かれている。筒の中はエメラルド色をした液体で満たされており、不思議な事に機械が照らしているのか液体そのものが発光しているのか、筒状の機械から漏れる淡い光だけが薄暗い室内を唯一照らしている。

 謎の機械、そして床一面に転がる人形。何もかもが理解の範疇を超えている。

 ようやく辛うじて室内に足を踏み入れると背後で扉が勝手に閉まるのを感じるが、目の前に広がる異常な光景に僕はただただ震えるしかない。


「ん、髪が伸びたんじゃないか? また今度切ってやるよ」


 マルスは相変わらず返事も何もない人形と会話を楽しんでいるようだが、次々と違う人形に話し掛けてはそれら全てをエリスと呼んでいた。


「あぁエリス…お前は本当に可愛いな」


 恍惚とした表情で無表情の人形の頬を撫でるその姿は異常と言うしかない。今すぐにでも何があったのか聞きたかったが、僕は言葉を失ったままこの場から逃げ出したい衝動に駆られていた。


「さて…シオンとか言ったか」


「う、うん…」


「エリスは生きている…そう言ったな」


「言ったけど…」


「…今すぐ治療するから待ってろ」


 そう言ってマルスはその場で纏っていた見すぼらしい布を脱ぎ捨て全裸になると奥の筒状の機械へと歩み寄る。


「こいつはナノマシーンて言ってな、大抵の怪我はすぐに修復してくれる」


「大抵の怪我…」


「あぁ、人間の肉体を構成しているあらゆる体細胞組織をナノテクノロジーによって復元…再生させるんだよ。…まぁ言ったところで分からないか」


 馬鹿にしたような笑いを浮かべるとマルスはナノマシーンの横に掛けられた梯子を昇り、上部の蓋を開くとエメラルド色の液体の中に体を沈ませた。


「ナノテクノロジー…」


 聞いた事のない言葉だけど、これが本当に人間の肉体を修復する機械だとしたら間違いなくこの世界は僕のいた世界の文明よりも遥か先を行っている。じゃあ本当に此処は未来の世界だとでも言うのか…?

 ふと病室で見付けてポケットに閉まっていた時計のような硝子板の存在を思い出しそれを取り出すと適当にボタンを押してみる。

 先程見た時と同じように映像が現れ時計のような数字が時間を刻んでいるが、その背景は先程見た時と若干異なっていた。着信有りという文字の横に二十三という数字が浮かび上がっている。


(…着信って何だろう)


 よく分からず恐ろしくなった僕はそれを再びポケットに捩じ込むと辺りを見渡してみる。

 無機質な壁の照明も何もない部屋。あるのはナノマシーンと大量の人形だけだ。その場で膝を突くと足元に転がっている人形の一つを見詰めてみる。

 この個体の目は抉られたような窪みに硝子玉が埋め込まれており、他の人形よりも少しだけリアリティが感じられる。そう思っていると突然硝子玉の目がぎょろりと動き僕の姿を捉えた。


「…………」


「うわぁっ!?」


 驚いた僕は声を上げ尻餅を突いてしまう。


(おおお、落ち着け…あれはただの人形だ…人形が動くはずが…な…い…?)


 そう自分に言い聞かせていると信じられない事に人形はその場でゆっくりと上半身を起こし、首をぐるりと反転させて腰を抜かした僕を再び視界に捉えた。


(あ…あぁ…ぁ…み、見てる…僕を…)


「どうだ、可愛いだろう?」


 ナノマシーン内にいたマルスが楽しそうに語り掛けてくる。しかし本来なら液体の中にいるにも関わらず声を発している事に驚くが、今はそれどころではない。


「か、可愛いって…」


「ほらエリス、挨拶しろ」


 言われて人形は首を百八十度逆に向けたままにっこりと微笑むがそれは最早ホラー以外の何物でもない。かと言って危害を及ぼそうとしている様子はない為、叫び出したい衝動を堪えて引きつった顔で答えてみる。


「は…はじめまして…?」


「…………」


「ははっ、そう緊張するなよエリス。本当にお前は照れ屋だな」


 そう言うマルスは何故か僕の正面にいる人形ではなく、僕の背後に視線を向けている。


(まさか――)


 恐る恐る後ろを振り返るとそこには殴り書きされたような滅茶苦茶な顔をした人形が不気味に微笑んでいた。


「うぎゃあぁぁぁ!!」


 ついに我慢出来ずに本気で叫ぶが、それに反応したのか人形が阿鼻叫喚のような甲高い叫びを上げた。


「キィアアァァァーーー!!」


「うわあぁぁぁ!!」


 それは連鎖するように広がり、次々と部屋中の人形が体を起こして叫び始める。しかし僕は一頻り叫ぶとこの異常な環境に慣れたのかそれともスッキリしたのか、突然落ち着きを取り戻す。

 これは一体何なんだ、僕はまた悪夢でも見ているのか?

 だとしたらこの世界もまた僕を飲み込もうとでもしているのか?

 人形よりもその事実が恐ろしくなり、僕は目を閉じペンダントを握り締めながらソフィアの事を強く想う。


(見失うな…)


 僕には帰りを待っている大切な人がいる。ソフィアは僕が必ず守るんだ、こんなところで道草を食ってる場合じゃない。

 決意を固めるとゆっくりと目を開く。するとあれだけ喧しかった人形達は再びその場に転がっているだけの無機質な物に戻っていた。


「な、何なんだ…?」


 まさか本当に僕はこの世界に飲み込まれかけていたのか…?

 もしそうなら今の異常な現象について説明がつきそうだ。僕には無機質な人形に見えても、レヒトが既に自我を失いこの世界に飲み込まれているとすれば彼にはただの人形が本物のエリスに見えているのかもしれない。ならば僕が今為すべきはこの世界に飲み込まれているレヒトを救い出す事だ。

 しかしナノマシーンに浸かるレヒトは見た事のない穏やかな笑みを浮かべており、その姿に僕は思わず言葉に詰まってしまう。もし彼が今見ているのが幸せな幻想だとしたら…それを壊していいのだろうか?

 馬鹿馬鹿しいと分かっていてもそんな想いが過ってしまった。とにかく話は彼の傷が再生してからだ。事実を突き付けたところでそれを受け入れてくれる保証はないけど、試してみる価値はあるはず。僕と同じ状況ならきっとこの部屋、もしくはこの世界の何処かにレヒトがレヒトである証拠が存在している。まずはそれを探さ出さなければならない。

 もしかしたら先程のレヒトも知らず知らずのうちに自分探しをしていて、その最中に襲われたのかもしれない。自分を見失っても本能で自分を探していた…もしそうだとしたら微かに希望が見えてくる。

 それからしばらく経つとナノマシーン内に発生していた気泡が消え、マルスがナノマシーンから出てくる。どういう原理かまるで分からないけど、その体は濡れる事なく言っていた通り傷口は全て再生していた。マルスは脱ぎ捨てた布を再び身に纏うとその辺に転がっていた人形に寄り添うように腰を下ろす。


「さて、それじゃまずはエリスが生きてるってのはどういう事か話してもらおうか」


「…質問に質問で返すけど、此処にいるエリスは生きてるんじゃないの?」


 なるべく刺激しないよう慎重に言葉を選ぶ。先程の様子からすれば彼にはこの人形一つ一つがエリスであり、それを否定する事は彼を否定する事になりかねない。


「厳密に言えばこいつらに命という概念はない」


「えーと…つまり機械か何か?」


「そういう事だ。本物のエリスは十年前に死んだ」


 言っている事が支離滅裂な気がするけど、どうやらこの人形達が本物のエリスでない事はマルスも理解しているようでほっとする。しかしその言葉の続きに再び僕は混乱させられた。


「こいつらはエリスクローンに失敗して作ったんだよ」


「ど、どういうこと?」


「…俺はジハードによって死んだエリスの体細胞組織からクローンを作ろうとした。しかしそれらは失敗に終わり…こうして魂の無い機械に思考を与える事でエリスを復元した」


「………」


 彼が何を言っているのかさっぱり分からない。世界の真理に触れていてもこの世界の事は何一つ理解出来ないようだ。

 しかしジハードによって死んだとは一体どういう事だろうか。此処が未来世界だとしたら僕達の死後、遠い未来に再びジハードが起きたとでも言うのか?

 考えあぐねているとマルスは何かを決意したような表情で壁に埋め込まれていた機械を操作し始める。


「言葉で説明するより取り込んだ方が早い」


 突然僕の足元に光る丸い円が浮き出たかと思うと、突然床がそのまま丸い円をくり抜いたように飛び出てくる。驚きそこから飛び降りると僕が座っていた場所には中身が空っぽの筒が突出していた。


「こ、これは…?」


「エレベーターだ、こいつで地下に降りる」


「地下…そこに何が…?」


 マルスは返事をせずに飛び出てきた筒の中に入ると手招きしてくる。


(僕もこれの中に入るのか…)


 混乱したままの頭で素直に筒の中に入るが、エレベーターと呼ばれた筒は流石に二人で入るには狭かった。構わずマルスは筒の中にあった機械を操作すると、突然筒は僕達を入れたまま下降する。


「お、降りてる…?」


「そうだ、地下にはラボがある」


 表情は伺えないがそう言ったマルスの声は暗く、まるでラボというものに近寄る事を拒んでいるように思えた。

 先程とは逆に天井から筒が飛び出る形でエレベーターは地下へ到着するが、そこは上の階と異なって室内の壁際に謎の機械がズラリと並んでいた。そして部屋の中央には上階でも見たナノマシーンが置かれているが、その中にあるものを確認すると僕は驚きに目を見開く。


「これは…?」


 近寄って見るとそれは眠っているのか目を閉じたままで、原型を留めない程に破損している。まさかこれがエリスとでも言うのだろうか?

 ナノマシーンの中には誰か分からない人間の生首のような物が浮遊していた。


「これがオリジナルのエリスだ。で、あっちがさっき言ったエリスクローンの失敗作だ」


 そう言って部屋の一室を指すとそこは大きく分厚い硝子張りの部屋だったが、その中には半液体化したような黒い軟体がいくつも重なり合っていた。おぞましい生き物の一つ一つは生きているようで、重なり合ったまま不気味に蠢いている。


「これが…エリス…? クローンとか…あんた一体何を言ってるんだ…」


 理解の範疇を超え、この異常な光景を前に恐怖で足が震え始めてしまう。


「そこに座れ、この世界の事を教えてやる」


 そう言ってマルスが指差したのは禍々しい形をした椅子だった。両手両足部分には鉄製の拘束具が取り付けられており、それはどう見ても拷問器具だ。


「何これ…僕をどうするつもり?」


「話すよりこっちの方が楽なんだよ、いいから座れ」


 どうやら僕の抗議を聞く気はないらしい。このままでは埒が明かないと判断し、渋々椅子に腰を下ろすがどうにも落ち着かない。未だに彼がレヒトである確証はないし、僕の持つ常識はこの世界では何の役に立たないかもしれないのだ。そう考えると果たしてこの男に従っていて良いものかと俊巡してしまう。

 そんな僕を余所にマルスは大きな機械を操作し何かの準備を着々と進めていた。


「これからお前に政府が発行した基本学習プログラムをインストールしてやる」


「プロ…インストール…?」


 機械を操作しながらそう言うマルスだがやはり何を言っているのかさっぱり分からない。


「簡単に言うと脳に直接知識を流し込むんだよ」


「の、脳に直接…?」


「痛みはないから安心しろ」


 とは言え脳に直接干渉するというのはぞっとしない話だ。ただ素直に従わないと話も進みそうにない。

 不安が増す中、静かな室内にカタカタと聞き慣れない機械音だけが響き、準備が整ったのかマルスはこちらに歩み寄ると僕の頭上にあった機械を下ろしてそれを頭にセットする。


「そう緊張するな、すぐに終わる」


「し、死んだりしないよね…?」


「基本学習プログラムは大した知識量でもないからな。今のところこいつで脳が破壊された例はないし、何より政府公式のプログラムだ」


 相変わらず謎の単語を羅列されるがとりあえず安心していいのだろうか。

 再びマルスが機械盤を操作し始めると頭上の機械から低く唸るような音が聞こえてくる。しかし何が起こるのか緊張しながら身構えているとそれは突然やってきた。


「え…?」


 それは真理ダアトの扉を開いた時と似た感覚。今まで知らなかった知識が次々と流れ込み、この世界に染まっていくような錯覚。知識の濁流の中、自分を見失わないようソフィアの事だけを考える。

 そうしているといつの間にか機械から音が止み、再び室内に静寂が訪れた。


「気分はどうだ?」


 心なしか楽しそうに問い掛けるマルスに対し、僕は今まで感じていた知らない世界への恐怖が失せ不思議なほど落ち着いていた。


「あ…うん…大丈夫…」


「此処が何処か分かるか?」


 分かるはずがない…一瞬そう思ったものの突然頭の中に聞いた事のない地名が思い浮かぶ。


「ロートランド…?」


「ご名答、どうやらちゃんとインストールされているようだな」


 インストール…今ならその言葉の意味も分かる。

 マルスが僕に与えたのはこの世界の基本的な知識だ。おかげでこの世界に何が起きたのか、そしてエリスクローンが一体何なのか全ての謎が解けた。

 ふとナノマシーンに浮かぶ生首に目をやると、それは先程見たような破損した物ではなく僕の知っているエリスの首になっていた。

階上で見た人形もだけど、どうやらこの世界に飲み込まれる事でマルスが見ている世界と僕の見ている世界が合致していくらしい。


「どうだ、お前が知りたかった事はこれで全て解明したんじゃないか?」


「うん…そうだね」


 知らないはずの知識を手繰り寄せるように一つ一つ丁寧に回想する。

 この世界は今から十年前に突如現れた謎の生命体によって破滅した。宇宙からやって来た地球外生命体やら異世界から召喚されたモンスターなど様々な憶測が飛び交っているが、総括してそれらを人は悪魔と呼ぶようになっていた。

 その際に人類のほとんどは死に絶え、生き残った人類は今も時折現れる悪魔に恐れ怯えながら生きている。そして現在の惨状からは想像も出来ないが、予想通りこの世界は僕が生きていた世界よりも遥かに高度な文明を持っていた。

 マルスが僕に与えたのは一般社会人が成人となった際に基本的な社会知識としてインストールが義務付けられている基本プログラムだ。この知識プログラムには様々なものがあり、基本的には本人が希望すれば有償でどんなプログラムもインストールが可能である。しかしこのように人間の脳すら支配可能の文明世界でも悪魔の前では無力だった。

 世界が崩壊した悪魔の到来…通称ジハードの記録映像も併せてインストールされたが、その記録に現れた怪物は確かに悪魔と形容するのも頷けるものだった。それは翼は生えておらず人に似た形をしているが、大きさは子供のようなものから高層ビルと同程度など同じものは一つとない人間ではない何かだ。

 ただ一つ、不可解な事に映像の中で見た悪魔と呼ばれる彼等の目的は共殺しのように感じられた。とは言え高層ビル程もある大きさの悪魔が殺し合って暴れていれば巻き添えを受けた際の被害は想像に難くない。

 そして一番驚いた事に、悪魔と呼ばれるそれの正体を何故か僕は識っていた。


「…ネフィリム」


 それは天から堕ちてきた者。かつて見張りの者達エグレーゴロイと呼ばれた天使達は人間の監視役を神に命じられていたが、ヒトの妻を娶るという禁忌を犯した。その結果見張りの者達エグレーゴロイと人の間に生まれたのが後にネフィリムと呼ばれる存在である。

 そして見張りの者達エグレーゴロイとして神に遣わされた者達の中にはかつて天使だった頃のアザゼルも存在していた。


(そうか…それでネフィリムは殺し合いを…)


 後に神は罰としてラファエルに命じてアザゼルを含む見張りの者達エグレーゴロイをダドエルの穴に閉じ込めさせ、ガブリエルには禁忌の者達…ネフィリム達を争わせるよう命じた。

 ラファエルによってダドエルの穴に閉じ込められたアザゼルは審判の日を経て堕天使となり、人間と同じように生きていたネフィリムはラファエルによって突如神の力を顕現させられ殺し合いを余儀無くされた。

 これらがこの世界で起きたジハードの真相であり、結局人々は神々の気まぐれな罰に翻弄され巻き込まれただけだった。

 しかし此処が僕のいた世界の未来にあたるのなら、ネフィリムを生み出した見張りの者達エグレーゴロイの一人、アザゼルは僕の知るあのアザゼルとは別人なのだろうか?

 僕のいた世界ではルシファーと行動を共にしている事から彼が堕天使であるのは疑いようがないけど、この世界が未来であると仮定した場合、アザゼルは見張りの者達エグレーゴロイだった頃から堕天使だった事になる。この世界が未来と仮定するとどうしても矛盾が生じた。


「おい、大丈夫か?」


 思考を深く掘り下げていると不意にマルスの声で我に還った。


「あ…ごめん、ちょっと考え事をしてた」


「…まぁいい、これでお前の質問には全て答えられたよな」


「うん…もう大丈夫」


「なら今度はこっちの質問に答えて貰おう。…エリスが生きてるってのはどういう事だ?」


 真剣な表情をしたマルスが迫ってくるが、その問いにどう答えればいいのか再び頭を悩ませてしまう。

 この世界と僕のいた世界の因果関係が判明していない以上、僕の身に起きた事象をありのまま話したところで信じて貰えるとは思えなかった。しかしこのマルスの正体がレヒトであるなら、僕のいた世界の事を伝えればそれが何かのきっかけとなって自分自身を取り戻せるかもしれない。

 そう考えレヒトと出会った頃から現在に至るまでの事象を順を追って話してみる事にした。

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