Episode24「ヘヴンズゲート」
目が覚めると俺は質素な部屋のベッドに横たわっていた。見渡すと石造りの狭い室内には小さなテーブルと椅子しか見当たらず、窓のない部屋を照らすのはテーブルの上にある蝋燭の微かな光のみ。よく見ると部屋の隅には折れた愛剣が立てかけられている。
恐らく此処がクロフトの言っていた血の盟友の本部なのだろう。体を起こしてみるが特にダメージは残っていないようだ。
…あまり覚えてないが、いつもとは違う夢を見たような気がした。その夢の中ではエリスと見知らぬ何者かがいたが、その姿は何一つ思い出せない。
考える事をやめ、いつの間にか脱がされていた靴を履くと部屋の外へ出る。
天然の鍾乳洞のように岩盤が剥き出しになった殺風景な通路、その所々には蝋燭が置かれているものの先程の室内同様全体的に薄暗い。しかし此処が血の盟友の本部だとするなら光が苦手なヴァンパイアの巣窟ということで薄暗いのも納得がいく。
何も考えず適当に歩き回っていると食事の乗ったトレイを持つセリアとばったり出くわした。
「…おはよう」
「おう、此処は血の盟友の本部か?」
「うん…それでこれ…あなたの食事…」
「ありがたい、丁度腹減ってたんだ」
「はい、じゃあこれ…」
セリアは終始視線を逸らしたままトレイを渡すと踵を返し足早に何処かへと去っていく。
「…何だかなぁ」
追いかけたところで何を言えばいいかも分からず、結局俺は元来た道を戻って部屋で受け取った食事に手を付けた。味はともかくとりあえず空腹が満たされ、ベッドの上で横になっているとドアがノックされる。
「私だ、邪魔するよ」
そう言って入ってきたのはクロフトだった。
「ゆっくり休めたかい」
「あぁ、お陰様でな。俺はどのぐらい眠っていた?」
「半日程かな、無事日の出前に到着し今はすっかり日が沈んでいる」
「他の連中はどうしてる?」
「みんな目を覚まして広間で君を待っているよ。食事も済んだようだし行こうか」
色んなメンバーがごっちゃ混ぜになっている状況を想像するとどうにも顔を出すのが億劫だったが、重い腰を上げると俺はクロフトの後に続いて部屋を後にした。
似たような景色の通路をしばらく歩いていると重々しい木製の大きな観音開きの扉が現れる。クロフトは立ち止まる事なく扉を開くと温かい光が溢れ出し、その先では巨大なテーブルを挟んで見知った顔が神妙な面持ちで向かい合っていた。
「レヒトったら寝ぼすけさんですねー」
…一人だけ普段と変わらない奴がいた。空席を探してみるが不幸にもエリスとセリアの間の席しか空いていない。
「…お前を助ける為にどんだけ苦労したと思ってるんだ」
悪態を吐きながら渋々と二人の間に腰掛ける。向かいにはシオンとソフィア、そしてその二人を挟み込むようにザックや血の盟友の団員らしき者達が腰掛けている。
「これで全員揃ったな。改めてレヒト殿、シオン君、今回の作戦は君達がいたからこそ成功出来た。血の盟友を代表して礼を言う」
そう言ってクロフトは深々と頭を下げた。
「そんな…僕の方こそクロフトさん達がいなければソフィアを救い出すことは出来ませんでした。本当にありがとうございます」
今度はシオンが席を立ち血の盟友の全員に向かって頭を下げると続けてザックも立ち上がる。
「…私は諸君等に感謝している。教団に立ち向かう勇気を与えてもらった上…こうして我等が母、ソフィア様にお会いする事が出来た…これだけでこの世に未練はない。恥ずかしながらクロフトやシオンを幽閉し、それを見過ごそうとした私の罪…今ここで清算を! すまなかったぁっ!」
ザックが声を張り上げ突然剣を抜くと自分の胸に向かって突き刺そうとする。だが寸前のところでソフィアが声を上げ制止した。
「ソ、ソフィア様…!?」
「やめてください…私は皆さんが思ってるような女ではありません。だから…私の為に命を賭けるのはお願いだからやめて…」
その光景を前にシオンは複雑そうな表情を浮かべるが、団員達はソフィアの言葉を聞いて感極まったのか豪快に泣き始める。そんなヴァンパイア達のやり取りを前に、俺とセリア、更にはエリスまでもが口を開け呆然としていた。
「…何なのこれ」
「言うな、俺だって混乱してる」
「えっとー…みんなソフィアさんの事が大好き…?」
しかし迂闊な発言にヴァンパイア達が一斉にエリスを睨み付けると声を荒げた。
「好きなど畏れ多い! ソフィア様は我等が今もこうして生きている目的!」
「ひぃっ!?」
ヴァンパイアの一人の剣幕に押されエリスが怯える。
「わ、分かった…おいソフィアさんとやら、ちょっとこいつらを落ち着かせてくれ」
「え、えぇ…。あの皆さん、真面目な話を…」
「畏まりましたソフィア様」
その言葉にザック及びヴァンパイア一同が突然真顔に戻る。
何だ…何なんだこいつ等は…ふざけているのか…?
「さて、では話を戻そう。何はともあれ我々はソフィア様の奪還に成功した。更にシオン君の手によってゴードンは葬むられ、教団も実質的に壊滅したと言って差し支えないだろう。そこで改めて自己紹介をしておこうと思う」
「ではまず新入りの私から失礼する。血の盟友の諸君、私は此の度クロフトのおかげで血の盟友の一員となることになったザックだ、よろしく頼む」
アットホームな雰囲気で団員達がザックへ拍手を送る。
「…えっと、僕はシオン…です。ソフィアの血を受けて…その…彼女を助けたくて…一緒に行動してました…」
「胸を張れ英雄! 君は我等がソフィア様を救ってくれた英雄だ!」
今度はシオンに向けて喝采が飛ぶが、こういう場に慣れていないのかそれを受けてシオンはどうすればいいのか分からず困惑した表情で俯いていた。
「私はソフィア…ご存知の通りヴァンパイアの真祖…全ては私の過ちから皆さんに辛い思いをさせて…」
「おい待てソフィアさん、そういうこと言うとまた…」
案の定ヴァンパイア一同は涙を流しながらソフィアを凝視していた。
「あ、えっと…でもこうして皆さんに助けてもらって本当に感謝しています。皆さん本当にありがとうございます」
立ち上がってソフィアが頭を下げるとその場にいたヴァンパイアが一斉に椅子から転げ落ちると土下座する。
「や、やめてくださいソフィア様! 頭をどうか上げてください! 我々はその為に生きているのです!」
「その通り! あなた様の為ならこの命惜しくはありません!」
「あああああ…! ソフィア様が私に感謝など…!」
「おいジョンしっかりしろ! ソフィア様の御前で失神するなど不敬だぞ!」
ヴァンパイア達は軽くパニック状態に陥っていた。
感謝して頭を下げただけでヴァンパイアがこうなるとは…恐るべし真祖。
「も、もう頭は上げましたから…皆さん元に戻ってください」
「はい畏まりました」
その言葉に一瞬で席に座ると元の真面目な表情に戻る。そしてヴァンパイア達の視線が今度は俺達に向けられた。
「あ、俺の番か…。俺はレヒト、元々ソフィアを殺す為に教団に雇われていた殺し屋だ」
簡単な自己紹介をしたつもりだったが、何を間違えたのか周囲から痛いほどの殺意が突き刺さる。
「諸君落ち着きたまえ。彼は雇われていた、と言っただろう。今はその依頼も破棄され我々の味方だ」
「おいちょっと待て、俺は手を貸しただけであんた等の味方になった覚えは…」
「はいはーい! 私はエリスです! ゴモラにあるお店で看板娘として働いてましたけどこの凶悪な人に連れられて旅をしてます! …ってあれ、レヒトって殺し屋なんですか?」
そういえば殺しが嫌いなエリスには何かと面倒になるかと思って殺し屋のことは黙っていたのを忘れていた。
「殺し屋…じゃあレヒトはたくさんの人を殺して…」
「いや待て、そうじゃないんだ。俺が殺すのはそのー…あれだ、人間じゃない奴! 例えばほら、悪魔とかそういうの専門なんだよ」
「だってソフィアさんを殺そうと…その為にセインガルドに…」
「何言ってるんだ、ソフィアは人間じゃないぞ」
「で、でも悪いヴァンパイアさんじゃないですよ!?」
「そんなの依頼を受けた時点で知る訳ないだろ、俺は似顔絵を渡されただけだ」
「むむむむ~…!」
「ま、まぁまぁ二人共…私はこうして生きてるし、レヒトさんももう私を狙う理由はないのよエリスちゃん。そうですよね」
そう言って微笑むソフィアに不覚にもときめいてしまった。成る程…ヴァンパイアの連中が彼女をここまで崇める気持ちが少しだけ分かった気がする。
「ソフィアさんがそう言うなら見逃しますけどー…レヒト、他に隠してる事はないですか?」
「ね、ねぇよ…多分」
「ならいいんですけどー…」
ソフィアのおかげで何とかエリスを丸め込めた。もしかしたらエリスの子守はソフィアに任せると良いかもしれない。二人の間に何があったのか知らないがどうやら仲が良さそうだ。
「では次は彼女…セリア殿と言ったか」
「…えぇ」
「諸君、先に言っておくが彼女に敵意は無い。何を聞いても平静でいるように」
クロフトに釘を刺され団員達が固唾を飲んでセリアの言葉を待つ。
「…私はセリア。王室騎士団の…いえ、元王室騎士団の団長。私は教団に協力し…彼等の儀式を成功させる為にレヒトを殺そうとした」
「何ですとー!?」
だが沈黙を破ったのは俺の隣に座る馬鹿だった。
「ななななな、レヒト危ないです! 今すぐその人から離れてー!」
「うるさいぞ馬鹿野郎、敵意は無いってクロフトが言ったばかりだろうが」
「はっ、そうでした…!」
「私は仲間に捨てられ…殺されかけたところを彼に助けられて…今此処にいる」
「…セリア殿、王室は結局何を企んでいるのだ?」
核心を突くクロフトの質問にセリアは悩む素振りを見せると気まずそうに顔を逸らした。
「それは…詳しくは分からない。けど彼等の目的は…神への復讐のはず」
「神への…復讐…?」
その言葉に一同がどよめく。そういえばベルゼクトはエリスが女神だとか言っていたが、まずは神が本当にいると信じる前提でないと話は始まらない。まぁこうしてヴァンパイアだけでなく悪魔や女神がいるんだ、神がいても不思議ではないだろう。
「なぁ、神への復讐って具体的にはどうするつもりなんだ。あいつ等揃って天国に殴り込みでも行くのか?」
「…ヘヴンズゲートを開くって言ってた。ソフィアやエリスを狙ったのはその扉を開く鍵に成り得るからよ」
何の事かさっぱり分からない。ベルゼクトの言っていた計画とはそのヘヴンズゲートを開いて神様を殺す事だったのだろうか。
「…それは僕が説明出来る」
そこで意外な人物から答えが返ってきた。
「何でお前が?」
「…信じられない話かもしれない。僕も自信はないけど…でも今もこうして僕が生きているのが何よりの証拠…。僕は…かつて天使だった」
「………は?」
思わず吹き出しそうになる。僕は天使ですなんて真顔で言われてみろ、笑いを堪えるので精一杯だ。だが本人は至って真剣な表情でとても冗談を言っているようには見えない。
「僕は遥か昔…かつてはエノクという男だった」
「エノクと言えば…確か創世記に出てくるカインの息子、だったか」
「レヒト、カインって誰ですか?」
「お前は黙ってろ」
おずおずと手を上げるエリスの頭を片手で掴みギリギリと締め上げる。
「ぎぎぎぎ…! わ、分かりましたからぁ…! 痛い痛い痛い痛い…!」
うっすら涙目になってきたところでこれ以上は面倒になると判断し解放してやる。
「えっと…エノクは後にロトと名を変えて、やがて人間でありながら唯一天使となったんだ…」
「エノクは神と共に歩み、神が連れて行ったのでいなくなった。そしてエノクは天上に昇りメタトロンになった、か」
「そう、僕はメタトロンという天使だった。そしてその死後に生まれ変わったのが僕…シオンだ」
ぶっ飛び過ぎていて何かの冗談だと思いたいが、それにしては手が込み過ぎている。
「僕自身信じられない話だけど…でも僕は死んだ後、確かに見たんだ。…
「死んだ? 生きてるようにしか見えないぞ」
「…僕はゴードンに殺されたはずだったんだ。でもその後、真っ暗な世界でエリヤって少女と出会って…そこで彼女が全て教えてくれた」
「誰だよエリヤって」
「それは僕にも分からないけど…でもそこで
ダアト…それは知識を司る隠されたセフィラ。異なる次元の深遠の上に存在し、隠された意味は悟り、気付き、隠された神の真意だ。
「…扉を開いた僕には人間が知り得ない、隠された知識を得られた」
「へぇ、そりゃ興味があるな。どんな知識だ?」
「上手く説明出来ないけど…神は――」
しかしシオンがその続きを言おうとした瞬間、突然世界が赤黒く染まり、黒い血のような液体が空中から滲むと見たことのない文字として溢れ出してくる。更にシオンから発せられる声はこの世のものとは思えない不快で
「やめろシオン!!」
常人なら一瞬で発狂しかねない異常事態に俺は声を張り上げる。シオンははっと気付き口を閉ざすと次の瞬間、それまでの悪夢のような光景は一瞬で消え去り室内は元の風景に戻った。
「クソ…何だ今のは…」
「え、どうかしましたか?」
隣にいたエリスは不思議そうな顔で冷たい汗を流す俺を覗き込んでいた。
「…エリス、お前何ともないのか?」
「え、え? べ、別に…」
今のは俺だけに見えた幻覚か…?
一瞬そう思ったが周囲を見渡すとシオンとエリスを除いて全員椅子から倒れていた。ある者は狂ったようにその場で激しく震え、ある者は発狂したのか剣で自分の顔面を何度も突き刺している。
「い、一体何が…僕は…ソフィア!?」
「あ…あぁぁぁ…やめ…て……助けて……シオン…!」
どうなっている…こいつは今何をした…?
「ちっ…。おいセリア、しっかりしろ」
ふらつく体を必死に支えながらその場で倒れているセリアに声をかけるが、セリアは耳から血を流したまま失神していた。
「…おい、手分けしてこいつらを寝室に運ぶぞ」
運ぶ際に気付いたが何人かは既にその場で絶命していた。
その後、息のある者達全てを数時間かけて寝室のベッドに寝かせ、作業が終わると俺はシオンを連れて外に出た。
血の盟友の本部は何の変哲もない家屋の地下にあったようで、外へ出ると屋根の上に飛び乗る。それに続いてシオンも飛び乗るがその場で腰を抜かしたように座り込んでしまった。
「僕は…何をしたんだ…僕のせいで…仲間を殺して…」
「…気にするな、あれはお前のせいじゃない」
「僕がダアトで得た知識を話そうとしなければあんな事には…」
「恐らくだが…
「…どういうこと?」
「扉を開いたお前は知識として知る事が出来ても、そうじゃない奴にとってその真理を知る事は禁忌…神への反逆に当たるとかな。例えばバベルの塔の話のように人間が神に近付こうとすれば罰を受ける」
「…確かに僕が知った知識はとてもじゃないけど説明しきれないし、分かってもらえるとも思えない。でもそれを伝えようとするだけで…レヒトさんは何を見たの?」
「…この世の物とは思えない悪趣味な空間にいきなり招待されて、お前は人を呪い殺せる音のような何かを発してた」
「じゃあ死んだ人は…」
「発狂したか脳がイカれたんじゃないか? まぁこんなの誰にも予想出来ないし気に病んでも仕方ない」
「でもレヒトさんとエリスは…平気なんだね」
「いや、正直なところ俺も後十秒と聞かされてたらどうなっていたかな。恐らくお前とエリス以外はくたばってただろうよ」
「彼女は何で平気だったんだろう…」
「…ベルゼクト、王室に仕える執事とか言ってたか。あいつが言うにはエリスは女神らしい」
「エリスが…女神?」
「あぁ、不和と争いの女神エリス…名前ぐらいは聞いた事あるだろ」
「まさかあのエリスが…その女神様だっていうの?」
改めてそう言われると俺も自信がなくなる。だがベルゼクトは確かにあのエリスが女神だと言った。
「ボケたジジイの妄言かもしれない。だが本当にあいつが女神なら神ってのが何なのか、その辺の知識を理解出来ても不思議じゃない」
自分で言ってて笑いそうだ。アレが神の眷属なんて冗談にも程がある。だがあいつが女神と仮定すると翼もゼファーとの戦いで見せた力も全て説明がついてしまう。
「まぁとりあえずそれは置いておいてだ。さっきの話の続きを聞かせろ」
「さっきの続きって…」
「あぁ、お前の知った知識じゃないぞ。ヘヴンズゲートについて何か思うところがあるんだろ」
「それは…セフィロトツリーのことだと思う」
「セフィロトツリー…生命の樹か」
「あれは本来ヒトが神に最も近い…原罪から解き放たれた究極のヒト、アダム・カドモンへ至る為の試練みたいなものなんだ」
「つまりアダム・カドモンになると天国に行けるって訳か?」
「…そう思ってもらっていいと思う、正確には天国じゃなくてエデン…だけどね」
シオンの説明を纏めるとこうだ。
第十のセフィラである
しかし神々の楽園、エデンへ通じる扉であるヘヴンズゲートはただ第十から第一のセフィラの扉を順番に開くだけでは開かれなかった。アダム・カドモンとしてヘヴンズゲートを開くには隠された知識である
どうやったのかは分からないがゼファー達が守護天使のいる場所へ移動することが可能だと仮定して、今まで各セフィラの守護天使を見つけ出しては排除し、強制的に扉を開いてきたとする。だが
隠された最後の扉を開く鍵こそヒトでありながら神の力を得たソフィアだったのだろう。セリアも初めはその候補に挙がっていたと考えられる。そしてソフィアが駄目だった場合の保険として、同じく人間ではないエリスや俺を同じ場所に閉じ込めて用意していたという訳だ。
「そういやお前はメタトロンの生まれ変わりとか言ってたか。確かメタトロンは
「うん…多分ゼファー達はメタトロンだった僕を殺して扉を開放した。その後に僕はこうしてシオンとして生まれ変わったんだと思う」
しかし実際に最後こ扉を開いたのはシオンだった。まさかそのメタトロンの生まれ変わりが鍵になってしまうとは皮肉な話だ。
「…僕はまんまとあいつ等の企み通り
「お前が気にすることじゃない」
しかしヘヴンズゲートが開けるようになったのは分かったが、それが具体的にどういう事になるのか想像もつかない。
「ヘヴンズゲートを開くとどうなるんだ?」
「それは…僕にも分からないんだ」
ヘヴンズゲートなんて書かれた扉が現れてそれを開いたら天国に繋がっている…そんな簡単な話とは思えない。
それにしても本来神が用意していたアダム・カドモンへ至る出世コースを悪魔が開くなんて神様も夢にも思わないだろう。
何にしてもゼファー達の今後の動向を把握しない事には対応策が立てられない。
「状況は理解出来た。てかお前もお前でいつまでも気にしてるんじゃない、見てて鬱陶しいんだよ」
「…励ましてくれてるの?」
「そんなんじゃない」
シオンは屋根から飛び降りると微かに笑みをこちらに向けた。
「ありがとうレヒトさん…あんたに会えて良かった」
「けっ、気持ち悪いんだよ。ガキはさっさと寝ろ」
シオンが室内に戻るのを確かめると俺は屋根の上で寝そべり、頭上で光る月を見上げた。
「…結局俺は何なんだろうな」
エリスは女神だった。そのエリスと俺は何かしらの関係があるようだが、それが何なのか皆目見当がつかない。一つ分かった事と言えば俺もベルゼクト達の言う『あちら側』と接続出来る存在。その言葉が何を指すのか未だ確信はないが、これがもし神の世界を指すならば俺もまた神々の眷属ということになるのだろうか。
エリスは女神、シオンはかつて大天使の一人だったみたいだし、俺も昔は天使をやっていたのかもしれない。しかし残念ながら俺にはエリスのような翼は生えていない。
「翼…か」
この何処までも広がる大空を自由に飛び回れたらどれだけ気持ち良いのだろう。少しだけエリスが羨ましく思えた。
しかしまだあいつが空を自由に飛ぶにはしがらみが多過ぎる。結局のところ俺もあいつも、セインガルドに残してきた問題を解決しない限りどうしようもないのだろう。
ただ今まで自分を知る糸口が何一つ分からなかったが、ゼファー達と戦うことで何か得られるような気がした。ここからは依頼やエリスの為じゃない、俺自身の為の戦いになる。
「次こそケリをつけてやるよ、ゼファー」
全てが片付いた後、能天気な笑顔で自由に空を飛び回るエリスがふと脳裏に浮かび思わず笑みが零れた。新たな決意を胸に眼前へ手を伸ばすと空に浮かぶ巨大な月を力一杯握り潰した。
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