第4章 探し人 ―Recht Side―
Episode14「セリア」
そこは何もない草原。空気は澄み、太陽のない空はしかし青く無限に広がっている。
頬を撫でる風は柔らかく優しく、人間の言う楽園とはこんな所なのかもしれない。しかし草原で寝ている男は居心地が良いと感じていても、俺にとってそれらはただ不快だった。
何もない退屈な草原、反吐が出そうな空気、そして太陽のない不気味な空。頬を撫でる風は滑るようで不快極まりない。
だがそれでも男はこの違和感だらけの異常な世界に何一つ違和感なく溶け込んでいた。
男は寝転がっているものの意識はある。ただ何も考えてはいない。俺に分かるのはこの男が誰かを待っている事だけだ。しかし何度もこの夢を見てきたが、男の待ち人が現れた事は一度もなかった。
それは今日も同じのようで、結局待ち人は現れないまま俺の意識は現実世界に引き戻された。
「…クソが」
目覚めは最悪だ。長いこと生きていてこの悪夢は唯一の悩みと言ってもいい。考えてみれば草原でただ寝転がっているだけなのだから俺がここまで不快になるのも不可解な話だ。
夢の中の俺は随分と心地良さそうにしていたが、現実では寝汗をびっしょりとかいていた。気分を切り替えようとシャワーを浴びると宿屋を後にする。
ゲートの審査が終わるのは今日のはずだが、話によれば夜まで待てとの事だった。幸いにもゲートは二十四時間営業のようだし、今夜中にはB地区へ移動出来るはずだ。
「さて…どうするかな」
日が昇ってからまだ数時間しか経っておらず、これから夜までどう暇を潰そうか悩んでしまう。
ちなみに勝手に飛び出していったエリスは未だに帰ってくる気配がなかった。万が一帰ってきた場合を考え昨日も同じ宿屋で宿泊したのだが、どうやら無駄に終わってしまったようだ。こんな事なら昨夜のうちに娼婦の館でも探しておけば良かったと後悔してしまう。
とりあえずやる事もない為、俺は食事を求めて露店の立ち並ぶ通りへ向かう事にした。
「へいらっしゃいらっしゃい、うちの果実は瑞々しさが違うぜぇ!」
「おにさんおにさん、これ見てみて! 凄いんだよ! 何が凄いってもうとにかく凄いんだって!」
「…何見てやがる、買わないならどっか行け貧乏人が」
流石C地区だ。人口密度で言えばD地区と同じかそれ以上と言われているだけあって活気が違う。
適当な露店で果物を購入するとそれを齧りながら人の流れに添ってぶらぶらと歩く。しかし何も考えずに歩いているつもりだったが、俺の目はせわしなく動き回っていた。その事に気が付いた瞬間、少し驚きを覚える。
どうやら俺はまだエリスを探しているらしい。思い返してみればあいつが自分の意思で勝手に付いてきただけで、無理ならそこでさよならって話だったはずだ。
確かに俺が提案こそしたものの、最終的にはあいつが無理矢理付いてくるような形になった訳で。故に俺がそこまであいつの面倒を見てやる必要はないだろう。
それに勝手に出て行ったのもエリスであって、それをわざわざ追い掛ける理由など皆無だ。
そう結論付けて昨夜は眠りに就いたはずだが、どうにも落ち着かなかった。自分でも何故これ程までエリスの事が気掛かりになるのか分からないが、そんな自分がまた妙に気に食わない。
「はぁ…」
そんなに気になるのなら面倒だし、いっそエリスを見付けてスッキリさせてしまおう。
「…一応マスターからも頼まれてるしな」
そう決断すると口の中に残っていた果物を飲み干し人ごみから抜け出す。
なぁに、俺が本気になればエリスの一人や二人なぞ一瞬で見付け出せる。
ちょっとしたゲームをしているような気分になり、口元が微かに緩んだ。
意気揚々と路地裏から家の屋根に飛び移り、目に見える範囲で最も高く聳え立つ時計塔を目指し走り出す。そして時計塔に到着すると梯子を伝って頂上へ登り、街並みをぐるりと見渡した。
「うむ…壁が邪魔だ」
いくら一番高い時計塔といっても、やはり各地区を隔てる壁がそれよりも高く聳え立ち、決して良い眺めとは言えない。ただそれでも東C地区のほとんどを見渡せるこの場所は人探しには打ってつけだろう。俺は早速目を凝らしてエリスの姿を探し始める。
「あ、スリだ」
不意に年増の女性が少年にカバンを奪われ何か騒いでいるのが目に入った。治安が良いと言ってもこの程度のことはやはりあって然りか。だがその方が寧ろ安心感を覚える。
確かに世界平和は素敵な事だ。汝隣人を愛せ、素敵な考えだろうさ。だがそれが本当に正しい事なのだろうか?
人間とは欲望の塊だ。その欲望こそが人間が人間である証とも言える。しかしそれを抑圧し、欲を捨てたかのような聖人君主は本当に正しい人間の姿と言えようか?
神様という存在をどう捉えているのかは人それぞれだが、俺にはその想像がどれも正しいとは思えない。
千年経って尚死ぬことのない存在、翼の生えた奴、悪魔、ヴァンパイア。人間が生きるこの世界で、動物達とも一線を画したそういうモノが何故存在するのか。
弱肉強食の黄金ピラミッドの観点から見れば、最強種とは最小種でなくてはならない。
しかしこれら人外の生き物は人類に比べれば確かに数こそ少ないが、問題はそんな最強種が最多種の中に紛れ込んでいるところだ。
もし人類と同じく人間社会で生きていく生き物なら、朽ちない体や翼など必要ないはずだ。にも関わらず世界では特段の変化もなく、長年に渡りそれらが共存し続けている。ならばそこには何らかの意味が、言わば神の意図があるのではないか?
そう考える俺からすれば聖職者が垂れる説教など、どれもが薄っぺらい虚構にしか思えなかった。
どいつもこいつも神という存在を勘違いしている気がしてならないが、じゃあ神とは何ぞやと聞かれると俺も困ってしまう。
そんな下らない事を考えながらエリスをぼーっと探していたが、まったく見付かる気配がなかった。
あいつの事だからどうせ何か問題を起こしてその瞬間簡単に見付かるだろうとタカを括っていたが、予想外にも中々尻尾を見せない。
寧ろ問題は別のところで起きていた。先程スリを働いた少年が兵士に捕まっていた。それ自体は何の変哲もない光景だが、一つ珍しいのはその兵士の中に一人だけ明らかに普通の兵とは違う装備を纏った女が居た事だ。凛とした顔立ちと雰囲気から周囲の兵とは階級が違うと予想されるが、何か別の部分で俺はその女に引っ掛かりを覚える。
「…臭うな」
エリスの事は後回しにすると俺は純粋な興味に釣られ時計塔から飛び降りた。着地した瞬間に屋根の瓦が割れてしまったが、バレる前にさっさと移動を開始する。
「後はお願い」
「はっ、了解しました」
女の近くまでやってくるととりあえず物陰に隠れて話を盗み聞きする。どうやら事件は解決したようで、女が何処かへ移動を始めると俺はその背後で気配を殺しながら尾行を開始した。
(うーん、デリシャス)
女が纏っている装備は鎧ではなくただの服だった。中々際どいミニスカから黒いタイツのスラリとした足が伸びているが、ロングコートを羽織っているせいで後ろからそのおみ足を拝む事が出来ないのが残念で仕方ない。ただ全身黒尽くめのその姿は何処か俺に似ていて、同志を見付けたような気がして嬉しくなってしまう。
そんな彼女のロングコートの胸元にはセインガルド騎士団の階級証が付いており、見慣れない形だった事から先程の兵士達よりよっぽど上の階級である事が伺えた。先程聞こえた会話でも女に対する兵士の態度は明らかに上官に対するものだった。
しかし今はそんな事より女のルックスの方が重要だ。
女はまずスタイルが良い。胸はそこまで大きくないものの、平均的とも言える大きさで全体的にスレンダー体系である。そして一番驚かされたのはその髪の色だ。肩甲骨辺りまで伸びた艶のある黒い髪はこの辺りじゃ中々お目に掛かれない色で、日差しを受けると薄っすら茶色掛かっても見える。
過去に黒い髪の民族を見た事があるが、もしや彼女はその血を引いているのだろうか?
しかしその民族を確認した東方の国は数百年も前に跡形もなく消え去っている。だとすると彼女は僅かな生き残りの血脈か、それとも偶発的に生まれた産物か…。
考え事をしていると俺は気が付けば人気のない路地に入り込み、女の姿を見失っていた。
「…何処だここ」
女に見惚れて道に迷ったなんて恥ずかし過ぎる。エリスにバレたらまたグチグチと文句を言われそうだ。
(…うん、やっぱりあいつがいない方が気楽で良いな)
エリスの捜索をすっかり忘れていたが、もう良いかなんて思った瞬間、突然後頭部に硬い何かが突きつけられた。
「あなた、何者?」
「…あれ、バレてたか」
相手を刺激しないよう両手を挙げたまま振り返ると、女が恐ろしく冷たい眼でこちらを見据えており、手にはこのご時世では滅多にお目に掛かれない武器、銃が握られていた。
「目的は何?」
「目的なんてないさ、綺麗な姉ちゃんだなーって見惚れてたら迷子になっちまった」
「嘘ね、それだけで気配を殺して追跡する理由にはならない」
どうやら俺の尾行は最初からバレていたらしい。思った以上に腕が立つようだ。
「オーケー、とにかく銃を降ろしてくれ。俺に殺意とかそんなものはない、分かるだろう?」
「へぇ…銃を知っているの?」
「これでも殺し屋なんでね。世界中の武器は大体知っている」
しかし単語がまずかったのか女は更に銃を押し付け、俺の上体がのけぞった瞬間、一瞬で零距離に詰め寄ってくる。そして俺の腕を背中側へ回すとそのまま前のめりに地面へ押し倒してきた。
「ストップストップ! 殺し屋だけどあんたはターゲットでも何でもない! 本当に見惚れてただけだ!」
「…まずは腕から?」
女は俺の話なんて聞いちゃいないらしく、固めた腕を本来曲がらない方向へ曲げてくる。
「お、おい…俺だってちゃんと痛覚はあるんだぞ…もうちょっと優しく…」
「だったら白状しなさい、何故私の後を付けて来たの?」
「いやだから見惚れて…」
相変わらず俺の言葉を信用する素振りもなく、後頭部へ銃を突き付けながら更に腕を変な方向へ曲げてくる。
(ぐぉっ…このクソアマが…)
頭にきた俺は自分から肩の関節を外した。するとその行動に女が一瞬驚き怯んだ瞬間、俺は体をその場で翻し、動く腕で彼女の銃を持った腕を鷲掴みにして一気に捻り上げる。しかし女は捻り上げた方向へ宙転しあっさりといなしてしまう。
その動きに今度はこちらが驚かされたが、俺は女の腕を掴んだまま離さずに、こちらへ体を引き寄せる。そして女がその力に抵抗したのと同時に、こちらからも体を押し返しながら後ろに回り込むと俺はあっさり女の背後を取り、そのまま銃口を外して腕を固めた。
「ふぅ…形勢逆転、だな」
それはほんの一瞬の攻防だった。立ったまま今度は俺の方が女の腕を背中に回してしっかりと固定する。
「っ…あなた何者なの…?」
「何度も言ってるが俺は殺し屋、だがあんたには見惚れただけだ」
「此の期に及んでまだ言うのね…。そんな話信じるとでも?」
「本当だぞ、証拠を見せてやる」
そう言って俺はあっさり女を解放すると、その場で腕を広げ戦意がない事をアピールする。
「ほら、撃ちたきゃ撃てよ。俺はあんたを殺す気なんて更々ない」
「………」
女は解放されるとすぐさまこちらへ向けて銃を構えていたが、ようやく俺の熱意が伝わったのか強張っていた体から力を抜くとゆっくりと銃を降ろした。
「はぁ…本当に何なのあなたは…」
「だから殺し屋だってば」
「はいはい…で、殺し屋が私に何の用?」
「いや、だから見惚れてただけで」
「ふざけないで」
「え…ふざけてないんだが…」
そんなに信用ならない人物に見えるのだろうか。流石にちょっと泣きたくなってくる。
「大体あなた肩が…」
「あぁ、そういえば戻してなかったな。ふんっ!」
強引に押し込むとバキンと嫌な音と共に肩の関節は簡単に戻った。
「地味に痛いんだよなこれ…」
「…変な人ね」
「あぁ、それはよく言われる」
「はぁ…じゃあ私の後を付けてその後はどうするつもりだったの? まさか強姦したかったなんて言わないわよね?」
「え? あー…」
しまった、言われてみればその辺は何も考えていなかった。
綺麗な女だからホイホイ付いてきたが、そもそも最初の理由は何か引っ掛かりを感じたからだ。しかしこの女はやたらと腕は立つし、銃や髪の色など特異的もあるものの、こうして改めて話してみても至って普通の人間のように思える。
かと言ってそんな事を正直に話す訳にもいかず、何とか取り繕う理由を模索すると不意に脳裏にエリスの姿が浮かび上がった。
「えーと…人を探しているんだ」
「…人?」
女は訝しむような視線を向けてくるが、やる気が無いとは言え俺がエリスを探しているのは本当の事である。
「多分迷子なってるはずだ。身長はこのぐらいで、腰まであるブロンドの髪…それと目は翠色をしてる」
「…そんなの私じゃなくてその辺の兵士に聞いてみればいいじゃない」
身振り手振りでエリスの特徴を伝えてみるが、話せば話すほど女は疑いを強めているようだった。
「…その様子じゃ知らないみたいだな」
「当然でしょ、私はたまたま用があってC地区に来ただけよ」
「ていうとあんたはA地区の人間とか?」
「そうだけど…あなたもしかして外から来たの?」
「あぁ、世界中を旅してる」
「はぁ…じゃあ知らないのも当然ね。私は王室直属の騎士団員よ」
「はー、成る程。そりゃ見慣れない訳だ」
見慣れないどころかそんな連中は見た事すらない。
「だから人探しなんて私の仕事でもないから分からないわ。どう、これで満足?」
「あぁ、ありがとよ。しかし何でそんなお偉いさんがC地区なんかに?」
「仕事よ、あなたには関係のない話」
何とか話は出来るようになったものの取り付く島がない。
しかしいきなり自称殺し屋が後を付けて見惚れてましたーなんて言えばそんなものか。
「あ、そうだ、俺はレヒトってんだ」
何とか興味を持ってもらおうとこちらから名乗ってみる。すると女は少し考える素振りを見せてから、ポツリと呟いた。
「…セリアよ」
「セリアか、覚えておこう」
「忘れていいわ」
「…相当嫌われているみたいだな」
「好きも嫌いもないわ。第一嫌いな相手だったら名前なんて教えないわよ」
「お、それってつまり」
「ただの礼儀よ」
少し期待してしまっただけにピシャリと言い切られ軽くショックだ。
「…よく性格キツいって言われるだろ」
「余計なお世話よ」
しかしそう言いながらセリアの口元が僅かに緩んだのを俺は見逃さなかった。
どうやら思っていたより多少はマシな状況らしい。俺はここぞとばかりに饒舌に捲し立てる。
「しかし珍しい髪の色だな、久しぶりに見た」
「え…他にも見た事があるの?」
「あぁ、大分昔だけどな」
「ど、何処で見たの?」
「そんなに多い民族ではなかったと思うが、確か東方にある国だったな」
「その民族って今は…?」
「さぁな、何せ数百年も前の事だし今はどうなっているかなんて知らんよ」
「そう…よね…」
そう言うとセリアの表情に影が差すが、俺は今の会話の中に違和感を覚える。
つい口が滑ってしまったが、普通の人間なら数百年前に見たなんて聞いたら困惑するはずだ。しかしこいつはそれが当然かのように会話を続けていた。という事はやはりこいつは…
「…あんたはその民族の生き残りか何かか?」
「え、えぇ…そうよ」
「そりゃ凄い、その国が滅んだ際に黒髪の民族も残らず消えたと聞いていたんだがな」
「………」
「あくまで聞いた話だが、何でもその国は悪魔の襲撃によって一夜で壊滅させられたとか…」
理由は不明だが、数百年前に何故か悪魔がその国を襲撃したらしい。当然黒髪の民族も含めて国民は全員死んだはずだ。たまたま地方へ遠征していた者がいたなら僅かな生き残りがいても不思議ではない話だが、果たしてそんな僅かな血脈が数百年も残っているものなのだろうか。そういった可能性が無いとも断言は出来ないが、この女を揺すぶるには丁度良いネタだろう。
「不思議なのは襲撃された理由だ。一騎当千の騎士がいたなんて伝説は聞いた事があるが、物騒な話なんて欠片も無い国だったんだぜ」
「…父は行商でその日は一緒に遠征をしていたの。だから詳しい話は知らないわ」
「ふぅん…。じゃあその銃も親父から?」
「えぇ、色んな商品を扱っていたから」
「随分と変わった銃も扱っていたんだな。銃ってのは弾が必要なはずだが…あんたは予備の銃弾を持っているようには見えない」
「市内で戦闘なんて想定してないから普段は持ち歩かないわよ」
「じゃあ銃弾は今装填されてる分だけか」
「…本当に詳しいわね」
「裏世界じゃそこそこ長い方でな」
表面上はおかしな部分はない。だが彼女への引っ掛かりは消えないどころか此処に来て強くなった。
世界を渡り歩いているような行商の娘が何故セインガルドで兵士をやっているのか。まして王室直属の騎士団なんてそう簡単になれるものではないはずだ。
そしてセリアの持つ銃。数百年に兵士が銃を使っていたなんて時代もあったが、現在火薬は希少価値が高く非常に高価な代物だ。その為、今も銃なんて所持してる奴は金を持て余した一部のコレクターぐらいである。
加えてセリアは今装填されている分の銃弾しかないと言っているが、一体何処に銃弾が装填されているのだろうか?
見た目は昔よく見た無骨なハンドガンのようだが、銃弾を装填する場所がどうにも見当たらない。普通は銃尾にマガジンを装填するはずだが、そんなものが刺さっているようには見えなかった。
どうにも話せば話す程にセリアの正体が気になってくる。
「そういえば殺し屋のあなたが何故セインガルドに? C地区にいるって事は何かあっての事でしょ」
「あぁ、B地区に用があるんだ。
「えぇ、名前ぐらいなら」
「そこから依頼があって教団本部のあるセインガルドに来た訳だが…どうにも審査に時間が掛かって足止めを食らってるのさ」
「そう、依頼ってやっぱり殺しの?」
「この国の兵士さんの前で言うのもあれだが…まぁそうだ」
「ターゲットは誰かしら?」
「おいおい、それを教えるとでも?」
「冗談よ、教えてくれるなんて思ってないわ」
「…まぁターゲットの事は知らないんだよ」
「知らないって…」
「あるのはこの似顔絵だけでね。名前すら分からないときたもんだ」
そう言って俺は教団から受け取っていた女の似顔絵を見せるが、当然セリアが知っているはずもなかった。
「世界の何処にいるのかすら分からないって事だが、本部なら何か知っているかもしれないから行ってみてくれだとさ」
「…綺麗な女性ね」
「あくまで似顔絵だ、本物はもっと酷いクリーチャーかもしれない」
「どちらにせよ見つけ次第殺すんでしょ?」
「まぁ…それが仕事だからな」
「はぁ…お願いだからやるならセインガルドの外でやってね。厄介事は御免よ」
「セインガルドの中にこいつがいれば話は別だが…そう簡単にはいかないだろうな」
「そう…それじゃ私はそろそろ失礼するわ、本部に戻らないと」
「あぁ、色々話せて楽しかったぜ。良い暇潰しになった」
「暇潰し…私はあなたみたいに暇じゃないんだけどね」
「そりゃ失礼した、お勤めご苦労さん」
色々あったがセリアは最後に少し笑みを浮かべると路地を後にする。結局セリアの正体は分からず仕舞いだったが、確かに良い暇潰しにはなった。
この世界はいつまで経っても、どれだけ生きても分からない事がたくさんある。だがそれでこそ人生は楽しい。刺激のない人生なんてまっぴら御免だ。
と、そこで刺激というか頭痛の種を思い出してしまう。
「…エリスは何処だ」
さっきは探すのを諦めようかとも思ったが、暇はまだあるんだしゲートを抜ける直前まで一応探してはやろう。見付からなかった時はそれもまた運命だ。
そう思う事にして俺は再びエリスを探す為に街を散策し始めた。
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