Episode26「方針」

 しばし休憩を挟む事となり、その間にソフィアやヴァンパイア一同に慰められたエリスは落ち着きを取り戻した。


「えー…あー…」


 エリスへの配慮で席移動をした結果、屈強なヴァンパイアに挟まれたレヒトが気まずそうに声を上げる。


「は、話の続き…だよね」


 助け舟を出そうにも僕の両隣にはソフィアとエリス、その奥にセリアとこちらは女性陣に挟まれ気まずい。


「レヒトさんが戦神マルスじゃないかって話でしたね」


 そこで何事もなかったかのようにソフィアが笑顔で切り出すが、その笑みはいつもの穏やかなものとは何かが異なり、言い知れぬ恐怖を覚えてしまう。


「今回悪魔へ対抗する為に用意されたのが戦神であるレヒトさんや女神のエリスちゃん、そして私やセリアさん、シオン…もしそうだとしたらどう思いますか?」


 ソフィアは意見を求めるように僕を見やる。

 最初のジハードはこちらの世界に天使が送られた。しかし今回は数こそ少ないものの、ソフィアの仮定が事実なら悪魔に対抗出来る存在は既に地上にいる事になる。


「神の意図は流石の僕にも分からない…でもそれが神の仕組んだことだとしたら…」


 敵はまだ悪魔の軍団を召喚し始めた段階だ。それなら僕達が止められる…いや、止めると踏んで予め神が用意していた舞台なのかもしれない。


 これはあくまで僕の推測だけど、かつてのジハードでサタンは敗れた後もこの地上世界に残っていたとする。そしてそのサタンが目覚めた時に備えて神はエデンから追放したエリスとレヒトを送り込んだ。

 ソフィアに力が与えられたのを神が看過したのは神への反逆の心配がなかったから。しかしセリアは悪魔の仲間として引き込む予定で力を与えられた…そのせいで天使が彼女の元へ現れて全てを破壊した…それなら一応筋は通る。そしてメタトロンとして悪魔に敗れた僕がこうして今も存在し、ソフィアに出会ったのも全て悪魔へ対抗する為の駒だとしたら…。

 これらはあくまで仮定で、何が偶然で必然かも分からないけど神の前ではそんな事は考えるだけ無駄なのだろう。僕の仮定なんて的外れで、神の真の思惑は誰にも分からないのかもしれない。でもきっと成るべくしてして成る、全ては神の描いたシナリオ通りに…。


「…そう考えると僕達は戦わなければいけない」


「神の意思に従って、か」


 どうにもレヒトは釈然としない様子だが、彼の性格を考えると神の思惑通りに動くというのが気に食わないのだろう。


「まぁ神様が何であれ、悪魔が召喚された以上何とかしないといけないのは事実だ」


「力不足だが我々血の盟友も出来ることは協力させてもらおう」


 そう名乗り出るクロフトだが、それを見てソフィアはやや語気を強めた。


「いけません、ゴードンが倒れた今皆さんが戦う理由はもうないのです」


「しかしソフィア様は戦うつもりでいらっしゃる」


「それは…」


 その言葉にソフィアは反論出来ず口を噤んだ。


「ならばソフィア様に付き従うが本懐です」


「その心意気は買うが、確かにあんた等じゃ役不足だ」


 二人のやり取りを見ていたレヒトがふんぞり返りながらそう言い放つと、当然の如く両隣のヴァンパイアが睨み付けた。


「まぁ待て、心意気は買うって言ったろ。まずは最後まで聞け」


 どうやらレヒトの経験では最弱クラスの悪魔を一体倒すだけでもヴァンパイア数人は必要らしい。そこで改めて悪魔の強さを知った団員達に動揺が走るが、構わずレヒトは続ける。


「上級悪魔をゼファー達とすると、中級なんてあんたらが何人で挑もうと傷一つ付けられないだろうよ」


「レヒト殿…では我々に出来ることは…」


「戦闘ではほとんどない」


 はっきりと断言され誰もが絶望に肩を落とす。でも確かにゼファー達を上級悪魔とするなら中級悪魔ですら普通のヴァンパイアじゃ太刀打ち出来ないのは事実だろう。

 掛ける言葉が見つからないでいるとソフィアが立ち上がった。


「皆さんに出来る事はあります、それは何も戦うだけではありません。そうですよね、レヒトさん」


「まぁそういうことだ」


「皆さんで…セインガルドの住民を避難させるんです」


「私達がセインガルドの人間を…ですか…?」


「そんなの無理ですよ、人間は私達がヴァンパイアと知っただけで逃げていくに違いない…」


 団員達がざわつく。しかしそんな団員達を真っ直ぐな目で見つめながらソフィアは続けた。


「大事なのは人間かヴァンパイアか、そんな事ではありません。この世界を救いたいか、命を守りたいか…それだけです。皆さんはどうですか? かつて人間として生きていた皆さんは、本当にもう人間に未練はありませんか? 誰かを救いたいと思いませんか? 私は違う…私はヴァンパイアになっても誰か救える人がいるなら救いたい。世界に脅威が迫っていても、私は目を背けず最期まで立ち向かいます。そこに人間かヴァンパイアか、そんな事は関係ありません。傲慢と言われようと、生ある者全てを…私は救いたい。皆さんは…どうですか?」


 ソフィアの演説に不安を漏らしていた団員達は押し黙り考える。やがて一人が涙を流しながら拍手を送り出すとそれに続くように、まるで覚悟を決めた表情で団員達から次々と拍手が沸き起こる。


「ソフィア様…やはりあなたは我等が母。この命尽きるまでご一緒します」


 見ればクロフトは涙腺が崩壊してるのか滝のような涙を流しており、寡黙なザックもまた目を閉じながら涙を流し、激しく頭を縦に振りながら拍手を送っていた。


「みんな…ありがとう。レヒトさん、これで貴方も思う存分戦えますよね?」


「はっ、随分と扱いが上手くなってきたじゃないか。て事でヴァンパイアの諸君もこの戦いに参加する…異論はないな?」


 満場一致の返事として一層強い拍手が送られるが、見れば全員がすっきりした面持ちをしていた。


「よし、それじゃ作戦の方向性だが、まず悪魔と直接交戦するのは俺とシオン…そしてセリア、ソフィア、エリスだ」


「ええええぇぇー!?」


 それを聞いて団員達と共に感動の涙を流していたエリスが驚きのあまり血相を変えて立ち上がる。


「私戦ったことないですよ!?」


「大丈夫だ、何故か知らんが悪魔はお前を見たら逃げ出す」


「ちょっと、まるで私が虫除けみたいじゃないですか!」


「いざとなったらお前ビームとか出るみたいだし何とかなるだろ」


「ビ、ビーム!? そんなもの発射出来るんですか私は!?」


「…私に振らないでよ、貴方が戦ってる姿なんて見たことないわ」


 隣にいるセリアにずずいと迫るエリスだが、当然セリアは困惑していた。


「僕とソフィアは見たけど…確かに君はビームみたいなものを発射してた…」


 セリアへ助け船を出すような形でおずおずと隣で鼻息を荒くするエリスに呟く。するとエリスは何かを決心したように気合を入れると後ろに数歩下がり、おもむろに背中の翼を広げた。


「レヒト…いきます…」


「は? いくってお前何を…」


「キューティーエリス☆ビィーム!」


 両手を前に突き出し、恥ずかしい技名を堂々と叫ぶと突然彼女の目の前に光の魔方陣が浮かび上がった。


「え、嘘だろ、ちょ待てバカ――!」


 咄嗟にレヒトが両隣にいた団員の頭を押さえて机の下に隠れた直後、魔方陣からは光線が放たれレヒト達が立っていた背後の壁には焦げ跡から煙が上がっていた。


「ホントにビーム…出ちゃいました…」


 その光景を目の当たりにして全員が固まり動けなくなる。しばらくの沈黙が訪れ、机の下から鬼の形相で飛び出したレヒトは飛び上がって一直線にエリスの元へ突っ込むと…


「ぴぎゃっ!!」


 勢いはそのままに思い切りエリスの顔面に膝蹴りを喰らわせた。


「何考えてんだテメェは!?」


「ごごご、ごめんなさい! ごめんなさいー! まさか本当に出るなんて思ってなかったんですよー!」


 流石に本人も悪いと思っているようで鼻血と涙を流しながら何度も頭を下げる。しかし彼女が頭を下げる度に鼻血が飛び散るのが気になって仕方なかった。


「ま…まぁレヒト殿…怪我人はいなかったし…」


「ったく…とにかくこれでお前も少しは役に立つことが分かったな」


 イラついた様子でレヒトは椅子に腰掛けるが、気まずそうにおずおずとエリスが抗議の声を上げる。


「あ、あのそこ私の席…あと鼻血がですね…」


「あぁん?」


 しかしギロリと睨まれエリスはシュンと縮こまる。

 そんなエリスを慰めながら鼻血を丁寧に拭き取るソフィアだが、それは何処か見覚えのある光景だった。


「でだ、一番不安定なバカの実力が試せたところで他の連中の実力も見ておきたい」


「え…それは今やる事なの…?」


「敵の動きはまだ悪魔が一体召喚されただけなんだろ、俺達の推測が正しければこの後悪魔は更に増える」


「だったら今のうちに攻めた方が良いんじゃ…」


「馬鹿だな、そもそも悪魔をどうやって召喚してるのかお前分かるのかよ」


 言われてみれば確かにそれは分かっていなかった。ゼファー達がいるであろうA地区に行けば漠然と何とかなると思っていたが、そもそもゼファーの一味が全員そこにいるとは限らないし、悪魔が別の場所で召喚されているとしたらまずはそれを止めなくてはならない。


「て訳でクロフト」


「あぁ、セイガンルドに滞留した仲間に至急探らせよう」


 クロフトは待っていたと言わんばかりに張り切って部屋を後にし、そのまま全員が解散の流れとなる。


「おい誰か、何処か人目につかず戦えるような広い場所はないか」


 ふと団員の一人を捕まえてレヒトは尋ねた。


「あぁ、それなら鍛錬の間がいいんじゃないか」


「何だそりゃ?」


「このアジトの地下には武器保管庫やら訓練の為の広間があるのさ。広間を出て左に真っ直ぐ進めば下に続く階段があるよ」


「んじゃちとそこ借りるぜ、おい行くぞ」


 言われて僕達は顔を見合わせるが、どうにもレヒトと戦うというのは全員腰が引けるようだった。


「えっと…私は一度手合わせしたしもう良いでしょ」


「サシでやった事はないだろうが」


「あのレヒトさん…私は月が出てないと実力が…」


「溜め込んだ魔力を使えばそれなりにやれるだろ」


「あの…僕も月が出てないと…」


「お前にはメタトロンの力がある」


「今こそキューティーエリスビームを!」


「二度と室内で撃つな馬鹿」


 各々言いたい事はあったが、有無を言わせないレヒトの態度に全員諦めた様子で溜息を漏らし、黙って後をついていく。


 それにしても家屋の地下にあるアジトにまだ下階があるとは思いもしなかった。まだツォアリスの街全体をきちんとは見ていないが、アジトの広さから察するとツォアリスの地下全体に広がっているのかもしれない。その推測を裏付けるように途中途中で地上へ出る階段はいくつもあった。

 団員に言われた通り広間を出て少し歩くと地下へ降りる階段を見つけ、憂鬱な気分でそれを下っていくと何もない広々とした空間に出た。

 どうやらここが鍛錬の間らしい。先程の広間がいくつか入るぐらいの巨大な空間は天井も高く、手合わせには丁度良さそうではある。


「お、こりゃ手頃だな」


 壁際にズラリと並べられた刀剣を発見するとレヒトはその中から適当な大きさの片手剣を手に取った。


「それじゃまずはシオン、お前からだ」


「待ってくれ、僕の力は全てを灰にする…いくらレヒトさんだってあの炎を受ければ…」


 メタトロンの力…それは天上の炎。触れたもの全てを灰に帰す業火だ。いくらレヒトと言えど炎に触れれば…


「それなんだが、お前の炎ってのは…神にも効くのか?」


「え…?」


 思いもよらない突然の質問に戸惑った。


「教祖は燃やせたみたいだがありゃ元はただの人間だろ」


 万物全てを焼き尽くす業火、果たしてそれは堕天使や悪魔にも通用するのだろうか?

 もし神々の眷属をも焼き尽くす業火なら、それは神をも殺せる存在に成り得る。しかし全能なる神がそんな力を僕なんかに与えるとは考え難い。

 全能者が作った最強の矛は全能者の最強の盾を貫けるか、所謂全能の逆説だ。


「分かったか、お前の力はエリス…下手すれば俺すら燃やせないかもしれない。それじゃ話にならん」


「で、でも万が一それでレヒトさんが灰になったら…!」


「その時はその時だ、それに俺がそう簡単に死ぬと思ってるのかよ」


 結局それ以上は何も言えず、僕は鍛錬の間の中央で構えるレヒトと対峙した。

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