第4話 森の王

 ほぼ落下、という状況から地面すれすれで滑空に成功し、森に突っ込みながら、エンシェントハーピーたちは、木の枝に止まった。

 エクスたちは礼を言いながら木から降りたものの、二度と乗りたくないというのが本音だった。

「……でも、これで近道ができたね。森の王の居場所は近いのかな?」

 飛び上がり巣に帰るハーピーたちに手を振っていたルイ・ゴードン1世にエクスが問いかけると、少年は小さく肩を落とした。

「ぼく、森の王って知らないんだ。『王』って名乗っていいのは、ぼくだけだったはずなのに……」

「でも、誰がそう名乗っているのかは、心当たりがあるんだよね」

「……うん」

「ライオンね」「ライオンだろうな」「ライオンでしょうね」

 シェイン、タオ、レイナがほぼ同時に呟いた。ルイ少年がびくりと震える。

「ど、どうして? 知っているの?」

「なんか、偉そうじゃない」

 困って答えたのはエクスだった。ルイ少年の肩をぽんぽんと叩く。

「……そ、そう。そうかもね。ライオンは、ぼくが王になる前は、動物たちを束ねていたんだ。誰よりも強くて、たくましかった」

「でも、王は君なんだよね」

「……うん。どうしてだろう?」

「運命の書がそうなっていたからだろ」

 タオはバッサリと断言したが、エクスには少しだけルイの気持ちが解った。

 王子や姫ではない。王なのだ。

 一国の最高実力者で、国民の幸せを一身に担う存在でもある。

 ただ運命だから、で引き受けるには、あまりにも責任が重い。

「とにかく、ライオンのところに案内してよ。僕たちが守るから」

「うん」

 少しだけ、ルイ少年が明るく返事をした。

「そのライオンがカオステラーか?」

「その可能性が高いけど……何しろ、自分が王になるような運命の書ではないのに、王になったというのならね。でも、断言はできないわ。王ではないのに王となろうとした。それが、本当にライオンかどうか、わからないわ」

 タオの問いに、調律の巫女であるレイナが応える。視線がルイ少年に向いていることに、エクスは気づいた。


 森の中もヴィランで満ちていた。

 もともと動物だったのだと想像される様々なヴィランに出くわした。

 中には、リスやモモンガのような小動物のヴィランもおり、シェインとレイナは嫌そうに戦っていた。

 数えきれない戦闘を経て、ルイ少年に導かれた4人は森の中の陽だまりに行きついた。

 目の前にライオンがいた。

 王冠をいただき、マントを羽織り、錫杖を前足に持っていた。

 ルイ少年は青い顔をしていた。陽だまりにたたずむ偉大な姿に、まるで畏怖したかのように膝が折れた。

「ルイ君、大丈夫?」

「……ルイか? それに人間たち……この森の人間は、ルイだけだと思っていたぞ」

 重々しいライオンの言葉が響いた。

「僕たちは、この想区の者ではないからね。聞かせてよ。どうして、運命の書に逆らって、自分で王になろうだなんて思ったの?」

「……運命の書? なんだそれは? 力のない者が王になれば混乱する。それを防ごうとするのは当然だろう」

「それもそうだな」

「タオ!」

 レイラがタオを蹴飛ばす。エクスはシェインに尋ねた。

「シェイン、動物って、運命の書を知らないの?」

「そんなことないはずだけど……」

「想区にもよるのよ。でも、この世界の主人公がルイ君なのだから、ルイ君の運命の書を見れば、はっきりするわ」

 エクスたちの相談をよそに、ルイ・ゴードンはライオンに立ち向かった。

「力が無いって、どうしてだい? それは、はじめから認めていただろう? 力がないけど、ぼくを王にするって!」

「ああ……それが間違いだと気づいたのだ。やはり、王は強い者にしか勤まらん」

「……正論だな。ただし、動物に限ってだが」

 タオの呟きに、今度もレイナもシェインも反論しない。正に正論だからだ。

「じゃあ、じゃあ……ぼくはどうすれば……」

「どうもしないさ。我々のことに、関わらなければな」

 ライオンは鷹揚に言った。

 エクスは悩んだ。どうも、話がおかしい。何かが混乱している。

「ルイ君、運命の書、見せてくれない?」

 ライオンを見据えていたルイが、エクスを睨んだ。今までの大人しい顔つきが、別人のように変化して見えた。

「これは、人に見せて良い物じゃない。そんなことも知らないの?」

「知らないよ。俺たちはな」

 タオが、ルイの抱えていた運命の書を奪い取る。ルイが慌てたが、エクスはルイを押さえつけた。

「……空白。これは……空白の書か? お嬢、わかるか?」

 眉を寄せ、タオがレイナに渡す。レイナは一瞥した。

「これは、私たちのものとは違うわ。動物ばかりの想区で、動物たちが運命の書を持っていない理由は……人間一人だけの想区だから。でも人間の運命の書が空白なら……それは、空白の想区よ。まだ、ストーリーテラーによって運命が定められていない想区ね」

「そんなものがあるの?」

「……あるのよ。そこに入りこめるのは、運命に縛られない者と、混沌をもたらすもの。ルイ君、あなた、カオステラーね」

「……もう少しだったのに。もう少しで、ぼくが好きなように、運命を作れたんだ。そうすれば、ぼくがストーリーテラーだった。そうだろう?」

 ルイ少年の目からは、涙が流れていた。だが、泣いているとはエクスは思えなかった。ただ涙を流した目で、明らかに敵意を向けてきたのだ。

「違うわ。動物たちの運命を好きに操ったからって、ストーリーテラーになれるわけじゃない。でも、君もこの想区で育ったんでしょう? 動物たちは、君のこと、知っていたじゃない。どうして、こんなことをしたの?」

「……育っていないさ。その思いこませただけだよ……君たちが、信じるようにね」

「……狙いは、俺たちか?」

 タオがシェインを守るように前に出る。もっとも、シェインが守られる側の人間とはとても思えないというのが、エクスの感覚である。

「今頃、気づいたかい?」

「ライオンさん、下がって! 危ない」

「……王である私が、下がれると?」

「違うんです。僕たちが連れてきちゃったみたいなんです。責任を取らせて下さい」

「……ならば、仕方ないな」

 レイナの呼びかけに、ライオンはしぶしぶと後退した。やはり美少女は得だ、とはエクスは言わない。

 ルイが変化した。

 戦闘が始まった。


 変質したルイ少年に対して、エクスは攻撃をためらった。

 いい子だったという思いが強い。

 だが、迷いはない。

 前に出て、武器を振るい、魔法を、必殺技を放つ。

 いつの間にか、ライオンがメガ・ヴィランと化していた。

 戦闘は熾烈を極め、皮一枚の差で、エクスたちが勝利した。


 戦闘後、ルイ少年はもとの姿に戻り、エクスに話しかけた。

「……ぼくは、どうなるの?」

 姿が薄くなっているように見えた。

 ルイ少年の向こうに、戦いの痕が見える。地面が見えている。ルイの体が、透き通っているのだ。

「レイナ、調律するの?」

「仕方ないだろう」

 タオが促すが、レイナは首を振った。

「この想区は、まだストーリーテラーが何も書いていないのよ。空白の書の持ち主であるルイが迷い込んでしまった。カオステラーも……ストーリーを変質だけじゃなくて、真っ白いところに自分の物語を語りたくなったのかもしれないわね。ルイ君は……消えると思う。空白の書を持つ者がカオステラーになった例は知らないわ。たぶん、としか言えないけど」

「そんな! どうにかできないの?」

 エクスはレイナに向かって、つい手を伸ばした。その手がレイナに届く前に、シェインが妨げた。

「……仕方ないこともある。それより、ルイを見送ってあげたら?」

 エクスが振り返る。

 調律は行われない。だが、空白の想区に侵入したカオステラーを倒し、ヴィランとなった動物たちはもとの愛らしくも逞しい野生の動物に戻っていた。

 ライオンが傍に立つ。

 王として君臨したライオンではない。

 立派なたてがみを持ってはいるが、優しげな瞳をした、四本足の動物だった。

 森の奥から、黒い影が飛び出てきた。ルイを襲っていたオオカミたちだ。ヴィランとなっていた姿から、解放されたのだ。

「なんだい、君たち、ぼくを追いだそうとしていたのに」

 ルイは次第に薄くなっている。

 ヴィランとなり、倒された者たちが戻ってきた。つまり、カステラ―の力はもう及ばない。調律するまでもなく、誰も物語を書いていない、空白の想区に戻ったのだ。

 ルイ少年がこのまま薄く成り続ければ、やがて消えてしまうだろう。

 ただ動物たちが住む世界に、忍び込んだ空白の書を持つ人間が、ひょっとしたら、自分がそうなっていたかもしれないと思ったエクスは、ルイのことを他人事とは思えなかった。

 空からエンシェントハーピーが舞い降り、巨大化した小鳥たちが、元のサイズの姿を見せる。

 森の中を、どうやってきたのか、水辺の動物たちが取り巻いた。

 動物たちに囲まれ、ルイ少年は消えていく。

「ルイ、残れないのかい?」

「エクス、ぼくはもういいんだ。みんな、ぼくのことを嫌っていると思っていた。でも……ほらっ、見送りに来てくれた。もう、いいよ。満足した」

「だ、だめ……」

 レイナに肩を叩かれた。振り返ると、小さく首を振った。

 指さされ、その方向に顔を向ける。

 ルイ少年は笑っていた。

 笑顔を残し、ルイ少年は消えた。


 動物と少年の想区は、そのまま空白の想区として残された。

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動物の国と少年(グリムノーツ) 西玉 @wzdnisi2016

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