第3話 鳥たちの世界
死闘の末メガ・ヴィランを倒した後、なんとか協力して岩をどかし、ナムナム草を手にした一行は、その場で草を煎じてシェインに飲ませた。
目を覚ましたシェインにタオが抱きつこうとして、素晴らしい反射速度で殴られたが、それはあくまでも余談である。
水辺の洞窟を抜けた場所にある小高い丘からは、想区全体が見渡せた。
緑にあふれた広大な想区で、人間の迷いを吹き飛ばすような迫力を感じた。
「さて、次はどうするの?」
小高い丘の上で、エクスは深呼吸をしてから尋ねた。生まれ育ったシンデレラの想区も、決して空気が汚れていたわけではない。
だが、人間がごくわずかしかいないと思われる巨大な自然の塊の空気はまた格別だった。
「カオステラーを探すわ。水辺公爵がメガ・ヴィランだったのだから、別にいるはずだもの」
レイナは当然のことであるかのように言ったが、タオが首を振る。
「待てよ、お嬢。シェインは目覚めたばかりだ。こんなじめじめしたヴィランだらけの洞窟、踏破させる気か?」
「私なら平気」
「他にどんな方法があるの?」
シェインとレイナの言葉が重なる。エクスはルイ少年を見た。
「どう? 何か、方法がある?」
「……うん。空の賢者って呼ばれる友達が、僕のことを嫌っていなければだけどね」
「空の賢者? どんな奴だ?」
「まあ、想像はできるけどね。鳥かしら?」
この想区では、王であるルイ少年以外には誰にも人間に出会っていない。動物だと考えるのは当然だ。
「うん」
「じゃあ……無理かな」
「坊、どうして諦める?」
エクスのつぶやきを、タオが聞きとがめた。エクスはルイ少年の肩を抱いた。
「だって……ルイ君のことだから……」
「また、嫌われているかもね。で、どうなの?」
レイナがはっきりと言って、ルイの顔を覗き込む。少年は鼻白みながらも、一生懸命に言葉を探していた。
「……仲はよかったよ。ぼくが……王になるまでは。でも……その後、ぼくは森の管理で忙しくて、ずっと会えなかったんだ。だから……ひょっとして、空の賢者はぼくが冷たい奴だって思っているかもしれない」
「それで、肝心なことなんだけど、もし仲がいいままだったら、空の賢者の力で、洞窟を戻らなくても、森の動物たちのところに行けるのかしら?」
「……うん。でも、森の動物たちはぼくを追いだしたんだよ。どうして、戻るの? 逃げようよ」
ルイ少年ははっきりと怯えている。
もともと勇敢だから王になるという運命の主人公ではなかったのだろう。きっと、英雄的な行為ではなく様々な動物たちと仲良くすることで、動物たちを平和に治めることになっていたのだろうとエクスは感じていた。
あまりにも弱気なルイ少年に、さすがにレイナが眉を寄せる。タオが背後から少年の頭に手を乗せた。
「坊主は動物たちの王になるのが、もともとの運命の書の内容なんだろう? だったら、動物たちは誰かに操られているのさ。助けてやるのが、王の務めなんじゃないのか?」
タオの言いたいことはわかる。だが、ルイ少年にとっては正解ではないだろうとエクスは感じた。
思った通り、ルイ少年は目に涙をためて、ふるふると震えだした。
「そんなこと言われても……ぼく……ぼく、どうすればいいのか、わからない」
「鳥たちを呼ぶことはできないのか?」
「で、できるけど……ぼくの言うこと、聞いてくれるかなあ」
「大丈夫だ。坊主は、王なんだから」
タオはルイ少年を勇気づけようとしているようだ。少しずつ、ルイもタオに言いくるめられているように見える。
エクスは、袖を引かれた。レイナが服をつまんでいた。
「レイナ、どうしたの?」
「従うかどうかわからない鳥たちを呼び出して、タオはどうするつもりかしら……」
「たぶん……乗って森の動物たちのところに行きたいんだと思うけど……」
「もし、裏切られたら、途中で落ちて死ぬ」
目覚めたばかりのシェインが、心細そうな声を出した。
「……止めようか? でも、そうすると、水辺の洞窟を引き返さないといけないよ。かなりの数のヴィランが出るけど」
「高いところから落とされるより、ましだと思う」
「……そうよ」
シェインとレイナの言葉にうなずき、エクスはタオを止めようとした。
少しだけ遅かった。
ルイ少年が、小高い丘に駆けて行ったのだ。
「ルイ君は?」
「鳥たちを呼ぶんだと。ようやく、王らしくなったじゃねぇか」
タオは胸を反らした。その尻に、レイナとシェインの蹴りが入ったので、エクスは視線をそらした。
エクスが追いついた時、少年は陽だまりの丘の上で両手を広げていた。
足音に気づいたのか、ゆっくりと振り返る。
ほほ笑んでいた。
そこには、先ほどまでの頼りない少年の姿はなかった。
寄り集まった鳥たちに囲まれた、獣の王がいた。
エクスたち四人は、ルイ少年と一緒に鳥たちによって運ばれた。
伝説に出てくるような巨鳥がいたため、鳥の背中に乗って運ばれるといった、まさにおとぎ話の世界を体感した。
ただし、エクスが乗ったのは巨大なハトであり、シェインはスズメであり、タオはジュウシマツであり、レイナはカワセミだった。体つきは巨大だが、外見は縮尺を変えただけである。
「……さぁ……あれ? ここ、どこ?」
全員が無事に丘から降りたことを確認したルイ少年が巨大なワシから降りると、調子の外れた声を出した。
驚くのも当然だ。エクスたちも、当然森の動物たちのところに行くものだと思っていた。つまり、森の中に着いたはずだった。
強い風が渦巻く、岩場の洞穴に、巨大な鳥たちは降りたったのだ。
「風で流されたのかな?」
エクスは言った。レイナがカワセミから降りる。
「あるいは、餌として運ばれたのかもね」
「どっち?」
シェインがルイ少年に尋ねる。ルイの顔色は蒼白だった。
「どっちかな……ねえ、君たち……ぼくのこと、わかるよね?」
「下がれ! ヴィランだ!」
ふらふらと、巨大化した小鳥たちに近づこうとしたルイの襟をつかまえ、タオが引き倒した。
巨大な体をそのまま、鳥のヴィランが宙を舞う。もはやこの国に来て何度目かわからない、戦闘が始まった。
巨大な小鳥をねじ伏せ、エクスたちは勝利を掴む。
ヴィランと化した鳥に運ばれたのは、岩山の洞穴である。
「どうやって森まで行く? さすがに、もう一度鳥を呼ぶのはなしだぜ」
タオは遠くを眺めるように手を額にかざした。
実際に遠くを見ているのだろう。
一面が岩山の世界で、森を探すのは苦労するようだ。
「……待って。鳥たちが、全部ぼくのことを嫌っているなんて変だ、鳥たちとは、そんなに仲が悪くはなかったんだよ」
「諦めた方がいいわよ。ヴィランがいる以上、カオステラーの影響を受けている。あなたという主人公が、運命の書の通りに生きないよう、世界は変異してしまっているのよ」
「……そんな」
レイナの言葉に、ルイはがっくりとうなだれた。
「ちょっと待って。ルイ君、一番仲の良かった鳥がいる? 水辺公爵みたいに、鳥男爵みたいなのいないの?」
「エクス、ネーミングセンス無いわね」
ぼそりと呟いたレイナの声が耳に痛かったが、エクスはルイにもう一度チャンスを与えたかった。その結果、少々困ったことになっても、4人であれば乗り越えられるのではないかと感じていた。
共に困難を乗り越える中から、ルイ少年を除外していたのは無意識であり、つまり本心である。
「空は自由な世界なんだ。だから、位は設けなかったんだけど……特に仲が良かった鳥はいるよ」
「空は自由か……」
タオが大きく伸びをした。だが、次のルイ少年の叫びに硬直した。
「エンシェントハーピー!」
「な、何を呼んでいるの?」
シェインの声も珍しく焦っている。エクスはよくわからなかった。
「どんな鳥?」
「人に似ているかな」
「……へぇ」
「モンスターよ」
まるで悲鳴のようなレイナ声をかき消すかのように、5人の上に影が落ちた。上半身が女、下半身が鳥、腕の代わりに翼が生えた、半鳥人とも言うべき存在が、群れと共に現れた。
エクスは知らなかったが、ハーピーといえば通常魔物である。その上位種の登場に、レイナたち3人は顔を青くして後退した。嬉しそうなのは、ルイ少年だけだ。
「来てくれないんじゃないかと思った。また会えてうれしいよ」
「森ノ王ガ、マダ私タチニ用ガアルノカ?」
「森の王? 動物みんなの王じゃないの?」
エクスが当然のことだと思って尋ねた言葉に、ルイ少年は狼狽し、エンシェントハーピーたちがざわついた。
「動物スベテノ王? 王ダト? 空ニ住ム者ヲ、支配スルツモリカ!」
「ち、違うんだ。この人、勘違いしているんだよ」
「……そうなの?」
エクスの袖をレイラが引っ張り、足をシェインが踏んだ。
「ちょっと、黙って」
「ここから降りるまでは、ルイに任せた方がいいと思う」
ルイ少年は、半分は人間の鳥たちに向かい、両手を広げた。
「頼むよ。森の主の元に! 僕を育ててくれたじゃない」
「……仕方ナイ。森ノ王ニトドケヨウ」
「……王?」
ルイ少年が首を傾げる。エクスには、その疑問が理解できた。動物たちに対して、『王』を名乗れるはルイ少年だけのはずなのだ。どうして、『王』の元に連れていけることができるのか。
「サア、摑マルガイイ」
5羽のエンシェントハーピーが背中を向けた。
「……ねぇ、王って……」
「ルイ、その話は辞めて。行けば解るわ」
「……うん」
「それより、育ててくれたって?」
タオは尋ねながら、唇を突きだした。
「……うん」
ルイ少年は恥ずかしそうにうつむく。
「……乳母様……ね」
レイナは訳知り顔に呟いた。タオの面白い物を見つけたという表情から、エクスは理解した。ルイ少年は、この人間以外の魔物とも呼ばれる者たちから、乳を与えられて育ったのだ。だから、味方でなくなっていた時のことを恐れたし、同時にそんなはずはないと信じられたのだろう。
「じゃ、行こうか」
ルイ少年の呼びかけに答え、エンシェントハーピーたちが岩場から舞う。
問題は、ハーピーという種族は飛べるが、決して飛ぶことが得意ではないということだった。
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