第10章 罪と罰 ―Recht Side―

Episode38「告白」

 シオン達と解散した後、俺は何故かエリスの部屋に連行されてしまう。エリスの部屋といっても内装はどの部屋も同じで中にいたら誰の部屋なのかなんて分かりはしないが、そんな事より目の前ではエリスとセリアが睨み合っていた。今のところまだ俺に危害は及んでいないが、いつこいつらの矛先が向かってくるのか気が気でない。どうしてこんなことになったのか…少なくとも俺に非はないはずだ、そう思いたい。一日の休息を提案した後に俺はセリアに呼び止められた。が、そこへエリスが怒った様子で割り込むと二人は言い合いを始め、何故か問答無用で俺も連行されてしまった。

 そして今に至る訳だが、どうにも先程から聞こえてくる会話の内容は不穏なもので、どちらが今日一日俺と過ごすか…そんな事で口論していた。そこに俺の意思が介在していない事に意を唱えたかったが、下手に口を挟める雰囲気ではなく、連行してきた俺を差し置いて二人のバトルは激しさを増していく。


「先に声を掛けたのは私なんだから今日は私と過ごすべきよ」


「先に相思相愛になった私が先ですぅ~」


「でも忘れていたんでしょ? しかもサリエルの話だとレヒトがマルスだって確証はまだないじゃない」


「いーえ、初めて会った時から私は運命を感じてましたもんねー! それにセリアさんよりもっと大人のキスだって…だって…はぅ…」


 さり気なく爆弾を投下してくれやがったエリスは勝手に思い出して顔を赤らめ、当然それを聞いたセリアの矛先が俺へと向けられた。


「…こんな子供と…正気?」


 汚物を見るような、侮蔑がたっぷり込められた冷ややかな目で見下してくる。マゾ野郎ならご褒美になりそうだが生憎と俺にそんな趣味はない。心底面倒臭いと思いつつもエリスの琴線に触れないよう言葉を選ぶ。


「別に俺からした訳じゃない、不可抗力だ」


「でもレヒトだって返してくれました! レヒトの唾液が…!」


「黙れ」


 火に油を注ぐ馬鹿の額にデコピンを叩き込むと加減したもののエリスの上半身が仰け反る。しかしエリスは怒るどころかニヤニヤと笑みを浮かべながら額を押さえていた。


(あぁなんてムカつく顔してるんだコイツは)


 思わず拳を握り締めてしまうが辛うじて理性が衝動を抑え込んでくれる。しかしこの状況は俺がどちらかを選ばなければ解決しそうにない。どうしたものかと頭を悩ませていると俺の胸にセリアがくっついてきた。


「ね…今日だけで良いから私と…一緒にいてくれないかしら?」


 そう言ってセリアは胸を寄せつつ身をよじりながらシャツの胸元を引っ張る。

 突然の奇行に戸惑うが悲しき男の性だろうか、チラリと見える胸元から目が離せなかった。決して大きいとは言えないが確かな谷間に思わず股間が反応しそうになる。


(いや待て落ち着くんだ、一体こいつらに何があった?)


 エリスの馬鹿はともかく、セリアまでこんな真似をする奴ではなかったはずだ。そんな戸惑う俺を無視してセリアが背中に手を回してきた。そしてそのまま思い切り抱き締めてくると柔らかい胸の感触が伝わってくるが、それ以上に凄まじい力で締め上げられ徐々に息苦しくなってくる。


「ちょ…待てセリア苦し…」


「絶対…離さないから…」


 そう言うセリアの目は何処か虚ろで一瞬恐怖を覚えた。ついに骨が音を立てながら軋み出すが、そこへエリスが叫びながらセリアを無理矢理引き剥がす。


「ななななな、何してるんですかー! 直接攻撃は反則ですよ!」


「…だったら貴方もしてみればいいじゃない」


「はっ! 今度は私のアピールタイム!?」


 相変わらず人の意思など無視して勝手に話を進めてくれやがる。

 今度はエリスが頬を赤らめながら遠慮がちにくっついてくるが、不自然なぐらいに自分の胸をわざと俺に押し当てている。セリアと同様の理解不能の奇行に戸惑っているとエリスは瞳を潤ませながらこちらを見上げていた。


「ど、どうですか…私のおっぱいは…?」


 オー、ジーザス。こんな馬鹿が女神だったなんて嘘だと思いたい。

 エリスは自分からやっておいて流石に恥ずかしいのか、羞恥を必死に堪えながらも感想を心待ちにしているようだった。軽い頭痛に襲われながらも仕方なく率直な感想を告げてやる。


「…固いんだよペチャパイ」


 感想を聞いたエリスは崩れ落ち、セリアは勝ち誇った顔でそれを見下していたが、俺にはこいつらが一体何の勝負をしているのかさっぱり分からなかった。


「ま、まだレヒトはセリアさんのおっぱいが良いとは言ってないですよ!」


「…どっちを選ぶの?」


「どっちを選びますか!?」


 混乱する俺などお構いなく二人は同時に声を上げると胸元を開いて見せ付けてきた。エリスは小ぶりな為、中を覗き込むと隙間から綺麗なピンク色の突起が見える。しかし胸の大きさで言うなら…


「…セリアの勝ちだな」


 ジャッジを聞いてエリスは再びその場に崩れ落ちると、わなわなと震えながら声を絞り出した。


「私の負けです…お昼のレヒトはセリアさんに譲りましょう…」


「え、お昼だけ?」


「だってズルいじゃないですか! 私だって好きで貧乳じゃないんです! ホントはソフィアさんみたいに…ソフィアさんみたいな…うぅぅー…!」


 悔しそうに泣きじゃくるエリス。それを不憫に思ったのか同情かは分からないが、セリアは膝を突くとエリスの肩に優しく手を置いた。


「そうね…ごめんなさい、じゃあ夜は貴方に譲るわ…」


「セリアさん…」


「手に入れるなら…正々堂々と勝利して手に入れたいから。…黒光の戦乙女としてね」


 和解したのか二人はその場で抱き合うが心の底から訳が分からない。とりあえず俺は今日一日こいつらに付き合わなきゃいけなくなったらしい。


「なぁ待ってくれ、俺は一言もお前等に付き合うなんて…」


 流石にこのまま黙っている訳にはいかずついに口を挟むが、その瞬間に銃口と掌が突き付けられた。


「責任取りなさいよ」


「男らしくないですよ」


 セリアの銃から強力な魔力が充填されているのが感じ取れ、エリスの掌からは魔法陣が浮かび上がっている。


「二人の唇を奪っておいて…」


「私のファーストキスを…よくもぉ…」


 何でこんな事になってしまったんだ。そもそも俺からキスをした覚えはない。


「はぁ…分かったよ…」


 結局逃げ場を失った俺は頷く他なかった。


 セリアは準備をするからアジトの外で待っているようにと言い残し軽い足取りで自室へ戻っていき、エリスは悔しそうな顔で渋々と現在団員が世話しているヨハネの元へ向かった。それから俺は言われた通り外で待ち続けているがセリアは一向に現れない。準備といっても此処には着替えも何もなく、化粧をする奴でも無いだろうから一体何の準備をしているのかまるで分からない。

 久しぶりにゆっくりする時間を作ったというのにこんな羽目になるとは思いもしなかった。しかも夜は夜でエリスの相手をしなければいけないのかと思うと、空は澄み渡っているのに俺の心はどんよりと暗く沈み込む。

 肩を落とし深い溜め息を吐くと後ろから声が掛かった。振り返るとそこにはセリアが立っていたが、服装のせいだろうか何処か雰囲気が違って見える。徽章や腕章のついた黒いロングコートと腰の銃は置いてきたようで、黒の半袖シャツに黒の短めのスカート姿は何処にでもいる普通の女の子のようだ。


「お、お待たせ…」


「…何を緊張してるんだお前は」


 どうやら違うのは服装だけでなく、先程までの強気な態度も見当たらない。


「だってその…これってデート…でしょ?」


 言われてみれば確かにデートになるが、それがここまで緊張する理由になるのか分からない。


「私そういうの初めてだから…」


 その言葉で俺はようやく理解した。奴隷だったセリアは神の力を手に入れると騎士として戦場に身を投じ、祖国を天使によって壊滅させられてからは神へ復讐する為だけに生きてきた。つまり奴隷から解放された後もずっと戦いの中に身を置いてきたセリアは今まで女の子として過ごした事がないのだ。普通の人間、女の子にとっては当たり前の事でもこいつにとってはどれも初めての体験となる。

 そう考えるとセリアにも色んな世界を見せてやると言った手前、デートぐらいは真面目に付き合わないと無責任だろう。ただ実を言えば俺もデートというデートをした経験など数える事しかない上、時代が違えばデートの内容も変わる為、現代のデートがどのようなものなのかまるで分かっていない。

 しばし思案するが結局当たり障り無いショッピングをする事にした。

 俺の一歩後ろを大人しく付いて来るセリアを見ているとどうも調子が狂ってしまうが、かと言って何と声を掛ければいいのかも分からず、終始無言のまま広場までやって来た。


「わぁ…」


 様々な露店が立ち並び活気ある風景に思わずセリアが感嘆の声を漏らす。


「A地区にいたならこんな光景珍しくもないだろう?」


「何でかしら…いつもと違う風景に見える…」


 セリアは目を輝かせながら露店を一つ一つチェックし始めた。どうにも本人は楽しそうな様子の為、水を差すのも悪いと思い黙って後ろを付いていく。


「見てレヒト! この剣軽いわ!」


 そう言って武器屋が展示していた剣を目の前で振るが、その切っ先が俺の前髪を掠めた。


「…危ないから振るな」


「ほら、レヒトも振ってみて!」


 やたらとテンションが高いセリアは俺に剣を押し付けると何かを期待するような眼差しを向けてくる。仕方なく周囲に注意を払いながら軽く振ると剣は思っていた以上に軽く、剣圧でセリアのシャツに切れ目が入ると片方の乳房が露わになってしまう。それを見た店主が喜びの声を上げ、セリアは咄嗟に胸を隠すと顔を真っ赤にしわなわなと震えていた。俺は直後に来るであろう制裁に思わず身構えるが、意外な事にセリアは悲鳴を上げると胸を押さえたままその場にうずくまってしまった。予想に反したその可愛らしい姿に思わず胸がときめく。


「わ、悪い…。すぐそこの服屋で新しいの買ってやるから許してくれ」


 店主に剣を返すと蹲るセリアの手を引いて対面にあった服屋を物色する。そこにあったのは踊り子が身に纏うような装飾の激しい服ばかりだったが、その中にシンプルなキャミソールを見つけるととりあえずそれを購入してセリアに手渡した。ついでに店主が女性だった為、適当な布でセリアを隠してもらいその場で着替えてもらうが、キャミソールは先程よりも肌の露出が多く嫌でもセリアが女性だと認識させられる。


「変じゃ…ない?」


 あぁ、ホントにこいつは一体どうしてしまったのだ。何かあったとすれば昨日の夜としか思えない。俺達がいない間に女性陣で何の会合が開かれたのかは知る由もないが、昨日と比べれば明らかにセリアの様子がおかしい。そしてこの俺がセリアを素直に可愛いなんて思って胸が高鳴るなんて普通じゃない。調子が狂うどころか、俺までおかしくなっているようだ。


「や、やっぱり私には女の子らしい服なんて…」


 無言だったのがいけなかったようで勘違いしたセリアが落ち込んでしまう。そんなしおらしい姿を見て思わず俺は正直な感想を零してしまった。


「…可愛いぞ」


 言ってて恥ずかしくなるが、それを聞いたセリアは無邪気に満面の笑みを浮かべた。


(どうしよう、こいつってこんなに可愛かったのか)


 容姿に関しては文句のつけようがないレベルだったが、特段今までそれを気にした事はなかった。では一体何故俺はこんなにも胸がときめいているのだろう?

 まさかこれが恋だとでも言うのか。


「デ、デートって…その…え、えっと…手を繋ぐ…わよね…?」


 そう言って頬を赤らめ視線を逸らしながらおずおずと手を差し出してくる。

 本当に何なんだこれは?

 何故こんなにもセリアの行動はいちいち俺のツボを刺激するんだ?

 まじまじと見れば白く絹のように透き通った綺麗な手をしており、とても銃や剣を握って戦っていたとは思えない。

 その手を取っていいものかと一瞬躊躇するがこれはデートだ、手を繋ぐ程度は何て事ない。意識し過ぎている方が却って不自然というものだろう。自分の中の葛藤を振り払うようにその手を取るが、セリアは繋がれた手をまじまじと見ると今度は指を絡め出した。


「…あの、何をしてるんでしょうかセリアさん?」


「その…確か恋人同士はこうやって…握るらしいから…」


 何処かで聞いた事がある、所謂恋人繋ぎという奴だ。なぁに何て事はない、ただ互いの五指を絡めて握っているだけ、うんそうだそれだけの事で別に大した事じゃない。にも関わらず先程からやたらと自分の鼓動音が五月蝿い。


(…そんな馬鹿な)


 おかしい、シオンのようなチェリーボーイならともかく俺は女性経験だって十分に積んでいる。にも関わらずこの甘酸っぱい気持ち、状況は一体何だ?

 余りに臭過ぎて軽く自己嫌悪に陥りかけるが、セリアは照れ隠しのように俺の手を引いた。


「ね、次行きましょ?」


「…あぁ、そうだな。今日は楽しもう」


 気持ちを切り替えよう、うん。こんな状態で付き合っていては逆にセリアに失礼というものだ。細かい事を考えるのはやめにして素直に楽しむ事にする。

 開き直るとセリアとのデートは普通に楽しいものだった。時折すれ違う男性の視線がセリアに向けられているのを見る度に、改めてこいつの可愛さを再認識させられる。普通の家庭に生まれてさえいれば普通の女の子として生きられただろう。一体何処で歯車が狂ってしまったのだろうか。

 だが今はそんな事を考えても仕方ないし、楽しそうにしている姿を見ていると助けたのは無駄じゃなかったと思える。時々こちらを振り返り微笑むセリアが何とも可愛らしかった。

 そうして手を繋いだまま色んな露店を見て回っていると、とあるアクセサリーショップの店主に呼び止められる。


「お、お二人さん熱いねぇ! カー! 今日は暑くて堪らんな!」


 いきなり訳の分からない事を言われて戸惑うが、何故かセリアは満更でもない様子で顔を赤らめ足を止める。


「彼氏さん、彼女にプレゼントなんてどうだい?」


「そういう関係じゃない」


「またまたー! そっちの彼女さんの顔を見れば分かるぜぇ…?」


 言われてセリアは耳まで顔を赤くし突然俺の腕に抱き付いてくる。何かもう誤解を解くのも面倒になり黙っておく事にした。


「どうだい、これなんかオススメだぜ」


 そう言って店主はハートの片割れのような、羽根の形をしたプレートのネックレスを差し出してくる。


「こいつは片翼の天使を象徴しててな、二つくっつけるとなーんと…」


 左右対称のプレートをもう一つ取り出しそれを合わせるとハートマークのような一対の翼になった。


「天使様だって一人じゃ飛べねぇんだよ…片翼じゃ駄目なんだよぉ…パートナーがいて初めて天使は二人で…!」


「いらん」


 言い終わる前にきっぱり断ると店主は落ち込んでしまった。エリスあたりならこの手のプレゼントは喜びそうだが、そもそも片翼の天使というのがナンセンスだ。あいつにはちゃんと翼があって、一人でも空を飛べる。今はしがらみや問題が多く自由に羽ばたけないだけで、全て片付いたら思い切り飛ばせてやりたい。その時はきっと見た事のないぐらい気持ち良さそうな顔であいつは能天気に飛び回るのだろう。その光景を想像すると思わず口元が吊り上がった。

 それに気付いたのかどうかは分からないが、セリアが口を膨らませて不機嫌そうになる。呼び止める店主を無視して、セリアは俺の腕を引っ張りその場から離れた。

 その後は気まずくなるかと不安になったが、この街の名産フルーツで作ったというジュースを買い与えるとすぐに元通りの笑顔を見せた。そうして一通りの露店を見て回った頃には既に日が沈みかけており、アジトに戻る前に少しだけというセリアの希望により街外れの小高い丘へ立ち寄った。そこは街が一望出来る程ではないが、開けた丘は静かで俺達は言葉を交わす事なく沈み行く夕日を眺めていた。


「私達のデートももう終わり、ね」


「…まぁそうだな」


「全ての戦いが終わったら…レヒトはどうするの?」


「さぁな、殺し屋稼業を再開するんじゃないか」


 再び沈黙が訪れるが、ふと握られていた手がゆっくりと離れる。どうしたのかと顔を向けると、セリアは何かを言いたそうにじっとこちらを見詰めていた。


「どうした?」


「…あのね、お願いがあるの」


 真摯な眼差しに俺も茶化さずじっと言葉の続きを待つ。一度を目を閉じると何かを決心したのか、セリアは凛とした表情で告げた。


「私ね、あなたを愛してる…だからずっと側に置いて欲しい」


 改めての告白。勇気を振り絞ったのだろうか、胸元で握られた手は微かに震えている。

 しかしその告白に返すべき言葉が俺には見当たらなかった。心の底からセリアには幸せになって欲しいと思っているが、俺にその役目が果たせるとは到底思えないのだ。決してセリアが嫌いな訳ではない、今日二人で過ごして今まで見た事のない側面を見てときめいたのも事実だ。深く考えなければセリアと恋愛というのも悪くないと思えるが、どうしても彼女の気持ちには応えられなかった。それは俺達が人の理から外れているせいか、それともエリスの事が引っかかっているのか、はたまた過去の失敗が原因か…理由は自分でも分からない。ただ理由は曖昧だが恋人としてセリアを幸せには出来ない、それだけははっきりとしていた。

 何かが警笛を鳴らしている。しかしそれをどう伝えればいいのか分からずに時間だけが過ぎ、今にも泣き出しそうな顔でセリアが呟いた。


「やっぱり…私じゃ駄目なの…?」


「…お前が悪い訳じゃない」


「やっぱりエリスの事が…好きなの?」


「さぁな…分からん」


「…ズルいよ、そういうの」


 堪え切れずにセリアの目から涙が零れ出すが、それを拭う事も、抱き締めてやる資格も俺には無い。ついには泣きじゃくるセリアを前に俺は成す術なく立ち尽くしていた。


「私が人間じゃないから…? 奴隷で汚れているから…? たくさんの血を浴びてきたから…?」


「…お前は何も悪くない」


「だったらキスしてよ…愛してるって…言ってよ…! うっ…うぅっ…!」


 切実に、縋るような姿に思わず胸が締め付けられる。自分自身考えが纏まっておらず伝わるかどうかは分からないが、堪らず俺は本心を打ち明けてみた。


「…すまない、きっと俺は誰かを愛する事も、幸せにしてやる事も出来そうにない」


 言われたセリアは疑うような恨めしそうな目を向けてくるがそれから目を逸らさず真っ直ぐ見つめ返す。


「エリスも…?」


「信じられないかもしれないが…きっと俺は誰も愛してはいけない…そう思うんだ」


 我ながら曖昧な理由で、とてもじゃないが納得させられるとは思えない。それが自分でも分かっているからどうにも釈然としなかった。しかしセリアは流れる涙を拭い一度深呼吸すると、何かを決意したように俺を見据える。


「じゃあ私が勝手に好きでいるのはいいのよね?」


「…やめておけ」


「あなたはエリスが好き、ただ素直になれない何かがある…そうでしょ?」


 思わず否定したくなったが、セリアの真っ直ぐな瞳を見ると何も言い返せなかった。

 俺は本当にエリスのことが好きなのか?

 出会った頃からあいつに抱いていた、自分でも説明出来ない感情。それが恋だと思うと思わず否定したくなるが、それはつまり少なからずそういった感情があるからこそなのか?

 セリアに告白されて抱いたのは幸せにしてやれないという確信めいた感情。だがエリスに抱いているこの気持ちは…


「神に下された罰…そこに何か理由があるんじゃない?」


 確かに俺とエリスの間には詳細不明の過去がある。サリエルも言っていたように、俺達が神に罰を与えられたのなら何が起きても不思議ではないのかもしれない。

 好きかどうかは断言出来ないが、あいつに対して特別な感情を抱いている事実はいい加減認めなければいけないのかもしれない。


「行ってきなさいよ、自分でも確かめたいんでしょ?」


「お前は…どうするんだよ」


「私? どんな結果でも一生あなたを追い掛けるつもりよ」


「え?」


「別に応えてくれなくてもいいの。勝手に私があなたを諦めないだけだから」


 そう言って柔らかい笑みを浮かべるセリアはいつもの調子に戻っているようだった。


「隙を見せたら奪ってやるんだから」


 指を立て銃のように突き出す彼女の目から迷いは消えていた。恥ずかしい行動を平然とやってのける姿に思わず笑ってしまい、恥ずかしくなったのかセリアは少し頬を膨らませるが先程のような気まずい空気はなくなっていた。


「早く行って、彼女…きっと待ってるわよ」


「…今後の戦いに影響があるかもしれないからな、行ってくる」


「私にそんな言い訳しても意味ないわよ」


 どうにも弱味を握られたような気がするが、確かにこんなところで言い繕っても仕方ないだろう。しばらくその場に残るというセリアに一言だけ謝ると、俺はアジトへ向けて走り出した。

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