VERSUS

城多 迫

竜を斬った男

前編

 は、冬小麦の収穫を間近に控えた、ある初夏の晴れた日に訪れた。


 ロナンが住む農村は田舎の小さな村であったが、毎年収穫の後は村外からも客を招き、盛大な収穫祭を行っていた。村人たちは豊穣に感謝との名目で、にわかには信じがたい量の酒を浴びる。そのため、祭りの前には、村の若者が荷車を引いて城下街までワインの調達に行くことになっていた。ロナンも村の数少ない若者の一人として、街へ調達に出かけることになった。


 無事ワインを調達したロナンは、街から出たところで上空を横切る大きな影を認めた。影は村の方へと向かっていた。街で兵士が噂していた、だとしたら—ロナンは荷車を捨て、村へ走った。


 何時間走っただろうか。しかし、ロナンは間に合わなかった。村が、心優しい両親が、幼く可愛い妹が、すべて灰と化していた。

 怒りに震えるロナンは、泣き崩れるよりも早く、ドラゴンへの復讐を誓った。



 百年ぶりに歴史に姿を現したドラゴンは、多くの村や街を焼き尽くした。ドラゴンは謎に包まれた生物であったが、行動原理は一貫して「目についた人間を殺す」であった。当然、何度も討伐隊が出征したが、そのたび全滅した。


 魔法の才に欠けるロナンは、物理的な攻撃に依るしか道がなかった。

 ロナンは、ひたすら剣を振るい、修行に明け暮れた。ドラゴンに見つからないよう岩山の洞窟に隠れて、食事と睡眠と剣を振るうことだけを繰り返した。

 ドラゴンの鱗は岩の如く硬い。いつしかロナンは洞窟の岩壁をドラゴンの鱗に見立て、斬ることを始めた。もちろん、何本もの剣が折れたが、ロナンは次第に力と技術を身に付け、剣を傷つけることなく岩を斬れるようになった。ロナンはひたすら壁を斬り続けた。

 修行を始めてから十年が経ったある日、壁を斬り進んでいたロナンは岩山を貫通し、山の反対側に到達した。


 同じころ、ドラゴンはいまだ健在で、人間を苦しめていた。



 ロナンとドラゴンの戦いは、さしてでもなかった。ロナンが目にも止まらぬ剣速で、一瞬にしてドラゴンの首を叩き斬ってしまったのだ。ロナンは埃を被ることすらなく勝利してしまった。


 ロナンは吟遊詩人たちに最強の剣士とまで歌われるようになったが、本人は至って謙虚で、城に住まないかとの王の誘いを断り、かつて暮らしていた農村の跡地に質素な小屋を構えた。そして、いずれまた来るかもしれない脅威に備え、剣の腕を磨き続けていた。

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