Episode36「真実」

「これが…私とソフィアにあった全てよ」


 以前ソフィアに聞いた話は大まかなものだったが、改めて全貌を知り二人の友人のような関係に納得がいった。

 ただサリエルが堕天使になった理由を知らなかったソフィアはショックを隠しきれない様子で、当時の事をはっきりと思い出したせいもあってか微かに震えている。


「…だから私は会って謝りたかった。ソフィア、嘘偽りなく私は貴方という人間が好きよ、それは今でも変わらないわ」


 椅子から立ち上がりるとサリエルは小刻みに震えるソフィアの前に跪く。


「堕天した時からずっと貴方の無事だけを祈ってきた。なのに…貴方にこんな苦しみを与えてしまって…」


 だがサリエルの懺悔を遮るように、ソフィアは彼女の前に同じく跪くとそっと抱き締めた。


「もういいの…たくさん辛い思いをさせてしまったのね…ごめんなさい…」


「…ソフィアのせいじゃないわ。それに人間のように笑って、泣いて、怒って…そうやって生きるのも今は素敵だと思えるの」


「許して…くれるの…?」


「許すも何も、それは私の台詞よ」


 そう言って二人はコツンとお互いの額を合わせながら微笑んだ。


「ありがとうサリエル、あなたに与えられた力のおかげで私は今もこうして生きていられる」


「ありがとうソフィア、貴方と出会えて私は人間の素晴らしさを知る事が出来たわ」


 どうやら二人の間に生じていた確執は無事に取り払われたようでその光景に思わず頬が緩む。

 ふと見るとエリスは号泣しながらうんうんと唸り、その鼻からは凄まじい量の鼻水が垂れている。それ自体は別に珍しい事ではないように思えるが、意外な事にセリアもうっすら涙ぐんでいた。

 今の話でセリアまでも涙する程感情移入するのは不思議だったが、もしかしたら僕達がいなかった間に女性陣は女性陣で打ち解けていたのかもしれない。もしそうならソフィアの事をこんなに思ってくれる人が僕の他にもいる事が心強く、何より嬉しかった。


「そしてレヒト、貴方にも感謝するわ。信じてくれて…こうしてソフィアと会わせてくれてありがとう」


「礼を言うには早い、質問に答えてもらわないとな」


 レヒトは相変わらず素直じゃないようで、穏やかな空気をぶち壊すようにぶっきらぼうにそう言い放つ。だがそれを気にする様子もなく、サリエルは憑き物が落ちたような晴れやかな笑みで頷き再び椅子に腰掛けた。ソフィアもまたそれを気にする様子はなく、ベッドに腰掛けるとサリエルを見て微笑む。

 …そして手馴れた手付きで横にいるエリスの鼻水を拭ってやった。


「さぁ、何でも聞いて頂戴」


「それじゃ単刀直入に聞くが、アザゼル達は今後何をするつもりだ?」


 それはこの場にいる誰もが知りたかった情報。先程までと打って変わって真面目な話題に空気が張り詰めた。

 レヒトの質問にサリエルは眼鏡を軽く持ち上げ考える素振りを見せると気まずそうな表情で返す。


「…今はヘルズゲートを解放して悪魔を召喚中よ。ある程度の悪魔が地上に表出したらヘヴンズゲートを開いて天上へ向けて進軍する」


 どうやら僕達の推測は当たっていたようだが、問題は悪魔を召喚するというヘルズゲートの場所とヘヴンズゲートをどうやって開くのかだ。

 しかしそれを尋ねる前にサリエルは自分から説明をしてくれる。


「ヘルズゲートはセインガルド…あの要塞都市そのものよ」


 その言葉に一同驚きと混乱が入り混じる。更なる説明を求めるとサリエルは慎重に言葉を選んで話し始めた。


 ヘルズゲートとはその名の通り地獄と地上を繋ぐ門だ。それを開けば悪魔は地獄からこの地上へ這い上がれる…しかし問題はその場所だった。

 彼女の言うセインガルドそのものがヘルズゲートになるというのは言葉通りで、セインガルドの内部は全て悪魔出現の対象となる。つまりあの要塞の中は何れ悪魔に覆い尽くされた魔境となるのだ。

 ヘルズゲートはセインガルド中心に座する王室、そこにいるルシファーによって強制的に開放されているようだがそれを止める手立てはなかった。そしてヘルズゲートはA地区を起点として、まるで周辺国を飲み込んでいったセインガルドのように外周へと広がっており現在はB地区を越えたところらしい。ただD地区までの解放はもうしばらく時間が掛かるそうでそれを聞いて僕達は一先ず安堵した。

 ヘルズゲートが開くと街はどうなってしまうのかという疑問をぶつけてみると、サリエル曰く人々にはヘルズゲートが開いてもそれを認識する事は出来ないらしい。人間から見れば何も無い地表から突如悪魔が湧き出るだけで、それ以外には特段目に見える変化はないそうだ。

 そしてヘルズゲートの開放かわ止められないのなら、開放が終わった後に閉鎖出来るかどうかについて尋ねると、ゲートそのもの…今回の場合はセインガルドそのものを地上から抹消する以外に手段はないそうだ。

 そうなると僕達はまず住民を全て避難させてからあの巨大な要塞都市を丸ごと消し去らなければならない訳だが、とてもじゃないが一筋縄ではいかないだろう。

 まず住民が避難したところでセインガルドの外に出た後の行く宛など無く、まして東側は現在も紛争状態の為、無意味な死傷者を出す事になりかねない。何とか周辺国に協力を仰ぎたいところだが、軍事力で周囲を強制的に支配してきたセインガルドの民を進んで救おうとする国があるとは思えないし、悪魔がこの世界に召喚されているなんて言ってそれを信じる者など皆無だ。

 そして問題はヘルズゲートが開放されるセインガルドだけではない。彼等が最終的に目指すのはヘヴンズゲートだが、それを開き天上へ進軍する前にその進行を阻止しなければならない。

 その為にはまずヘヴンズゲートの場所を把握しなければならないが、その時サリエルは突然机の上にあった紙にペンで何かを書き始めるとそこに描かれたのはセフィロトツリーの簡単な図だった。


「第一のセフィラである王冠ケテル、アダム・カドモンは最終的に王冠ケテルへ至りヘヴンズゲートを開く」


「…王冠ケテルがヘヴンズゲートになるんだよね?」


「そうよ。そしてこの図を見れば王冠ケテルは最北に位置しているわね。でも…」


 そう言ってサリエルは図を逆さまに持ち替える。


「要塞都市国家セインガルドは此処…王冠ケテルとは逆に当たる王国マルクトを意味しているわ。天上への扉が王冠ケテル、地上への扉が王国マルクト。セインガルドが建国された理由は王国マルクトのセフィラ、扉を開く為よ」


「じゃ、じゃあセインガルドが周辺国を飲み込んで領土を拡大していたのは…」


「先ずは王国マルクト…確かなるヒトの王国を形成する。それから周辺国を取り込む事で他のセフィラを解放して小径パスを辿る。そうして最終的にセフィロトツリーを解放してヘブンズゲートへ至るのよ」


 そういえば北C地区の教会…あそこは天使サンダルフォンを祀っていたけど、サンダルフォンは第十のセフィラである王国マルクトを守護する天使だ。

 図を逆さまにした事で本来最南に位置していた王国マルクトのセフィラが最北に置かれている。だとすればヘヴンズゲートが開かれる場所は…。そこでようやくサリエルが図を逆さまにした意味を理解した。


「そして私達が今いるこの地の名はツォアリス。此処はかつてツォアルと呼ばれ、ロトという男がソドムから逃れ向かった地よ」


 謎の空間でエリヤと名乗る女性との会話を思い出す。

 人類最初の殺人者カイン、その息子エノクは地上に降り立つとロトと名を変えた。そしてヒトとして地上で過ごしていたロトには妻と二人の娘がいた。しかし彼等が過ごしていたソドムは近隣のゴモラ共々神によって滅ぼされてしまう。ロトは突然現れた預言者エリヤの言葉に従いソドムから逃げ出すと近隣の都市ツォアルを目指して家族と共に走る。だが逃げる際に決して後ろを振り返ってはいけないと言われていたにも関わらず妻は後ろを振り返り、釣られて振り返った娘達は三人とも塩の柱と成り果てた。

 それから三百六十五年、一人ツォアルで生きたロトは神に連れられ神と共に歩むことになる。そうしてエノク、ロトは天上へ昇り、契約の天使、天の書記、神の代理人など七十二の異名を持ち、太陽よりも燦然と輝く天の御使いメタトロンと成った。その後メタトロンはツォアルに位置する王冠ケテルの守護天使となるが、サリエルの話によればルシファー達に討たれてしまう。しかしメタトロンの魂は消える事なく新たな器に宿った。その新たな器こそ僕、シオンだ。

 遥か遠い昔にツォアルと呼ばれていた都市ツォアリス。此処はかつてロトという名の僕が過ごし、天上に連れられた所縁ゆかりの地だった。


王冠ケテルにはその象徴として三本の塩の柱ネツィヴ・メラーが存在しているわ。ヘヴンズゲートはそこに開かれる」


 どうやら王冠ケテルは他のセフィラと異なり三本の塩の柱ネツィヴ・メラーが目印となっているそうだ。その為ルシファー達はセインガルドを建国するより以前に発見が容易だった王冠ケテルを守護天使であるメタトロンを屠り解放していた。この地にセインガルドに攻め込まなかった理由は既に王冠ケテルを解放し終えていたからに他ならない。

 しかし塩の柱なんて伝説上の象徴が形として現存するのなら僕達人間でも発見していそうだがそんな話は一度も聞いた事が無い。その疑問にサリエルは当然と言った表情で続ける。


「もう数百年も前になるけど、当時この周辺はもっと低地だったのよ。だから今はツォアリスより少し北の地中深くに三本の塩の柱ネツィヴ・メラーは埋まっているわ」


「て事は、だ」


 それまで黙っていたレヒトが口を開く。


「ルシファー達はヘルズゲートを完全に開いて悪魔を召喚し尽した後、此処ツォアリス目掛けて進軍してくるんだな」


「えぇ、その予定よ」


 ルシファー達の計画が明らかになるが一同の表情は暗く沈み込んでいた。いつもなら訳が分からず混乱していそうなエリスも今回は理解出来たのか神妙な面持ちだ。

 しかしようやくルシファー達が未だに手を出してこない理由が分かった。彼等が最終的に目指す場所はここツォアリスの北に埋まっているという三本の塩の柱ネツィヴ・メラー、そこで開かれるヘヴンズゲートだ。どのように開かれるかはサリエルにも分からないそうだが、全てのセフィラを解放された今、求めれば扉は簡単に開かれるだろうとの事だ。そう考えるとルシファー達に焦る理由はないし、ヘルズゲートを完全に解放し進軍の準備を整えてから攻め込むのは納得がいく。ただ不安げな表情でサリエルは最後に付け加えた。


「…ルシファーが何を考えているのか、その全てを私達は知っている訳じゃない。他にも何か狙いがあって攻め込むのを待っている可能性だってある」


「確かにベルゼブブは俺の事を知ったいたようだし、仲間内でも聞かされてる情報に差はありそうだな」


「えぇ、彼は言わばルシファーの側近だから…」


 二人の会話に耳を傾けつつ、ふとこちらから先にヘヴンズゲートを開いて神に助けを求めるのはどうかと思った。しかし人間がそんな事をすれば神の怒りに触れかねないし、何よりそれで天上から天使が悪魔を殲滅せんと攻め込めばかつてのジハードの再現にも成り得る。そうなれば世界は再び破滅するだろう。

 そうなるとやはりこの世界を救うには僕達だけでルシファーを倒すしかなさそうだ。


「まぁ事情は分かった。とりあえず俺達が今後やるべきことはセインガルドを壊滅させ、ルシファー達を討つ」


「でも住民の避難も考えると…そう簡単にいきませんね」


「セインガルドをって…あの巨大な要塞都市をどうやって壊滅させる気よ」


「私のビームでも流石にあの街を一瞬ではちょっとー…それにマスターとか他のみんなも早く助けなきゃ…」


 問題は山積みだが、流石にサリエルに相談したところでそれは解決しない。


「とにかく今後どうするかはまた考えるとして…今度は教団本部で俺が聞いた質問に答えてもらおうか」


 何の事か分からず全員がレヒトに不思議そうな顔を向ける。


「…過去のジハードについて、そしてその後の天上での出来事だったかしら」


「そうだ、俺が何者か…そしてこいつが何者か知ってることを教えてくれ」


「わ、私ですか…?」


 突然話を振られきょとんとした顔をするエリス。だがそれも当然だろう、彼女もまさかこんなところで自分の過去を知っている人物と話す事になるなんて思ってもいなかったはずだ。


「正直なところ…貴方達が何者か、確信がある訳じゃないわ。だって貴方達は私の知るそれとはあまりにかけ離れているもの」


「どういう事だ?」


「…レヒト、貴方は戦神マルス。そしてエリスは女神エリスのはずよ。でも私の知る二人の神は今のような姿でもなければ性格から何もかもが違うの。少なくともジハードで共闘した時とはまるで別人よ」


 神々の戦争、ジハード。それは今から一万年以上前にも遡るという。高度に発達した文明世界にルシファーは突然現れ、それに対抗する為にサリエルや同じく当時まだ天使だったアザゼルは神の命により地上へ降り立った。その戦いには予想通り天使だけでなく神の直属、戦神マルスや女神エリスも参戦し世界を巻き込みながらもルシファーを退け勝利を収めた。

 少なくともその頃の二人は互いに興味はない様子で、今のように人間味など欠片も無かったそうだ。そもそも神々がそんな感情を持つはずが無かった。しかし二人は戦神と争いの女神という切っては切れない関係から常に近い場所におり、人間の感覚からすればそんな二人の間に恋心が芽生えても不思議はないように思えた。

 とにかくそうしてジハードが終戦し、生き残った人類は再び再生の道を歩み始めるが争いが絶える事は無かったそうだ。その度に二人は揃って戦場に姿を現していたが、その頃から二人の様子は徐々に変化していったらしい。エリスは不和と争いを司りながらもそれを拒むかのように塞ぎ込み、マルスもまた戦いを放棄し草原で穏やかな日々を過ごす姿が度々目撃されるようになった。

 ただマルス達より下位の階級である天使サリエルに神々の事情を知る権利はなく、それに対して何かを思う事も無かった。あくまで結果として二人が愛し合い、人間と同じように肉体の快楽に溺れた事で天上を追放された結果しか知らされておらず、それ以外に下された罰の詳細は分からないらしい。

 話を聞き終えたレヒトとエリスは難しい顔で考え込んでいた。


「…結局のところ俺達の事はよく分からない、か」


「だから言ったでしょう、そもそも二人共別人過ぎて本当にあの二人の神だったのかすら疑わしいわ」


 そう言って疑いの目をエリスに向けるが、そんな視線に気付かず頭を悩ませる姿を見てサリエルは一瞬笑ったように見えた。


「でもそうね…これは私の想像だけど…。あの二人の神様がヒトになって、ヒトとして生きたいと願ったのなら…案外こうなっているのかもしれないわね」


「…何だそりゃ、それじゃ罰にならないだろ」


「あくまで私の想像…いえ、願いかしら」


 そう言って口元に手を当てて笑みを零すサリエルに対してレヒトはばつの悪い表情を浮かべていた。

 他に聞きたい事はないかと尋ねるサリエルに対して全員が何か質問はないかと頭を捻る。すると逸早くソフィアが真剣な表情でサリエルの名を呼ぶ。


「これから…どうするつもりなの?」


 その問いにサリエルは黙した。彼女の話によれば元々ルシファー達と行動を共にしていた目的はソフィアにもう一度会う為であり、それが叶った今となってはあちらに戻る理由はない。何より堕天使である事を受け入れたくないのなら尚更戻るべきではないだろう。


「…少し考えさせてくれる?」


 しかしそう言うとサリエルはそれ以上は語らなかった。

 再び全員が沈黙し質問はないかと模索すると今度はセリアが口を開く。


「アザゼルはやっぱり敵……なのよね」


「そうね、彼の考えもよく分からないけど…きっとそうなるわ」


 その返答にそう、と小さく呟くとセリアは肩を落とす。どうやら見捨てられたとは言え、一度は力を与えてくれたアザゼルに思うところがあるのだろう。ただ残念ながらソフィアとサリエルのように和解するのは困難に思えた。


「あのサリエルさん、私もいいですか…?」


 そこで珍しくエリスがおずおずと手を上げる。思った事は何でもすぐに聞くような彼女の表情からはいつものような元気が見当たらない。


「私の…ううん、私達の力って一体何でしょう…?」


 それは恐らくレヒトや僕が持っている神の力を指しているのだろう。それに先程懸念していた件にも関わりそうだしこの際はっきりとした答えを知っておきたい。


「そうね…まず天上とこの地上は違う次元によって構成されている訳だけど…」


 僕達がいる物質界と天上の世界とでは森羅万象を形成する何もかもが根源から異なっている。

 例えば物質界に存在し僕達が認識している普通のリンゴがあるとしよう。リンゴと言えば甘かったり酸味のある瑞々しい果実だが、同じリンゴでも天上に存在する物は甘くもなければ酸味も無い。そもそも味覚という概念が天上には存在していないのだ。それはあらゆる物に言える事で、肉体や力は当然として人間の概念は天上では一切通用しない。

 天上の概念は僕のように真理ダアトの扉を開かない限り理解は不能で、それを普通の人間が無理矢理知ろうとすれば先日のように発狂したり自ら命を絶つなど悲惨な結末が待っている。つまりその概念が理解出来るのはエリスやサリエル達、そして真理ダアトの扉を開いた僕のような『あちら側』に近い例外の存在だけだ。


「………」


 そういえばレヒトも天上の概念が理解出来ていなかったが、話がややこしくなりそうだからかその事については何も言及せず黙って話を聞いていた。

 話を戻すと人間は当然ながら彼等のようには動けないし、魔法だったりビームも使えない。セリアやソフィア、ヴァンパイアはその領分に少し近付いてはいるが、サリエル達のように物質界の法則を無視した事までは真似出来ない。せいぜい寿命が延びて傷の再生が早くなり、常人よりも遥かに高い身体能力を手に入れる程度だ。そこに翼を生やして飛んだり、魔法を使ったり…無から有を生み出すような事象は起こせない。それは人間である限り覆せない事実、アダムとイヴの子孫として原罪を背負うヒトである証拠とも言える。

 だから原罪を持たない存在、天使やルシファー達悪魔は僕達とは根本から異なり、彼等を構成するものは地上にあって地上にないものである。失われた物であろうと、そこに何もなかろうと、彼等は無から有を生み出せる。アザゼルが得意としている飛びナイフでの攻撃、そして肉体を失っても再生するのはそういった理由からだ。

 これを踏まえた上で神の力を行使する際には主の許可が必要となり、サリエルはその権限こそが最も重要だと言う。主に求め訴え、許可が降りて初めて力を行使する権限が与えられる。これをサリエル達は簡易的に『接続』と呼ぶ。

 天上に存在する概念、力。本来それらは地上に存在せず自然には発生し得ない物だが、それを強制的にこの地上へルシファー達は持ち込んでいた。堕天使や悪魔はその接続を天上ではなく地獄と行い、その接続の許可は地獄の父であるルシファーによって与えられる。逆に天使や神は天上に存在する強力な魔力を地上に持ち込むが、それには天上を司る父の許可が必要になる。

 つまりレヒトやエリス、そして僕の力の行使は神に認められた上で与えられた権限という事になる。ただそこにどんな神の意図があるのかは誰にも分からない。

 そこでサリエルは疑問を投げかけるが、それは何故その権限が今もレヒト達に与えられているのか、というものだった。レヒトとエリスがかつて神だったのならば、罰によって天上から追放された際に神の力は失われているはずだ。当然人間として転生した僕も今は原罪を背負っており、本来なら天上への干渉、接続は不可能…。にも関わらず僕達は接続により天上の力を行使しながらも地上に残り続けている。

 分かっていた事だけど僕達から明確な答えが得られないサリエルは厳しい表情で考え込み、やがて苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「地上での力の行使…いつまでも出来るとは思わない方がいいわ」


「どういう事だ?」


「本来ならこの世界に別次元の力や概念を持ち込む事は禁じられている、不干渉が原則よ」


「それを言ったらお前達悪魔はどうなんだ」


「…持ち込むから悪魔なのよ」


 その言葉で悪魔の定義、概念をようやく理解した。

 神の眷属が人間の感情を持つだけならまだ悪魔とは呼べない。悪魔とされるのは神の許可なく地上へ干渉した事で地獄へ堕ちた者だけだ。

 サリエルの場合、神の命に従いソフィアに力を与えるもそれを他者に知られてしまった。それにより彼女は裁判にかけられたものの、この時点ではまだ堕天使には堕ちていなかった。問題はその後、神の許可なく勝手に地上へ干渉しソフィアを救ってしまった事だ。そしてアザゼルもまた遥か昔に人間と生活を共にし、神の許可なく勝手に知恵を与えている。そうして独断で地上へ干渉した事で彼等は地獄へ堕ちた。つまり元から地上にいる、ソフィアやセリアのように原罪を持つヒトは決して悪魔には成り得ない。

 そして悪魔や堕天使なら地獄、天使や女神なら天上へ接続するという事だが、サリエルの懸念は僕達のように既に天上の存在でなくなった者が地上に力を持ち込むのは地獄へ堕天する行為に該当するのではないか、という事だった。

 確かに今の僕達が行っている接続は神の許可の元で行使しているのかどうか不明な状態だ。もし神の許可無く強制的に接続が可能だとして、それを知らず知らずの内に僕達が実行していたらそれは神への反逆行為に当たる。そうなると天使のみならず堕天しルシファーから許可を得て地獄へ接続している堕天使とも力を行使する場合の話が変わってくる。


「マルス、エリス、そしてメタトロン…。本来なら今の貴方達ではあちら側との接続は不可能なはずよ」


「…不可能と言われても、俺もエリスも目覚めた時点で人の理から外れてるぞ」


「神が貴方達にどんな罰を与えたのか分からないけど…」


 少し考えた後に、サリエルは自信なさげに続けた。


「きっと試練…かしら」


「…どういう事だ?」


「あくまで憶測だけど…神は貴方達を試している気がする」


 僕達を試す…?

 神はルシファー達が再び反旗を翻すと予測して僕達をこの世界に用意しておいた…そう推測していたが、この期に及んで一体僕達の何を試しているというのだろうか。その答えは誰にも分からないけど、彼女の言葉は無視出来ない。


「とにかく何が起こるか分からない。極力あちら側と接続しない方が良いわ」


 レヒトは腑に落ちない様子だったがそれ以上は何も追求しなかった。

 各々今までの話を自分の中で整理しているのかしばらく沈黙が続く。すると突然場違いな腹の音が聞こえてきた。


「…お腹空きました」


 犯人はエリスだった。しかしそのお陰でそれまで張り詰めていた空気が一瞬で緩んだ。


「ふふ、食事にしましょう。クロフトさんに頼んで何かもらってくるわ」


 そう言ってソフィアが立ち上がるとサリエルも後に続いて部屋を後にする。折角だし二人にさせておこう、そう思い全員快く二人を見送ったものの、しばらくしてから全員がクロフト達にまだサリエルの件を話していなかった事に気が付いた。

 全員で慌てて後を追うが時既に遅く、叫び声が聞こえた方向へ走るとそこではサリエルの前で腰を抜かすクロフトが言葉にならない言葉を発してプルプルと震えていた。

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