第2話ナムナム草を巡る攻防
ほぼ森ばかりの豊かな自然に恵まれた想区では、すぐに馬車は使えなくなり、徒歩で移動することになった。
シェインはタオが背負った。エクスも交代しようと何度も申し出たが、タオは譲らなかった。
道中、動物が変化したヴィランに何度も出くわした。
様々な動物ヴィランは、バリエーションに富んでいて飽きない、とはタオの言葉である。
幾度となく戦闘を繰り返し、洞窟に到着した。
「この奥に、ナムナム草があるんだね?」
エクスの問いに、ルイ・ゴードンⅠ世と名乗った少年は頷く。
「うん。この洞窟を抜けた先にある丘にしか生えないんだ。でも、気をつけて。洞窟の中には、水辺の友達がたくさんいるんだ。彼らは、ぼくが王になることをあまり快く思っていないみたいなんだ」
「どうして?」
レイナが尋ねる。タオは眠り続けているシェインを心配そうに見つめていた。
「森の動物たちとは、昔からあんまり仲が良くなかったのさ」
「住んでいるところが違うのなら、森と水辺で、別々の王を立てればよかったのに」
「……うん。そうかもしれないね……でも、ぼくの運命の書には、動物たちの王は一人だけってなっているんだ」
ルイはもごもごと口を動かした、どうやら、自分が王であることを、面はゆく思っているようだ。
「エクス、駄目よ。空白の書をもつあなたが、運命の書を否定するようなことを言っては。ルイ君がその気になったら、本当に運命が変わってしまう。そのことは、シンデレラの想区で説明したはずよ」
「……ごめん」
シンデレラはエクスの幼なじみで、エクスはその美しさに幼い頃から引かれていた。結局は運命の書に従い、シンデレラは王子と結婚したはずだが、エクスにはその運命を変える力があったはずなのだ。
「では行くわよ。ルイ君、案内して」
「……ぼくは入らない方がいいと思います」
「そうなの?」
エクスが尋ねると、レイナが見下したように口を開いた。
「そんなに、嫌われているの?」
「……いえ。ただ……ぼくと友達だったオオカミたちでも、突然変化して、恐ろしい姿になりました。ここに住んでいる動物たちは……もともと、ぼくを嫌っていますから……」
「坊やを見つけた途端、尋常じゃない数がヴィランになるかもしれないってことだな」
シェインを背負い、タオが言った。シェインはただ眠っているだけなのだ。タオもそういう結論に達したのだろう。
「でも、ここに一人で残ったほうが危ないよ」
「誰か、警備に残る?」
レイナが提案したが、とても本気とは思えない。
「冗談はやめてくれよ。お嬢、ただでさえシェインがこんな状態なのに、その上さらに戦力を分けるなんて、狙ってくれって言っているようなもんだ。ここに何人残るんだい? 一人かい? 二人かい? 洞窟の奥に、一人で行くのかい?」
「わ、わかっているわ。ちょっと言ってみただけよ」
唇を突きだして、レイナが反論する。もちろん、タオの言う方が正しいとは誰でもわかる。
「……でも、ルイ君はどうするの?」
「ヴィランがどれだけ出ようが、行くしかねぇだろ。タオ一家の力、見せてやろうぜ」
「はい、はい」
レイナが肩をすくめる。タオが引き下がるはずがない。シェインを背負っているのだ。
エクスも、顎を引いてうなずいた。嫌だと言ったら、タオに殴られるかもしれないなと思いながら。
事実、洞窟の中はヴィランだらけだった。逆に、ヴィラン以外の生物は全く見なかった。
シェインという戦力を書いたまま、水辺の洞窟を進む。
ヴィランを前にしようが、眠り続けるシェインをルイ少年に任せることすら、タオは簡単には了解せず、最終的にレイナの雷が落ちることになった。
多彩な動物たちのヴィランの群れは手ごわかったが、無数とも言える戦闘の末に、エクスたちは地上の明かりを見た。
「ああ……やっぱり来たんですね。来なければいいのにって、思っていたんですよ」
妙な猫なで声が、洞窟の中に響いた。姿はない。
エクスは驚いて立ち止まった。
タオは警戒し、レイナはただ怪訝な顔をした。ルイ少年は、声の主を知っているようだった。
「……誰なの?」
エクスの問いに、ルイ少年は困った顔をした。
「この洞窟の主で、水辺の生物たちのボスだよ。僕は、王になった時に水辺公爵って名前を付けたけど、見たことはないんだ」
「見たこともない奴に、水辺をすべて任せたのか?」
タオは油断なく身構えながら、呆れたように肩を上下させた。
「し、仕方ないじゃないか。そうしないと、水辺の動物たちは納得してくれなかったんだ」
「まあ、そのことはいいよ。話ができるってことは、ヴィランになっていないんだよね。説得してよ」
エクスが言うと、ルイ少年はまたも困ったような顔をした。
「僕の言うこと、聞いてくれるといいけど」
「もともと、力の無い王様なのね。でも、気をつけた方がいいわ。ヴィランじゃないのは、水辺の公爵がカオステラーだからかもしれないのよ」
ルイには『カオステラー』がわからなかったらしく怪訝な顔をしたが、エクスとタオは神妙にうなずいた。その様子に、不吉な名前であることは理解したらしい。
「……ねえ、水辺公爵、僕たちはナムナム草を採りに来ただけなんだ。通してよ」
「わかっていますよ。そのために、ネムネム草の番人であるオオカミたちを放ったんですから。オオカミたちが失敗しても、あなたが全くの無傷でないかぎり、何人かは眠りに落ちるはずです。あなたはナムナム草を採りに来るでしょう。何といっても、王なのですから」
「……王だから採りに来るって……どうして?」
「この坊主が王になったのは、力でも知恵でもないだろう。動物たちの信頼を得るには、眠ったまま目覚めない奴を見捨てるのはまずいんだろう」
話の腰を折らないように、エクスは小声でタオに尋ねた。タオも小声で返す。普段の態度とは違って、割と適切と思われる答えを導いた。
「水辺公爵が、どうしてオオカミを操れるの?」
レイナは気をつかわなかったらしい。疑問に思ったことを堂々と尋ねた。実に男らしい、とはエクスは口にしない。
「ああ……失礼。放ったというより、けしかけただけなのですがね。もともと、オオカミたちは王を嫌っていましたから」
「やっぱり……そうなんだ」
嫌われていたと言われ、単純にショックを受けるルイ少年は、膝を落としてがっくりとうなだれた。
「でも、ルイ君を嫌っていただけなら、ここを通してよ。だって、ナムナム草が必要なのは、シェインなんだ。僕の仲間なんだ」
エクスが声を張り上げた。反応も待たず、進もうとする。肩がつかまれた。驚いて振り返ると、タオがエクスの肩を掴んでいた。
「……どうしたのタオ、シェインに必要なのに……」
「わかっている。坊や。しかし、坊やが死ぬことはない」
「……えっ?」
視界が暗くなった。エクスの目の前に、巨大な岩が落ちてきた。エクスがそのまま歩いていたら、間違いなく潰れていただろう。
「水辺公爵が嫌っているのは、ルイじゃないわ。人間全てよ」
レイナの言葉に、賛同の意を表したのは当の本人だった。
「その通り。あなたたちは誰も通さない。死んでもらいますよ」
天井からべたりと落ちた。
それは、巨大なタコだった。
巨大なタコが変化し、メガ・ヴィランになる。
軟体動物だけに、その変化は生々しく、不気味だった。
「行くぜ!」
「うんっ!」
タオが雄叫びを上げる。エクスが続いた。調律の巫女レイナは、冷静に栞を使用した。
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