後編
「ロナンというのは、あなたか」
家の傍らで剣を振っていたロナンに、2m近くはあろう大男が話しかけてきた。大男と言っても身長が大きいだけで、男はひどく痩せていた。ぼろぼろになった麻のローブから骨張った腕が見え隠れしている。顔にはその黒い長髪がかかり、表情は明らかでない。
「こんな僻地に何の用ですか」
ロナンは手で額の汗を拭いながら答えた。ロナンに笑顔はない。ロナンは人当たりの良い人物であったが、この怪しい男の前では怪訝にならざるを得なかった。
「俺を……殺してくれないか」
大男は今にも泣き出してしまいそうな、震える声で懇願した。直後、大男はローブに潜ませていたナイフで自身の首を掻っ切った。
「おい!何をしているんだ!」
ロナンは大男に近づいたが、髪の間からわずかに見える大男の目から生の光は消えていなかった。そして、大男の首に付いた切り傷は瞬く間に収束していき、やがて血の跡しか残らなかった。
「この通り、俺は死ねない。魔女の呪いだ」
ドラゴンを相手取る胆力を有するロナンであったが、この時ばかりは言葉を失い、立ち尽くしてしまった。
「俺はもう、どれだけ生きたか分からない。自分の名前すら忘れてしまった。頼むからお前の剣術で殺してくれないか」
大男が嘘を言っているようには思えない。魔法には疎いロナンであったが、自身の天涯孤独の境遇も手伝って、この大男の悲しみや孤独は一瞬にして理解できた。そして、彼があらゆる期待を胸に「最強の剣士」と謳われる自分のもとへやってきたことも。
「わかった。再生できぬほど一瞬で木っ端微塵にしてやろう」
ロナンは剣を構えたが、大男は「待ってくれ」と制止した。
「魔女の呪いは俺を不死にしただけでない。俺は、危害を加えてきた者に反撃してしまう。俺の意思に関係なく、自動的に」
「何だ、それくらい。俺は竜を殺した男だぞ」
ロナンがうそぶいたのは、力を誇示するためではなく、単純に大男を安心させてやりたかったためである。ただ、油断がなかったと言えば嘘になる。少なくともロナンは、反撃をする身体ごと無くなるのだからと、たかをくくっていた。
「ふっ!!!」
ロナンは大男に斬りかかった。素早く、何度も斬る。
ロナンの剣術は竜を殺した時よりもさらに磨きがかかっている。そのひと振りひと振りが、おそらく鋼鉄すら斬り裂く威力になっていた。
が、ロナンの剣は大男を木っ端微塵にするどころか、薄皮一枚すら切れていなかった。
「すまない」
大男が謝りながらロナンに殴りかかる。ロナンは応答する間もなく木っ端微塵になった。
大男は、竜を討った英雄を殺してしまったことをひどく後悔した。彼はいつもこうして後悔するのだ。なぜ頼んでしまったのだろう、と。そうしてしばらくすると、殺してほしいとの欲望が沸々とし、抑えられなくなる。だが、最強の剣士ですら彼の欲望は満たせなかった。
「ちなみに、俺もドラゴンを殺したことがある。俺の意思とは関係なく、だが」
大男はロナンの死後の安寧を祈った後、そう言ってどこかへ去っていった。
(続く)
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