第11話


 東屋がなくなってしまったことで

 待ち合わせの場所を悩む

 僕は君に会いたい

 どうして?

 君と一緒にいたい

 どうして?

 君のことを考える

 どうして?

 答えは1つ

 僕らは伝え合ってつきあって

 そうして一緒にいるというのに

 どうして?

 僕は君をどうしたいんだろう?



 君はいったいどう思ってるの?


 焦っているのはわかっている

 何を?

 彼女は待ってほしいのか

 あんなに待たせたというのに

 何を?

 僕はわかっているのに

 答えを先延ばしにして

 そうして考えている

 結局1人で悩んでいる


 人間関係の基本は距離感だ

 じゃあ

 この距離感はどんな関係なんだろう


 僕は彼女のそばにいたい

 それはどうすればいいんだろう

 君の考えを知りたい


 君は何かを決めたようで

 僕は何かを迷ったままで



「おはようございます」



 出張を終えて、一応給料が上がった。工場はさほど変わった様子もなく、いつものように流れている。いつものように上司が評価してくれる僕と僕の間にはズレがある。それは僕が僕を認められないという点だ。僕は以前仕事を辞めた。それから仕事をするということ、それ自体ができている自分を褒めていた。そんな人間なんだ、僕は。そう諦めているんだ。一応恥ずかしく思う。でもどうしてもそこから抜け出せない。1つできたら次々やることが増えていくのは当たり前なのに。終わりがなくてだんだんと嫌になっていく。


 しおりちゃんとのことでも、最近は僕よりもふさわしい人が他にいるんではないかと思う。ズレというか自信がない。以前も言ったように相手のことを思いやれて、気持ちをわかってあげられる器用な男。手先が器用で料理ができたところで、僕は気持ちを動かされることに慣れていない。動かすことに慣れていない。いろんな場面でどうしていいかわからない。どんな顔をすればいいのかわからない。ああ、こんな気持ちのことをいうのか。


 親に一人暮らしはどうかと聞かれた。気楽でとてもいいよ、と言った。あんた器用だから家事とか掃除は気にしてないけど、寂しくないの?なんて余計なお世話だよ。妹にも言われたんだけど。寂しくないし。



「こんばんは」


「こんばんは、しおりちゃん」



 だけど僕は彼女に会いに行った。居酒屋帰りの、といっても働いたあとのしおりちゃん。明日は休みだという。僕もそうだ。



「しおりちゃん、今日はどこに行くの?」


「今日はわたしが前活動してたアイドルグループを見に行きましょう!」


「あ、本当に行くの?」


「ゴーゴー!」



 最近しおりちゃんは自分の話をよくしてくれる。前に比べていろんなところへ出かけるようになった。カラオケも行ったし結婚式のダンスも見せてもらった。そして今日見たアイドル達、実は生で見るのは初めてだ。このキラキラの中にしおりちゃんはいたのか。あのキラキラした髪飾りをつけて。そしてそんなものを僕は一時期預かっていたのか。やっぱり不釣り合いだと思う。む、しおりちゃんの方が歌が上手い。終了後しおりちゃんとのアイコンタクトがやっぱり意味深な感じだ。それでも久しぶり、と一言三言話すあたりはすごいなあ。



「どうだった?」


「キラキラしてた」


「あ、また髪飾りとか衣装見てたの?」


「僕をそういうマニアにしようとしないで」


「ごめんごめん」



 隣を歩くいつものしおりちゃんが、僕の前に出る。おもむろに頭を両手で固定された。ほっぺたが押されて唇が出る。



「き、きぃしゅ?」



 やべ、うまく喋れないよ、これ。



「いつきくんの顔面白いね、キスじゃないよ」



 え、この街中でこのまま話するのか。といってもまわりの人も飲んだくれやらイチャイチャカップルだし、別にいいか。



「明日ね、わたしのきょうだいに会いに行きませんか?」


「うむ」


「前話したきょうだいに」


「うむ、たしかしゃゆりちゃんとみょときくん」


「うんうん、そう!そ、それでね?」


「うむ」


「あー、あの、ほら、うー」



 しおりちゃんの方が唸りだす。



「どうひたの?」


「とりあえず明日!駅で待ち合わせ!」



 ほっぺたが解放された。きょうだいに会うのか、どんな顔で会えばいいんだろう。もともと顔立ちのよくない、暗い僕はどう顔を動かせば好印象に映るのか分からない。ああ、だからしおりちゃんは。そして走り去って行ったのか。



「また明日ね」



 後ろ姿に声をかけた。だけどしおりちゃんは振り返らずそのまま走っていってしまった。


 少し前に異母兄弟の話を聞いた。いろいろ調べてさほど珍しくないことも知った。そしてしおりちゃんのように、母親や祖母などが亡くなったり介護が必要になりして、代わりに扶養しなければいけないこともあると知った。できない人は児童相談所などに相談する。そしてその子たちは里親さんにもらわれていったりするのだ。


 次の日。僕はしおりちゃんを待つ駅の中で考えていた。しおりちゃんは僕ときょうだいを会わせてどうするんだろう。というか最近のしおりちゃんはずっとそうだ。仲の良かったアイドルグループのメンバーの子や、友だちとかにも会わせて彼氏だと紹介している。正直やめてほしい。いやうれしいんだよ?むしろ僕だって少し僕をバカにしている職場の人たちに大声で言いふらしたいくらいなんだよ。ちょっと狙われそうで心配だけど。だからうれしいんだけどさ。やっぱり恥ずかしいよ、とそこで僕は気づく。



「これって普通なのかなあ」



 ほんと自分に呆れかえる。普通かどうかなんて気にするのは馬鹿らしい。だけどちょっと気になる。しおりちゃんに今日話してみよう。



「おはよーってどうしたの?」


「何が?」


「え、だってその格好」



 僕はどこか変なところがあったかとぐるっと回る。



「変?」


「ううん、そうじゃないよ」



 しおりちゃんは笑顔だ。もっと僕にいろいろ話してくれ。僕たちは施設に向かうために電車に乗った。



「ねえしおりちゃん」


「何?あ、きょうだいのことは電車降りてから話すから」


「そう。なんで最近僕のこと紹介するの?」


「それはね、準備してるの」


「準備?」


「薄々気づいてるのかと思ってたけど、みんなに会わせる時いつもと違うから」



 ん?違う?やっぱり僕は普通じゃなかったのか、恥ずかしがるなんて女々しい真似を。



「いつもより格好いいんだよなー、詐欺だよ?」


「え?何?もう一回言って?」


「詐欺ですよ!」


「そこじゃねーよ。ってなんで詐欺?」



 そこでしおりちゃんは怒った顔をする。



「あー!今思い出したけど最初の合コンもどきの時もいつきくん結構モテてた!」


「そうだったか?」


「顔はきれいだからね!性格は難ありだけど」


「ひどい。顔も良くないよ」


「かっこいいですよー?それに最近性格の難が薄れてきてるし、普通に話もしてるし、笑うし。それに会わせるよって言ったときいつもと服装も違うじゃん」


「それは、しおりちゃんの彼氏って紹介されるんだから恥ずかしい格好できないから妹に選んでもらって…」



 う。暴露してしまった。驚いた顔からニヤっとした顔に変わっていく。



「ふーん。そうなんだ、ちょっと何顔隠してんの」


「なんだこれ、恥ずかしい」


「かわいい!」



 くそう。かわいいって言うな。それに今度一緒に服を買いに行く約束も取り付けられた。妹に少し嫉妬している様子。だけど妹と是非とも会いたいと強く言われてなんとも言えなくなった。



「つまりは恥ずかしいながらも紹介される身分としては頑張らないと、とそう思っていたわけですね」


「なんでわざわざ具体的に言うの?」


「はずかしめようかと、」


「それはしおりちゃんだって同じでしょ?いつもより可愛かった!」


「ありがとー」


「少しは乗って」



 あ、電車の中でイチャイチャしてすいません、もう降りるので。というか今日はそんなラブラブ的なイベントじゃなかったはずだ。



「じゃ歩き始めたところで、2人のことだけど」


「ねぇちゃーん」


「「あ」」



 施設の人と一緒に来たであろう2人がこっちに向かってかけてくる。かわいい2人、大きく手を振りながらしおりちゃんに飛び込む。


 いつものように電車でしていた会話をちょっとだけ恨む。



 やっぱり君は何かを決めているようで

 やっぱり僕は何かを迷っているようで


 僕はどうしたらいいの?

 君の思うように操ってくれていいよ

 僕にはそもそも核たる何かがない

 君が思うような僕はいない

 だから君はきっと僕に夢を見ている

 落ち込む君を見たくないけど

 それでも僕は君が好きだ

 君のそばを離れない

 君の想いを離さないよう努力したい


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