Episode30「攻略会議」

 その頃、血の盟友本部ではセリアの部屋にソフィアとエリスが居座っていた。薄暗い部屋の中央でエリスは真剣な表情を二人に向ける。


「これより…第一回レヒト攻略会議を始めます…」


 ソフィアは穏やかな笑みを、セリアは複雑そうな、何処か面倒臭そうな表情をしている。


「まずはセリアさん…あなたもレヒトを愛しているのですね…?」


「あ、愛っ!?」


 突然話を振られ暗い部屋でも分かるぐらい顔を真っ赤にするセリアだが、そこへエリスがぐぐっと詰め寄る。


「キスをしたということはつまりそういうことですよね…!」


「あ、あれはその…確かにその…す…好き…だと思うから…顔近かったし…」


「ふふ、セリアさんって意外とピュアなんですね」


 最年長のソフィアはそんな二人を見てニコニコと微笑んでいた。思わず反論したくなるセリアだが、溢れ出るソフィアの余裕感を前に言葉を失う。


「なー! 好きかどうかも分からないでキスしちゃったんですか!?」


 曖昧なセリアを前にエリスが何故か怒り狂うが、迫力に押されたのか或いはその言葉が気に入らなかったか、セリアは少しむっとした表情で答える。


「好きよ…出会ったばかりだけど…私に生きる意味をくれた人だし…」


「あら、ゼファーさんはどうだったんですか?」


「か、彼は私に力を与えてくれて…」


「ふふ、タイプじゃなかったのかしら」


 身も蓋もない物言いにセリアは何も言えなくなるが、その沈黙は肯定を意味しているようだ。


「二人ともワイルドだと思うけど…あれかしら、引っ張ってくれるような人が好きとか?」


「そ、そんな話、今はどうでもいいじゃない…」


「分かります! 分かりますとも! 私もレヒトが色んな世界を見せてくれるって引っ張っられてここに今いますから!」


 そこで何故か自慢げに胸を張るエリスだが余りのテンションの差にセリアはまったく付いていけていない。レヒトが何故エリスにああも冷たく当たるのかが少し分かった。


「それでそれで、まずセリアさんは私のライバルってことですよね!」


「え…あ…そ、そう…ね」


 勢いに押されてつい返事をしてしまったセリアだがエリスは更に詰め寄ると彼女の手を硬く握る。


「お互いに悔いのないよう頑張りましょう…!」


 何だか話がおかしな方向へ向かってしまっている気がしたセリアは助けを求めるが、ソフィアは依然として微笑んだままそんな二人を見守っているようだった。


「それでまずはお互いキスも済んだところで…次はどうやってレヒトと子供を作るかですね!」


「はぁっ!?」


 突然飛躍したエリスの発言にセリアは思わず素っ頓狂な声を上げる。


「エリスちゃん落ち着いて、それは最終段階よ。まずはどう肉体関係を持つかね」


 突っ込みを入れるソフィアだがその内容も的外れだ。


「待ってソフィアおかしいわ、まずはその…つ、付き合う事からじゃないかしら」


「あら、付き合う前に唇を奪ってフライングしたのは何処の誰かしら」


 言われてみれば自分のやったことも順序を飛ばしていた事に気付き再びセリアは何も言えなくなる。


「恋愛はね…常に順番通り、恙無く進むものじゃないのよ。楽あれば苦もある…でもそれが人間なんだからもっと人生を…恋愛を楽しまなくちゃ、ね」


 年長者の言葉にエリスは感激し、セリアは反論出来ず押し黙る。


「ソフィアさん…何だかレヒトみたいなこと言ってます…」


「だって私達みんな長生きさんでしょ、だったらそうやって人生を楽しまないと損だし疲れちゃうわ」


 本当は私もそうしたかった…ソフィアの言葉の裏にそんな思いを感じ取ったセリアは改めて自分の人生を振り返ってみる。


 幼い頃は過酷な環境に心が死んだが、ゼファーに力を与えられてから数年は生きていて良かったと生まれて初めて思えた。しかしそんな日々は突如崩れ去り、それからセリアは神への復讐だけが生きる理由となった。恋愛をする暇など無く、ひたすら己の腕を磨く事だけに没頭し、いつか来るその日に備えていたがそれも裏切られてしまった。そして生きる理由を失ったセリアに再び生きる理由を与えたのはレヒトだ。そこでふと落ち着いて考えると何故あの時告白と共にキスをしたのか分からなくなる。

 セリアは焦っていた。レヒトはエリスを救う為にセリアへ刃を向けており、一度は本気で殺し合おうとした敵だ。それが急に掌を返したように好意を寄せるなど普通は有り得ないだろう。だがエリスの存在、そして自分の所業、それらを省みた結果、本能的な衝動に任せて告白とキスをしてしまった。敵としてではなく仲間として刃を交え高揚する気分の中、目の前で好きな男が微笑んでいた事がセリアを突き動かした。


 思い返せば思い返す程、自分の行動が非常識だった気がして自己嫌悪に陥り出す。実際告白はしたが交際するかどうかなど後先の事は一切考えておらず、全ては若さ故の過ちと片付けたくなるも残念ながらセリアは五百年も生きており、その言い訳は使えない。

 セリアが一人考え込んでいるとエリスはいつの間にか握っていた手を離し、真剣な眼差しでベッドに座るソフィアの話に耳を傾けていた。


「な、なるほど…雰囲気作りが重要ですか…」


「そうよ、大抵の男性は雰囲気だけで押せちゃう事が多いの」


 ふと我に返るとエリス同様ソフィアの話に耳を傾けるセリア。

 彼女は一体どれ程の恋愛経験があるのだろうか?

 失礼ながら悲愴なだけの人生だと思っていただけにセリアは驚いたが、実用性のありそうなその話を聞き逃さないよう集中する。


「あとはそうね…女の武器を使って…決まりね」


「女の…武器ですか…!?」


「えぇ、例えばこうして…」


 ソフィアが胸元を軽く摘みながら屈むと豊満な乳房が寄せられ、色めかしい谷間を前に二人は思わずおぉと感嘆の声を漏らした。


「でもソフィア先生、私には胸が…胸が…」


 それを真似ようとエリスは自分の胸を必死に寄せるが泣きそうになっていた。お世辞にもエリスの胸は大きいとは言えず、いくら寄せても谷間が出来るか微妙だ。その横でこっそり脇を締め肘を寄せるセリアは胸元を見て心の中で小さくガッツポーズした。


「大丈夫よ、女の武器は胸だけじゃないわ」


「ほ、他にはどんな武器がありますか!?」


「そうね…笑顔、かしら」


 そう言ってにっこり微笑むソフィア。慈愛に満ちた柔らかい笑顔はエリスやソフィアの気持ちまでも温かくさせた。


「笑顔…笑顔…よぉし…」


 独り言を呟きながら自信ありげな笑顔を浮かべるエリスとは対照的に、今度はセリアが泣きそうな表情を浮かべる。それもそのはず、セリアは神への復讐を誓ったあの日から数百年に渡り心から笑った事はなく、試しにソフィアのように笑おうとしても頬が引きつってしまう。


「ふふ、何よりも大事なのは気持ちよ。二人とも悔いのないようにね」


 ソフィアはそう纏めると打って変わって真面目な表情でエリスを見詰めた。


「改めて確認したいのだけど…エリスちゃんはマスターさんに拾われる前の記憶はまったくないのかしら?」


 真剣な声にそれまで緩んでいた空気が張り詰め、エリスはしばし考える素振りを見せると顔を横に振った。

 エリスが女神であったことはほぼ間違いない。しかし彼女が神々の戦争ジハードに参戦していたかは不明な上、その後に何が起きて今もこうして記憶を失ったまま生きているのかはまったく分からず手掛かりもない。

 各々がいくら考えたところでやはり最終的な答えは出なかった。エリスは神が仕組んだ悪魔への対抗措置であるという仮説に確証は無く、そもそも神が人間の味方をする前提が正しいのかすら分からない。シオンの話によれば神は悪魔に勝利したが、代償として人類が失ったものは余りに大きかった。もし神が人間の味方で、全能ならばそんな代償を払わずとも勝利を手に出来たのではないか?

 かつて人間が神へ近付こうとして建築したバベルの塔。人が神に近付こうとして罰せられたのは何故か。アダムとイヴのようなヒトを自ら作り出し、神の園に住まわせていたにも関わらず神は何故ヒトを遠ざけるのか。もし罪を犯したヒトの子孫を未だに赦していないのならば、神が人間に味方するとは到底考えられない。

 果たして今度の戦いには一体何の意図があってエリスのような神の眷属を地上に残したのか。恐らくそれは神に問う以外に答えは得られないだろう。答えは神のみぞ知る…そう考えるとこうしてエリスが力を取り戻しても

記憶を失ったままなのは道理かもしれない。

 申し訳なさそうに肩を落とすエリスにソフィアは気にしないよう宥めると、今度はセリアを見据えた。


「話したくないかもしれないけど…セリアさんが力を与えられた時の事も聞いてもいいかしら?」


「…別に隠すつもりもないし構わないわ」


 セリアは無表情に、遠い日の記憶を手繰り寄せながら淡々と語り始めた。

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