Episode23「脱出」

 教団本部の入り口まで戻り重い扉を開くと薄暗い空から一筋の光が差込み思わず目を細める。薄っすら周囲を見渡すと馬車の軍団が俺達を待ち構えていた。


「そちらも無事終わったようだな」


「クロフトか、その様子だとガキのほうも目的達成か」


「あぁ、ソフィア様は我等の手に。しかしまだ安心は出来ん、教団の生き残りがまだ多数存在している」


「この後はゲートの突破か、行き先は?」


「南に未だセインガルドの攻撃を受けていないツォアリスという街がある…そこには我々血の盟友の本部が置かれているんだ」


「てことは日が完全に昇る前にツォアリス辿り着かないといけない訳だ」


「あぁ…私達に残された時間はそう長くはない…。万が一間に合わなかった時はどうか…ソフィア様を頼む」


 フードを深く被っているがクロフトの体からは薄っすらと煙が上がり始めている。確かヴァンパイアは日の光に当たると燃えて灰になるんだったか。残された時間は本当に僅かのようだ。


「よし、それじゃエリスは馬車に乗れ。あと悪いがこいつも馬車に乗せてやってくれ」


 担いでいたセリアをクロフトに投げ付ける。


「この女性は…確かあの時ゼファー達と…」


「色々あったんだ、多分もう敵にはならん」


「そうか…それなら…。君がエリスかい? 大分揺れると思うがしばらく我慢してもらえるかな?」


「子供扱いしないでください! 馬車の一つや二つ!」


 そう言って馬車にずんずんと乗り込むが俺には分かる、初めての馬車を前にしてエリスは目を輝かせていた。


「さぁレヒト殿、あなたも馬車に…」


「よう、ちょっくらそれ貸してくれ」


 俺はクロフトの腰に刺さっていた剣を勝手に引き抜く。


「時間がないんだろ、セインガルドを抜けるまでは加勢してやる」


「しかし怪我が…」


「見た目ほど大した怪我は負っちゃいない」


 服ばかりはボロボロのため重傷に見えるが、致命傷だった一撃も含めほとんどの怪我はエリスの力によって癒えている。


「それは心強い…。しかし血の盟友団員が既にゲートへの襲撃を開始している、間違っても同胞を傷付けないでくれよ」


「俺に歯向かわなければな」


 その言葉にクロフトは苦笑すると馬に飛び乗った。


「さぁ皆の者、行くぞ! 目一杯飛ばせ!」


 雄叫びと共に馬がいななき、地面を激しく揺らしながら馬車が一斉に走り出す。先頭を走るクロフトの馬車に併走していくとすぐさま最初のゲートが見えてきた。


「やってるな」


 見れば大勢の兵士とヴァンパイアと思われるフードを被った男達が死闘を繰り広げていた。

 戦闘能力の差は歴然としているはずだったが、日が昇り始めているせいかヴァンパイア達の動きが鈍い。


「どけオラァ!!」


 俺は一気に加速しその勢いのままゲートに思い切り剣を叩き付ける。


「おぉ! 流石レヒト殿!」


 これでゲートを破壊した…と思いきや手には激しい痺れが走るだけでゲートはびくともしていなかった。


「…流石レヒト殿だ」


「な、何だ貴様!」


 威勢良く飛び込んだは良いが結局何も出来ずにすぐさま大量の兵士に取り囲まれてしまう。


「ち…思ったより頑丈だな…。死にたくない奴は離れてろ」


 俺の存在は耳に入っていたのか、その言葉に戦闘中だった団員達が飛び退く。それを確認すると試しに体中から殺意の塊を吐き出すイメージを始めた。


「ゼファー達には効いてたんだ…多分これなら…」


「な、何をする気だ! 総員捕らえろぉ!」


 無機質なゲートを睨みつけ、そこへ殺意の塊を思い切り叩き付けるイメージで力を解放すると突如黒い影がゲートの前で現れる。それは球体の形に集約し放たれると重く巨大なゲートがひしゃげながら勢い良く奥へと吹き飛び、先にある出口のゲートまでも巻き込み通路の先から兵士の叫び声が響いてきた。

 その際、俺の周囲にも飛散していた殺意は俺を囲んでいた兵士達も木っ端微塵に粉砕したようで、夥しい血が辺りに飛び散ると一瞬の間の後に鮮血の雨が降り注ぐ。


「こりゃ便利な力だな」


 原理は分からないがどうやら殺意をそのまま攻撃として使えるらしい。俺には打ってつけの力だ。

 ゲートを破壊した事により馬車は速度を落とさずに通路へ突き進み、後を追って再び先頭のクロフトの横に並ぶ。


「レヒト殿…今のは何をしたんだ…?」


「さぁてね、とにかく早く切り抜けるぞ」


 その場を適当に濁し、その後もしばらく走り続ける。

 次に見えてきたC地区のゲートは既に団員達の手により開放されていた為すんなりと通過出来たが、残すD地区のゲートまでは今までで最も距離があった。

 どうやらD地区は単純に広大である事に加えて他の地区と比べると区画整備が雑なのか道が複雑に入り組んでおり、馬車の大群が通り抜けるには不向きである。

 俺達は選択の余地なくゲートまで最短距離を駆け抜けようとするが前方に不穏な気配を感じ取った。


「…レヒト殿、あれは…?」


「ゼファーの子分…蛇の首の連中だ」


 流石にここで蛇の首が出てくるとは予想外だ。先の方では蛇の首の団員達が待っていましたとばかりに武装して待ち構えている。


「どうする、迂回しようにもここでは…」


「俺が片付ける」


 確かセインガルドを出てもツォアリスまでは結構な距離があり、ここで足踏みしていたらクロフト達が危ない。

 俺は陥没するほど地面を強く蹴り上げると一瞬で蛇の首達の前へと躍り出た。


「ひぃ!?」


「驚いてんじゃねぇよ、お前等誰を待ってたんだ?」


 有無を言わさず目の前にいた男の首を跳ね飛ばす。


「ゼファーに言われてきたんだろ? お待ちかねのレヒト様と愉快な仲間達の参上だ」


 一斉に蛇の首の団員達が襲い掛かってくるが、ゼファー達と比べればこんなのアリを踏み潰すより楽だ。


「はっはぁぁ!」


 ダンスを踊るかのように体を旋回させながら複数の団員を切り刻み、後方へ飛び上がると剣をブーメランのように投げ付ける。剣は超高速で回転しながら勢いを殺すことなく団員を巻き込み、血肉がそこら中から飛沫のように立ち上がる。

 その間に宙を蹴って地上へ降り立つと目の前にいた団員の頭を拳で貫き頭蓋を粉砕する。そこへ旋回していた剣がそのままぴったりと俺の手に戻り、頭を貫かれたまま無様に腕にぶら下がっていた団員の体を真っ二つに叩き切る。


「どうした、腰が引けてるぞ。俺達を足止めするんじゃなかったのか?」


 全員が恐怖に引きつり硬直する中、一人の団員が異常な速度で俺に飛び掛ってきた。


「そうだよ、俺はあんた達を…あいつを殺すんだ」


 ナイフを正面から受け止めるがこちらの剣は砕け散り、俺はそのまま胸を抉られると派手に吹き飛ばされる。


「そういえば蛇の首には悪魔もいるんだっけか」


「いいぞ新入り! さっさとやっちまえ!」


「…うるさいよ」


 少年は手を軽く振ると、野次を飛ばす団員の頭に目にも留まらぬ速さでナイフを突き刺した。


「ゼファーの手下だけあってあいつの芸も仕込まれてるのか」


「手下…? こんな連中と一緒にしないで欲しいな」


「あぁ、それはすまない。それじゃお前には特別サービスだ」


 体勢を整えると容赦無く殺意を飛ばし、地面から現れた黒い影のような棘は一瞬で少年を串刺しにした。


「大人しくくたばってろ」


「あんたがね」


 これで終わったかと思ったが、少年はまるで効いていないのか串刺しになったままこちらを見据えると口から黒い液体を吐き出してきた。


「うわゲロ吐き出すとかお前何考えてんだ!」


 それを咄嗟に腕で庇いすぐさま振り落とそうとするが、液体はまるで生き物のようにウネウネと腕に絡みついたまま離れない。


「暴食の蟲」


 よく見ると液体のようなそれは無数の蟲が蠢いていた。


「チッ…まるでベルゼクトだな」


 振り払おうにもビクともしないため俺はコートをその場で脱ぎ捨てるが、蟲はそのままコートを欠片も残さず食い尽くすとモゾモゾと少年の元へ這いずる。殺意の棘が消えると少年は何事もなかったかのようにその場に立ち尽くし、蟲は少年の体へと戻るようにズボンの裾へと消えていった。


「…お前、普通の悪魔じゃないな」


「俺は…悪魔じゃない…悪魔なんかじゃ…」


「何を葛藤してるのか知らんが俺は急いでるんだ、いつまでも遊んでる暇はない」


「……行かせるもんか」


 再び少年が何かをする気配を感じた瞬間、一瞬で距離を詰めると少年の腹に思い切り蹴りを叩き込む。

 力は中々強力なようだが、最初の一撃と良い戦闘経験がないのか隙だらけだ。

 蹴りが直撃した少年は遥か後方へ建物をいくつも突き破りながら吹き飛び、俺はその間に残った団員達を一瞬で肉塊へと変える。

 目に見える限りの蛇の首の団員を掃除し終わると丁度クロフト達の馬車が俺の横を通過し、シンガリが通過すると俺もその後ろを追い掛けた。

 イレギュラーは蛇の首だけだったようで、D地区のゲートは既にヴァンパイア達が占拠していたお陰で警備兵の姿は無く、俺達は更に加速すると一気にセインガルドの外へと飛び出した。

 遥か地平線の彼方からは太陽が既に顔を出し始めている。馬車の先頭に並んだ俺はクロフトの横へ腰を降ろした。


「助かった…レヒト殿がいなかったらどうやっても間に合わなかったよ」


「どうなんだ、間に合いそうか?」


「無傷とはいかないが…何とか耐えられそうだよ。我々の…勝利だ」


 一仕事終わったと安堵すると背もたれに深く寄りかかる。

 しかし本当に大変なのはこれからだ。考える事がたくさんある。

 だが流石にここまでの戦いは初めてで正直疲れた。


「悪い…少しだけ休ませてくれ」


「あぁ、到着したら声をかけよう」


 考えるのは後だ、今はとにかく死闘の後の心地良い余韻に浸っていたい。

 馬車の振動が揺り篭のよう感じ瞼を閉じると睡魔はすぐに訪れた。

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