第6章 接続者 ―Recht Side―

Episode21「接続」

「セリア、そのまま奴の動きを止めなさい!」


 先程まで余裕ぶっていたマリエルの言葉からは焦りが感じられた。言われた通りセリアがこちらへ向かって銃弾を雨のように降らせてくるがその弾速と手数はゼファーに比べれば遥かに劣っており、難無く全ての銃弾を弾きながら俺は一歩ずつ二人へ詰め寄っていく。その時、視界の隅でシオンが執務室へ入っていくのを確認した。


(…行ったか)

 

 ソフィアとやらの救出はあいつに任せるとして、俺はどうにかしてこいつらを足止めしなければならない。全員皆殺しにしたいところだが正直かなり厳しい。

 認めたくはないがバイエルとかいう奴はシオンの言っていた通りゼファーと同等の強さだ。そしてセリアも二人程ではないが、その動きは人間の限界を逸脱している。おまけにこのマリエルとかいう女の実力は未だ未知数。ゼファーとバイエルの再生速度を考えると持久戦になればなるほどこちらが不利なのは間違いなかった。

 だからと言って攻めなければこちらがやられるだけ…ならば先手必勝あるのみ。


「俺は女だろうと容赦はしないからな」


 執務室の扉が閉まると時間稼ぎをやめ、一気に距離を詰める。


「一つ忠告してあげる、女を舐めないほうが良いわよ」


 両手を突き出していたマリエルが何かを呟くと何もなかった空間にぽつりぽつりと小さな光が現れ、突然そこからエリスが放っていた光の矢のようなものが光速でこちらへ向かってきた。

 咄嗟に何発か避けるが小さな光は四方八方、俺を取り囲むように現れており、全ては避けきれず何本かの矢が体に突き刺さる。


「これからが本番よ、殺し屋さん」


 小さかった光はいつの間にか大きな球体となり無数の光の矢が生み出されていく。


「ちっ…鬱陶しいんだよ」


 試しに光の球体を斬ってみるが攻撃は空振りに終わり光は消えることなく矢を放つ。光の矢は思っていた以上にダメージが大きく、徐々に自分の動きが鈍っていくのが実感出来た。

 次第に刺さる矢が増えていくが、ここで一瞬でも気を抜いたり動きを止めれば即死は免れない。

 玉砕覚悟で光の球体を生み出しているであろうマリエルへ攻撃を試みるが、そこへ復活したバイエルが黒いショーテルのような武器を持って首元に斬りかかってきた。寸前のところで攻撃を回避するが僅かに切っ先が掠り首から血が飛び散る。


「そろそろ息切れかぁ!? ひぇっひぇっひぇ!」


「黙れ…!」


 バイエルの連撃を受け止めるが光の矢が容赦なく背中に突き刺さる。更に横からは復活したゼファーとセリアが雨のような銃弾を放ってきた。堪らず大きく飛び退き距離を取るが攻撃が止む事はなく、出来る事と言えば追尾してくるバイエルと降り注ぐ銃弾と光の矢から必死に逃げ回るだけだった。


「無様だなぁ! 無様だぜぇ!!」


「クソッタレ…!」


 悪態を吐きながら思考を巡らせるが現状を覆せるほどの妙案はどうやっても出てこない。そもそもゼファーだけでも厄介なのだ、四人同時に相手するのは流石に無謀だった。しかし今更後悔したところで何の意味も成さない。

 崖っぷちの現況、打破する手段は無いように思える。ならばどうするか?


「あ? 鬼ごっこは終わりかいレヒトさんよぉ…ゲヒヒヒ!」


 ふと足を止めバイエルと対峙する。


「ははは、流石に諦めたか?」


 銃口をこちらに向けたままゼファーはつまらなそうにこちらを見やる。

 あぁ…完全に舐められているなこれは。だがそれも当然だろう、あれだけの大口を叩いておいてこの程度で終わっては連中も興醒めというものだ。

 ふと思ったが俺はセインガルドに来てからというもの、随分と舐めらる事が多いのではないか。エリスに始まりゼファー、そしてこの連中。長い時間を生きてきたが色んな連中にここまで舐められたのは初めてだ。

 徐々に怒りが込み上げてくると懐かしい感覚が体中を駆け巡る。湧き上がる破壊衝動、堪えきれない殺意。これはあの時、ゼファーと殺り合った時に感じた感覚だ。

 負の情念は体内に収まりきらず、黒い霧となって周囲を覆い始める。


「はっ、やっと本気になったか。いや…目覚めたと言ったほうが正しいか?」


「おいゼファーよぉ…コレがこいつの正体だって言うのか?」


「さぁてね、少なくとも今までとは別物だ。こっからが本番だぜバイエル」


 抑える必要などない。今目の前でほくそ笑んでるクソ共を塵にしてやる。


「…殺してやる」


 バイエルに殺意を迸らせた瞬間、俺の周囲を漂う黒い霧から針のような何かが飛び出し、それは一瞬でバイエルの顔面を貫いた。


「バイエル!」


 突然の出来事にマリエルが声を上げ、すぐさま俺に向けて光の矢を発射する。しかし光の矢はまるで黒い霧に飲み込まれるようにして俺に届く事なく消滅した。


「な…嘘…何で…」


「こいつぁ…この前よりやべぇかもなぁ…」


 そう言うゼファーの表情が恍惚に歪む。


「どうした、来いよ」


 体の奥底から込み上げる力に思わず笑みが零れた。

 心地良くも力に飲み込まれていくような錯覚。だが飲み込まれようが知ったことじゃない、今の俺にはこの力が必要だ。


「それじゃこっちも本気で行かせてもらうぜ」


 ゼファーの背から黒い翼が生えるとバイエル、マリエルもそれに倣って黒い翼を背中から生やす。どうやらゼファー達もようやく本気になったようだ。


「成る程、あんたら同族か。通りでイカれた強さな訳だ」


「なぁに、あんたも中々のモンだぜ」


「…ゼファー、本当に良いのね?」


「ぎへへ…こうなっちまったら計画なんてどうでもいい…殺す…コロスコロスコロス…!」


 計画…そういえばゼファーも同じ事を言っていた。この様子だとソフィアとは別件のようだが、この際こいつらがどんな計画を立てていようが知った事じゃない。俺はただこいつらを殺して…エリスを取り返す。


「…言っておくがお前の為じゃないからな、俺の為だ」


 相変わらず光に包まれたまま安らかに眠っているエリスに向けて吐き捨てる。これで俺がエリスの為に戦ったなんて勘違いされては何かと困る、というか絶対面倒な事になるに違いない。


「ツンデレってやつかい」


 苦笑を浮かべたゼファーは掌を突き出し、指を軽く曲げた瞬間に黒い物体が光速で俺の頬を掠めた。

 それが開戦の合図のようにバイエルとゼファーが得物を手に二人同時に突っ込んでくる。こちらも同じように一直線に突進し正面から二人の攻撃を受け止めると激しい衝撃が走り、天上のステンドグラスが割れ硝子の破片が降り注いでくる。月の光を乱反射させ硝子片が輝きながらゆっくりと舞い散る幻想的な空間。零距離で人の目には見えない速さの攻撃をお互いに繰り出す。それは同じ世界にあって常人とは異なる時間軸の、俺達だけが共有出来る舞踏会場だ。

 最低限の動きで頬を掠めるように攻撃を避け、コンパクトながらも最大の力を込めてゼファーの首を狙うが、同じように頬を掠めながら避けられてしまう。外れた斬撃の軌道はそのまま一直線にバイエルへ向かうがそれも紙一重で回避された。視界の外から放たれたゼファーの一撃を難なく受け止めるが、今まで味わったことのない次元での戦いに俺の胸はただただ高鳴っていた。

 舞い落ちる硝子片その一つ一つの形すら今なら把握出来る。時間にしてみればほんの数秒の出来事、だがその数秒が俺は今この世界で確かに生きているのだという確かな実感を与えてくれる。

 こいつらを殺すのが目的だったはずだが、今はこの戦いを終わらせたくないとさえ思えた。ゼファーとバイエルも同じ事を考えているのか、ほんのミリ単位で掠める死を回避しながら恍惚な笑みを浮かべており、きっと俺も同じような顔をしているのだろう。俺とこいつらは明らかに違う生き物だ。しかし存外根底にあるものは同じなのかもしれない。

 やがて拮抗していた鬩ぎ合いが徐々に崩れ始める。攻撃を避けきれずゼファーの頬から血が迸った。刃先には何の手応えも無かったが攻撃のキレが増しているのか剣圧でゼファーの頬を裂いていた。同時にバイエルにも攻撃が掠り始め、とうとう俺の一撃はバイエルの上半身、右半分を粉砕した。

 チャンスと見るや体勢を崩したバイエルに向かってトドメの一撃を叩き込もうとするが、意外にもゼファーはバイエルを掴み上げると一瞬で飛び退く。すぐさまゼファーは恨めしげな表情をこちらへ振り向くが、バイエルへ放った一撃が掠ったようで額には大きな傷跡が残されていた。


「大袈裟だな、その程度ならすぐに治るんじゃないのか?」


 今の攻撃は意識がバイエルにのみ注がれていた為、奴を見殺しにしていればゼファーは俺に隙を突いて致命傷を与えられたはずだ。にも関わらずゼファーが取った行動は今までで最も不可解なものだった。まさかゼファーが仲間を助けるような奴だとは思わなかった。


「レヒト…お前は一体何者だ?」


「あん? だから殺し屋だって言ってんだろ」


「はっ…ただの殺し屋が向こうと接続する訳ないだろ」


「接続? 何言ってんだお前は」


 ゼファーが何を言っているのか分からないがその表情には確かな恐怖が見て取れる。

 今までバイエルは体の半分が吹き飛ぼうがすぐに再生していたが、どういう訳か今度はいつまで経っても再生する様子がない。そしてただ壊れたように笑っているが、その様子は何処か弱々しい。


「げへへへぇ…気持ちいいなぁ…こんなに気持ちよく吹き飛ばされたのはあの日以来かぁ…」


「それだけ喋れれば上等だ、しばらく休んでろ」


 そう言い残すとゼファーはバイエルを横たわらせこちらに対峙する。


「…お前は危険過ぎる」


「そいつはどうも、触れたら火傷じゃ済まさないのが信条だ」


 再び一触即発の空気が漂い、豪華絢爛な間に一瞬の静寂が訪れる。

 しかしその空気を破ったのはゼファー達が現れた時と同様に、突然俺達の間に割り込むようにして生み出された新たな黒い影だった。


梃子摺てこずっているようだな」


 影から低く掠れた声が響く。何の感情も感じられないその声から伝わるのは禍々しい狂気。ゼファー達とは似て非なる、明らかに異なる何かを持った存在。

 徐々に露になるその姿は見た目こそ小奇麗なスーツを纏った老人だが、漂う不穏な気配は隠すどころか辺りに当り散らすように発せられている。そこから伺えるのは俺への確かな殺意。


「どうしたジジイ、こんな夜更けに徘徊か?」


「変わらないな…お前は何も変わっていない。如何なる罰であろうと存在そのものは変えられぬか」


 何やら俺を知っているような口ぶりだが俺はこんな老人に見覚えはない。


「ベルゼクト、こいつは普通じゃない」


「分かっておる、だが我等が王はこの事態を非常に喜んでおられる」


 そう言う老人はヒゲの上からでも分かるぐらい満面の笑みを浮かべていた。


「全ての駒が揃いつつある、聖戦は目前だ」


「そうは言ってもこいつはどうするんだよ?」


「向こうと繋がっているならば話は変わる…か」


 俺を前にして老人は微動だにせずゼファーと話し続けていた。会話の内容はさっぱりだが、戦いに水を差された事と、何より無視をされているようで腹が立ってくる。


「おいジジイ、何を言っているのか知らんが邪魔するなら殺すぞ」


「目覚め始めたばかりだというのに威勢が良いな。しかしその様子ではまだ何も思い出していないのだろう?」


 どうやら老人は俺に記憶がない事を知っているらしい。そうなると何かしら俺の過去を知っていると見て良いだろう。

 二千年も生き続けて初めて俺の過去を知る人物を前にもっと興奮するかと思っていたが、どういう訳か老人を見た瞬間から興奮は冷め、本能が老人に対して警笛を鳴らしている。


「…あんた何者だ?」

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